第3話、海賊デビュー第一戦、ゲーム・スキルで敵を撃て!
「取舵60度、現在航行面から下へ15度。最大船速でサルガッソー宙域へ迎え!」
俺は船長らしく、そう指示を出した。
だけど実際は……船長デスクに繋がっているコントローラーのLスティックと十字ボタンを自分で操作しただけだ。
見た目も先ほどまで使っていたゲーム用コントローラーと一緒だ。
実はこの時代の宇宙船は、ほとんどが自動航行システムによるものとなっている。
予めインプットされた場所に、ほぼ全自動で進んでくれる。
危険な隕石があれば、それも自動で避けてくれる。
だから船長だの航海長だの、本当は乗っている必要はないのだ。
ただ実際には荷物の積み下ろし時の確認作業や事務作業、またそれぞれの港での交渉事なのがあるので、人間が乗っているに過ぎない。
俺はそれだけだとつまらないので、チャートやコントロールパネルを兼ねている船長デスクに、船を操縦できるコントローラーを接続しているのだ。
ちなみにコントローラーは、使い慣れているゲーム機のものを使用している。
つまり先ほどの口頭で言った指示は、ただの気分だ。
雰囲気を盛り上げたかっただけ。
その方が俺のテンションが上がるからな。
後方にいた追跡艦二隻は、俺たちの船が逃げ出したのを見ると容赦なく砲撃を加えて来た。
さすがは保安部執行課の追跡船。
クルーも優秀なのか、狙いが正確だ。
ビュンビュンと飛んでくるビーム砲の光跡が、徐々にこの船に近づいて来る。
ちなみにさっきクレアが放ったビーム砲が、保安部の船に当たったのはマグレだ。
猫明が少し不安そうな顔をする。
「相手のビームが段々近づいているけど、このままで大丈夫なのにゃ?」
俺はチラッと彼女の顔を見て「大丈夫とまでは言えないけど、一応の対策はあるよ」と言ってから
「船体後方、対ビーム用マグネットフィールド展開!」と叫ぶ。
とは言っても、コントローラーのBボタンとR1スイッチを同時に押すだけなんだけどね。
船の後ろ側に強力な磁気場が形成される。
これによってビームを屈曲させる事が出来るのだ。
距離がある内は、このマグネットフィールドで何とかなるだろう。
後は追いつかれない内にサルガッソー宙域に逃げ込むだけだ。
猫明が不思議そうな顔をして聞いた。
「なんでこの船は、対ビーム防御装置なんてついているんだにゃ? さっきは対艦ビーム砲まで撃ってたし」
俺はモニターに映し出されたチャートを見たまま答えた。
「危険宙域を航行する貨物船は、みんなある程度の防御システムと武装は持っているよ。何しろ海賊が多いからな。そこらの開拓民しかいないような惑星だって、金目の船を見つけたら海賊に早変わりして襲って来るんだ。丸腰じゃ心もとないだろ?」
この世界では運送会社にとっては、乗組員の命より積荷の方が大事だ。
乗組員は殺されても、肉体再生装置と魔法による魂の召喚・定着技術があれば、簡単に蘇らせる。
今の俺がその実例だ。
それに対し、積荷は奪われたら戻って来ない。
だけどそれは会社の理屈であって、殺されるコッチとしてはたまったもんじゃない。
死に方によっては怖いわ痛いわ苦しいわで、殺されたくないに決まっている。
そんな訳で貨物船にある程度の武装が認められているのだ。
そこまで説明した時、クレアが隣に来て補足する。
「それだけじゃありません。このイモータル号は元は第二次星間戦争(テラ・ボーア・マルク戦争)で強襲揚陸艦として使用されていた船なんです。かなりの老朽艦だったのを軍から払い下げて貰ったんです。多くの武器や軍事機密に属するような装置は取り外されているけど、いくつかの武装はそのまま残されています」
「ふ~ん、そういう訳だったのにゃ。でもなんでこの船のみんなは『イモータル号』って呼ばないにゃ? ちゃんとした船名は初めて知ったにゃ」
するとクレアが「ふ~」と呆れ混じりのタメ息と共に、その理由も話しやがった。
「船長がこの船に乗る時に、大量のH系同人誌を積み込もうとしたの。それが検疫に引っかかったんだけど、全部『兄と妹のアレ系な話』の同人誌だったのよ。それが会社で広まってね……みんなから『妹ヲタ号』って馬鹿にされてるのよ」
クレア、そこまで俺の個人的趣味を丁寧に説明する事もないと思うんだが……。
するとやはりそばに居たマリーも話に入って来た。
「本当はこの船の名前は不死身を意味する『Immortal』だったのよ。実際、戦時中もどんなに危険に戦場に行っても必ず戻って来る『不死身の船』として有名だったんだけどね。それがジョージの変な趣味のせいで台無し」
猫明が「ククッ」と小さく笑った。
「でもいかにもジョージらしいにゃ」
畜生、みんなして船長である俺の事を馬鹿にしやがって……あとで泣かせてやるからな。
「見えたわね。あと少しでサルガッソー宙域よ」
マリーが前方モニターを指さした。
そこにはまるで宇宙の雲のようにたなびく空間があった。
「なんとか公安部の追跡船に追いつかれずにすんだな。かなり距離は縮められたけど」
俺がその言葉にマリーがクスッと笑った。
「コッチが空荷だったのと、アッチが損傷を負っていたおかげだね。クレアのケガの功名ってやつ?」
そう言われてクレアが不満そうに「空荷なのは私のせいじゃないんですけど」とマリーを睨む。
「まあまあ、それよりここから先はオートパイロットって訳にはいかないんだろ?」
俺の言葉にマリーは頷いた。
「そうね。サルガッソー宙域はデブリが多過ぎるものね。チャートを頼みにする自動操縦だけじゃ無理でしょうね。かと言ってジョージの操船も不安はあるんだけど……」
俺は再び船長デスクに繋がったゲーム用コントローラーを手にした。
「ナメんな。俺のゲームで鍛えたテクを見せてやるよ」
俺は船の操船を「手動」に切り替えた。
船を上下左右、緊急回避、前方ガード。
Lスティックと、A・B・X・Yボタン、さらにR1・R2、L1・L2のボタンを駆使して、サルガッソー宙域の中を進んで行く。
確かにここはデブリが多い。
いや、多過ぎる。
まともに飛んでいたら、あっと言う間にデブリでボコボコにされそうだ。
だがその条件は向こうも同じらしい。
さしもの高速戦闘艦も、自慢の足を活かせずに距離を詰められずにいる。
しかも大小様々なデブリが浮遊しているため、レーザー砲を撃ってもデブリに当たるか、拡散されてしまうのだ。
十回目に向こうが撃ったビーム砲がこの船の後方で爆散したのを見て、俺は笑いながら言った。
「どうやら作戦通りだな。このデブリ帯の中では保安部の船は追いつく事もビーム砲で撃ち落とす事もできない」
それを聞いたマリーが白けたような声で言った。
「でもそう安心もしていられないわよ。いつまでもデブリの中に居る訳にはいかないんだから」
それにクレアが続く。
「そうですよ。私たちだっていつかはデブリ帯を出なければならない。そうなればアッチの方が速度も武装も上なんだから、こんなのは一時しのぎに過ぎません」
俺はコントローラーも握って前方モニターを見ながら言った。
「そんな事は分かっているよ。だからコッチにも秘策がある」
マリーとクレアが同時に俺を見た。
「なんですか? 船長の秘策って」
俺はクレアの問いには直接答えず、猫明に向かって言った。
「猫明、ゲームコントローラーを船長デスクの第二入力端子に繋いでくれ」
「わかったにゃ。でもそれでどうするにゃ?」
猫明は不思議そうな顔でさっきまでやっていたゲーム機からコントローラーを外し、船長デスクに繋いだ。
それを見た俺は、今度はマリーに支持を出す。
「マリー。猫明のコントローラーを後部30ミリ対艦ビーム砲の制御システムに接続するんだ」
マリーが目を丸くする。
「猫明にこの船のビーム砲を任せるの?」
「そうだ。さっきのゲームでも解るけど、猫明の動体視力と反射神経の良さなら十分だ」
「でもこの距離でビーム砲を撃ってもデブリがあるから、向こうの船までは届かないわよ。それは散々向こうがビームを撃っても当たらないんだから同じでしょ」
「狙うのは保安部の船じゃない。この宙域に漂う隕石や大型デブリだ」
俺はそう説明した後で、猫明に言った。
「猫明。さっきのゲームの要領で隕石を撃つんだ。隕石を破壊する必要はないぞ。出力を弱めて弾き飛ばせ。そうして隕石が次の隕石に当り、最後の向こうの船に当たるようにするんだ」
マリーとクレアがハッとしたような顔をした。
俺の指示を理解した猫明は目を輝かせた。
「わかった! 任せるにゃ」
「頼むぞ。船の操船は俺がやる。ゲームとの違いはその点だけだからな。大丈夫、オマエなら出来る!」
猫明は後方モニターに視線を向けると、ゲームコントローラを握った。
マリーが慌てて対艦ビーム砲の制御システムに接続する。
「ビーム砲の準備できたわ!」
マリーがそう告げると、猫明は「行くにゃ!」と嬉しそうな声を上げた。
後部ビーム砲がまばゆい光を放つ。
その光線は一直線に一つの隕石を直撃した。
だが出力を弱められたビームは、隕石の一部を蒸発させただけで爆散するまでは行かない。
そしてその反動で隕石が弾け飛ぶ。
その隕石は次の隕石に当たった。
その反動で次の隕石も勢いよく飛び出す。
こうしてビリヤードのように飛び出す隕石は、三つ目で保安部の宇宙船にブチ当たった。
船体を破壊するまでには至らないが、かなりの衝撃のはずだ。
「やったにゃ!」
猫明が歓声を上げる。
「その調子だ。どんどんやってくれ。向こうの船を撃沈する必要はない。ただ追いかけられないくらいのダメージを与えればいいんだ」
「ラジャー!」
猫明は次々に隕石や大型デブリをビームで狙い撃つ。
その衝撃で隕石は弾き飛ばされ、次の隕石にぶち当たり、それがまた飛んでいく。
先ほどまでやっていたゲーム「メテオライド」とまったく同じだ。
俺たちを追ってきている保安部の船は、次々に襲って来る隕石を躱すのに精一杯だ。
それでも予測不可能な玉突き隕石を全て避ける事はできない。
少しずつ船体にダメージが蓄積されたのだろう。
後方モニターに映る保安部の船はどんどん小さくなり、ついには見えなくなってしまった。
「やった!」
猫明だけではなく、それを見ていたマリーも明るい声を出す。
それでもクレアだけは複雑な表情をしていたが、
その頃には俺も船の向きを変えて、デブリ帯から抜け出していた。
「もう保安部の船も追っては来れまい。これで一安心だ」
俺はゲームコントローラーが手を放すと、再び船をオートパイロットに戻した。
「やるわね、ジョージ。ただのゲームヲタクなだけじゃなかったって事ね」
マリーが俺の肩に手を置き、笑顔でそう言った。
「さすが、船長を名乗るだけあるにゃ」
そう言って抱き着いて来たのは猫明だ。
「今までの事を考えると褒める訳にはいかないんだけど……今回だけは助かったとしかいいようがないです」
クレアもホッとしたような顔でそう告げた。
しかしすぐに真顔になって「でもこれからどうするつもりです?」と聞いて来る。
マリーも「そうよね。今回はとりあえず逃れる事ができたけど、この後をどうするかよね?」と言って俺を見た。
俺の方はまだ猫明にしがみつかれたまま、それでも平然と言い放った。
「そんなの、決まっているだろ。海賊をやるんだよ」
クレアが「海賊を?」と驚いた口調で繰り返す。
一方のマリーは「それしかないだろうね」と納得顔だ。
「ああ、せっかく会社のしがらみから抜け出る事が出来たんだ。しかもご丁寧に向こうが海賊認定してくれてね。既に他の船の連中も俺たちを海賊だと思っているんだろ? だったら海賊にならなきゃ損だ」
「海賊って損得でなるもんじゃないと思いますけど」とクレア。
マリーの方は「ウチは今までと同じ生活が出来るなら文句はないよ。ともかくノンビリマッタリと暮らしたい。アクセク働くのはごめんだからね」と呑気な口調で言った。
だけど俺もマリーと同じ意見だ。
生まれた21世紀ではブラック企業で過酷な労働の元、事故で死んだ。
そして二百年後のこの世界で、言いがかりにしか思えない理由で多大な借金を背負わされ、膨大な時間を会社のために働く事を強制されている。
そんな人生はもうゴメンだ。
俺はこれから誰の指図も受けずに、自分の好きな時に好きな事をし、行きたい場所に行くんだ。
俺はこの大宇宙で、自分の好きなようにマッタリと生きる事にする。
猫明が俺に抱き着いたまま聞いた。
「じゃあジョージ船長、海賊になって一番最初は何をするにゃ?」
俺はしばらく考えた。
「そうだな……せっかく社畜の立場から抜け出したんだから……船の名前を変えようか?」
「船の名前を変える?」聞き返してきたのはマリーだ。
「ああ、オマエラはこの船の名前がイジラれていて嫌だったんだろ。だったらいっそ俺たちの好きな名前に変えようぜ」
「それはいいですけど……でもどんな名前にするんですか?」とクレア。
「ブラックキャット号、ってのはどうにゃ?」
せっかくの猫明の意見だが、俺は気乗りしなかった。
「それだと猫明が船長みたいじゃないか。それにあんまり気張り過ぎた名前は中二病的で嫌かな。俺たちらしくて、それでいて呼びやすい名前がいい」
マリーが両手を頭の後ろに組んで言った。
「ウチらしい……ノンビリマッタリ号とか?」
「それはストレートすぎるし、呼びやすくもないだろう。何より他の連中にまた笑われるぞ」
するとクレアが顎に手を当てて考える。
「じゃあマッタリン号、なんてのはどうでしょう。これならそんなにイジられる事もなさそうだし」
「マッタリン号か」
俺は口の中で何度か呟いてみた。
最初は変に感じたけど、何度か唱えてみる内にけっこういい名前に思えてきた。
「そうだな。あんまりカッコつけた名前じゃないし、俺たち的には忘れにくい名前だしな。マッタリン号、よし、これにしよう!」
こうして俺たちの船の名前は『マッタリン号』に決まった。
マリー・ハニービーが明るい笑顔で聞いた。
「それじゃあ海賊船マッタリン号の船長、響譲治。最初の目的地はどこへ?」
それについては既に俺も考えてある。
「俺たちの最初の目的地は……海賊が集まる星、ポート・ロワイヤル星だ!」
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