第2話、ブラック企業社畜の俺が宇宙海賊になった訳!
「ねぇ、この船の後方から二隻の宇宙船が追いかけて来ているの。それがどうやら会社の保安部の船らしくって……『止まれ』って言ってるんだけど、どうする?」
怒りと絶望感に放心状態になっているクレアを尻目に、
マリー・ハニービー。
ボン・キュッ・ボンのグラマラスな肢体を持つ彼女は、インセクター星の蜂型異星人だ。
彼女は男なら無条件に振るいつきたくなるボディだけではなく、男を引き寄せるフェロモンを放つ事が出来る。
普段はそういうフェロモンを押さえてくれているが、なにせ禁欲生活が二百年続いた俺だ。
彼女が近くに来たら、思わずその胸に顔を埋めてウリウリしたくなってしまう。
だが彼女との肉体関係はご法度だ。
なぜなら彼女は名前こそ蜜蜂(ハニービー)だが、寄生バチの種族なのだ。
彼女とベッドインしたが最後、その魅力的なヒップの上部から突き出た針で刺され、卵を産みつけられてしまう。
そうして男は、彼女の子供に身体の内部をじっくりと喰われていく。
またそれが快感らしいのだが…………もちろん俺はゴメンだ。
「え、会社の保安部の船が追いかけてきているって?」
俺はマリーの言葉を繰り返した。
彼女は頷くとメインモニタに望遠画像を写し出した。
そこには二隻のスマートな宇宙船が見える。
「これは……戦闘艦か?」
俺が尋ねるとマリーは画面を見たまま説明する。
「そうだね。アイオワ級高速戦闘艦。主装備は艦対艦ミサイル・BGM1109コスモ・トマホーク、宇宙魚雷Mk445ソードフィッシュ、127ミリレーザー連射砲を艦首に装備している。さらに特殊装備で二隻でマグネット・アンカーを射出して、脱走船を捕獲する事ができる」
「おいおい、けっこうな武装じゃないか。攻撃されたらアウトか?」
「そりゃそうだろうけど……でもいきなり攻撃はないんじゃないかな? とりあえずは停船命令を出しているし」
「でも捕まったら終わりだろ。何とか逃げ切れないか?」
マリーは首を左右に振って、俺の希望的観測を打ち砕いた。
「そりゃ無理でしょ。この船も足は遅くないけど、向こうは高速戦闘艦だもんね。船を捕まえる船だよ。逃げ切れないよ。もうすぐ直接無線が入る距離に……」
マリーがそこまで言った時だ。
スピーカーから音声が流れた。
「改装貨物船イモータル号。こちら新宇宙運輸株式会社保安部執行課所属、追跡艦ハンマーヘッド艦長、タイゾー・ヤマシタだ。ただちに停船せよ。繰り返す、ただしに停船せよ」
俺は改めてマリーに視線を向けた。
「おい、停戦せよって言ってるぞ」
だがそんな俺に呆れた目でマリーは見る。
「ウチに聞いてどうすんの? 船長はジョージでしょ」
「そうだよなぁ。でも命令通り停船したらどうなるのかな?」
「貨物を勝手に売っぱらって脱走した船だからね。船長のジョージは電気椅子じゃないかな? その後でまた肉体再生装置で蘇らせられて、今度は重労働三百年くらいになるんじゃない?」
「おい、冗談だろ、やめてくれよ」
「冗談な訳ないじゃん。ウチらだってちゃんとジョージが『巻き込んだ』って言ってくれないと、懲罰を課せられるのは間違いないんだし」
そうしてマリーは猫明を見た。
「彼女は密航者だからね。元々は脱走兵なんでしょ? 元の部隊へ送られるんじゃないかな?」
猫明が猫目を丸くして俺たちを見つめる。
身体をもじもじさせて不安そうだ。
マリーの言う通り、猫明はこの船の正式なクルーじゃない。
彼女は密航者なのだ。船倉に隠れていた。
戦闘能力の高い獣人型異星人は傭兵として活躍している事が多い。
だが猫明の場合は事情が少し違った。
「アタイは嫌だよ! ねぇジョージ、なんとか逃げようにゃ」
必死に訴える猫明にマリーが気の毒そうに言う。
「でもさ、この船で逃げ切るってまず無理なんだよね。絶対に捕まるよ」
「そんな……アタイは家にも帰れないにゃ。親戚のおじさんに売り飛ばされたんだにゃ。家に戻ってもまた傭兵部隊に戻されるだけだにゃあ……契約期間の5年が終わらない限りは! もうあんな所には絶対に戻りたくないんだにゃ!」
そう、これが猫明の事情だ。
無理やり傭兵にさせられた彼女は、五年の契約期間は傭兵として戦わねばならない。
だが、彼女は一年ほどで我慢できなくなり逃げ出してきたのだ。
そしてたまたま近くの港に停泊していたこの船の荷物に隠れて潜り込んだのだ。
俺としてもそんな事情を聞かされては、無碍に放り出す事はできなかった。
自分のこれまでの経験から、俺は他人に強制するヤツが大嫌いだ。
だから強制されて戦わされる猫明も、見捨てる事はできなかった。
そもそも宇宙のど真ん中で追い出すなんてできっこないしな。
そんな訳で暇つぶしにゲームとか一緒にやっている内に、まぁ何と言うか情も移って、今ではすっかりこの船の一員だって言える。
最近は猫明の態度もデカくなってきたのが、ちょっとムカつくけど……。
「つまり俺だけじゃなく、正社員のマリーやクレア、そして密航者の猫明も、捕まれば立場は危ういかもしれないんだよな?」
マリーは口をへの字に曲げて「そうかもしれないね」とだけ呟いた。
しかし俺の言葉に、血相を変えて反論した来たのがクレアだ。
「なんで私が! 私は何もしていないです! 会社の命令通りにこの船に乗って、会社から渡された予算でやりくりをして……報告書だって毎週欠かさず会社に送っています! そんな私がなんで!」
そんなクレアの主張を無視するがごとく、再びスピーカーから追跡艦からの声が流れる。
「命令に従わない場合は、強制捕獲、もしくは撃沈する。既に諸君ら三人は海賊認定されている。よって我々は容赦はしない。すみやかに停船せよ」
それを聞いてクレアが立ち上がった。
「わ、私が……海賊? 小学校時代から大学まで、ずっと成績優秀者で学級委員や生徒会長も務めたこの私が海賊……」
「う~ん、それはえらいこっちゃだなぁ」
俺は腕組みをして真剣に考えるフリをした。
なにせこちとらは二百年も冷凍睡眠させられていた身。
親兄弟なんてもんは、鼻からこの世界にはいない。
もっとも俺をこんな世界に飛ばした家族を思いやる気は、さらさらないんだが。
そしてそれはマリー・ハニービーや猫明も同じだろう。
マリー・ハニービーは詳しい事情は分からないが、自分の星には帰りたくないらしい。
猫明も家に帰っても軍隊に連れ戻されるだけだ。
そんな中、クレアだけは事情が違うらしい。
彼女は全身に怒りを漲らせて、ツカツカと俺に近づいて来た。
「こ、こんな事になってしまって……どうしてくれるんですか!」
クレアは絶叫と共にその怒りをぶつけるがごとく、船長デスクを両手で叩いた。
『後部30ミリ対艦ビーム砲、発射します』
唐突にコンピュータの合成音声がそう告げた。
「「え?」」
俺とクレアが二人同時にそんな声を上げる。
そしてモニタには、この船の艦尾から発射されたまばゆい閃光が映し出される。
その光はまっすぐに保安課の船の一隻を直撃した。
「あ……」
その時の俺たちは、それ以上の声が出なかった、と言うのが正しい。
俺もクレアも、そしてマリーも猫明も、ブリッジにいた全員が凍り付いた。
いや、凍り付いたと言うより、一瞬、頭の中が空っぽになってしまったのだ。
人間、あまりに予想外の事が起きると、頭の中がリセットされてしまうらしい。
そしてそんなリセット状態から解放してくれたのは、他ならぬ追跡艦の艦長・タイゾー・ヤマシタだった。
さらに距離が近くなっていたためか、通信用モニターにヤマシタ艦長の顔がドアップで映る。
「き、貴様~!!」
ヤマシタ艦長の顔は、怒りの余り赤黒くなっていた。ちなみに年齢は50歳前後といったところか?
どうやらこちらのビーム砲が当たったのはヤマシタ艦長の乗る宇宙船だったらしい。
「こちらが親切に停船命令を出してやれば……その隙につけこんでいきなりビーム砲を撃ち込んでくるとは……」
彼の背後では、乗組員がてんやわんやで大騒ぎをしている。
まぁ対艦ビーム砲が直撃したのだ。大騒ぎにもなるだろう。
大破しなかったのは、さすがは戦闘艦といった所か?
だが俺にしてもこれは不慮の事故だ。その点は弁明しておきたい。
「いや、これは俺の意図した事じゃ……」
その時、向こうの艦で小爆発が起きたらしい。
モニター内の画像が揺れたかと思うと、ヤマシタ艦長の髪型が90度回転した上、さらに斜め上45度に移動した。
衝撃でヅラがずれたのだ。
キッチリとした艦長らしいヘアスタイルが、頭頂部だけの奇怪なおかっぱ頭になってしまった。
「ブッ!」
俺は思わず吹き出した。
いや、こんな時に笑っちゃいけないのは分かっていたんだが……。
でも俺以外に、マリーも猫明も後ろで笑いを堪えていたから、仕方ないだろ?
「貴様、何を笑って!」
そこまで言って、自分でもモニターに映る自分の頭を認識したのだろう。
ヤマシタ艦長は慌ててカツラを直すと
「許さん、絶対に許さんぞ! 私をここまで怒らせた事を地獄で後悔するといい」
そう言ってモニターは消えた。
通信が切れた後、俺だけではなくマリーも猫明も声を上げて笑い出した。
そんな中、一人蒼白な顔をしていたのがクレアだ。
「なに笑っているんですか! いま大変な事になっているんですよ! 保安部を本気にさせました。すぐにでもあの戦闘艦は私たちを攻撃してきます!」
「わ、解っているって」
俺は笑いをこらえながらそう言った。
俺だって馬鹿じゃない。
これがどんなに大変な状況かは理解している。
「すぐに停船して、保安部の艦長に謝罪を……」
「停船していいの?」
俺は改めてクレアの目を見つめた。
「え?」
「だって、保安部の船を撃っちゃったのはクレアだよ」
クレアの表情が凍り付いた。
「え、え、でも、あれは……私が意図してやった事じゃ……」
「ログにはハッキリ残っているでしょ。対艦ビーム砲を撃ったのはクレアだって。そんな言い訳が通用する相手じゃないと思うけど?」
「え、え、でも、でも、わざとやったんじゃないし……キチンと事情を説明して謝れば……」
「よしんば『撃つつもりはなかった』って事が認められても、高価な高速戦闘艦を破損させたんだ。賠償は逃れられないと思うよ」
「そ、そんな……」
絶望して虚ろな目をするクレアに俺は言った。
「おそらく俺と一緒に賠償金を支払うまでタダ働きかな。たぶん150年くらいかかると思う」
「……」
「あ、給料はほとんど貰えないけど、航海に出ている間は住む所も食事もあるし、地球に帰ってもボロボロの社員寮で食事は出るから飢え死にとかはないけどね」
うな垂れたクレアは、もはや言葉も発する事はなかった。
だが俺も彼女をいじめるつもりで話した訳じゃない。
「さて、どうしたものか……」
そう呟くと、マリーが思いついたように言った。
「もしかして……一つだけ逃げる方法があるかも」
俺、猫明、そしてクレアの視線がマリーに集まる。
「この近くには『銀河系のサルガッソー』と呼ばれるデブリ帯があったはず」
「「「銀河系のサルガッソー?」」」
俺たち三人がハモったように声を揃えた。
それに対し、マリーはハッキリと首を縦に振る。
「そう。元々小惑星が多く集まっていた場所だけど、第二次星間戦争のサルガッソー海戦でさらに多くの破壊した宇宙船がある場所なのよ。あそこに逃げ込めば高速戦闘艦と言えども、簡単には捕まえる事はできないはず!」
それを聞いた俺は、全員を見渡した。
「よし、ここは民主的に多数決を行おう。停船して保安部に捕まる方がいいと思う人」
誰も手を上げない。
クレアでさえ、下を向いたままだ。
「じゃあこのまま全速力でサルガッソー宙域に逃げ込んだ方がいいと思う人」
即座に猫明とマリーが、それに少し遅れて俺が、最後には諦めたような顔でクレアが手を上げた。
「全員一致だな。それでは本船は最大船速でサルガッソー宙域に向かう。背後の戦闘艦は容赦なく撃って来るはずだ。それを忘れないように!」
俺は船長らしく、最後にそう締めくくった。
うん、これは決まったな。
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