宇宙海賊マッタリン~ブラック企業に生き返らされた俺、嫌になって脱走してマッタリ海賊になる!

震電みひろ

第1話、俺様はニート海賊! マッタリン号の船長だ!

「このっ! クソッ、クソッ!」


俺はゲームのコントローラーのLスティックを操作しながら、必死になってAボタンを連打した。

モニタの右画面に俺の側から打ち出した隕石が、ビリヤードのように他の隕石に衝突しながら進む。


「ホイにゃ、ホイにゃ!」


すぐ隣で猫娘の猫明マオミンがその抜群の反射神経で俺の隕石を躱しながら、巧みに隕石を打ち返してくる。

そのいくつかが俺のバリヤー衛星を破壊していった。


「ああっ! 俺のバリヤー衛星が!」


悲痛な叫びを上げる俺の真横で猫明が


「ニャハハ、ジョージのバリヤー衛星はあと二つしかないにゃ。もう負けは確定だにゃ!」


と横目で見ながら冷やかす。


「ウッセー、勝負はこれからだ。大逆転こそ俺の真骨頂、野球は九回裏からって言うだろ!」


「そんなことを言っている内に、ほら、バリヤー衛星はもう無くなったにゃ。後はジョージの宇宙船は攻撃し放題だにゃ!」


「うわっ、待て、待て、待てってぇ~」


俺の懇願も空しく、モニターには爆発する宇宙船と共に「You Lose!」の文字が浮かび上がる。


「これで三十戦二十五勝だにゃ」


そう言って猫明はすくっと立ち上がった。

スレンダーで均整の取れたボディを見せつけるようにだ。

尻の上から生えた長い尻尾が自慢げに動く。

俺は一瞬、そのヒップラインに目を奪われたが、すぐさま今コイツに言わなければならない事を口にする。


「今回はコントローラーの調子が悪かったんだ! コントローラーを変えてもう一回やろうぜ!」


猫明が呆れたような目で俺を見た。


「そう言ってさっきもコントローラーを変えたんだにゃ。これ以上、いくらやっても無駄だにゃ」


「無駄って事あるか! 事実、三十戦の内、五戦は俺が勝っている」


「それはアタイがゲームを始めた頃の五回だにゃ。その時はジョージはもう何百時間もプレイしていたんだから当たり前だにゃ」


「ぐぬぬ」


俺の喉から思わずうなり声が漏れる。

猫明の言う通り、俺はコイツがゲームを始めた最初の五回しか勝ててない。

このアクションパズルゲーム「メテオライド」を1からずっとやり込んでいる俺としては、ゲーマー魂にかけても一度は勝たねばならない。


そんな俺に対し、猫明は両手を広げてつまらなそうに言いやがった。


「そもそも地球人と猫獣人のアタイとじゃ、動体視力も反射神経も違うにゃ。勝負にならないにゃ」


コイツ……人をナメくさって……。

こんな事を言われて、ここで引く訳にはいかない。

コイツは地球人全体を見下した。

もはや既に俺個人の問題ではないのだ。

地球人の意地とプライドに賭けても、このまま終わる訳にはいかない!


「も、もう一回! もう一回頼む! 勝負してくれ! このままじゃ悔しくて眠れねぇ!」


「当たり前です! 今は寝ている場合じゃありません! 当然、ゲームしている場合でもないです!」


俺の魂の叫びを、まるで押し潰すがごとく、背後から言い放たれた声があった。


思わず振り返ると、そこにはタブレットを抱えた知的な金髪ハーフ美女が立っている。

俺はこういう知的なお姉さんも好きだが、今の彼女には近寄れる雰囲気はない。

彼女は全身から猛烈な怒りのオーラを発していたからだ。


「ど、どうしたんだ、クレア? 怖い顔をして? 何かあったのか?」


語尾が若干震えながらそう聞いた俺に、この船の経理担当・仙道クレアはツカツカと近寄って来た。


「何かあったどころじゃありません! 分かっているでしょ、今の状況は、船長!」


クレアはそう言って俺の眼前にタブレットを突き出した。


「もう船倉の中は空っぽ。食料や水の備蓄も一週間分もないんですよ!」


だがクレアの言葉をハッタリと受け取った俺は焦らない。


「うっそ~、だってあんなに沢山荷物があったじゃん。アレを売ればけっこうなお金が!」


「その沢山の荷物が全て底をついたって言ってるんです!」


「エオパール星のカシミア・ウールは?」


「アレは一か月前にウィリアムズ星で売りましたよね? その代金の大半で船長がゲームを買っちゃいましたけど」


「ギーナ星のチョコレートは? 百ケースはあっただろ?」


「それは三週間前にクロス・ジョージア星で売りました。その代金のほとんどは船長がマンガを大人買いして消えちゃいましたけど」


「え、え、じゃあベルドーニュ星のワインは? あれは五十ケースはあったはず」


「それも二週間前にンメダ星で売りましたよね? しかも船長がオーサカ商人に騙されて、五分の一以下の値段で売っちゃって……そんな事も知らずに気分良く、ンメダでナンパした女子高生にファミレスで奢っていたのは誰でしたっけ?」


さらに俺をねめつけてくるクレアの視線に、俺はタジタジとなった。


「あ、でもさ。一番金になる銅インゴットがあったじゃん。あれは売れば……」


「あの銅は、この船が脱走する時に『追いかけられないように、一番金になる積荷は置いていこう』って降ろしたのを忘れたんですか?」


そう言ってクレアは右手で額を押さえた。

俺はここに至って、事の重大さ、この船の危機的状況を認識する事になった。


「じゃ、じゃあ、俺のこの船での食料や燃料は? 今の食っちゃ寝とゲームとネットを見る生活は? 誰が保証してくれるんだ?」


「そんな生活、誰も保証なんてしてくれません!」


ついにクレアは堪忍袋の緒が切れたらしく、怒りを爆発させた。

クレアに叱られる俺を尻目に、猫明は静かに俺たちから離れていく。

自分に飛び火するのを恐れているのだろう。

猫獣人らしく足音を立てない。

だがクレアはそんな猫明を逃す事はなかった。


「猫明、アナタも少しは自粛して下さい! スズオキャ星でお菓子『にゃーる』を大量に買っていましたよね? しかもこの船のキャッシュカードで! なんで自分のお小遣いで買わないんですか!」


猫明が耳を尖らせてビクッと震えた。恐る恐る振り返る。


「あ、あれは……ジョージが太陽系コミケで同人誌を船のキャッシュカードで買っていたにゃ。それを見つけたら『オマエも好きなのを買っていいから』って言われたから……」


クレアが鋭い視線を俺に戻す。

俺は身体を小さくしながら彼女の視線を逃れた。

だがそんな事でクレアの追及から逃げられる訳がない。


「私が知らない所で、まだそんな買い物をしていたんですか!」


「だ、だってさ。俺たち貨物船は航行中はほとんどヒマじゃん。だからその無聊を慰めるためにも、船で読む同人誌は必要だし、そもそもコミケを逃したら手に入らないし……」


しどろもどろな俺に、クレアはまたも切れた声で問い詰めた。


「そんな事は聞いていません! その支払いはいつ来るんですか!」


「た、たぶん、今月の月末じゃないかな? その時に銀行口座から引き落とされると……」


「ぎゃーーーーっつ!」


顔を背けてうそぶく俺の前で、クレアは悲鳴を上げた。

そのままへなへなと床に座り込む。


「わ、私が毎日、どれだけ苦労をしてお金の工面を……節約をしているか、分かっていないんですか? 誰もいない部屋の電気を消して回り、トイレットペーペーは20センチ以上は使わないようにして、入浴時のリンスも三日に一回にしているのに……それでも月末には支払いに追われて、何とか次の入金まで待ってもらえるように頼み込んでいると言うのに……みんな、そんな苦労も知らずに」


そう言ってクレアは両手で顔を押さえ、さめざめと泣き始めた。

こんな風に泣かれると、俺としても少しは罪悪感を覚える。

だけど……俺にはこれらの消費を求めるれっきとした理由があるのだ。


「そんなことを言われたってさ……考えてみてくれよ、俺の立場を……」


俺は切々と訴えた。


「クレアも知っている通り、俺が生まれたのは21世紀の日本だ。そこでブラック企業で社畜として働いていた俺は、仕事中の事故で死んじまった。ところが会社は『死人に口なし』と言わんばかりに事故は俺のミスが原因だと主張した。その結果、俺は莫大な賠償金を背負わされたんだ」


そう、俺は本来は21世紀の日本に生まれた男なのだ。

それがなぜか二百年後の世界で、恒星間航行の貨物船の船長として働いている。


「俺の家族もそんな莫大な賠償金は支払えない。そこで会社が提示したのは『俺を冷凍保存して、未来世界で働いて賠償金を返済させる』という話だ。俺の家族は大喜びでその契約書にサインしたんだ」


クレアが両手を開いて、上目遣いに俺を見る。

少しだけ同情してくれたようだ。ここはもう一押しだろう。


「二百年経って俺が冷凍睡眠装置から目覚めたら……俺には賠償金以外に肉体再生処置と冷凍保存装置の使用料までが加算され、さらにはその利子まで付いていた。そのため俺は賠償が終わるまで、今の会社・新宇宙運輸で二百年も働かなくちゃならなくなったんだ! 酷い話だと思わないか?」


これが俺が生まれた世界の二百年も後で、大宇宙を飛び回って働いている理由なのだ!

酷いどころか、聞くも涙・語るも涙の鬼畜の所業と言える話だ。

クレアが両手を膝の上に置いて、俺をじっと見ている。

俺はさらに力説した。


「だから俺にだって、ちょっとくらいイイ思いをさせてくれたっていいだろ! 荷抜きで小遣い稼ぎなんて、みんなやっている事じゃないか。しかも俺が任されている航路は、特別危険な宙域なんだ! どうせ貨物には保険だって掛けられている。海賊にあったって言えば少しくらい荷物が減ったって……」


そこまで話した時、クレアが再びキッとなって俺を睨んだ。


「少しどころじゃないでしょ! アナタは全部の荷物を売っぱらったじゃないですか! それが会社にバレないと思っているんですか!」


クレアはそう言ってタブレットを操作し、別のページを表示して俺に見せつけた。

そこにはこう書かれていた。


『響譲治、会社の船で積み荷と一緒に逃亡。積荷は途中で売却、海賊行為と認定。太陽系警察より指名手配』


俺はそのネットニュースをまじまじと見た。


「俺が……海賊?」


クレアが頷いた。


「そうです! もうすぐ銀河警察機構にも手配が回るでしょう。解りますか、海賊ですよ、海賊! この船は海賊に認定されてしまったんです!」


「やった~~! 海賊! 俺、海賊になったんだ!」


俺は思わず歓声を上げた。

クレアがそんな俺を目を丸くして見ている。

唖然として声も出ないらしい。

だがそんな彼女の様子も、全く気にならない。


「俺、小さい頃から海賊に憧れていたんだよね。そっかぁ、海賊かぁ。じゃあもう売り払った荷物について、会社に言い訳する必要も、補填する必要もないんだな!」


そこで俺はハタと気が付いた。


「いや、そもそも俺に課せられた『賠償のため会社で二百年働かないとならない』ってヤツもチャラか? いや、マジでこのブラックな環境で二百年も働くってどうしようと思っていたんだ。死んでも復活させられるしさ。それが全部バックレる事ができる! これって最高じゃね? うん、俺は海賊、しかも宇宙海賊だ。カッコイーー!」


俺は両手を頭の上に突き上げた。


「ニート海賊に、俺はなる!!!」


呆気の取られたクレアは、全ての毒気を抜かれた表情で俺を見つめた。


「な、なにを言って……」


そんな所に、この船の航海長であるマリー・ハニービーが入って来た。


「ねぇ、この船の後方から二隻の宇宙船が追いかけて来ているの。それがどうやら会社の保安部の船らしくって……『止まれ』って言ってるんだけど、どうする?」

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