第14話

 朝方になり、アンはふと目を覚ました。


 体はだるいが背中越しに温もりがあって、不思議と心地がいい。

 とろとろとまた眠ってしまいそうになったが。

 それでも、起きなければと瞼を頑張って開ける。

 そして、腹や腰の辺りに何か巻き付く物の感触があり、そろりと下を向いた。

 骨ばった物がまず見える。

 指だとわかり、次は手でと目線だけで辿っていった。

 腕が巻き付いている事までを理解するとアンは後ろを顔だけで振り返ってみる。

「…殿下?」

 小さな声で呼びかけたが反応はない。

 目の前には彫りの深い美麗な顔がある。目は閉じられていて、長い金色の睫毛が影を作っていた。

 そう、自分の寝台になぜか皇太子であるサミュエルが寝ている。

 途端に昨日、彼に抱きしめられながら眠りについた事を思い出した。

 慌てて、サミュエルの腕の中から抜け出そうともがいた。

 だが、彼の腕はがっちりとアンの体を離すまいとする。

 腕を突っ張って、サミュエルの胸を押したが余計に抱き込まれて失敗に終わった。

 仕方なく、抜け出すのはあきらめて再び横になる。

 すると、後ろから声がした。

「…ああ、目が覚めたんだな」

 掠れてはいるが確かにアンには聞こえていた。

 振り返ると青に少し紫が混じった瞳を開けてこちらを見つめているサミュエルがいた。

「殿下。起きていられたんですか?」

「君よりは先に起きていたが。まあ、結構寝心地が良かったからな。寝たふりをしていた」

 意外な事を言われて、アンは恥ずかしさのあまり、顔が熱くなる。

 ということは自分の寝顔をばっちり見られているではないか。

 しかも、じたばたともがいていた事も彼は知っていたのだ。アンは穴があったら入りたくなった。

「…どうした。そろそろ、起きないとまずいだろう?」

 不思議そうな顔をしたサミュエルは尋ねてきた。

「そ、そうですね。起きます」

 返答をするとやっと、腕の中から解放される。

 ほっとしながら、掛け布の中から抜け出した。

 サミュエルも起きあがると寝台から出て、軽く伸びをする。

「アン。早めに良くなってくれよ。そうしないと君の兄君たちから文句を言われてかなわん」

「そうなんですか。兄様たちが殿下に文句を…」

 アンがうつむきがちに言うとサミュエルは頭をそっと撫でてきた。

「余計な事をいったな。だが、嘘ではないぞ。元気になってくれ」

 そういわれて、アンは不思議と安心できたのであった。



 サミュエルが起きてしばらくしてから、イザベルとカトリーヌ、シェリーの三人が寝室に入ってきた。

 彼の姿があることに驚きはせず、てきぱきとカーテンを開けたり、通常通りに振る舞った。

「…おはようございます。御方様、居間に朝食を用意しましたので。皇太子様とご一緒にどうぞ」

「そう。わかったわ」

 アンは頷いて、洗面所に向かう。

 洗顔などをするためだが。

 サミュエルも一緒にやってきたのでまた、驚いてしまう。

「…殿下。何でおられるんですか」

「いちゃ悪いか。俺もこのままで部屋には戻りにくい。悪いが、後で洗面所を借りるぞ」

 かなり、くだけた物言いをされたがそれは気にせずにアンはため息をまたついた。

 歯ブラシを取って、歯磨き粉を塗りつけて磨き始める。

 だが、後ろでサミュエルがじっと見ているため、居心地が悪い。

 仕方なく、いつも通りに終えるとアンはカトリーヌを呼びつける。

「カトリーヌ。よかったら、殿下の歯ブラシと歯磨き粉を用意して。後、タオルも」

「…えっ。殿下にですか?」

「ええ。殿下もこちらで身支度をされるそうだから。急いで」

「…わ、わかりました。すぐに用意します!」

 カトリーヌは駆け足で部屋を出て行った。



 しばらくして、カトリーヌが歯磨き用の道具を持ってきた。息せききって入ってきた彼女をねぎらいながら、アンは道具を受け取り、サミュエルに手渡した。

「殿下、とりあえずは用意できましたので。これをお使いください」

 頷きながら、受け取ったサミュエルはそのまま、洗面所に向かった。

 そして、洗顔などを終えた彼と朝食をとることになる。

 献立は固めのパンと野菜がたっぷりと入ったスープ、トマトやレタスなどのサラダ、卵をふんだんに使ったオムレツだった。

 他に、これはカトリーヌお手製のレモン水とラズベリーのパイもある。

 椅子に座ってパンをちぎり、スープに浸した。

 それを口に運び、オムレツも食べる。

 ほんのりとした甘みとふわふわとした触感がたまらない。

「…おいしい。しばらくはリゾットばかりだったから。殿下はどうですか?」

「…うまいな。特にレモン水が格別だ」

 サミュエルがそう言うとカトリーヌは顔を赤らめながら、それでもうれしそうにしている。

 アンもレモン水を飲んだ。

 程良い酸味と甘みが鼻を通って、気分をすっきりとさせてくれる。

 二人してしばしの間、食事を楽しんだのであった。

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