第8話
歴史の先生は顔を赤らめているアンを無視して、授業を進める。
「そして、初代の大公陛下からこの国に伝えられてきた不思議な能力。それは今の当代の陛下や皇太子殿下にも受け継がれています。皇太子殿下は初代の再来と言われる程、強い力をお持ちですよ。妹君のリナリア様も初代公妃様と同じく、不思議な力を持たれています」
アンはそれを聞いて驚いた。
大公家の方々は外見や身分ばかりではなかったのだ。
ちゃんと不思議な力も持っていたのだ。 「…それは傷や病を治す力ですか?」
「ええ。リナリア様は予知の力と治癒の力の両方を持たれています。皇太子殿下は治癒の力のみですが。だから、隣国に狙われたのです」
先生は眉をひそめて、声を小さくした。 「…リナリア様のお力はうまくすれば、よく効くという万能薬ともなります。治癒の力を使い、自身の寿命を延ばそうと隣国のスルガ国の王は考えたのです。だから、さらおうとした。外見も美しい方であるがためによけいに執着されてしまいました。困ったことです」
それを聞かされてアンは腕を握りしめた。
リナリア様こと公女殿下が狙われたのはその希有な力故だったのだ。
何の力も持たない自分が身代わりになっても殺されるのが目に見えている。
利用価値がない自分が身代わりなどと、簡単に言うものではない。
アンは先生から、意外なことを教えられてリナリア様や皇太子殿下に対しての認識が変わった。
授業を終えて、寝室に入る。
だが、すぐにシンシアが入ってくる。
「…御方様!何をしておいでですか。王妃殿下のお茶会までにはあまり、時間がありませんよ!」
「え。もう、そんな時間なの?」
「ええ。お急ぎください」
アンは立ち上がり、寝室から出た。
それから、一時間も経たない内にシンシアに案内されながら、王妃殿下の待つ奥の宮に向かった。
「…御方様。王妃殿下の宮に着きましたら、他のお妃方に気をつけてください。何を企んでいるかわかりませんから」
「わかったわ。忠告ありがとう」
礼を述べると、シンシアは頷いてきた。ゆっくりと裾をさばきながら、歩いた。奥の宮へは陛下や王妃殿下の許可がなければ、行くことはできない。
それを考えながら、アンは前を見据える。
どんよりと曇った空は今にも雨が降りそうだ。
湿った風が渡り廊下を歩いていた二人の頬を撫でる。
嫌な予感がするが、アンは歩き続けた。後宮は戦いの場といってもよい。
心配してくれていた両親には感謝をしたいと思った。
シンシアは心配そうにアンを見やる。
それを感じながらも奥の宮を目指した。
奥の宮の入り口の門を通るとアンはしゃんと背筋を伸ばした。
シンシアと二人で公妃殿下のおられるという部屋を目指す。しばらくすると、飴色に磨かれた扉が見えてきた。
扉の前に立つとシンシアが控えめに鳴らした。
中から返事がして、シンシアはアンの代わりに開ける。
ゆっくりと優雅に入室する。
「…ようこそ、西の御方。いえ、メアリアン嬢。わたくしが公妃です。名をレイシェルと申します」
「…はじめまして、公妃殿下。私はメアリアン・シンフォードと申します。以後、お見知り置きを」
アンが丁寧にドレスの裾を摘んで、礼をすると公妃殿下、レイシェルはにっこりと笑ってみせる。
「あまり、そう固くならないで。わたくしのことはレイシェルでいいから」
アンが顔だけを上げるとレイシェルは柔和な笑顔を浮かべていた。
それに戸惑ってしまう。
「…はあ。でしたら、レイシェル様でよろしいでしょうか?」
「ええ。そう呼んでくださいな。わたくし、あなたがこちらにいらしてくれるのを今かと待っていたの」
えっと、驚きの声をあげるとレイシェルは笑みを深めた。
既に、四人もの子供を持つ年齢には見えない。
若々しく可憐なレイシェルにアンは食い入るように見つめてしまった。
シンシアはまたかとため息をついていたのにはアンも気づかなかった。
扉が閉められると、アンはレイシェルにソファに座ることを勧められた。
言われた通りにすると、侍女たちがお茶の仕度を始める。
「…あの、レイシェル様。今日はお茶会だと伺ったのですけど」
「ああ、確かにお茶会の予定だったわね。けどね、後宮の妾妃たちの間でもめ事があったみたいで。後、娘のリナリアがさらわれそうになったし。だから、お茶会を取りやめることにしたの」
あっさりと言われて、さらにアンは驚いてしまう。
「ということは、お茶会は中止なのですか?」
「そういうことになるわね。だから、あなたは心配することはないわ。ね、アン殿」
また、笑いかけてくる。
実はレイシェルは笑いかけた者を男女問わず、魅了してしまうという能力を持っていた。
それを知らないアンは顔を赤らめる。
その光景に侍女たちも呆れたように笑う。
公妃様、また皇太子殿下の妃をつり上げようとしている。
シンシアも苦笑した。
レイシェルは両刀という訳ではないが、この能力のおかげで誤解されている。
そのせいで周りの侍女たちや皇太子であるサミュエルなどにしわ寄せがいっていた。
やれやれとシンシアは眉間を揉んだ。
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