第7話

 翌日、アンは目を覚ました。


 いつもの部屋とは勝手が違うので、今一つ寝覚めが悪い。

 そして、ドアがノックされる音がしたので返事をした。

「入ってください」

 短くそう告げると、シェリーとイザベルの二人が入ってきた。

「おはようございます。西の御方様」

 シェリーが挨拶をしてきたのでアンも答える。

「おはよう。シェリーさん」

 まだ、慣れないのでさん付けをしてしまう。

 だが、シェリーもイザベルも気には留めずに部屋の中に入ると、カーテンを開けたりし始めた。

 アンがベッドから降りるとイザベルがこう言ってきた。

「…御方様。洗面器にお湯を入れてきますから。後、タオルなどをお持ちいたします」

 細々としたことを伝えると小走りで部屋を出て行った。

 まだ、アンが王宮にやってきて一日も経っていない。

 だから、侍女たちも用意が整わなかったらしい。

 しばらくして、イザベルがお湯を張った洗面器を持ってきた。

 後ろにはゾフィーがいてタオルや歯ブラシなどを両手に抱えている。

 洗面器を部屋に備え付けてある机の上に置いて、アンに来るように促した。

 アンがそれで顔を洗う。

 洗い終えると、タオルをゾフィーが手渡してくれた。

 それで水気をふき取っているとシェリーが話しかけてきた。

「御方様。今日は朝食をいただきましたら、早速、先生が来られます」

 短く告げられて、アンは驚いた。

 アンが尋ねようとするとゾフィーとイザベルが歯磨きや髪などの支度が先ですと言ってきた。

 シェリーは後でと笑いながら言ってきたのでそのようにしてと返事をした。

 歯磨きをすませて、髪をブラシでとかした。

 カモミールやミントなどを調合した特製の香油を髪に塗りつけられる。

「この香油は王妃様所有の庭園でとれた薬草を使っているのですよ。ミントとカモミールの香りで気持ちが安らぐと貴婦人方には評判で」

 ゾフィーが自慢げに言ってきた。

 確かに独特の香りだ。

 ミントのさっぱりとした香りにカモミールの落ち着いた香りが絶妙に混ざり合って、不思議と気持ちが安らぐ。

「本当ね。でもミントとカモミールという組み合わせは珍しいわ」

「ええ。御方様はお使いになったことはないのですか?」

 ふいに尋ねられて、アンは戸惑う。

「…その。私や母などは使っていなかったわ。妹も」

「まあ、そうなのですか。シンフォード公爵家の方々はカモミールなどは好まれないのですね」

「そんなことはないわ。ただ、母はミントが好みではなかっただけで」

 反論すると、シェリーがこちらに気づいたらしく、ゾフィーを軽く睨みつけてきた。

「ゾフィー。そのように言うのは失礼になりますよ。御方様が気を悪くされたらどうするの」

「…はい。すみません」

 叱られた後、ゾフィーは髪をとかし終えるまで再び、話しかけてくることはなかった。



 身支度を終えると、コルセットをつけて薄い水色のドレスに着替える。

 髪も上の部分だけを結い上げて、下は流す髪型にした。

 リボンやレース飾りは使われてないシンプルなデザインのドレスで首まですっぽりと覆う作りになっている。

「…御方様は黄色や緑のドレスの方がお似合いなのですけれど。でも、このドレスを着られるようにとの王妃様の命がありまして。今日は奥の宮で内輪だけのお茶会があるのです」

 シェリーがそう説明をしてきたが、アンはさらに驚いてしまう。

「まだ、来て一日も経っていないのにお茶会に出ろというの?」

「申し訳ありません。メアリアン様を正妃にと王妃様はお考えのようで。だから、早めにお妃教育をさせるように今日から、先生方をお呼びしておきなさいとも命が下っていたのです」

 深々と頭を下げたシェリーはアンが許しの言葉を口にするまでその姿勢を崩すことはなかった。

「…もういいわ。シェリーさん、あなたが悪いとは思っていないから」

 そういうと、やっとシェリーは頭を上げた。

「ありがとうございます。では、まずは朝食を召し上がってください。それから、午前中はこの国の歴史や政治について、勉強していただきます」

 細々としたスケジュールを言われて、アンは小さくため息をついた。


 軽めの朝食を終えると、午前の授業が始まった。

 まずはこの国の創世の伝説から教わることになった。

 歴史の先生は五十ほどの男性でほっそりとした体躯の人であった。

「ここ、ヴェルナード公国は今から、五百年程前に建国されました。初代の大公陛下はこの大陸全体で繰り広げられていた戦乱を鎮圧し、大公として即位されました。そして、側近であったシンフォード公爵のご息女を妃になさったのです」

 その話を聞いたアンは内心密かに、驚いていた。

 シンフォード家から初代の公妃が出ていたとは。

「…であるからして、シンフォード公爵家は大公家に長い間、忠誠を誓ってきました。ヴェルナード国の初代公妃は強い神力の持ち主で神のお告げを聞くことのできる方だったと伝え聞いております。大公陛下も不思議な力を持った方で人の傷や病を治すことができたとか。まあ、本当かどうかはわかりませんが」

 一端、言葉を切ると先生は持っていた本に目を落とした。

「…あの、質問してもいいですか?」

 アンがふいに声をかけると先生はこちらに視線をよこしてきた。

「何でしょう?」

「初代の大公陛下は武勇があるとのことで有名でしたが。魔法も使えたというのは本当なのでしょうか?」

「…あくまで伝承の中での話ですから。本当かどうかはわかりません」

 はっきりと言われてアンは黙った。

 当たり前のことを質問した自分に恥ずかしくなった。

 穴があったら入りたい気分になったのであった。

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