第6話
後宮の中でも西側に位置する宮殿にアンは案内された。
側妃用の部屋の一つらしいが、あまり華美すぎず、落ち着いた感じの内装だった。
色はベージュと茶色を基調にしており、調度品もどれも高価なものであった。
女官が荷物も持たずに来たアンを見て、こう言った。
「…お妃様。これからは西の御方と呼ばせていただきますので。後、今はまだ夕刻ではありませんから、軽食をお持ちいたします。それから、浴室は右手にあるドアの向こうになります」
てきぱきと言われて、戸惑いながらも頷く。
「…あの、皇太子殿下はお妃が何人もいらっしゃると聞きました。どれくらい、おられるのでしょう?」
単刀直入に尋ねると、女官は咳払いをする。
「御方様はご存知ではありませんでしたか。東の宮に四人、西に三人はおられます。南の宮にも二人おられますので、御方様も合わせましたら、十人になりますね」
「そんなにおられるのね」
驚いていると、女官は用はすんだとばかりに踵を返した。
「では、侍女を呼びますので。湯浴みをなさいませ」
そう言いおいて、女官は部屋を出て行った。
それを見送りながら、アンは面倒なことになったとため息をついた。
アンは湯浴みを四人の侍女たちに手伝われながら、すませた。
部屋着用のドレスに着替えると備え付けのソファーに体を沈み込ませる。
その時、ドアをノックする音が鳴った。 「…はい」
アンが答えると女性のものらしき声がした。
「軽食をお持ちしました。入ってもよろしいですか?」
先ほどの案内と説明をしてくれた女官だった。
「どうぞ。入ってください」
入室を許可すると、失礼しますといって女官がドアを開けて、入ってきた。
ワゴンを引きながら、女官はアンの近くまでやってくる。
ワゴンにはティーセットや食事などが乗せられており、いかにも運ぶのは大変そうであった。
すぐに侍女たちがワゴンに乗せてある皿などをアンのすぐ前にある机に並べていく。
紅茶や切り分けられたパン、トマトや玉ねぎなどが入ったスープ、サラダなどがあった。
軽食という割には品数が多い。
「どうかなさいましたか、お妃様?」
女官が尋ねてくる。栗毛色の髪をひとまとめにしてアップにし、紺色の地味なドレスではあるが、目は濃いめの青色で厳格そうな雰囲気の女性であった。
「あの、お食事の品数が多いと思って。私、こんなに食べられません」
「…王族の方々は常はこんなものです。一口ずつ召し上がられたら、次のお料理を差し上げる手順になっております」
そんなのもったいないと思ったアンであった。
軽食を終えると、女官から侍女たちの紹介をされた。
「…まず、一番左にいるのがカトリーヌ。すぐ右隣がイザベル。そして、ゾフィーにシェリーの順です。カトリーヌはこの中で一番年下です。さ、新しく入られたお妃様に挨拶なさい」
カトリーヌが最初に頭を下げてきた。
「…初めまして、カトリーヌと申します。お妃様に精一杯お仕えいたします」
緩やかな赤茶色の癖毛と同じ色の瞳が印象に残る少女である。
その後、残る三人も自己紹介をしてきた。
「イザベルと申します。よろしくお願いします」
真面目に挨拶をしてきたイザベルは濃いめの茶髪に緑色の瞳をしていた。
二重の赤茶色の瞳が可愛らしいカトリーヌと違い、大人びた顔立ちのイザベルは落ち着いた雰囲気であった。
ゾフィーはプラチナブロンドの髪とサファイアのような青の瞳でひときわ目を引く美少女でシェリーも金色の髪にアンと似た黄金の瞳をしていた。
皆、タイプは違うが、美人そろいであった。
そして、女官は最後に自身の名を告げた。
「わたくしはシンシアと申します。以後お見知りおきを」
完璧な礼をすると、四人の侍女たちに合図をした。
手早く、寝室に向かった四人に驚くアンだった。
寝室の準備ができるとシンシアは殿下に報告する事があるからといって、部屋を出て行った。
残った侍女たちもまだ、初対面のアンに緊張しているらしい。
話しかけたりはせずにアンは寝室に向かう。
「…私はもう寝るわ。あなたたちも退がっていいですよ」
声をかけると、真っ先に一番年上らしいイザベルが反応した。
「わかりました。では、隣部屋に待機しておりますので。何かあったら、お呼びください」
そう言って、イザベルは他の三人に視線をやる。
そして、四人の侍女たちは礼をすると部屋を出て行った。
一人になったアンは寝室に入る。
(なんだか、疲れたわ。もう、寝ようかしら)
天蓋付きのベッドにあがるとそのまま、潜り込む。
目を閉じるとこちらに来る前の情景がよみがえる。
皇太子殿下に寄りかかってしまうなどあってはならないことではあった。
恥ずかしさのあまり、顔が火照ってくる。
もう、あんなことが起こらないように祈りながら、アンは眠りについた。
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