第9話
アンがレイシェルと話をしている中で、シンシアは焦りを募らせていた。
公妃殿下がお茶会を中止にした理由だ。他の妾妃たちが騒ぎを起こしたからとのことだった。
もしや、お茶会自体は偽の情報でアンを一人で来させるのが目的だったのではないか。
アンことメアリアンがどういう考えでいるのか、また人柄を確かめる為の策なのではと思ったのだ。
(これは皇太子殿下に連絡をしなくては)
そう考えながら、シンシアは話に耳を傾けた。
「…アン殿の兄君といえば、エドワード殿だったわね。彼は王宮ではご令嬢達の憧れなのよ。近寄りがたいジェイミー殿と二人で双璧の貴公子と呼ばれているの」
「はあ。エド兄上は確か、宰相補佐官を若いながらも任されていると聞きました」
「そうなのよ。エドワード殿にはよく助けられていると宰相殿はおっしゃっているわ」
アンは兄たちの意外なことを聞かされて、驚いていた。
まさか、ジェイミーと双璧の貴公子という二つ名で呼ばれていたとは。
実家での二人は喧嘩が多いから、想像がしにくい。
「レイシェル様はよく知っておられますね。兄たちがご令嬢方の憧れになっていたのは驚きでした」
「ふふっ。そうねえ。わたくしも後三十年若ければ、エドワード殿とお付き合いできるのですけど」
扇を開いて、レイシェルはにこやかに笑った。
その様子も優雅でアンはさすがに違うなと思う。
「アン殿はこちらに来て、まだそんなに日が経っていなかったわね。シンフォード領から公都までは馬車で二、三日はかかると聞いたわ。ほとんど、シンフォード領で過ごされていたから、こちらはさぞかし珍しいでしょうね」
「…そうですね。私、髪の色が黒いから。父や母はあまり外には出したがらなかったのです。だから、よそのお屋敷でのお茶会や夜会などには行ったことがありません」
ぽつぽつと昔を思い出しながら話していると、レイシェルはそうと鷹揚に頷いた。
「…アン殿はあまり、お茶会などには参加したことがないのね。公都でも噂になっていたわ。シンフォード家のメアリアン嬢は謎の女性だと。それこそ、存在を隠していたから、姿を見かけなかったのね。これで納得できたわ」
はあと言うアンにレイシェルは気を取り直すように微笑んでみせる。
なかなか、明るくて元気な方だ。
それに、頭の回転が速い。
「レイシェル様はその。私の黒髪を恐ろしいとか、お思いにはなりませんか?」
口ごもりながら言うと、レイシェルは目を少し見開いて驚きの表情になる。
「…恐ろしいとは思わないわ。むしろ、わたくしの栗毛色よりも綺麗よ?」
確かに、レイシェルは濃いめの栗毛で緩やかに波打った柔らかそうな髪をしている。
瞳は青で皇太子のサミュエルによく似た色をしていた。
かなりの美人なのに、自分よりも綺麗と言われてアンの方が驚く。
「…私の方が綺麗ですか?」
「ええ。その黒い髪はあなたのご先祖の初代の大公妃の髪の色と一緒だもの。だから、恐ろしいなんてことはないわ」
きっぱりと言われて、アンは照れながらも笑う。
その笑顔は心からの安心感から出たものだった。
アンはそれから、一時間近くレイシェルと話をした後、部屋を出た。
奥の宮の門まで行ってから、ため息をついた。
シンシアも一緒である。
「…西の御方様、お疲れになられたでしょう」
「ええ、すごく緊張したわ。けど、思ったよりも明るい方で驚いたわね」
「そうですか。妃殿下はいつもあんな感じでいられますから。でも、他の妾妃たちには気をつけてください。今回は誰もいなかったから、何もありませんでしたが」
そうねと頷きながら、アンは西の宮にまで続く廊下を進んだ。
実は後ろや前方を見えない形で騎士や凶手達が護衛をしているのだがアンは気づかない。
既に、正妃候補と見なされていることにはシンシアも気づいてはいなかった。
後宮では以前から、シンフォード公爵家の令嬢が入ってくると妾妃たちの間では噂になっていた。
だから、彼女を陥れる為に密かに協力しあっている妾妃も少なからずいたのである。
だが、それに気づいたサミュエルと側近たちも水面下で動いていたことは知られていない。
後宮の西の宮に帰ってくるとアンは早速、ナイトドレスに着替えて、自室でくつろいでいた。
イザベルとカトリーヌの二人が紅茶の準備をしてくれる。
後、ゾフィーとシェリーの二人は着替えなどが終わると夕食を取ってくるといって、部屋を出ていた。
「…アン様。今日はお忙しかったでしょう?」
イザベルが珍しく話しかけてくる。
「ええ、目の回るような一日だったわ。明日は授業を受けて、他のお妃様方に挨拶をしないといけなかったかしら?」
「確か、その予定でした。明日、改めて他のお妃様方が後宮の中心の宮、皇太子妃の宮に集まられるそうです」
イザベルが紅茶を注ぎながら、答える。横ではカトリーヌがトレーにお菓子の載った皿をのせたり、注がれた紅茶を受け取っていた。
そのトレーを持って、アンの座る応接セットの机にまで運ぶ。
「アン様、お茶とチェリーのパイにレモンのパイです。シンシアさんが作ったんですよ」
「あら、そうなの。チェリーもレモンもどちらもおいしそうね」
「はい。わたしたちも味見させていただいたんですけど。おいしかったです」
にこりと満面の笑顔でカトリーヌは答える。
その様子に心癒されながらも切り分けられて、皿に盛りつけられたレモンのパイを小さなフォークで一口台に分けた。
口に運ぶと程良い酸味と甘さが合わさってなかなか上品な味だった。
おいしいと言うと、カトリーヌもイザベルも嬉しそうに笑った。
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