第3話 いざ、地玖神島
――――波に揺られて、どれくらいが経っただろうか。
流石に夏休みに島に遊びに行く人間は居ないのか、俺達以外に乗客はおらず、実質貸し切り状態と化しているこの船上で、まるで水彩画のように幻想的な水面を見つめながらそんな事を思う。
――現在。
俺と俊と海華は無事夏休みに突入したということで、地玖神島へと行き来できるフェリーに乗り、向かっている最中である。
右を向いて少し遠くを眺めれば、もう既に件の島が近づいて見えている。
……と言っても、近い島と言うだけあって割と最初から見えているのだが。
だがこの様子だと、後10数分もすれば着くだろう。
「……綺麗だな、海」
深々とした濃い青を眺めていた俊がポツリと呟く。
そこにはいつもの俊はおらず、ただ単純にこの景色に心奪われているといった珍しい印象を受けた。俊といえば『この景色すっげぇ!!お前らもよく見ておけよ!!』みたいな反応をしそうなものだったので、以外な一面を見た気がする。
「そうだな」
俺も俊と同じ方向に視線を向けながらそう相槌を打つ。
俺は浅瀬特有の日光と水色、そして綺麗な砂が織りなす鮮やかな色彩を放つ海の方がどっちかというと好きだが、こういった
「この景色を眺められるのも海華のおかげだな」
全ての始まりは海華からの提案であり、それを実行に移せるのは別荘があったから故だろう。
だからこそ、感謝してもしきれない。
「うちのおかげって、かーくんってば大袈裟だよ~」
笑みを作りながら、ないないといった風に手首を横に振ってそう謙遜を示す海華。
全然大袈裟というわけではないのだが……変な所で謙虚である。
だがいいだろう。海華がそんな態度を取るのならば、更なる追い打ちをかませばいいだけである。
「いいや、海華が思いついて提案してくれなかったら、俺達はそもそも地玖神島に行こうともしなかっただろうからな」
この言葉に嘘偽りは無い。
実際、親戚なり何か目を引くイベントが行われるでもない限り、わざわざ俺達の住んでいる地域よりも娯楽の少ない場所へ行こうとは思わなかった筈だ。
「そうそう!素直に胸張って誇ってもいいってもんだぜ!」
いつの間にやらテンションが復活していた俊が俺のその言葉に同調する。
なんというか、俊の言葉はいつも真っすぐで、嘘偽りのない言葉だと思わせる不思議な力を感じる。
これは驚愕するくらいに明るいテンションがもたらす効果なのか、それとも俊個人が持つ魅力故なのか……恐らく両方だな。
「そ、そう?えっへん」
海華が俊の言葉通りに胸を張り、両手を横腹に当てて鼻を鳴らす。
そんな、まるで漫画に出てくるヒロインのような仕草をする海華の様子が可愛いと思ってしまうのは、当然の事だろうか?
「なぁ~に笑ってるの?かーくん」
「え?」
シンプルに、素っ頓狂な声が俺の口から出てきた。
海華の仕草というか、様子が可愛いと思っていたら自然と口元が緩んでしまったのだろう。
これは失態だった……鈴岸哉斗一生の不覚……!!
しかし、素直に海華に向かって“海華が可愛いかったからつい口元が緩んだ”……なんて事はとても言えない。
そういうのは、俺でない……海華が好意を寄せている人間だとか、俊のようなイケメンだとか――あるいは、彼氏に言われたら嬉しい言葉であって、俺が言っても『え~、何急に~』と言って笑われその後微妙な空気が辺りを支配するだけである。
しかし、そんな事は建前で実際は
実際、海華相手にそんな微妙な空気感になるだなんて事は想像もつかない。
……けれど、想像できないからと言って絶対にそうならないという可能性はないのだ。
「……いや、平和でいいなって思ったら自然と笑ってたみたいだ」
俺はこの状況に似合った言葉を探し出し、紡ぐ。
「なにそれ~」
「さっすが、生粋の平和主義者だな!」
二人が各々の反応を繰り出す。
よし。どうやら、上手く誤魔化せたらしい。
生粋の平和主義者かどうかはさておき……我ながら素晴らしいワードチョイスをしたと褒めてやりたい所だ。
そんなやり取りを続けていると、いつの間にやらフェリーは島に近づいていたらしく、エンジン音が少しずつ静かになってきているのが分かった。
「これが地玖神島か!!」
俊が意気揚々とそう言ってフェリーの端に立つと、海華もその隣に駆け寄る。
俺も二人に続いてデッキの端に立ち、迫り来る島の風景を見つめ、上陸に備えるのだった。
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