5 いつまでも夢を追いかける男の性

候補者の最後の一人。

風の国の王子、ユーリ。

正直、こいつだけは本当に避けたかった。


吟遊詩人風の爽やかな風貌。

絶世のイケメンで、学園の女は全員恋をしている、なんて噂がある程。

大体想像がつくのだが、いわば顔だけの男で、ただの遊び人なのだろう。

女を絶対に幸せにしないタイプである。


(くそっ、俺とは絶対に合わない。話をするのも憂鬱……)


「お姉様! さぁ、行きましょう!」

「はぁ、気が乗らないな」


「もう、今更何を言ってるんですか! お姉様が誘ってくれたんじゃないですか!」


俺は、ソフィアに話を切り出した。

今度、ユーリに会いに行かないか? と。

すると、ソフィアは顔をぱっと明るくし、嬉しそうに手を合わせた。


「お姉様も実はファンだったんですね! 実はボクもです。一緒に会いにいくなんて、ボク、嬉しい!!」

「い、いや……俺は、別にファンってわけでは……」


と、まぁこんなやり取りがあり、渋々ユーリの元へ向かうことになった。


****


放課後の食堂。

ユーリを中心に、ファンの女性達が輪を作っている。


「きゃー! もうユーリ様ったら!」

「ははは!」


楽しそうな黄色い声が飛び交う。


ソフィアは、怖気付いて俺の服の端を握り締める。


「お、お姉様……どうしましょう?」

「まずは、あの輪の中に入っていかないとな」


「で、でも……」

「ほら、ソフィア。前に」


「お、お姉様! ちょ、ちょっと押さないで下さい!」


ソフィアが、あっ、とつんのめって輪の中に飛び込むと、ユーリを取り囲む女達の会話がピタッと止まった。


シーンとする中で、俺とソフィアは注目を集める。

ユーリは、口を開いた。


「これは、これは! 噂の美人令嬢とその妹君」


ユーリはすぐさま膝まづき、ソフィアの手の甲にキスをした。


「お会いできて光栄です」

「そ、ソフィアです。よろしくお願いします……」


ソフィアは、申し訳ないほど、顔を赤くした。


「……そして、もうひと方。マリア。本当にお美しい」


俺は、ユーリに手を触れられ、ゾゾゾと背筋を走る悪寒を我慢するので精一杯だった。


****


ユーリから招待を受けた。


「せっかくの出会いですので、一緒にお食事でも……」


正直、断りたかった。

俺は生理的に、ユーリというあの類の軽い男は受け付けないのだ。

しかし一方で、ユーリとソフィアをくっつけるチャンスでもある。


「お姉様! 行きましょうよ!」

「ソフィア、俺はどうもあの男が苦手なんだ。一人で行ってきてはくれないか?」


「じゃあ、ボクも行かない!! 言ったでしょ、お姉様と一緒じゃなきゃ、ボクはどこにも行かないって!」

「うっ……そ、そうか……そうだったな」


という事で、俺もユーリの招待を受けざるを得なかった。


****


当日、俺とソフィアは、風の国専用のラウンジに通された。


「さぁ、お二人とも座って」


ユーリは、軍服のような正装に身を包み、いかにもモテる男のテンプレのような格好をしていた。


俺は、ソフィアを席に座らせると、すっと踵を返した。


「あれ、マリアさんはどちらへ?」

「ああ、俺は用事があるので……」


「恥ずかしがり屋さんかな? ふふふ、可愛らしい」

「ああ、そうだよ。恥ずかしいんだ。じゃあ、俺はこれで」


(ったく、何が恥ずかしがり屋だ。いちいち気持ちわりぃんだよ。まぁ、今回は断言できる。こいつにときめく事など決してないって事は)


と、俺が意気揚々と退出しようとしていると、後ろからか細い声がした。


「待って、お姉様!! 行かないで! 一人は嫌です」


振り返ると、そこにはソフィアが今にも泣きそうな顔をしている。

その顔には弱い。


「そうですよ、マリア。ソフィアちゃんを一人にしちゃ、可哀想です。用事はまたの機会にして、一緒に楽しみましょうよ」

「い、いや、俺は……」


「お姉様、少しだけならいいでしょ?」


(うぐ……しかたない。少しの我慢だ)


俺は自分に言い聞かせた。


****


つまらない世間話。

でも、ソフィアはうっとり顔で、興味深そうにうんうんと、嬉しそうに相槌を打つ。


ユーリ王子。

こいつは確かに恐ろしい男だ。

表情、仕草、喋り方。何をとってもイケメンのそれ。

根っからの女ったらし。

どれほどの女が餌食になったのか想像も出来ない。


食事が済み、コーヒータイムを迎えると、ユーリは、とある提案をしてきた。


「ああ、そうだ。僕の方からお二人に歌をプレゼントさせて下さい」

「ええ! 本当ですか! 嬉しい!」


ソフィアは、手を叩く。


(はぁ? 歌? 何で、俺が歌など聞かなきゃいけない)


ユーリのミニコンサートが始まる。

ギターのような楽器を使い曲が奏でられる。


遠目で見ていた風の国の御婦人達もいつの間にか近くに集まり、あっと言う間に人だかりができた。


「ラララ……」


手拍子をして体を揺らすソフィア。

嬉しそうな顔。


周りの女達も、うっとり顔で聞き惚れている。


(そんなにいいか? この歌?)


女達の声が耳に入った。


『カッコいいわよね』

『ええ、本当に……憧れの王子様』


(はぁ? 何だよ、結局、イケメン補正が掛かってるじゃねぇか。歌が良いわけじゃねぇのかよ)


退屈なミニコンサートも終わり、ようやくお食事会はお開きになった。


「また、お会いしましょう。ソフィアちゃん、それにマリア」


ソフィアは、再び手の甲にキスをされ、頬を、ぽっと赤く染めた。

俺は、当然の事ながら丁重にお断りし、俺達はその場を後にした。


****


女子寮の部屋に戻ってきた。

ソフィアは興奮冷めやらず、目をキラキラさせている。


「ああ、お姉様! 素敵な方でしたね!」

「あ、ああ……まぁ、そうだな。で、どうだ? ユーリの事は気に入ったか?」


「もちろんです!! お姉様の次にカッコいい!」

「俺の次って……ははは」


これは十分に可能性がありそうだ。


(まぁ、あんな顔だけの男でも、ソフィアが気に入っているのならいいか)


「さぁ、ソフィア。もうユーリの事はいいから、そろそろ休みなさい」

「はい、お姉様。おやすみなさい!」

「ああ、おやすみ。いい夢みるんだよ」

「はい!」


ソフィアが寝室へ向かうのを見送る。


(さてと……)


これからの作戦を練る必要がある。

今回は、俺が寝とる心配がないから、正攻法で行ける。


敵は、他の女達。

倍率は高そうだが、うちのソフィアだって、少しおめかしをすれば超絶美少女の出来上がり。

ユーリといえど、絶対に惚れる。間違いない。

明日にでも、街に繰り出し、可愛い服を調達しに行くべきか。


ただ、心配なのは、今後のソフィアの事。

考えれば、考えるほど不安になる。


「あの男の女癖の悪さ。何としてでも改心させる必要があるな……」


「誰の女癖が悪いって?」


俺は、はっとして声のする方を向いた。


カーテンが揺れている。

窓際に、ユーリが立っていた。


「な! ユーリ!? お前がどうしてこんなところに!?」

「夜這いってやつさ、マリア。もう、君の事しか考えられなくて」


「な! 何を言ってる、ふざけるな!!」

「つれないじゃないか? 僕はこんなにも君のこと想っているのに。僕の愛しい人」


かーっと頭に血が昇る。

しかし、俺は冷静さを失わないよう、声のトーンを抑えて言った。


「いいか。俺はお前になど興味はない。一度、食事をしたぐらいで夜這いをかけるなど、軽いにも程がある。帰れ! いますぐにだ!」

「固いなぁ、マリアは。そんなに照れなくたって、いいじゃないか? 楽しもう!」


ユーリは、弾むように俺に近づき、俺の手首を掴んだ。

が、俺は一瞬で、逆に手首を取り返す。


「いたっ!!」

「何を勘違いしてるのか知らないが、俺をそこらの女達と一緒にするなよ。分かったか!!!」


俺は、勢いよく、ユーリを突き飛ばした。

ドン!


体が壁にぶつかる。


「他のやつには黙っててやる。消えな」


ユーリはよろめきながら立ち上がった。

いきなり笑い出す。


「はははは、やっぱり君は僕が思った通りの人だ」

「何を言っている?」


「ごめん、本当に悪かった。君を試すような事をして」

「俺を試しただと?」


「ああ、そうだ。なぁ、マリア。頼む、僕の話を聞いてくれないか?」


ユーリは、自分語りを始めた。


僕は、歌を歌う事が好きなんだ。

でも、誰も僕の歌をちゃんと聞こうとしてくれない。

理由はそう、僕の容姿。

誰もが僕の容姿に見惚れ、僕の歌など聞いていない。それが分かるんだ。

でも、君は違った。

僕の容姿に惑わされない。

ちゃんと僕の歌を聞いてくれる。

そんな人をずっと探していた。君のような人を。


今までのチャラい雰囲気は影を潜め、今はただ一人の悩める男の姿になってた。


「なぁ、マリア。君は僕の歌、ちゃんと聞いてくれてたんだろ? 君の感想を聞きたい。僕の歌、どう思う?」


「突然だな」

「いいから答えてくれ」


「まぁ、いいと思うよ」

「本心を聞きたい」


「そうか……なら正直に言うが、上手いとは思うが、まぁ、アマチュアレベルだな。俺はよくは知らないが、プロの歌は心に響くはずだ。お前にはそれがない」


「ありがとう、マリア。嬉しいよ」

「え? 俺は褒めてねぇぞ」


「しっかりと僕の歌を聞いてくれてた証拠。酷評であっても盲目的な賛辞よりどんなに嬉しいか。それに、僕自身、まだまだと思っている。悔しいけど」


ニコリ、と微笑んだ。


(うっ、こいつ、本当は真面目でいい奴なんじゃないのか?

己の弱点にしっかり目を向け、目的に向い真摯に取り組んでいる男。

悪くない、悪くないんだが……やばい、これはいつものパターンになっちまう)


ユーリは続ける。


「僕は歌が上手くなりたいんだ。

小さい頃からの夢。

絶対に諦めない、後悔したくないんだ。

だから、今は下手だっていい、だけど努力を惜しむ事は絶対にしたくない。

ああ、こんな胸の内、話せたのは、君が始めてだ。

ちょっと恥ずかしいな……」


キュン……。


(くっ、トキメキ。

仕方ねぇよ、こいつ顔を赤くしながらも、

目をキラキラさせやがって、カッコいいったらありゃしない。

男が夢を語る。

それも、恥ずかしげもなく、真っ直ぐに……。

胸の奥にズドンときやがる。

今のユーリは、俺が軽蔑するユーリとは全くの別人。

こっちが本当のユーリなのだろう。

チッ。

俺の目は節穴だったって事だ)


「こんな貴族の肩書きや容姿の良さなど必要ない。

いつか大勢の前で歌を歌い、観客を魅了したい。絶対に実現してやる。絶対にだ!」


力強い言葉と共に、少し恥ずかしくなったのか、おどけて言った。


「僕、変かな?」


ユーリは、少し恥ずかしそうにはにかんだ。


(変な訳あるかよ、男が一つの事を成し遂げる。美しいじゃないか……)


キュンキュン……。


(や、やばい……このままだと、また俺、制御が効かなくなる。

何かネガティブなネタはないか?

ああ、そうだ!)


「おい、ユーリ。でもその割に、その顔で女を引っ掛けて、遊びまくってるそうじゃないか? 満更でもないんだろ? 女遊びはよぉ」


「ふっ、そういう噂があるのは知ってる。でも、今まで僕の容姿に夢中になる女を一度たりとも抱いた事はない。抱けるかよ! 僕の歌をちゃんと聞いてない女なんかを!」


最後の方は、憤りで叫び声に近い。


本当の事なのだろう。

まっすぐな夢。それを追いかけるのに雑音はいらない。

むしろ邪魔。


人が何を言おうが関係ない。

自分の道をひたすら突き進むだけ。

それも分かる。

こいつが言ってる事は、共感しかねぇ。


「悪かったな、変な事言って……俺は、お前の事を誤解していた。すまない、謝るよ」

「いいや、気にしてないさ。それよりも、僕は君という人を見つけてしまった事に興奮している。わかるかい? 僕が今どんな気持ちか? どんなに嬉しいか?」

「どうだろう、よく分からない……そもそも俺以外にもいるだろ? お前の容姿に惑わされないやつは」


ユーリは首を振る。


「今まで巡り合う事はなかった。君をのぞいては。だから、きっと、君は運命の人。僕は確信している……ああ、この気持ち! 歌にできたらどんなにいいだろう!!」


伝わってくる。

ユーリの悦びが。


(ユーリ……何て、真っすぐな奴なんだ。しかし、ダメだ。これ以上、ユーリに惹かれてしまったら……)


「マリア! その、もしよかったら……その……僕の夢を応援してくれないか?」


真剣な目で俺に迫る。


キュンキュンキュン……。


(終わった……夢を追いかける男に惚れない男がいるかよ……)


「分かった、ユーリ。俺は応援する。君の夢を……」

「ありがとう、マリア。やっぱり君は、僕の運命の人だ……」


「こいよ、ユーリ。お前の夢、もっと聞かせてくれ」


俺は、ユーリの手を優しくとり、ソファへと誘った。


****


リビングの床には、脱いだ服が散乱した。


『マリア、本当に君を抱いていいのか? 君は、こういう事を軽蔑していたはずじゃあ……そんな事はない? そっか、じゃあ、僕は本気で君を抱く』


『君は、まるで楽器のよう。こんなに敏感に反応して……ふふふ、とても気持ちいいんだね。そんないやらしい声を上げて……』


『僕のリズムで君が感じているの分かるよ。ここがいいんだろ? 僕もとっても気持ちいい。二人で感じるって、なんて素敵なことなんだ……まるで、ダンスを踊っているかのよう』


『僕と君の気持ちがシンクロしている。ああ、一緒に、絶頂を迎えよう。ほら、いくよ……一緒に、一緒に……うっうっ、いくっ、マリア……』


充足感が半端ない。

今でもフアフアと、心地よい夢を見ているかのよう。

男同士だからこそ味わえる、至高の快楽。


しかし……。

ダメだ、ダメだ! 俺は何をやってしまったんだ!

快楽に溺れている場合じゃない。

結局、恋人候補4人の王子、全員と寝てしまった。


完全にストーリー通り。

畜生! バッドエンドに向かって一直線じゃないか!!!



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