【ショートショート】わたしの顔をなぜ見るの?

ほしのありか

【ショートショート】わたしの顔をなぜ見るの?

「ついにこの時が来たわ」


「・・・。僕は、今のままでもいいと思うんだけどね・・」


「だめよ、だめ。女はね、いつもきれいで可愛く在りたいものなの」


私は整形をする決意を決めた。その決行日がいよいよ今日だ。午前中はそのための最終検査だった。

私の顔は無駄に高い鼻とくっきりした目で構成されていて、頬の輪郭もくっきりしているもんだから昔から周りに馬鹿にされてきた、ような気がする。


周りの人は他人の顔なんて気にしていないことも知っている。自意識過剰だと思われてもおかしくないけれど、周りからジロジロみられているような気がするのだ。


結局、自分が自信を持っているかいないかの違いなのだろう。



「あ。雨が降ってきたね」


恋人の彼はとても優しい。今は大学院で機械工学を専攻している。私には詳しくわからないけど、教授から気に入られているようでとても優秀らしい。


「はい、愛衣」


彼は手に持っていた傘を広げて私に雨がかからないようにしてくれる。これぐらいの雨、全然大したことじゃないのに。彼は過保護な親のようなときもあるけど、やっぱり彼の優しさが私はとても好きだった。


「はぁ・・・。また見られてる気がするわ。」


「そうかな?僕はそんなことは思わないけど・・。でも愛衣が気になるって言うんだからそれは否定しないけどね」


「この前は本当にひどかったのよ。ショッピングモールで小さな男の子を連れたお母さんが困ってたのよ。男の子が欲しいなんとかマンのおもちゃが直前で売り切れてしまったらしくてお店の前でぐずってて。お母さんも困り果ててたし、お店の人も困るだろうなって思ってたの。」


「でも他人の私が男の子に“売り切れてもまた次があるわよ!元気出しなさい!”なんて言えないじゃない。それでだまってそのお店を横切ろうとしたら、男の子がこっちを見て泣き止んだのよ」


「え、どういうこと?」


「男の子は私の顔を見て泣き止んだのよ。きっと。ばっちり男の子と目があったもの。その瞬間から好奇な目で、いや、好奇というか奇妙な感じもしたけど、それでも間違いなく私の顔を見て急に泣き止んだのよ。そんなにおかしい顔かしら。」


「そうだったのか。でもいいじゃないか、ぐずってる子どもを泣き止ますのは大変なことだ。お母さんも助かっただろうし、もっと言えばぐずられている側のお店の人も助けた。愛衣がそこを通りかかっただけで少なくとも一度に3人もの人を助けたわけだ」


「そうかもしれないけど、私は納得がいってないのよ!」


「まぁそうだろうけど。それにしても子供って大変なんだな」


そんなことを言いながら彼の大学を出て近くの駅に着く。彼の大学は3つの異なる学部で構成されていて、彼の所属する工学部、それ以外に美容学部、医学部となっている。彼が教授を通して美容学部の教授に話を通してくれて、特別にモニター扱いとなり、無料で整形を受けさせてもらえることになっていた。


「じゃあ私はバイトがあるから、ここでお別れね」


「ああ。気を付けていってらっしゃい。はい傘も」


「ありがとう」


駅の改札を通り、彼に手を振る。電車はすぐに来た。

私はいつも女性専用車両に乗っている。雨ということもあっていつもより混んでいる電車だった。こういう混んでいるときは痴漢が起きやすいこともあって、女性専用車両は人気のようだった。



2駅通過したときだった。突然事件は起きた。


「この人痴漢です!!!!!」


若い女性が2つほど離れた車両で騒いでいるが、私の周りの人はなにも反応を示していない。普段からイヤホンをつけ大音量で音を聞いてたりするせいで耳が遠くなっているのだろう。もしくは単に関心がないのか、スマホを見たりしている。


男が逃げてこっちに向かってきているのがわかる。このままではこの車両にいる人が怪我をするかもしれない。


なんとかしなければ、と考えて、私はスマホに夢中になっている女性たちの間を縫って男が向かってきている車両の扉の前に移動して待ち伏せした。


格闘技なんて習ったことないけど、頭の中で必死に検索して、最適解を出す。


女の敵は許せない。痴漢された女性がどんな気持ちで過ごすことになるか考えるだけで悲しくなる。


男の姿がはっきり見える。服の上からでもがっちりしているのがわかる男だった。一瞬ひるみそうになったが、こぶしを握りしめる。


「どけ!!」


車両の扉が開く直前ぐらいになって、女性専用車両の女性たちが騒ぎ始める。スマホばかり見ているとこうも対応が遅れるものなのか。


ガタンッ!!


―――扉が開く。準備していたこぶしを男のみぞおちに正確にねじ込む。


「なっ!なんだおまえ!! グアァァ」



駅に到着する。男は私の一撃を食らって気絶していた。

駅員さんに男の身柄は確保され、無事に事件は終結した。


こういうときは功労者である私に拍手とか送ってくれるものではないのだろうか。


周りの女性たちは私を恐怖の対象として見ていた。まぁ、たしかにパンチを繰り出すような暴力的な人に恐怖を感じるのはわかるけれど。でも私だって怖かったんだし。


痴漢された女性は私にお礼の一言ぐらいあっていいと思うんだけどなー。感謝するでもなく、軽蔑するでもないなにかを見るような目で私を見て、駅員さんと一緒に姿を消した。


「はぁ。バイト前に疲れたわね。でもあのままだと他の人も危なかったし」



バイト先に到着する。

私のバイトは博物館の受付嬢だ。


「そういえばさっきの痴漢、ノックアウトする直前、相手も驚いてたわね」


女性専用車両なら逃げきれると思っていたのだろうか。まさかその先でこぶしを握って待ち構えているなんて思ってもみなかったんだろうなー。


なんて考えながらふと時計を見ると時刻はお昼の12時を過ぎる頃だった。


私のバイトしている博物館は最近特に新しいことに取り組むことで来場者数を増やしているようだ。1番人気は誰でも有名歌手や有名インフルエンサーの声を出せる「こえへんだ!」で、発言した声がマイクを通して変換されるのが面白いらしく、小学生が大笑いしながらいつも集まっている。


2番人気は午前中限定公開のMIR-AI♡ちゃん。「ミライちゃん」と親しまれているAI、つまり人工知能だ。最新搭載のAIで館内の案内をしている。でも午前中で充電が切れてしまうらしく、案内係がいなくなるため午後から私が受付嬢としてバイトさせてもらっている。


私の目から見ても結構人気の博物館で、午後からも次々お客さんが入ってきている。


相変わらず、私の顔を見て凝視する人もいたり、くすくす笑う人もいたり、失礼な人も混じっているように思えるけど。


「ミライちゃんはいないんですかー?」


ふと気が付くと目の前に小さな女の子が目の前にいる。


「はい。ミライちゃんは今はお休み中です。ごめんね」


「そうなんだ!疲れちゃったのかなあ」


「うん。けど明日になればまた元気になって出てくるから朝に来てみてね」


「はーい!おねえさんも元気でねー!」


素直な可愛い子どもだ。親御さんに連れられて奥のブースへと入っていった。

まだ私に手を振ってくれている。



受付嬢の仕事は楽だ。話かけられれば対応すればいい。

椅子が少し硬く、椅子の奥の方にコードが伸びていたりしてごちゃごちゃしているせいで椅子を動かしたくても動かせないため、体勢を変えにくいのがつらいときもあるけど。

それでも立つ仕事よりはずいぶんと楽だろう。実際、来た時よりも体が楽になったような気がする。


工事現場で働いてそうなお父さんが通りすがりに「いいなぁ、おれもあぁやって座ってるだけでお金もらえたらなぁ」なんてぼやいている。


必要があれば話かけてくるお客さんの相手をしているうちに閉館時間となった。


「よし!それじゃあ美容学部に向かおうかしら」


再び電車に乗って彼と別れた駅へ向かう。

そう、今日は私が生まれ変わる日。これが今日のメインイベントなのだ。


ふと気づくと、彼が渡してくれた傘がない。しまった。バイト先に忘れてきてしまった。


雨はいつしか土砂降りになっていた。


「えー、この雨の中歩くのは厳しいわね・・でも指定された時間に遅れちゃうわ」


この雨の中大学までの15分の徒歩は無理だと頭で判断しながらも、タクシーやバスも見当たらず、大きな目的のためには歩いていくしかなかった。


歩きながらやっぱりいろんな人に見られている気がした。


「大丈夫かしら、あれ」「あんまり見るなよ」


相合傘をしているカップルが私を見て何か言っている。

雨が全身にかかる。歩くたびに電気が体全体を走るような痛みを覚えながら、私は歩を進めていく。


せっかくバイト先に椅子に座って充電した体力がどんどん抜け落ちていくような感覚だった。それぐらいとんでもない雨だった。


「頭が・・・・、イタイ・・・」


大学までの大きな坂が見えたとき、今までとは非にならない尋常じゃない激痛に襲われた。


ヤバイ・・ダメ・・。これ以上歩けない。意識がトブ。ダメ・・da


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「次は気をつけてください」


「はい。すみませんでした。ちょっと自由にさせすぎましたね」


「ある程度の防・加工はありますが、それでもと・・もない水だったのでね」


「そうですね、それにして・・形し・・いなんて、そん・こと考えるんですね」


意識がはっきりしてきた。おじさん2人が会話している。


「いやー、私もはじめての体験です。どこから学習したのか」


「そうですねえ。まあもう少しすれば・・おや」


「お、目が覚めた」


私は目を開ける。どこかの研究室のようだった。


「聞こえますか?」


「はい。聞こえます。」


「大学の前で倒れていたんですよ、あの大雨の中でね。傘もささずによくあの大雨の中歩きましたね。あぁ、そうだ、整形がしたいって話でしたよね。あなたが気を失っている間にご希望通りお整形を施させていただきました。」


なんていいながら鏡を持ってきてくれる。


あぁ、あれだけおかしかったように思える私の顔が今度はかわいらしい顔に変わっている。


「どうだい?希望通りの顔になったかな?整形学部デザイン科との共同作品なのさ」


「はい、はい!これできっとジロジロみられることはなくなります!ありがとうございます」


ウキウキで研究室から外に出る。私は生まれ変わったんだ。


大学を出てすぐにある食堂の前を通りかかったとき男の子のにぎやかな声が聞こえる。


「すげー!かっこいいー!!」

テレビのNEWSに向かって叫んでいるのが見えた。


「痴漢は無事その場で確保されました。確保したのは自立型人工知能とのことです。日進月歩で開発が進んでいますね。以上速報でした。続いてのNEWSです」


また痴漢が出ていたのね。最近物騒なことだわ。


ふと前を見ると彼がこっちに走ってくるのが見えた。


「やあ、生まれ変わったんだね。痴漢も捕まえたんだって?すごいニュースになってたよ ——————アイ。」

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