自分もろとも魔王を封印して二百年後。先に目覚めた勇者は魔王と勘違いされました

柿名栗

自分もろとも魔王を封印して二百年後。先に目覚めた勇者は魔王と勘違いされました

 魔王城、最奥。大きな黒い棺が置かれた広間で、魔王と俺たち、勇者パーティーが戦っていた。


「これで終わりだ! どりゃああああ!!」


 白銀に輝く伝説の武具を身にまとった俺……勇者【ネイソン】が、構えた剣を振り下ろし、魔王の体を左肩から斜めに切り裂く。


「ぐはぁッ!!」


 叫び声をあげ、魔王は背後にあった棺に激しく叩きつけられた。赤い血が噴き出した肩を押さえ、長い銀色の髪を振り乱し、床にヒザをつく。


「ぐっ……ク、ククッ……見事だ……勇者よ。どうやら、余の敗北のようだ」

「ああ、今とどめを刺して、楽にしてやるよ」

「……フッ。残念ながら、ヴァンパイアである余に死はない。どんなに切り刻まれようとも、日の光に当てられ灰になろうとも、必ず復活して再び貴様の前に現れてみせよう」

「……チッ、やっぱりそうくるか」

 

 こうなることは予想していた。確か、先代の勇者が魔王を倒したのが五十年ほど前。その魔王が二年前に復活して、再び悪さを始めた。これまでもずっと似たような周期で、魔王は滅亡と復活を繰り返してきたのだ。せっかく苦労して魔王を倒しても、その平和が五十年も持たないのではやってられない。そこで俺は、厳しい修行を経て、ある秘術を会得しておいたのだ。


「ネイソン……やるのか?」

「ああ、手伝ってくれ」

「……そうか。わかった」


 少しためらうように言うと、筋骨隆々の戦士【マタン】が棺のフタを開ける。棺の中には、バラの花が敷き詰められていた。


「これがお前の寝床か。いい趣味してるじゃないか」

「……フン」

「それじゃ、マタン」

「ああ」


 俺が魔王の両脇を持ち、マタンが魔王の両足を持つ。


「……何をするつもりだ」

「こうするんだ……よっ、とぉ!」


 勢いをつけ、魔王を棺の中に放り投げる。


「ぐっ……がはっ」


 傷口に響いたのか、棺の中で苦しそうな声を上げる。


「さて、と……それじゃマタン。離れていてくれ」

「……ああ」

 

 去り際にマタンが、俺の肩をでかい手で名残惜しそうにガシッと掴む。俺はマタンの胸の辺りを拳で軽くたたいて応えた。


「……マタン。マーテ。……アミィ」


 これまで苦楽を共にしてきた仲間たちの名を呼ぶ。


「俺はこれから魔王を封印する。前もって伝えておいた通り……恐らく200年は解けないだろう。だから……これで、お別れだな」

「俺たち、200年後も生きてるかもしれないぜ?」

「ハハッ、そうだな、マタン。お前なら、そのくらい生きられるかもしれない。俺は魔王の封印記録を伸ばすから、お前は長寿の世界記録を目指してくれ」

「おうよ」


「……本当に、他に方法はないのですか?」


 金色の長い髪が似合う、僧侶の【マーテ】が、泣きそうな顔で問いかけて来る。彼女は優しく、いつも空気を読み、パーティー内のいざこざを解決する役割を担ってくれていた。いざこざは、ほぼ俺とアミィが原因だったのだが。


「ああ。このまま倒したところで、また50年そこそこしか平和は続かないだろう。だから、俺がやるしかないんだ」


「でも、それでは……アミィさんが……」


 そう言って、マーテが横にいる【アミィ】を見る。アミィは、肩程まで伸びた赤い髪と、気の強そうな目が特徴の魔法使いだ。まあ、見た目通りけっこうキツい事を言う性格で、旅の最中もちょくちょくケンカなんかしてたんだが……そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか俺は彼女の事を好きになっていた。うぬぼれではないと思うが、恐らくアミィも俺と同じ気持ちのはずだ。


「アミィ」

「……何よ」


 アミィが俺をにらみつける。悲しみの感情をごまかすような、不安に彩られた瞳で。

 これが今生の別れならば、言わなければならないだろう。


「俺さ……お前のこと、好き、だったような気がしてたんだけどさ……。気のせいだったわ」

「……」

「だから、さ。アミィはアミィで、新しい幸せを見つけて欲しい」


 しばらく俯いた後、アミィが顔を上げた。


「バカじゃないの。その言い方だと、まるであたしがアンタのこと好きだったみたいじゃない。うぬぼれてんじゃないわよ。アンタのことなんて、別になんとも思ってないから。いや、むしろ嫌いまであるから。200年もその顔見ないで済むかと思うと、せいせいするわ」

「そ、そこまで言いなさるか」


 もちろん本心じゃない事はわかっている。その証拠に、アミィの両目からは大粒の涙がこぼれ出していた。


「あれ……俺、てっきり二人は好き合ってるもんだと思ってたぞ」


 マタンは相変わらず空気を読めない。


「マタンさん……もう二度と会えないと悟ったから、あえて突き放すような事をお互いに言ったのですよ」


 マーテは相変わらず空気を読みすぎる。改めて解説されると、非常に恥ずかしくなってきた。


「……おい、何かするなら、早くしろ」


 背後から魔王にせかされる。こいつ、本当はまだ余力を残してるんじゃないだろうな。


「それじゃみんな……元気でな。幸せになってくれよ」


「ああ、今までお疲れさん。200年後にまた会おう」

「ネイソンさん……ありがとう……ござい、ました。ぐすっ」

「……」


 あふれ出る涙を隠すように、仲間たちに背を向け、俺は棺に入る。


「覚悟はできているか?」

「……こんな狭い所で貴様と200年も過ごさねばならぬのか……。おい、あの僧侶か魔法使いの娘と代われ」

「やかましい。俺だって嫌なんだよ」


 棺のフタを閉じる前に、三人に手を振る。涙で頬を濡らしながら、マタンとマーテが手を振り返してくれる。アミィは手を振ることはなかったが、目に焼き付けるように、俺の事を最後まで見つめていた。


「アバヨ……みんな」


 棺のフタを閉じる。あいつらと一緒に、平和になった世界を楽しんでみたかったなぁ……。

 俺は目を閉じ、つぶやいた。


「――勇者の添い寝」


 青い光が棺の中にあふれ出す。


「……嫌なネーミングだな」

「言わないと発動しないんだよ……」


 宿敵としょうもない言葉を交わし、俺の意識は遠のいて行った。




♢ ♢ ♢ ♢




「ん……んん……ん?」


 暗い。目を開けているはずなのに真っ暗だ。それに何か変なにおいがする。どこだここは? 確か俺は……ええと、何してたんだっけ。まだ意識がはっきりとしない中、ぼんやりと記憶が戻ってくる。


「……ハッ!?」


 俺は棺のフタを押し開け、勢いよく体を起こす。そうだ。俺は魔王と戦って、その後封印の秘術を……。横を見ると、魔王が眠っている。棺の底では、朽ちたバラがバラバラになっていた。


「うーん……もう、200年経ったのか?」


 周りを見渡してみるが、魔王と戦った時と、さほど変化がないように見える。外の様子が知りたいが……。とりあえず、魔王を放っておくわけにはいかないな。眠ってるし、とどめを刺しておいたほうがいいか? そう思い、棺の中で剣を握ったその時――。


「おや? おやおやおやおや!?」


 広間の入り口に、魔物が立っていた。おやおや言いながら、嬉しそうな顔でこちらに近づいて来る。


「魔王様、ようやくお目覚めになられましたか!」


 先端に目玉の付いた杖を持ち、毛の代わりに二本のツノが生えた頭に、白く長い眉とヒゲを蓄えた老人のような魔物が棺の前に跪く。黒いローブの裾が床に広がり、ふわりと埃が舞い上がった。どうやら俺の事を魔王だと勘違いしているようだ。


「どれほどこの日を待ち望んでいたことか……。あ、わたくしめはシツージと申します。魔王様に代わり、魔軍の指揮を執らせていただいております。以後、お見知りおきを」


 シツージと名乗る魔物が頭を垂れる。雰囲気でわかるが、こいつはかなりデキる。今なら隙だらけだし、このまま倒してしまったほうがいいだろうか。いや、騒ぎになって、他の魔物も集まってきたらまずいか。魔王もいつ目を覚ますかわからない。と、なれば……。


「うむ。ご苦労……。俺、いや、余が眠っている間、何か変わった事はなかったか?」


 魔王のフリをして、この場をしのぐしかないな。


「はっ……人間共に目立った動きはなく、かつて勇者共に討たれた魔族達も、順調に数を増やしております」

「そうか……」


 あれだけ頑張って魔物たちを掃討したのに、また元通りか……やれやれ。


「ところで、今何年かわかるか? ……人間たちの使っている暦で」

「はぁ……確か、王国暦765年、でしたかな」


 765年……俺たちが魔王討伐に出たのが565年だったはずだ。つまり、ちょうど200年経ったのか。まったく大した秘術だぜ。


「それが、何か?」

「いや、別になんでもない」

「?」


 あーあ、本当に200年経ってしまったんだなぁ。200年なんて、もう知ってる人なんてどこにもいないよな……。マタンも、マーテも、アミィも……いや、マタンの生命力ならあるいは……。


「魔王様」

「んっ、お、おう。なんだ」

「復活されたそのお姿を、早速同胞たちにも見せてあげて下さいませ」

「え。……いや、ちょっとそういうのはなんというか、照れ臭いから嫌かなぁ、なんて……」

「魔王ともあろうお方が何をおっしゃいますか。わたくしめは先に行って、同胞達に声をかけてまいります。準備が整ったらお迎えにあがりますので、それまでしばらくお待ちくだされ」

「あ、あぁ……わかった」

「では」


 スッと頭を下げると、シツージは広間から出て行った。


「……えらいことになっちまった」


 大勢の魔物の前に姿を晒したりしたら、絶対にバレるだろう。もしかしたら俺が勇者だと知ってる長寿の魔物もいるかもしれない。謁見の間……確か最初に魔王と戦った場所だな。絶対にあそこに行くわけにはいかない。さっさと逃げてしまおう。


「えーっと……」


 逃げるにしてもこの格好は目立ちすぎる。何か姿を隠せるものは……。


「お」


 ふと、横で眠りこけている魔王の姿が目に入る。


「いいもんもってんじゃんかよ。ちょっと借りるぜ」


 できるだけ動かさないよう、魔王の羽織っているマントを引き抜く。かつての戦いでできた無数の綻びや、魔王の血がこびりついているがまあいいだろう。魔王のマントを羽織り、そそくさと広間を出ていこうとしたその時――。


「魔王様」

「どぅわっ!!」


 突然目の前にシツージが現れた。

 

「準備が整いましたぞ。さあ、参りましょう」

「う、あ、ああ……」


 くっそー、仕事が早いなこいつ。魔物にしておくには惜しい人材だ。


「ふふ、そのお姿、なかなか似合っておりますぞ」

「……そうか」

「その肩の傷は、勇者に……?」

「ああ、まったく忌々しいやつよ」

「その勇者も、すでに生きてはおりますまいな……」


 どうやら、俺が自分ごと魔王を封印した事は知らないようだな。まあ、知られていたら、すでに俺はこうして生きている事もなかっただろう。


「さあ、どうぞ」


 謁見の間の手前で、それまで先を歩いていたシツージが、俺が先に入るよう、うながす。ああ……来てしまったか。ええい、こうなったらなるようになれだ。バレたら大暴れして、派手に散ってやらぁ。俺は鼻息を荒くして、謁見の間に入って行った。




♢ ♢ ♢ ♢




「うわぁ……」


 ズラリと整列した魔物たちの横を通り、玉座に向かう。かつて苦戦させられた、屈強な魔物たちの不躾な視線が全身に突き刺さる。


「おい、あれが魔王か? なんか弱そうだな」

「すげーイケメンって話だったが……そうでもないよな?」

「なんかガッカリね」


 全部聞こえてるぞこら。イケメンってなんだ? 聞いたことのない言葉だな。……ハンサムって意味だろうか。ざわつく魔物たちを尻目に、玉座の前にたどり着つくと、右手に控えたシツージが大きく息を吸い込む。


「皆の者! 先ほど、我らが魔王様が、ついに忌まわしき封印から解き放たれ、復活を遂げられた!」


「「「「ウォーーーーーー!!!」」」」


 地鳴りのような魔物たちの歓声が、謁見の間に響き渡る。その数は百や二百ではきかないだろう。こんな状況で暴れてみたところで、無駄死にするだけだな……幸い俺が勇者だと知ってる魔物もいないようだし、うまく誤魔化して逃げよう……。


「これより魔王様から、我ら魔族の今後の方針をご説明いただく! 静まれい!」


 シツージが、見た目に似合わない、よく通る声で叫ぶと、騒がしかった謁見の間がシンと静まり返った。


「では、魔王様。お願いいたします」

「う……うむ」


 今後の方針って言われてもなぁ……。『人間共を亡ぼせー』なんて言っておけば盛り上がるんだろうけど、人類の希望である勇者がそんな事言うわけにはいかんし……。


「えー……あー、あー。皆の衆、本日は、我、いや、余のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます」


「…………」


「……何言ってんだ?」

「緊張してんのかな」

「しーっ、静かにしてないと爺さんに怒られるぞ」


 魔物たちがざわつき始める。どうやらつかみは失敗だったようだ。


「あー、先の戦いで余は勇者たちに敗れ、今日まで棺の中で眠り続けることとなった。ヒツギの中で数え続けたヒツジは、もはや何匹になったか覚えておらぬ」


「…………」


「ようやく目が覚めて、ヒツジが消えたと思ったら、今度はシツージが迎えにきた、というわけだ」


「…………」


 全然うけない。


「……これまで余は、何度も勇者にやられては復活、やられては復活を繰り返してきた。正直に言う! もうこんな流れには、うんざりしているのだ!」


「…………」


「よって……これからはもう人間たちとは争わず、手を取り合い、仲良くこの世界で一緒に暮らしていけたらいいなーと……思っている」


「えー……」

「おいおい、本気かよ」

「魔王様、どうかしちまったんじゃないのか?」


 魔物たちの間に動揺が広がる。それは当然のことだろう。これまで散々命の奪い合いをしてきた相手と仲良くしろ、なんて言われて納得できるはずがない。


「魔王様。破壊と殺戮こそが、我々魔族の本懐のはずでは?」


 最前列に立っている首のない騎士のような魔物、【デュラハン】が話かけてきた。こいつは一体どこから声を出してるんだ。馬から降りもせずに。


「……破壊と殺戮からは、恨みしか生み出さぬ。これからは、共に愛と平和の世を作って行こうではないか」


「あ、愛と平和……。 し、しかし、魔王様、それではあまりにも」


 馬からずり落ちそうになりがら、なおも食い下がってくる。こいつ、クビにしたろうか。クビないけど。


「静まれい!!」


 横にいたシツージが突然大声で叫ぶと、ざわついていた謁見の間は再び静寂に包まれる。


「魔王様のご意志は、我ら魔族の総意である! 従えぬ者は今すぐここを去るがよい!!」


「…………」


 我ながらとんでもない提案をしたと思うが、不思議とその場を動こうとする魔物はいなかった。やるなシツージ。


「魔王様……本当によろしいので?」

「ああ、二言はない」

「……わかりました。では今度、そのように」

「うむ」


 さーて、と……逃げるか。


「余は少し休む。後の事はまかせるぞ」

「はっ、仰せのままに」


 魔物たちの冷ややかな視線を浴びつつ、俺は足早に謁見の間を後にした。逃げる前に、魔王(本物)にとどめを刺しておけば、平和な時間も長く続くだろう。ところが人生というものは、なかなか思うようにいかないものである。


「貴様……。そこで何をしている」


 棺の間から出てきた魔王と、バッタリ出くわしてしまった。どこに着替えがあったのか、首にヒラヒラのついた新品の白いシャツに着替えている。


「や、やあ、おはよう」

「……余のマントを着て、何をしているのだと聞いている」


 どうやら誤魔化せそうにない。四人がかりでようやく倒せたような奴を、一人でやれるのだろうか。シャツを着替えたせいで傷口は見えないが、もう完治しているとしたら、勝ち目は薄いだろう。しかし、こうなれば覚悟を決めて戦うしかない。そう考え、マントの下で剣の柄に手をかけた時だった。


「魔王様、今後の事で少しお聞きしたい事が……」


 後ろからシツージまで現れた。強敵のサンドイッチ。絶対絶命である。


「魔王様……だと?」


 魔王(本物)が片眉を上げ、怪訝な顔で俺とシツージを交互に見る。


「……なるほど、そういう事か」


 どうやら、俺が魔王のフリをしていることが、一瞬でバレてしまったようだ。


「おや、魔王様。そちらの方は、どなた様ですかな」


 穏やかな口調だが、隙のない態度でシツージが魔王を見る。


「そうだな……余は……」


 あーあ、なんとかなりそうだったのに、結局駄目だったか。マタン、マーテ、アミィ。俺もすぐにそっちに行くぜ。待ちくたびれて、もう生まれ変わってるかもしれないけどさ。そんなことを考えながら、俺は覚悟を決め、魔王に斬りかかろうとしたのだが……。


「余は、200年前に魔王様に仕えた魔軍総司令官……【ソシレイ】である」


 ほぇ?


「なんと、それではわたくしの先々代の……今までどこにおられたので?」

「勇者にやられた傷を癒す為、身を隠していたのだ」

「そうでしたか……。魔王様、本当なのですか?」


 ……どういうつもりだ? 俺を弄んで、200年前の恨みを晴らそうとでもいうのか? よくわからんけど、とりあえず今は、魔王の企みに乗っかるしかないか。


「あ、ああ。こいつはかつて、余の右腕だった男よ」

「おぉ、それはそれは……では、総司令官の地位をお返ししなければ」

「いや、それは引き続きお前がやるといい。余は魔王様の側近として、好きにやらせてもらう」

「は、はぁ……」

「少し魔王様と話がある故、お前は下がっていろ」

「わかりました。それでは、失礼します」


 首をかしげながら、シツージは薄暗い廊下の奥に消えて行った。


「……おい、どういうつもりだ。偽名まで使って。お前の名前、確か【ロイ】だろ」

「フッ。勇者が魔王のフリをするなど……これほど面白い見世物はあるまい」

「俺を弄ぶつもりか」

「ちょうど魔王という立場に飽きていたところでな。せいぜい楽しませてもらうぞ」

「……断ったらどうなる」

「言わずともわかるだろう?」

「……」


 情けない話だが、しばらくはこいつの気まぐれに付き合うしかないようだ。でもまあ、勇者として200年平和が守れたならもう十分だろう。後はのらりくらりと、こいつが飽きるまで魔物の動きを封じることができれば、次の勇者が……。


「……なあ、頼みがあるんだが」

「なんだ、言ってみろ。よ」

「……あれから200年が経過しているらしい。人間の世界がどうなっているか見に行きたいんだが」

「フン、確かに気になるであろうな。よかろう、行ってみるとするか」

「お、話がわかるじゃないの。……え、お前も来るの?」

「当然だ。貴様が妙な動きをしないよう、監視しておかねばならぬ」

「えー……」

「ちょうど今は夜。早速行くぞ」

「行くぞって、結構遠いぞここからだと」

「フン、余を誰だと思っている」


 魔王が右手を額に当て、なにやら呪文の詠唱を始める。が、すぐに口をとざす。


「……その前に、マントを返せ」

「あ、あぁ。いいけど、ボロボロだぞこれ」

「着ていれば余の魔力でそのうち元に戻る」

「えぇ……なにそれ」


 ヒラヒラのついたシャツも勝手に直ったのかな。便利だ。

 

「ネヨリンベ・テケイニグス・デマクオト……」


 マントを羽織った魔王が、再び呪文の詠唱を始める。


「空間転移」


 詠唱が終わると同時に、俺と魔王の足元に青色に輝く魔法陣が現れる。そして……気が付くとどこかの街の中に立っていた。


「うおお!?」


 綺麗に整備された石畳の地面に、大小様々な石造りの建物が整然と立ち並んでいる。遅い時間なのか、人影はあまりない。


「……え、どこだ、ここ」


 かなり大きな街であることがわかるが、全く記憶にない。建物ひとつひとつを見ても、見覚えのあるものは一つもなかった。


「人間たちの住処で一番人の多い場所を選んだのだが。確か、モヨーリ、といったか」

「モ……モヨーリ!? ここが!?」

 

 モヨーリは、俺のパーティーが旅の拠点にしていた場所だ。最初の頃は修行も兼ねて、この街のギルドで仕事を受けたり、ダンジョンに行ったりしたものだが……。


「うっそだろ? まるで別の場所じゃねえか……」

「200年も経てば、変化するのは当然だろう」

「にしたって、これは……。あ、でも通りの感じはあの時とあまり変わってない……か?」


 ここが中央広場だとしたら、あそこの曲がり角に道具屋があって……あっ、道具屋の看板が出てる!

 グードのおっちゃんは……もう、生きてない、か。よくオマケしてくれる気前のいい人だったな……。ちょっと行ってみたいけど、どうやら閉店時間を迎えているらしく、店内は暗い。えーと、それならあっちにあった料亭は……あぁ、なくなってる。あそこのにんにく料理、アミィが好きだったんだよな。


「気が済んだか? ならばもう帰るぞ」

「ちょ、ま、待ってくれ。……そうだ、ギルド! ギルドに行ってみよう! あそこなら24時間営業だから、開いてるはずだ!」

「……やれやれ」


 ギルドには情報が集まるから、あれから世界がどう変化したのか教えてもらおう。


「ええと、道具屋の向こうの道を……」


 建物の雰囲気がアテにならない為、道筋を思い出しながら足早にギルドへ向かう。やがて、明かりの漏れた立派な建物が見えてきた。


「え、ここ……ギルド?」


 そこは、記憶にある場所とは全く様子が変わっていた。二階建ての年季の入った木造の建物が、三階建ての立派な石造りの建物に変わっている。看板が出ているので、冒険者ギルドで間違いないようだ。


「ほへー……なんだか入るのが怖いな」


 入口からのぞき込むように、中の様子を伺ってみる。以前の庶民的な雰囲気はどこへやら、壁も床もカウンターも、オシャレな雰囲気の近代的なものに変わっていた。遅い時間のせいか、ギルド内には冒険者はおらず、受付でお姉さんが何か事務作業をしている。


「なんか高い物を買わされそうな雰囲気だな……」

「おい……何をしている。入るなら早く入れ」


 後ろから魔王にせっつかれる。お前にはわかるまい……急激な変化についていけない人間の気持ちなんて。でも、こいつも復活したら、周りの環境がガラリと変わってるって経験を繰り返してきたんだよな。だとしたら、少し同情しちまうぜ。でも五十年なら、知り合いが老けるくらいで済むのかな。


「帰るぞ」

「わ、わかったよ。入るよ」


 通い慣れたはずのギルドに、背筋を伸ばして入って行く。コツコツとした床の感触がどうも落ち着かない。


「遅くまでお疲れ様です。ご用件をお伺いします」

 

 黒いショートヘアの似合うお姉さんが、笑顔で話しかけてくる。

 

「あ、えーっと……」


 何から説明しよう。聞きたい事も山ほどあるが……そうだな、まずは俺の身分の証明をしておくか。


「あの、冒険者番号5963のネイソンと言う者なんですけど、俺ってまだこのギルドの所属になってますかね?」

「はい、ネイソンさんですね。えーと、5963……? 随分と数字が若いような……。確認してまいりますので、少々お待ちくださいませ」

「はい、お願いします」


 しばらく待っていると、お姉さんが困惑した表情で戻って来た。


「申し訳ございません。その、あまりに古い番号の為、奥の倉庫に書類が移されてしまっているようです。探してまいりますので、あちらの席におかけになって、お待ちいただけますか?」

「あ、はい。わかりました」

「……5963番でお間違いない、ですよね?」

「はい、間違いないッス」

「わかりました」


 そう言って、お姉さんは奥に引っ込んで行った。何しろ200年前の情報だもんな……残ってるのもすごいけど、こんな夜中に面倒な仕事をさせちゃって申し訳ない。


 お姉さんに言われた通り、カウンターから少し離れた場所に置かれた丸いテーブルの椅子に座って一息つく。


「……お前も座ったら?」

「余はこのままで構わぬ」


 魔王は壁にもたれかかって、腕を組んでいる。ボロボロだったマントは、いつの間にか綺麗になっていた。ついていた血すらも消えている。


「すごいな、そのマント。どういう仕組みなんだ?」

「……余が身に纏っているものは全て【魔繊維】によって作られている。魔繊維は魔力を吸収し、自己修復を行うことができるのだ」

「便利なもんだなぁ。俺も少しは魔力があるが、ちっとも直らなかったぞ」

「貴様程度の魔力では、魔繊維も魔力として認識することはあるまい」

「……ちぇ。やなかんじ」

「……」

「あのさ」

「……気安く話しかけるな。貴様と慣れ合うつもりはない。忘れるなよ……妙な行動を取ったら即刻その首を斬り落としてやるぞ」

「へいへい、おっかないことで」


 物騒な事を言ってはいるが、どうもこいつからは殺気みたいなものを感じないんだよな。このまま逃げても大丈夫なんじゃないだろうか。しかし、急にキレるパターンもあるから一応大人しくしておいたほうがいいか……。


「……お待たせしました」


 お姉さんがカウンターに戻って来た。なにやら神妙な面持ちで。


「ネイソン・ヤミオスさん……いえ、ネイソン様でお間違いないでしょうか?」

「はい。あ、そうそう、ちゃんとギルドバッジもありますよ」


 腰に下げてるカバンの中から、金色に輝くバッジを出し、カウンターに置く。


「これは、S級冒険者の……5963……信じられない……。本当に、伝説の勇者ネイソン様なのですね」

「そうなんスよ。200年の封印から解き放たれて、帰ってまいりました。しかし伝説か……悪い気はしないですね」

「あの……当ギルドで、勇者様が現れた時に渡して欲しいと、あるお方からお手紙を預かっておりまして……こちらなのですが」

「手紙?」


 元は白かったのだろうが、すっかり茶色く変色してしまった封筒をお姉さんがカウンターに置く。


「えーと、マタンから、ネイソンへ……マッ、マタン!?」

「はい、100年以上前から、当ギルドでお預かりしていた物のようです。マタン様とは、もしかして……?」

「ああ、かつて俺と一緒に、魔王と戦った戦士です。100年以上前、かぁ……」


 読みたいような読みたくないような……なんともいえない気持ちで封筒を開け、中の手紙を読み始める。そこには少しよれた文字でこう書いてあった。


『ようネイソン。この手紙を読んでるということは、無事に戻ってこれたってことだよな? あれから200年後、ということは、765年前後になってるのか。お前、あの時の若い姿のままなんだろ? 全くうらやましいよ。この手紙を書いてるのが王国暦631年なんだが、とうとう90歳になっちまったよ俺。頭はハゲるわ、手は震えるわ、尿は漏れるわ、歯は抜けるわ、関節はいてえわ、腰は曲がるわ、体中がガタガタだ。残念ながら、お前が戻ってくるまで持ちそうにないぜ。女房のマーテも5年前に俺を置いて逝ってしまった。そうそう、結婚したんだぜ俺たち。やめてくれって言ったのに、王様が世界を救った英雄の仲間ってことで、やたら盛大な式にしてくれたよ。招待したかったな……お前と、アミィも。実はこの手紙を書いたのは、そのアミィの事でお前に伝えることがあるからなんだ。いいか、落ち着いて聞いてくれ。いや、読んでくれか。アミィのやつな、魔王城から戻ってきてすぐに、お前の事を待つって言いだしたんだ。俺たちはお前の遺言……じゃなくて、なんだ、意志? を尊重して、自分の幸せを見つけるよう説得したんだが、あいつ、一度こうと決めると、人のいう事聞かなくなるだろ? だから結局、アミィのやりたいようにさせる事にしたんだが……。確か、ムリネーの森の中にある、小さな遺跡の中に結界を張って、その中で時間を止める魔法を自分に使って……とか言ってたかな。かなり難しい魔法らしい。失敗したら酷いことになるから、絶対に様子は見に来るなって言われたよ。まさか二人の仲間と会えなくなるなんて思わなかったぜ。マーテもお前だけ封印から解き放つ方法を探してたようだが、ガキができて、時間が取れなくなっていって……結局見つからずじまいだったみたいだけどな。俺は、お前のくれた平和な時間を、精一杯楽しませてもらったよ。本当にありがとうな。さあ、次はお前達の番だ。早くアミィを迎えに行ってやってくれ。……ところで魔王ってどうなった? お前と一緒に目覚めたと思うのだが。まあ、お前がこの手紙を読んでるってことはどうにかなったってことだよな。うん。まだまだ伝えたい事はあるが、このくらいにしておくぜ。じゃあな、ネイソン。アミィと幸せにな。 勇者ネイソンの戦友 マタンより』


 読み終えた手紙を持つ手が震える。


「アミィが……待ってる……?」


 もうみんないなくなってると思っていたのに。まさかアミィが俺を待っていてくれたなんて。


「お姉さん! ムリネーの森ってどこですか!?」

「あ、は、はい。今地図をご用意します」

「お願いします!」


 ムリネーの森……名前は聞いたことがあるが、行った事はない。ここの近くだといいが。


「ええと、ここがモヨーリの街で、ムリネーの森はこのあたりに……」

「ありがとう!」


 俺は、お姉さんが印をつけてくれた地図をふんだくり、ギルドを飛び出した。


「おい、待て。どこへ行く!」


 全速力で走る俺を、後ろから魔王が追いかけて来る。


「貴様、逃げる気か」

「アミィが、待ってるんだ」

「アミィ? ……あの魔法使いか」

「そうだ、俺の、最愛の人だ」

「……どこまで行く気だ」

「ここから、1時間程、走って、行った、場所だ」

「やれやれ……おい、その地図を貸してみろ」

「あん? ……ほれ」

 

 全速力で走りながら、魔王に地図を渡す。


「フン……ブツブツ……空間転移」

「うおっ!?」


 足元に魔法陣が現れ、真っ暗な森の中に飛ばされる。


「ハァ、ハァ……ここ、もしかして……ムリネーの、森か?」

「……グズグズしていると、日が昇ってしまうからな」

「……ありがとよ」

「……」


 こいつ、もしかしたらそんなに悪いやつではないのかもしれない。


「遺跡があるらしいが、どこにあるんだろう」

「……あれではないのか」


 魔王が見ている方向に、台形に石を積み上げた遺跡のようなものがあり、人一人が通れるくらいの大きさの入り口がぽっかりと空いていた。


「あそこに……アミィが?」


 もつれそうになる足をなんとか前に進め、遺跡の入り口へと向かう。


「……結界が張ってあるって書いてあったが」


 入口の奥には地下へと向かう階段が伸びているようだが、真っ暗でここからは何も見えない。


「……かすかに魔力が残っている。どうやらこの場所に結界が張られていたことは間違いないようだ。いつ頃結界が解かれたかまではわからぬがな」

「結界が……解けてる……?」


 嫌な予感が、胸の中にじわりと広がって行く。


「……ネヨイイ・ガウホ・イルカア……ライト!」


 俺が呪文を唱えると、周囲がパァッと明るくなる。はやる気持ちをおさえ、足早に長い階段を下りて行った。




♢ ♢ ♢ ♢




 階段を下り切ると、広い空間に出る。石壁に囲まれたその場所は、カビのようなにおいが充満していた。


「アミィ……?」


 部屋の中央には祭壇のようなものがあり、その上に誰かが横たわっているのが見える。


「アミィ、なのか?」


 ゆっくりと、その人影に近づいていく。


「アミ……」


 見覚えのある黒いローブ。胸には、俺が昔プレゼントしたペンダントをつけている。


「アミ……ィ……そんな……そんな、ばかな……」


 アミィは白骨化した遺体となっていた。ローブはボロボロに朽ちていて、かなり長い間この場所で放置されていたらしい。


「嘘だろ……アミィ。お前、こんな姿になってまで、俺を待って……。う、うぁっ……うわぁぁぁぁああああああ!!」


 あふれ出る感情を抑えることができず、俺は大声で泣いた。すぐ後ろには魔王がいたが、そんなことはどうでもよかった。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、床を拳で叩きつけていると、ふと後ろから声が聞こえてくる。

 

「ク……クク……」


 ……これは、笑い声か? 魔王のやつ、この状況で笑っているというのか。許せねえ。元はといえばこいつのせいで俺たちは……。ここにきて、魔王に対する怒りが俺の中で爆発した。


「何笑ってんだ、てめえ!!」

「クッ……違う。貴様の事を想う、その娘の一途な愛に、不覚にもこのロイ・ミダナモ。胸を打たれてしまったのだ」

「……なんだって?」


 かすむ目をぬぐってよく見ると、魔王の頬に涙が伝っている。どうやら笑っていたわけではないようだ。


「勇者よ。余の血を分け与えれば、その娘、アミィとやらの肉体を復活させることができるが、どうする?」

「なっ……本当か!?」

「その骸の状態ならば恐らくは……。ただ、その娘はヴァンパイアとなり、日の光の下に出られなくなるがな」

「なんだって……」

 

 アミィがヴァンパイアに……? そんな体になってまで復活しても、アミィは喜ぶのか? 俺としてはすぐにでもアミィに会いたい。でも、そんなのはただの、俺のわがままだ。いくら200年も俺を待っていてくれたとはいえ、俺の一存でそんなことはとても決められない。


 ピッ


 それに、ヴァンパイアってにんにくが苦手じゃなかったか? アミィはにんにく料理が好きだったから、食べられなくなったら絶対怒るよな。一回いたずらで、料理からにんにくだけ取り除いた時、本気で殴られたもんな……。


 ポタポタ


「っておい! 何やってんだよ!」

「復活の儀式は終わったぞ。まあ、見ていろ」

「お前、何勝手なことを……」


 魔王に文句を言おうとしたその時、アミィの体を赤い光が包む。


「こ、これは」


 光はより一層強さを増し、やがて消えて行く。完全に光が消えると、そこには俺の記憶にある、アミィがいた。


「アッ……アミィ! アミィ、アミィ!!」


 大好きな人の手を握り、その名前を叫ぶ。


「んっ……んん……」

「アミィ!?」


 アミィが静かに目を開ける。緑だった瞳の色が、深紅に変わっていた。


「あら、ネイソン……? もしかして、もう200年経ったのかしら」

「ああ、そうだよ。ごめんな、長い間待たせちまって」

 

 俺は、泣きながらアミィの体を強く抱きしめた。


「……ま、一瞬だったけど。あと、気安く触らないでよね」


 などと言っているが、アミィに抵抗する様子はなかった。


「ところで、後ろにいるのって魔王よね。どういう事か説明して欲しいんだけど」

「あっ……えーっと、だな。それは……」

「アミィよ。お前の時を超える魔法は失敗し、骸となった。そこで余が血を分け与え、復活させたのだ。今日から日の光に当たらぬよう、気を付けることだな」

「……は?」

「えっとね、実は……」


 極力アミィを刺激しないよう、これまでのことを説明した。アミィは怒るでもなく悲しむでもなく、無表情で俺の話を聞いていた。


「ふーん、アタシ、吸血鬼になっちゃったのね」

「……ヴァンパイアだ」

「同じでしょ。誰かの血を吸わないと、生きていけなかったりするわけ?」

「そのようなことはない。しかし、血は栄養価が高く、力がみなぎるぞ」

「へぇ……ちょっと吸ってみていい?」

「えっ、俺の? ……いいけど、あまり痛くしないでくれよ」


 俺は素直にアミィに首を差し出した。


「……冗談よ。あとアンタ、お風呂入った方がいいわね」

「うっ。そういえば、ちょっとにおうかな」


 くんかくんかと、わきの辺りのにおいをかいでみる。うーむ、これはちょっとまずいか。……アミィはどうなんだろうか。鼻をならしながら、アミィの体に顔を近づけると、無言でビンタされた。当然の結果である。


「で、アンタこれからどうするの? 魔王になっちゃったんでしょ」

「なっとらんわい。行きがかり上そうなっただけで……なあ、魔王さんよ」

「……何を言っている。用が済んだのならすぐに戻るぞ、魔王様よ」

「えっ……なんていうかもう、よくない? お互い好きなようにやれば……」

「いいわけないでしょ」

「その通り。誰かが抑えておかねば、再び魔物たちが暴れ出すぞ。余は人間と魔族の争いなどに興味がないから放置しておいたがな」

「興味がないって……君、そんな適当な人だったの……?」

「そうだ。余が復活すると魔物たちが勝手に暴れはじめ、人間たちはその怒りを余にぶつけてきた。まったく迷惑な話だ」

「……ちゃんと仕事しろよ」

「余が本気で魔軍の指揮を執ったならば、人類などあっという間に滅ぼすことができるが?」

「うっ……」


 こいつの言ってることは、恐らく本当だろう。魔物たちの統率が取れてないからこそ、その隙をついて魔王城までたどり着けたのだ。まとまった動きをされていたら、多分俺たちは……。


「もう、覚悟を決めたら?」

「えっ……でも、アミィ、俺、勇者なんだぞ」

「勇者って人類の救世主でしょ。魔物の動きを抑制するのも、人類の為になるんじゃないの」

「そりゃまあ……そうだけど」

「アタシも一緒に行くからさ。魔王領って、ずっと空がどんよりしてて、ヴァンパイアには暮らしやすそうだし」

「前向きだなぁ……お前」

「過ぎたことを気にしてもしょうがないでしょ」

「クックック……貴様より、その娘のほうが魔王の資質がありそうではないか」

「それは同意する」

「するな」


 ポカリ、とアミィに頭を叩かれる。あぁ、懐かしい衝撃。


「では、行くぞ」

「あぁ………、あ、待ってくれ。マタンとマーテのお墓参りに行きたいんだが……」

「それは、後でキチンと用意してからにしましょ。お花とかもいるし、こんなボロボロのローブじゃ恥ずかしいもの」

「……そっか。そうだな。俺も風呂に入らないといかんし」

「どちらにせよ、もうすぐ夜が明ける。外で何かしている時間はないぞ」

「あ、そうか」

「めんどくさい体になっちゃったわね」

「うぅ、すまん」

「アンタが謝ることじゃないわよ」

「……」


 俺は、唐突にアミィの体を持ち上げ、お姫様抱っこをする。


「な、なにすんのよ」

「俺、もう絶対に、お前の事を待たせたりしないからな」

「……バカ。アタシだってもう、待ってあげないわよ」


 アミィに頬をむにっとつままれる。


「やめふぇー……」

 

「……もういいか、お二人さん。……ブツブツ……。空間転移」


 こうして、ネイソンとアミィ、ロイは魔王城へ戻って行った。

 200年の時を超え、ようやく流れ始めた二人の時間。残念ながら、落ち着いた暮らしができるのは、まだまだ先の事になりそうである。


「トホホ……」



――おしまい――

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自分もろとも魔王を封印して二百年後。先に目覚めた勇者は魔王と勘違いされました 柿名栗 @kakinaguri

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