推しのVTuberに高額スパチャするために世界最強の探索者になった男の話

福寿草真

推しのVTuberに高額スパチャするために探索者になった

「うぉぉぉぉぉ! ヒメリちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 目前の画面に映る可憐な美少女3Dモデル。まるでアリーナを思わせる絢爛豪華なステージの上で、ふわふわのスカートを揺らしながら歌い踊るその姿は、さながら天使のよう。


 彼女の名前は四ノ宮ヒメリ。VTuberといわれる、いわゆる可愛らしい3Dモデルや2Dモデルの姿で活動する動画配信者の1人であり、俺柊木蓮也の推しである。


 この日の配信は彼女が活動をはじめて5回目になる誕生日配信。

 彼女を初配信から応援している俺としては、彼女が変わらず配信を続けてくれて、今年もこの日を迎えられていることが感慨深くて仕方がなかった。


 俺は思わず涙を流しながら、1人部屋でサイリウムを振る。こうして全力で彼女を応援していれば、あっという間に時間が過ぎ、気づけば配信も終了の時刻となってしまう。


『みんな今日は来てくれてありがとー! 6年目もよろしくね!』


 ラストの曲が終わり、バッチリとキメポーズを決めた彼女が、ニコニコとした柔らかい笑顔でこちらに手を振ってくれる。


 同時に配信のチャット欄には無数の拍手の絵文字と共に、彼女に対する感謝の言葉が怒涛の勢いで流れていき──この日の配信が終わった。


「あぁ、幸せな時間だった……」


 モニターには軽快なBGMと共に可愛らしいサムネイルが映し出されている。

 おそらくあと数十秒もすれば配信が完全に終了することだろう。


 俺は先程の誕生日配信の余韻に浸りながら、チラとチャット欄へと目を向ける。


 そこには変わらず応援や感謝の言葉が流れている。そしてその中にはポツポツとカラフルに色付いたチャットが散見された。


「さすがに今日は一段とスパチャがすごいな」


 スパチャ。正式にはスーパーチャットと呼ばれるそれはいわゆる投げ銭の一種であり、特定の金額と共に色付きのチャットを送ることができる配信サイトの機能である。

 その用途は様々だが、特に誕生日配信のような場ではその配信者を応援したい、お祝いしたいという思いで投げている者が大多数であろう。


「スパチャなぁ……」


 スパチャ自体なんら珍しいものではない。今や当たり前の文化であり、通常配信でもよくスパチャを目にするし、その文化自体に特に思うところはない。


 ただそのスパチャを、特に高額なスパチャを目にすると時折脳裏に一つの願望が浮かんでしまうのだ。


 ──あぁ、俺も推しにスパチャしてみてぇなぁ……と。


 もちろんスパチャが全てだとは思っていない。お金が発生しているか否かで彼女を応援する気持ちに差異が生じるとも思っていない。


 応援の形は人それぞれであり、今の俺のあり方に間違いなど一つもないとはっきりと断言もできる。


 ただやはりスパチャを目にすると、俺も彼らのように推しに貢いでみたいという思いが沸々とわき上がることがあるのだ。


 いや、そんなの勝手に投げればいいじゃん……とそう言われてしまえばもちろんそうだし、スパチャ自体100円程度から行うことができるため、別に投げようと思えばいつでも投げることができるのも事実である。


 ……ただほら、やっぱり初めてスパチャを投げるなら高額でやりたいという思いもあるわけで。


 とはいえ俺は稼ぎが多いわけでもない一端の会社員。その上慎重気味な性格も相まってか、いまだに高額スパチャを投げるという行為に手を出すことができずにいる。


 高額スパチャしたい。でも稼ぎ的にどうしても躊躇ってしまう。それが今の俺だ。


「あー俺に溢れんばかりの金があればなぁ……いや、いっそ副業でも始めてみるか?」


 社会人5年目となった今、忙しくはあれど休日に何かやってみようと思える程度には心に余裕も持てるようになってきた。


 ならばここは副業で稼ぎを増やしつつ、そのお金で推しに高額スパチャをするという小さな夢を叶えてみるのもありかもしれんな。


 そう思いながらも、しかしここで一つの問題に気がつく。


「つっても時間がなぁ」


 確かに副業をすれば稼ぎが増えるのは間違いない。しかしある種当然のことではあるが、労働である以上普通の副業では稼ぎと共に拘束時間も増える。


 ……それじゃダメだ。そんなことをしては推し活に充てる時間を確保できなくなってしまう。


「うーん、やっぱ俺に高額スパチャを投げることなんて夢のまた夢……っと待てよ、そういや──」


 ここでふと、推しが有名なダンジョン探索系の配信者とコラボした時の会話内容を思い出した。


「たしかダンジョン探索者は時給換算だと結構稼ぎがいいんだったか?」


 ダンジョン探索者。ダンジョンという異空間に潜り、魔物を討伐して魔石や素材を得るという比較的新しい職業である。


 30年前、世界中に発生したダンジョン。突如現れたリアルファンタジーに当時の少年少女は心を震わせ、かなりの人数が探索者として活動するようになった。ただ相次ぐ死亡者と、やはりその危険性からか、徐々に探索者を目指す人は少なくなったという。


 結果、現在日本の探索者の絶対数はそれほど多くない。対してそこで得られる素材は有用な物が多いようで、どれも価値が高いらしい。


 つまり上層という比較的敵の弱いエリアの探索でも、短時間でそれなりに稼ぐことができるというのが今の探索者のリアルだ……っていうのがコラボ相手の探索者の話だったな。


 その配信を見た時は「いくら稼げても危険なことはしたくねぇなぁ」とか「どうせ探索者を増やすための方便だろ?」くらいにしか思っていなかったが……『推しに貢ぎたい』という思いが高まっている今、危険ながらも短時間で稼げるという謳い文句にどこか惹かれてしまっている自分がいる。


「本当にやばそうだったら潔くやめることにして……一旦挑戦しとくか?」


 くしくも明日は日曜日で丸一日空いている。なによりも推しの配信がない。……やるなら今しかないか?


「うし、決めた。やるぞ俺は!」


 こうして俺は『推しに高額スパチャを投げたい』というおおよそ一般的ではない動機で、危険なダンジョンに潜ることを決意した。


 ◆


 翌日。俺は朝一で近場のダンジョンへと向かった。


 現在ダンジョンは日本に5つ存在している。そのうちの名古屋ダンジョンが俺の家から最も近いダンジョンであり、幸運にも電車で20分で到着できる程度と、比較的通いやすい距離に位置している。


 もともと駅近に住んでいることもあってか、徒歩と電車合わせて30分ほどで目的地へと到着することができた。


 俺はそのままの足でダンジョンのそばにある探索者組合へと向かう。

 そして受付にてダンジョン探索者になる旨を伝え、いくつかの書類を記入し──なんともあっさりと探索者の資格を得た。


「うし、登録完了っと。あーあとは──」


 辺りを見回し、装備のレンタルを行なっているエリアを見つけると、俺はそこで最も安価な武器や防具一式を借り、身に付ける。


「これで全部揃ったな……んじゃ、行くか」


 全身とバッグの中身を確認し、全ての準備が整ったと判断した俺は、若干ビビりながらもダンジョンへと足を踏み入れた。


 ◆


「しょ、初日でこんなに……?」


 およそ5時間ほどの探索を終え、バッグにパンパンに詰め込んだ戦利品を提出すると、目前の受付嬢は目を見開きながら呟くように声を上げた。


 なにやら俺の成果に驚いている様子である。


 しかし流石は受付嬢といったところか、すぐさま平静を取り戻すと、俺に一言声をかけ換金作業へと移った。


 そんな作業を行う受付嬢の姿をぼーっと見ながら、俺は内心小さく首を傾げていた。


 ……先程の彼女の言葉。もしかして案外稼げたのか?


 確かに最初はみんなビビって中々戦闘できないって話は登録の際に聞いていた。

 対して俺は、もちろん最初はビビっていたが、思いの外魔物が弱かったのもあってか、一度戦闘を経験してからは、ひたすらに魔物を蹂躙することができていた。


 ……なるほど。ならその差分くらいは多く稼げているのかもしれないな。


 そんなことを考えながら待つこと数分。どうやら換金作業を終えたようで、先程の受付嬢が戻ってくる。


 ……確か初日は時給換算で3000円超えたら上々だったか? 5時間なら1万5000円か。でもさっきの受付嬢の驚きようなら5時間で2万、いや倍の3万くらいいってる可能性もあるな。


 なんにせよたった5時間でそんな大金を稼げるのならば、それほど嬉しいことはない。


 思いながらワクワクしていると、受付嬢は手に持っていたお盆を俺の前にゆっくりと置いた。その上には諭吉が1枚、2枚、3枚と……あら?


「あ、あの。合計8万6000円となります」


 努めて冷静を装いつつも動揺が隠せない様子で受付嬢が口を開く。

 その声をどこか他人事のように聴きながら、俺は半ば現実逃避気味に思った。


 ──なるほど。どうやら俺には探索者の才能があったようだ。


 ◆


 それから2ヶ月ほど、俺は平日は会社員と推し活、休日は探索者と推し活をする忙しくも充実した日々を続けた。


 その結果、どういうわけか俺は日本史上最速でCランク冒険者となってしまった。


 もちろんそれだけの成果を出すことができたということは、同時にある程度稼ぐことができたということでもある。……いやぶっちゃけ、土日の探索のみで会社員の月給の数倍の額をすでに稼いでしまっている。


 これ、会社辞めて探索者として生きていく方がいいのでは? ……とそんなことよりも!


 俺は急いでパソコンを起動する。


 今日は推しの配信日。──そして夢であった高額スパチャを行おうと決めていた日でもあった。


 俺は心を踊らせながら配信サイトを開き、登録チャンネルからヒメリちゃんの配信枠をクリックする。


 すると眼前に可愛らしいサムネイルと『8時間後ライブ配信』という文字が映る。


「うし!」


 今から俺は人生初のスパチャをする。……それも高額スパチャを!


 ごくりと唾を飲み込む。そして深呼吸の後、意を決してスーパーチャット欄を選択すると、スクロールバーを動かし、その額をマックスである10万円とした。


 これであとはコメントを入力して送信すれば──夢であった『推しに高額スパチャを送る』が達成されることになる。


 俺は再びごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりと日頃の感謝の気持ちを込めながら一文字一文字コメントを入力していく。そして──


「ヒメリちゃんいつも楽しい配信をありがとう! ……っと、そ、送信!」


 瞬間、いまだ数個しかコメントのないチャット欄に、真っ赤に彩られた俺のコメントがドドンと映し出された。


「や、やった! ついにやったぞ!」


 その文字を目にし、俺は達成感と共にグッと拳を握った。


 と、ここでどうやらたまたまチャット欄にいた人がいたのか『HRさん!? ナイスパ!』というコメントが流れてくる。


「うぉ!?」


 ライブ配信は8時間。つまり今ならばチャット欄に人もおらず、かつ配信の迷惑にもならないだろうと思いこの時間を選んだため、まさかそんなコメントがくるとは思っておらず、俺は素で驚いてしまう。


 ……が、それだけのことだ。


 俺は別に高額スパチャを投げることで目立ちたいとか、ファンの中で優位に立ちたいとか思っている訳ではないため、これ以上チャットを送ることなく、ゆっくりと配信サイトを閉じた。


 そしてその流れのままにパソコンの電源を落とすと、シャットダウン画面を眺めながら、俺は小さく呟くように声を上げた。


「あぁ、今日も配信楽しみだなぁ」と。


 ◆


 ちなみに四ノ宮ヒメリは事務所所属のVTuberであり、彼女の同期や先輩を合わせると現在11人のVTuberが所属している。そして蓮也は四ノ宮ヒメリが最推しであるが、同時に彼女の所属する事務所の箱推しでもあった。


 さらに付け加えるのならば──人間とは非常に欲深い生き物である。つまり──


「他のみんなにも高額スパチャしてぇ……」


 そう。一度その喜びをしってしまった彼が、ただの一回で、1人の推し相手だけで満足するはずがなかった。


 ──この日を境に、表では推し活をしつつ11人の推しに高額スパチャを投げ、裏では世界最強の探索者としてダンジョンに潜るというなんとも歪な化け物が誕生することになるのだが──この時はまだ誰も知らない。


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リハビリがてら書きました。

一応短編(?)扱いですが、反響しだいではもう少し作り込んで長編にするかもしれません。

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