第103話 氷鬼の眷属



《氷鬼の眷属Side》


 ニサラキの街上空に、一羽の、氷でできた鷲が旋回していた。

 名前を、氷鷲アイス・イーグルといった。


 氷鷲は主である氷鬼の体の一部から分離してできた、眷属の一匹だ。

 

『ふぅむ……主から言われて様子を見に来たが……なるほど、確かにノォーエツの氷結界が解かれてるな……』


 氷鷲は、結界を創った氷鬼の命令で現地にやってきていた。


『なるほど……主の結界を破るほどのものがいるということか……』


 じっ、と氷鷲は上空から眼下を見下ろす。

 そして……見つけた。


『いた……! あいつだな! あいつから、強者の闘気オーラを感じるぞ!』


 眼下に見つけたその人物のもとへと、氷鷲が強襲する。


『くけけけけえええええええええええええええええええ!』


 情けをかける必要は一切無い。

 主にあだなすものはすべて敵だ。


 氷鷲は【強者】めがけて急降下からの、くちばしでの突き攻撃を放つ。


「うぉおおお!」


 間一髪で、そいつは氷鷲の攻撃を避けて見せたのだ。


「なにすんだよてめえよぉお!」


 そう叫ぶその人物に……氷鷲が言う。


『わが攻撃を避けるとは、たいした物だ! やはり貴様が我が主の結界を解いたのだな……女ぁ……!』


 そう、女だ。

 目の前に居るのは、髪の長い、美しい女である。


「え、おれ?」

「そうだ、貴様であろう? われにはわかるぞ。貴様が……強者だとなぁ!」

「おれのこと言ってるの……?」


 女は……。


「いやぁ~……照れるなぁ」


 となんだか得意げだった。


「わかるぅ? そうそう、おれ強者。そう、生物の頂点なのよ。なのに……どいうしておれヘンテコおっさんのツッコミ係やってんるだろうね……へへっ」


 女が訳のわからないことをのたまっている。

 氷鷲は言う。


『われは貴様の息の根を止めに来た』

「はぁ? なんでだよ。おれなんもしてねーけど」


『ふん! なにがなんもしてないだ。結界を解いたのは貴様だろうが!』


 女がきょとんとした顔で首をかしげる。


「何言ってるのおまえ?」

『ふん! とぼけても無駄だ。氷鬼様の張った氷結界は、並の人間では壊せぬしろもの』


「ああ、まあ……人間にゃむりだろうね……」

『それを打ち破った貴様は強者、ということだ』

「えへ~♡ わかっちゃう~? おれが強いってことぉ~♡」


 ……いまいち緊張感に欠ける相手だった。

 だが、まあいい。


『おまえを殺す』

「へんっ! やってみろ! 言っとくが……おれぁ強いぜ? 絶対負けねえ自信があーる!」


 えへん、と女が胸をはる。

 なるほど、確かに滲み出る闘気オーラはなかなかのものだった。


 だが、である。


『では……参る!』


 ひゅっ! と氷鷲が目にも留まらぬ早さで、女に向かって体当たりを食らわそうとする。


「はっ! 見えてるっつーの! 受け止めてやらぁ!」


 バッ! と女が両手を前に突き出す。

 ばかな女だ。


 がしぃい!


「ふんっ! 余裕……」


 ばきぃい!


「うぎゃぁああああああああ! 腕がぁあああああああああ!」


 女の両腕が一瞬にして凍り付き、粉々に砕け散ったのだ。


『我の体は絶対零度! 触れればたちまち肉体は凍り付き、クッキーのように砕け散ってしまうのよぉ!』


「ひぃ! なんて恐ろしいやつだぁ……!」


 くるん、と女はこちらに背を向けて……。


「にげるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 一目散に逃げ出す。


『ふん、なんと情けない女よ』

「無理無理無理! 勝てない! あんなの無理ぃいいいいいいいいいい!」


 逃げる女めがけて、後ろからついていく氷鷲。

 翼を広げて、そこから羽をダーツのようにして射出する。


 たすっ!

 がきぃいん!


「羽をダーツのようにとばし、ぶつかったところを凍らせる異能!? やべえよこいつ! すばしっこいし、こっちの攻撃はくらわなしい、上空から遠距離攻撃までできる!? 無敵かよぉ!」


 やけに丁寧に説明する女。

 鬼ごっこはしかしすぐに終わる。


 女の足に羽のダーツがつきささる。

 両足がまたもクッキーのように砕け散った。

「ひぃいいいいい! 助けてぇええええええええええ! おっさぁあああああああああああああああああん!」


 おっさん……?

 そのときである。


「おや、おや。騒がしいと思ったら、あなたでしたか、古竜」


 近くの建物のドアが、がちゃりと開く。

 そこから現れたのは……死。


『は?』


 死。

 そう……目の前には、死神が、いたのだ。


 大きな鎌を持つ、禍々しい存在。


『う、うわぁあああああああああああああああああああ!』


 思わず、氷鷲は悲鳴を上げてしまう。

 だが、よく見れば……そこにいたのは、一人のおっさんだった。


「おっさん! あいつおれのこと虐めた! やっつけちゃってくださいよぉお!」

「おや、おや。それは、いけませんねえ」

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