第62話 元婚約者Side その5


《ハイターSide》


 一方、アレクの元婚約者、ハイターはと言うと……。


「ぜえ……はあ……や、っとぉ……帰って来れたぁ……王都ぉ……」


 ハイターはゲータ・ニィガ王国の王都に居た。

 彼女はふらふら、ボロボロになりながら、王都の門を前にして涙を流す。


「うぐ……ぐす……もう……ここしかないわ……」


 ハイターはここへ来るまでのことを思い出す。

 彼女の故郷(祖父の実家)、デッドエンドの村長、ギルガメッシュにこう言われたのだ。


『おまえをこの村から追放する』


 彼女の家は不幸な落雷によって焼失してしまった。

 暮らしていく場所を失った彼女に、さらに追い打ちをかけるかのように、村長から追放宣言。


 村人達はハイターに冷ややかな目を向けてきた。

 彼らが愛するアレクを追い出した張本人なのだ。好かれてるわけが無かった。


 村での居場所を失ったハイターは、デッドエンドを追われる形で去った。

 他に行く当てのない彼女は、結局、元々住んでいた王都へと逆戻りしてきた次第……。


「もう……だめ……何日も寝てない……もう何日も、たべて……ない……」


 ハイターは武力も魔法の力も持ち合わせていない。

 また、冒険者を雇う金も持っていなかった。


 彼女は徒歩で、何日も飲まず食わずで、こうして王都へと戻ってきたのである。

 途中何度か魔物に襲われかけたが、ボロボロになりながらも、魔物から逃げてきたのだ。


「何あの人……」「浮浪者……?」「明らかにヤバいやつだ……力寄らないでおこ……」


 王都の人たちはハイターを避けていく。

 だが極限状態のハイターは周りの様子に気を配っていられない。


「はやく……なにか……食べてモノ……」


 しかしハイターは食べ物を買うための金を持ち合わせていなかった。

 そんな彼女が向かったのは、冒険者ギルド。


 そう……彼女は冒険者としてやり直す……。

 ……訳では無かった。


 ギルドの扉をあけて、ふらふらとした足取りで受付カウンターへと向かう。

 受付嬢はハイターを見て、一瞬口元をひくつかせるも、すぐに営業スマイルを浮かべる。


「いらっしゃいませ。当ギルドに、何のご用で……」

「【カヴェイン】はどこ!?」


「カヴェイン……まさか、Sランクパーティ【黄昏の竜】のリーダー、カヴェイン様のことですか?」

「そうよ! それ以外に誰がいんのよ! カヴェインさっさと出しなさいよぉ!」


 腹が減っているうえ寝不足なせいで、少しのことでいらついてしまうハイター。

 ギルメンたちは騒ぎを起こしてる、ハイターの方へと目線を向けている。


「失礼ですがカヴェイン様とはどういったご関係で……?」

「あんたにゃ関係ないわよ! さっさとカヴェイン出しなさいよ!」


 と、そのときである。


「ハイター?」


 振り返ると、そこには高身長のイケメンが立っていた。

 カヴェイン。Sランクパーティ【黄昏の竜】リーダーにして、Sランク冒険者である。


「カヴェインぅうううううう!」


 ハイターはふらふらとした足取りでカヴェインのほうへ向かう。

 ……彼の顔に、不快感が浮かんでいるというのに、気づいていない。


「おねがいよぉカヴェイン! お金頂戴! アタシ今、金が無くてこまってるのぉ!」


 ……ハイターはここへ何をしに来たのか?

 答えは、金の無心だった。


「ねーえ、お願いカヴェインぅ……あんたアタシのことまだ好きなんでしょぉ? ねえ、お願い。お金頂戴。そしたら、よりを戻してあげてもいいわよぉ」


 ……カヴェインはハイターの元カレ【の一人】だ。

 王都に居た頃、ハイターにはカレシが居【た】のである。


 居場所を失い、アレクももはや手に入らないとわかった彼女が取った選択肢は……。

 手頃な男のもとに行き、養ってもらうという選択。


 ……ここに至ってもなお、彼女は自立しようとせず、誰かに寄りかかろうとしていた。

 だが。


「断る」


 ばっさりと、カヴェインはハイターを切り捨てた。


「ど、どうして!? あ、あんた……アタシが別れるっていったとき、泣いて引き留めてたじゃない!」

「……そんなこともあったね」


 王都に居た頃、ハイターはモテていた。

 中身はともかく、外見は整っていたのだから。


「君に心引かれていた時期の僕は、気づいてなかったよ。君が、顔だけの女だってことに」

「………………は? 何それ」


 顔だけの女。つまり……。


「中身最悪の、クソ女だってことだよ。聞いたよ、僕を捨てた理由」

「え、あ、えっとぉお……」


 ……カヴェインと別れた理由は単純だ。

 もっと良い条件の男を見つけたからだ。

 

「そのカレも、次の良い物件を見つけたらポイ。そうやって何人もの男をとっかえひっかえしてたんだろう、君?」

「えと……えええとぉお……」


 そうだった。ハイターは忘れていた。

 自分がどうして、王都を出て、デッドエンドなんていう田舎へとやってきたのか。


 そうやって男をとっかえひっかえしまくった結果、ここで居られなくなった。

 だから、出て行ったのじゃ無いか。


「悪いけど、この街の男達は皆、今でも君のことを恨んでるよ」

「あ、うう……」

「君の中身を見抜けなかった僕……ううん、僕らにも問題があったさ。だから君に今なにかを要求するつもりはないよ。でも……決して君の要求を聞くつもりもない」


 カヴェイン他、彼女に手ひどく振られた男達が集まってきた。

 彼らは皆、ハイターに静かなる怒りを向けている。


 カヴェインの言ってることは本当のようだ。

 ……カヴェイン、そして王都の男達を当てにしてたのに。


「そんな……じゃあ、じゃあ! アタシはどうすればいいのよお! ねえ、どうすれ……あ……」


 大声を出して、貧血で倒れる。

 だが、誰一人として駆け寄ってこない。


「おいどうする?」

「外に放り出しておけよ」

「そうだな」


 誰かが乱暴にハイターの足をつかみ、引きずっている。

 なんという酷い扱いだ。だが当然の扱いかつ、報いである。


 彼らを雑に扱って、最後に捨てたのは……他でもないハイター自身なのだから。

 雑に扱って、捨てられるのは仕方ないことだった。

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