第43話 頑固な職人からとても気に入られる


《アレクSide》


 ゲータ・ニィガ王国での騒動を終えたあと、私たちはネログーマに帰る前に、観光をすることにした。

 王都ニィガはとても賑わっている。


 ……人が多いということはつまり、目立つということで……。


「スカーレット王女だ!」「ほんとだ、今日もお美しい……」


 私の隣を歩く……というか、私の腕にひっついてるスカーレット王女に、皆が気づく。そして……。


「あの隣のおっさん、だれ?」「王女様がやけにベタベタしてるけど」「まさか王女の婚約者!?」「うそぉ!?」「うらやまぁ~……」


 ……とまあ、目立つことこの上ないのである。


「スカーレット様」

「駄目よ、アレク。スカーレット。もしくは、ハニー♡ って呼んで」


 ……どちらも勘弁したい。目立つ。目立ってしまうのだ。

 しかし相手は婚約者。いつまでも他人行儀でいるのはよくない。


「わかりました。スカーレット」

「んふ~♡ で、なぁにアレク? キス? キスしたいのっ? 喜んでっ。ん~♡」

「いえ、違います。それに人前では目立ちます。王族として、どうか分別のある行動を」

「ちぇ……いけず。でも、アレクのそういう冷静なとこ、大好きっ!」


 水蓮すいれんが「むぅ~……」とうなりながら、逆側の腕にしがみついてきた。


水蓮すいれん……? どうしたのですか?」

「せ、拙者も夫人としての、け、権利をしゅちょうしたいでござるよっ!」


 意味がわからない……。

 いやまあ、私が一人だけかまってて、さみしくなったのか。可愛いところもあるものだ。


「あ、あっちの美少女ってもしかして……水の勇者さまじゃないか?」

「ほんとだ! 国選勇者の水蓮すいれんさまだ!」

水蓮すいれん様もあのおっさんにしがみついて、デレデレしてるぞっ!?」

「なんなんだあのおっさんは!?」


 ……ああしかし目立ってしまう。


「副王様大人気っすね~」

「あたしたちの副王様は、強いもん。だからモテモテは当然だよお兄ちゃん」

「そっか~」


 獣人社会は弱肉強食だ。

 強いオスは持てて当然という考えを持っているのだ。


「ゲータ・ニィガは強さだけが持てる尺度ではないんですよ」

「へー、じゃあ他になに?」

「たとえば……包容力とか?」

「副王様あるじゃん」

「か、金とか」

「副王だからお金もいっぱい持ってないっすか?」


 ……。

 …………。

 ………………確かに。


 そんな風に目立ちながら、私達はとある場所を目指してる。

 スカーレット姫が行きたいと、張してきた場所だ。


「ここよ」

「鍛冶屋……【八宝斎はっぽうさい】? なんすか、はっぽーさいって、料理?」

「ちっがうわよ。ここはゲータ・ニィガ1、腕のいい武器職人のいる、凄い武器屋よ」


「へー! で、武器屋になんのようなんす?」


 ワンタ君の質問に、スカーレット姫が答える。


「アレクに武器を買ってあげるのっ」


 なんと。私に。


「ありがとうございます。ですが……どうして?」

「今回王家を救ってくれたからね。そのお礼よ。アレクにぴったりの、最高の武器を作ってプレゼントしたいのっ!」

「なんと……そんなお気遣いなさらずに」

「いいのよ。アタシもママも同意してること。てゆーか、もう決定して予算が下りてるから! 断られると逆にめーわくよっ!」


 スカーレット姫は私のために、プレゼントしてくれるようだ。

 王家を救ったのは剣士として、副王として当然の行いをしただけ。別に見返りを求めてやったことではないのに、である。

 ありがたいことだが、申し訳なくもある。


「アレク。あのね、あなたのやったのは、凄いことなの。そしてね、何か良いことをしたら、必ずリターンがあってしかるべきなの。正当な報酬って言えばいいのかしらね」

「報酬……」


「あんただって道場主やってんたんでしょ? 金をもらい、剣を教える。コストを払い、リターンを得る。それって普通のことなの。逆に、もらいっぱなしはとても良くないわ。それは、いずれ関係の破綻を起こす」


 ……耳が痛い。

 つい最近、ハイターから手ひどいしっぺ返しを受けたばかりだ。彼女のためを思って、彼女のために、一方的に上げ続けた結果……関係が破綻した。


「何かをしたら、何かをもらうべきよ」

「……そうです。貴女の言うとおりです」


 私はペコッと頭を下げる。


「ありがとう、スカーレット。ありがたく、受け取ります」

「うん! それでいいのよっ」


 20も年下の女子(精神年齢は私のほうがもっと上)に、諭されてしまった。反省しなければな。


「さ、入るわよ……」


 とそのときだった。


「帰れぇええええええええええええええええええい!」


 ばんっ! と鍛冶屋、【八宝斎はっぽうさい】の扉が開くと、一人の剣士が飛び出てきた。

 彼はゴロゴロと床を転がって、無様に這いつくばる。


「いってえ……! なんだよじじい!」


 彼は出入り口に向かって叫ぶ。

 そこから出てきたのは、ずんぐりむっくりしとした体型の、小柄な老人だ。


「ドワーフ……?」

「そう。ここ、八宝斎はっぽうさいの店主、【ガンコジー・クラフト】。宮廷鍛治師もやってるわ」


「ガンコジー……」


 ガンコジーさんは男をにらみつける。


「貴様のような軟弱剣士に、わしの剣はやらん! 帰るのじゃぁ!」

「そんな……金ならいくらでも……」

「このわしが! 金のために剣を作ってると思っておるのかぁ……! 殺すぞ!?」

「ひぃい!」


 ガンコジーさんがにらみつけると、男は情けない声を上げて、走り去っていった。

 残されたガンコジーさんはフンッ、と鼻息を付く。


「見ての通り頑固じじいなのよ、こいつ」

「む! って、なんじゃ……スカーレットの嬢ちゃんか」


 宮廷鍛治師ということは、王家とのつながりもある。だから、スカーレット姫とは既知の間柄なのだろう。


「どうしたのじゃ?」

「彼に剣を売って欲しくてね」

「む?」


 ガンコジーさんは私をじろじろと見やる。

 そして、手を差し出してきた。


「わしは屋号・八宝斎はっぽうさいがひとり、ガンコジー・クラフトと申します。あなた様は、もしやアーサー氏の弟子ではございませんか?」

「? はい、アーサーは私の師ですが」

「やはり! お会いできて光栄ですじゃっ!」


 ガンコジーさんは先ほどの不機嫌な態度から一転して、嬉々として私の手を握り、ぶんぶんと手を振ってきた。

 スカーレット姫が目を丸くする。


「す、すごい……あの頑固で有名なガンコジーが、初対面の人間をここまで気に入るなんて!」

「さすがっす副王様っ!」


 ガンコジーさんは私の手をにぎにぎしている。


「ああ、やはり……そうだ。この手……やはり……相当な剣の使い手でございますなっ!」

「いえ、私なんてまだまだです」

「なんと! 強い上に謙虚だなんて! やはり、あなたは素晴らしい剣士でございますじゃ! ささ、立ち話もなんですし、中でお話ししましょうぞっ!」


 さっきの頑固おじいさんと、本当に同一人物なのか、というくらいの豹変っぷりだ……。


「そうじゃ、名前を聞いておりませんでした」

「これは失礼。アレクサンダー・ネログーマと申します」

「あれくさんだー……? え? へ、辺境の剣聖と同じ名前……?」


 また出た。辺境の剣聖。

 

「多分本人よ」「おそらく本人でござるよ」

「おおお! うおぉおおおお! やはりいぃいいいいいいいいいいいいいい!」


 なぜだか大興奮のガンコジーさん。


「辺境の剣聖様のために、剣を用意できること、光栄ですじゃっ! 孫の代にまで、自慢できますじゃぁああああああああ!」


 お、大げさな……。

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