第42話 元婚約者Side その3



《ハイターSide》


 アレクがゲータ・ニィガへ赴いている、一方その頃。 

 ネログーマの果ての街、【サクツ】にて。


 アレクの元婚約者ハイターは、ようやく、ネログーマまでやってきていた。

 

「お客さん、困るよ。金払えないなんてさぁ」


 サクツの街の入り口にて。

 ハイターは乗合馬車の御者と口論を起こしていた。


 ハイターはゲータ・ニィガからサクツの街まで、馬車を使ってやってきた。

 サクツで下車し、金を払えと言われた。しかしハイターの手持ちの金では、ゲータ・ニィガ→サクツ間の馬車代が払えなかったのである。


「払えるわよ! ただ……今は手持ちがないだけ!」

「それ払えないのと同じだから」


「いいからさっさとエヴァシマってところに連れてきなさいよ! そしたら、金持ってるやつが払ってくれるからっ!」


 もちろん、アレクのことだ。

 この女、自分がアレクに酷いことをしたというのに、アレクにたかる気満々であった。

 反省の色がまるで見えていなかった。


「そう言われて、はいそうですかって納得するかよ。金が払えないんじゃ、あんたをここで下ろせないよ。ゲータ・ニィガの騎士にしょっ引いてもらうしかねーな」

「はぁ!? なにそれ! あたしを犯罪者扱いするわけ!?」


「無賃乗車してんだから、犯罪者だろうが!」


 と、そのときである。


「おやおや、どうなさりましたかな?」


 年老いた獣人がハイター達のもとへやってきた。


「誰だい、あんた?」

「サクツの街で街長をしているものですじゃ。して……どうしたのですかな?」


「この女が馬車代を払ってくれないんだよ」


 じっ、とサクツ街長がハイターを見やる。

 そして……ニコッと笑った。


「では、わしが代わりに払いましょう」

「な!? じ、じーさんいいのかい?」

「ええ。この御方は、大事なお客人だからのぅ」


 ハイター、そして御者も首をかしげる。大事な客人?

 誰かと勘違いしていないだろうか。だが、まあ、金を払ってくれるならいいか。勝手に勘違いさせておけばいい、とハイターは考えた。


 なんとも浅ましい女である。


「さて……お嬢さん。あなたはもしや、アレクサンダー様のお知り合いではないですか?」

「! アレクを知ってるの?」

「ええ。ええ。この街でアレクサンダー様を知らないかたはおりませぬじゃ」


 アレクってそんな有名人だったのか……?

 確か剣を教えてると、水蓮すいれんから聞いたが。


 それだけでこんな果ての街の獣人たちから、好かれるだろうか……?

 と、少し考えれば違和感に気づいただろう。


 だが。

 ハイターはこう考えた。


「そーよ! あたしはアレクの大事な人なんだから! 丁重に扱いなさいよね!」


 アレクの名前を使えば、いい思いができる。エヴァシマまでの足代を払ってもらえるかもしれない。

 そう考えたのだ。


「もちろんですじゃ。さ、長旅で疲れたでしょう。宿を用意しております」

「もちろん、ただで泊めさせてくれるのよねっ?」

「ええ」


 やった、とハイターは内心で小躍りする。

 さて、サクツ街長はハイターを連れて宿までやってきた。


「宿帳に名前を書いてくださいじゃ」

「はいはい」


 ハイター、と書いた、次の瞬間……。

 くわっ! とサクツ街長の目が見開かれる。その目に怒りの炎が浮かんでいることに……ハイターは愚かにも気づいていなかった。


「さ、書いたわよ。さっさと部屋に案内なさい」

「…………」

「ちょっと? 聞いてるの?」


 するとサクツ街長は、パンパン、と手を鳴らす。

 受付から屈強な獣人が現れる。


「おやっさん、どうしたんですかい?」

「……この愚物をたたき出せ! ハイターがやってきたぞ!」

「!?」


 ハイターが目を丸くしてると……。

 獣人がいきなり、ハイターの頬を殴り飛ばしてきたのだ。


「ぐえぇええええええええええ!」


 ハイターは獣人にぶん殴られて、宿の出入り口の扉をつきやぶり、外に放り出される。


「いったぁああ! なにするのよぉお!」


 倒れ伏すハイターを、獣人とサクツ街長が見下ろす。


「貴様……ハイターじゃな? アレクサンダー様を傷つけ、故郷を追い出したという、悪女!」

「な!? な、なんでそんなこと……知って……」


 失言をしてしまったことに、遅まきながら気づく。

 サクツ街長だけじゃない。


 騒ぎを聞きつけて獣人達が集まってきたのだ。

 そして彼らは全員、ハイターに怒りのまなざしを向けている。


 獣人達から放たれる怒りの波動に、ハイターは気圧されてしまう。


「わしらは皆、アレクサンダー様を敬愛している。わしらだけでない、この国の住人は皆、副王たるあの御方を心から尊敬してるのじゃ」


 ……ぽかん、と口を開くハイター。

 なんと言った……?


「え? は? え? あ、アレクが……なんだって?」

「アレクサンダー副王様だ。なれなれしく呼ぶな。不敬罪じゃぞ!」


「アレクサンダー……副王!? な、なによそれ!?」

「副王は副王だ。現国王の夫であり、次期国王となる御方だ」


「は、はぁああああああああああああああああああああああああああ!?」


 寝耳に水も良いところだ。

 アレクが故郷の村を出てから、まだほとんど日がたっていない。


 だというのに、彼は副王……次期国王にまで、出世していたのだ!


「貴様のことはバーマン様から聞いてる。ハイター。愚かな女だとな」

「は、ハイター? 誰よそいつっ!?」


「副王陛下の第三夫人じゃ」

「!? え、ちょ……はぁ!? 他にも女がいるの!?」

「うむ。複数人の女性を、あの御方は妻として迎え入れている」

「えええええええええええええええええええええ!?」


 ハイターが絶望の表情を浮かべる。

 

「そんな……じゃあ、アレクを連れ戻すこと……できないじゃない……」


 ハイターはアレクとよりを戻そうとしていた。

 あんなおっさんを好きになる女なんていないだろう。だから、元婚約者である自分が、ちょろっと涙を見せて、あなたが必要なの、愛してるの、って言えば戻ってくれる……。


 そんな計画を立てていたのだ。

 だが、彼が副王であること、そして彼にたくさんの女がいて、しかも妻として迎えていることがわかった以上……。

 その計画が通用するとは思えない。瓦解したのだ。


「帰れ! 悪女めが!」


 誰かがハイターに石を投げつけてきた。


「いたっ!」

「帰れ!」「かーえーれー!」「かーえーれー!」


 獣人たちからの帰れコールに、ハイターは怯える。

 この場に居る全員、ハイターに怒りと憎しみのまなざしを向けてきてる。


「あ、あいつ……こんなにこの国の連中に好かれてるだなんて……」

「良いからさっさと帰れ! でないと力尽くで追い出すぞ!」


 屈強な獣人達がハイターの前へとやってきた。


「い、いやよ! だ、だってもう……アレクに頼るしかないんだもん!」


 獣人はそれを聞くと、ハイターを担ぎ上げる。


「いや! なにするのよぉ!」


 獣人はサクツの街のハズレまでハイターを運び、そして、放り投げた。

 ぶべっ! とハイターは無様に地面に転がる。


 そして獣人達は、ハイターのことを殴り、蹴りつける。


「いた! いたた! 痛い! やめてよぉお!」


 獣人達はひとしきりハイターを痛めつけた後……。

 サクツ街長が皆を代表して言う。


「もう二度とこの国を訪れるな。次またここにきたら……命はないと思え」

「ひっ……!」


 獣人達に痛めつけられ、ハイターは恐怖の表情を浮かべる。

 彼らが本気で怒った顔、そして彼らに殴られた痛みは……彼女の心に大きなトラウマを残した。


 ガタガタと恐怖に震えるハイターを残し、サクツ街長たち獣人は自分の街へと戻っていく。

 そして外壁の扉をバタンッ! としめた。


 残されたのはハイター一人。


「アレク……あんた……副王になってただなんてぇ……」


 しかも、この国の人間たちは皆、アレクを愛してるようだった。

 これじゃ、連れ戻すことは不可能……。


「そんな……もう……どうすればいいのよぉ……」


 もう完全にお手上げ状態だ。

 ぐすぐす……と涙を流してると……。


「アオオォオオオオン!」

「へ? ひっ! ま、魔物ぉ!」


 森の茂みから大きな狼が姿を現す。

 大灰狼グレート・ハウンド。強力な魔物だ。


 ハイターを捕食しようと、大灰狼グレート・ハウンドたちが近づいて、取り囲んでくる。


「い、いや……いやぁあああああああああ!」


 ハイターは泣きながら魔物から逃げる。

 

「だれかぁああああああああ! 助けてぇええええええええ!」


 大声を上げても、しかし、サクツの街の扉は堅く閉ざされたままだ。

 彼らはハイターを憎んでいるため、助ける気はさらさらない。


 ハイターは泣き叫ぶ。


「アレクうぅううううううううう! 助けてよぉおおお! アレクぅううううううううううううううううう!」


 ……ハイターがもし物語のヒロインなら、ヒロインのピンチに、主人公アレクが颯爽とかけつけて、彼女を助けただろう。

 だが、残念ながらハイターは、ヒロインではない。


 単なる脇役であり、しかもアレクに酷いことをした敵役なのだ。

 当然、アレクが助けにくることは……ないかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る