第40話 魔族の偽装を見破る



 ゲータ・ニィガへと向かう途中、スカーレット姫と偶然出くわした。

 彼女は私を騎士に迎えたい、と言ってきたのだが……。


「シルフから聞いたわよ。アレク、あんた故郷を追い出され、今はネログーマで働いてるんですってね」


 スカーレット姫は、風の勇者、シルフィードから私の状況を聞いたのか。

 シルフィードはゲータ・ニィガの国選勇者だし、王族であるスカーレット姫と繋がりがあっても不思議じゃない。


「あなたには大事な道場と、婚約者がいた。だから……あたし、遠慮してあげてたの。でも、その二つともがなくなった今! あなたを縛るものはもうない!」


 びしっ、とスカーレット姫が私に指を向ける。


「アレク・サンダー! あたしの近衛騎士となりなさい! そしてたくさん活躍して、たっくさん出世して、その、さ、最終的にはあたしのものにゴニョゴニョ……」


 ……ふむ。

 なるほど。


 どうやら姫は、追放された私を不憫に思って、仕事を用意し、スカウトしにきてくれたのか。


「すみません、姫。申し出は大変うれしいのですが、断らせてください」

「んなっ!? ど、どうして? あ、あたしの頼み方がまずかった? 高圧的すぎた……? 不愉快にさせちゃったらごめんね……」


 さっきまで自信満々だった姫が、急に慌てだした。


「いえ。貴女の態度に腹が立ったとかそういう、感情論ではありません。実は、私は今、ネログーマの副王となっているのです」


 ぽかーん……とスカーレット姫が口を開いている。


「そ、そうなの? シルフからは、剣術指南役をやってるって聞いたけど」


 シルフィードは私が守護神やってること、知ってるはずだが。

 どうやら姫は守護神が国の重要ポジションであることを理解していないようだ。単なる剣術指南だと思ってる様子。


「ええ、まあ。それから出世しまして……」


「す……すごいじゃない!! こんな短期間で、一国の副王にまで上り詰めちゃうだなんて! まあでも、アレクほどの実力者なら、当然ねっ!」


 よし! とスカーレット姫が拳を握りしめる。


「じゃあ、話は簡単になったわ!」

「簡単?」


 びしっ、とスカーレット姫が私に指を向ける。


「あたし、ネログーマに嫁ぐわ!」

「………………………………は、はい?」


 ネログーマに嫁ぐ……?


「何を驚いてるのよ。あたしだってもう結婚できる娘。王族の娘に産まれた以上、政略結婚のカードになることは承知してるわ」

「いや、あの……え? つ、つまり……スカーレット姫殿下は、ネログーマ副王である私との政略結婚を望んでいると?」


「ええ! むしろ、喜んで嫁いじゃうわっ! そもそも、近衛にしたかったのは、その先を見据えてのことだったしね!」


 その先ってなんなのだろうか……。

 いや、それ以前にこの子、こんな重要な話を、親(王)抜きに勝手に決めて良いのだろうか。良いわけがない……。


「と、とりあえず……勝手に決めずに、まずは、王と相談するのはどうでしょうか?」

「む。それもそうね。わかったわ! じゃあ、ゲータ・ニィガに行きましょっ」

「は、はい……」


 もとよりゲータ・ニィガに行くつもりだったから、別に姫が同行することに対して異議はない。

 が、しかし……まさか嫁入りしたいと言ってくるとは……。


 ネログーマの未来を見据えるなら、ゲータ・ニィガ王族との政略結婚は、国のためになる行為だ。


 現状、ゲータ・ニィガとネログーマ、二国間に深いつながりはなかったはず。


 しかしここで副王である私と、ゲータ・ニィガ王家の人間である姫が結婚すれば、二つの国に新たなる交流ができる。

 副王としては、今回の話、喜んで受けたい。


「ふふん♡ これで憧れのアレクのお嫁さんになれるわ~♡ うれしいっ!」

「は、はあ……」


 むぎゅっ、とスカーレット姫が私に抱きつく。

 む?


「そういえば、姫」

「スカーレットでいいわ♡ お嫁さんになるんだから、呼び捨てにして♡」

「そ、それは正式に決まったわけじゃないので……」


「で、なぁに♡アレク?」

「姫は一人でここにきたのですか?」

「まさか。護衛が一緒だったわ。途中であの飛竜に襲われちゃったけど」


 と、そのときである。


「姫さまぁ!」


 遠くから人の声が聞こえた。


「あ、馬車っす。姫様の護衛のかたっすかね」


 護衛の騎士らしき人物たちが、こちらへと向かってやってくる。

 ふと、私は気づいた。


「……。姫。あの方達は本当に護衛のかたなのですか?」

「? そうよ。騎士団長の【アクテシタ】」

「アクテシタ……なるほど」


 アクテシなる騎士団長の男が近づいてきた。

 鎧を着込んだ大柄な男だ。


「おお! 姫! ご無事でしたか!」

「アクテシタ。迷惑かけたわね」

「いえ! 何事もなくてよかったです!」


 アクテシが姫に近づいてきたので、私は彼の前にすっ、と立つ。


「なんだぁ貴様は!?」

「初めまして、アクテシタさん。私はアレクサンダー・ネログーマ。ネログーマの副王です」

「あの獣くさい国の副王が、一体何のようだぁ?」


 ……獣臭い国、だと。

 ネログーマは水と緑の、美しい、素晴らしい国だぞ。


 一瞬怒りが湧き上がるも、すぐ冷静になるよう努める。

 今は特に、感情的になる場面ではない。


「アクテシタさん。あなたには、姫誘拐の容疑がかかっています」

「「な!?」」


 姫や水蓮たち、そしてアクテシタも、私の言ったことに驚いていた。


「ぶ、無礼者ぉ! お、おれが姫誘拐を企んでいたというのか!?」

「はい。先ほどの飛竜もどきを操作していたのは、あなたか、もしくは操っていたやつとあなたはグルなのではないですか?」


「な、な!? 何を根拠にそんなことぉ!?」


 根拠か。

 ふむ。


「あなたの闘気を見れば、1発です」

「闘気だぁ!?」


 ワンタくんが首を傾げる。


「どういうことっすか?」

「闘気の揺れは心の揺れ。闘気を見れば、相手の精神状態を把握できるのです」


 びし、と私はアクテシタに指を向ける。


「私が、姫誘拐の犯人だと言い当てた時、アクテシタの闘気は激しく揺らいだ。動揺していた。図星を突かれたからでしょう?」

「は、は、はは! 何をバカなことを! おれの闘気がその程度のゆさぶりで、揺れるとでも思うのか貴様ぁ!」


 ふむ。

 間抜けは見つかったようだ。


「姫。闘気を、ご存じですか?」

「いいえ、知らないわ」

「そうでしょうとも。闘気の概念については知ってるものは少ない。知ってるのは、闘気使いに師事したことのある人物」


 私はアクテシタに尋ねる。


「さて、アクテシタさん。あなたは一体誰に、闘気を教えてもらったのですか? 少なくとも、私はあなたに教えたことありませんよ?」


 四大勇者から教えてもらったという可能性もなきにしもあらず。

 だが、それはないと確信を得てる。


「どうなのよ、アクテシタ。あんた、闘気を誰に教わったの?」

「が、ぎ、そ、それはぁ」


 焦って動揺するアクテシタ。

 私は追い打ちをかける。


「そもそも、あなたは魔族でしょう? どうして、人のふりをしてるのです?」

「「「魔族!?」」」


 ぎょっ、とこの場にいる全員が驚いていた。

 ふむ、まだ皆にはわからないようだ。


「あなたからは、魔族特有の闘気を感じます」


 私はネログーマで2度、魔族と交戦してる。

 だから、魔族の闘気を知ってるのだ。


「あなたは二つ嘘をついた。闘気を知ってるのに知らないふりをした。そして、魔族なのに人間のふりをした。さて、本当にあなたが姫の味方だというのでしたら、どうして嘘をつく必要があるのか? 説明してもらいましょうか?」


 アクテシタは体を震わせると……


「ち、くしょぉおおおお!」


 剣を抜いて襲いかかってくる。

 だが。


 どさ!


「遅すぎですよ」

「「「は、速い!!!!!」」」


 倒れ伏すアクテシタを見て、皆が驚いてる。


「や、やべえ。副王さまの動きが早すぎて、何してたのかさっぱりわからないっす!」

「わたしも」

「拙者は、少し。一瞬で近づいて、首の後ろに木刀の一撃を入れたのが、かろうじて見えました」


 ふむ。おしいい。


「水蓮。私は敵の首後ろに一撃、そして四肢の関節を全て破壊し、動けなくしました」

「!? そ、そんな。あの一瞬にそんなたくさんのことを……やはりすごいでござる、アレク殿!」


 アクテシタを見て、スカーレット姫がつぶやく。


「そんな……騎士団長が、あたしを誘拐しただなんて……」

「おそらく、内部に魔族に内通する人物がいるのでしょう」


 魔族の内通者が、この雑魚一人ということは考えにくい。

 アクテシタに、姫誘拐を指示したものがいるはず。


「姫。ご安心ください。私がそのものを見つけ出し、懲らしめてしんぜます」

「……ありがとう、アレク!」


 だき、とスカーレット姫が私に抱きついてきた。

 ……言い忘れていたが、姫は全裸に、私の上着を羽織ってるだけ。


 今ので、その上着がぱさりと落ちてしまった。


「やっぱり、やっぱりあたし、アレクのことが好き! あたし、アレクの後宮に入りたいわ!」


 ……私の脳裏に、第八婦人という単語がよぎった。

 が、今はそれよりも、姫、そして城内の安全確保が先だ。


「そのことについては、全てが終わりましたらにしましょう」

「うん!」


 かくして、私たちは魔族の陰謀が渦巻いてるだろう、ゲータ・ニィガ王都へと向かうのだった。

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