第37話 水の勇者を助け、第六婦人ゲット



 私の屋敷の庭にて。


水蓮すいれんを、第六婦人に……」


 いや、いや。

 

水蓮すいれん。考え直しなさい。あなたはまだ若く、未来があるのだ。こんなおじさんに縛られてはいけないですよ。それに、あなたはゲータ・ニィガの国選勇者なのです。他国に勝手に身を置いてはいけませんよ」

「『そんな! って、あれ……?』」


 水蓮すいれんが、また長い髪の状態に戻っていた。

 ネロさんがまた居ない。


「また合体しちまったのかい?」


 とバーマンが尋ねる。


「『は、はいでござる。どうやらこの子とわたくし、相性が良すぎるみたいで……』」


 自分でも意図せず、二人は合体してしまうようだ。


「離れることはできないのですか?」

「『むん! むむん! ……駄目でござる。自分では分離できませぬ。

 本当にこの体とわたくし、相性が良いみたいで……このままじゃ完全に融合してしまうわ』」


 ふむ。二人の意識が混じり合いつつあるようだ。

 このままでは肉体だけでなく、精神も統合されてしまうだろう。


「『わたくしはいいんじゃないって思うけどね。この子もここに残りたがってるわけだし。お守り様と一体化すれば、国選勇者であるこの子が、この地に残る大義名分もできるわけだしね』」


「ネロさん。それは、あなたの身勝手な意見ですよ。水蓮すいれんの意志を無視してます」


 私は水蓮すいれんに言う。


「あなたは、一生このままでいいのですか?」

 

 すると水蓮すいれんはフルフル、と首を横に振る。


「『拙者は……元に戻りたいでござる。

 あらどうして? この状態ならものすごい精霊の力も使えるし、ここに残るいいわけにもなるのよ?』」


 水蓮すいれんがはっきりと言う。


「『拙者は、大義名分で仕方なく、アレク殿の嫁にしていただく、というのは嫌でござる。

 ……ふぅん。難儀な性格ね』」


 どうやら、水蓮すいれんは元に戻りたいようだった。

 なら、私が師匠としてまずすべきことは一つ。


「あなたたちを、元の状態に戻します」

「『といっても、どうするの旦那様。わたくしたちの肉体は、今や完全に融合してしまってるわ。二つに混ざり合った物を分離するなんて、不可能よ?』」


 バーマンが首をかしげる。


「そんな難しいかぁ?」

「『たとえるなら、コーヒーとミルク、二つが完全にまじりあったものを、元の状態にそれぞれ戻すのと同じ作業よ。あなた、できて?』」


「うっ……そりゃ、むずい」

「『でしょう? さらに今、わたくしたちの魂すらも、混ざりかかっている。仮に、肉体を戻せたとしても、魂なんて形のないものをどうやって切るというの?』」


「確かに……。けど、先生ならなんとかしてくれるだろ! な、先生!」


 ふむ……。


「ええ、任せてください」


 私は木刀を構え、水蓮すいれんの前に立つ。


「ネロさん、水蓮すいれん。目を閉じて」

「『は、はい……♡』」


 ……なぜか目を閉じて、唇を突き出してくる水蓮すいれん

 前にもなんだか、こういうことあったな……。どうして皆そんな、キスを待つみたいな顔をするのだろうか。


 まあ、それはいい。

 今は弟子の抱える問題を解決するのが先決だ。


 魂を切ったことはない。

 だが、形のないものを、切ったことは……ある。空気や水。そして……病魔すら、私は切ったことがあるし、切れる……という確信があった。


「極光剣。【黄金の型】」


 ぽう……と刃が輝き出す。


「黄金……黄の型ってやつか。前から気になってたんだけど、先生、黄の型ってどういう剣なんだい?」

「病魔や呪いなどを切る、退魔の剣です」


 退魔の剣ならば、形のない魂だって切れるかもしれない。


「『いや、それ以前に……二つの肉体を分離させることってできるの?』」

「やってみます。黄金の型……【分霊】」


 即興で作った型を披露する。

 上段に構えた木刀を、水蓮すいれんの脳天めがけてふる。


 すとんっ……!


「なっ!? 木刀が肉体をすり抜けた! す、すげえ! どうなってんだ!?」


 バーマンが驚愕する。

 

「一流の剣士は、万物を斬ることができます。万物を斬れるということは、斬るもの、斬らないものを、コントロールできるということです」

「な、何言ってるのかわかんねーけど、とりあえず人間業じゃないってことはわかったぜ! さすがです先生!」


 さて。

 黄金の型、分霊を使って、私は魂を切断した。そう、斬った瞬間、そういう手応えがあったのだ。


 すると……。

 ずずず、と二人の体が元に戻った。


「だ、旦那様!? すごいわ! 完全に融合していた肉体が、分離したわ!? ど、どうなってるの!?」

「? 融合した細胞を一つ一つ、すべて斬っただけですが?」

「は、え、ええええええ!?」


 魂と違い、肉体には実態があるのだ。


「先ほども言ったでしょう? 一流の剣士ならば、万物を斬れると。たとえ完全に融合してしまった肉体であろうと、それを水蓮すいれん、ネロさん、二つの細胞に分別して斬りわけることはできますよ」


 ぽかんとするネロさん。


「相変わらず規格外ね……すごいわ……」


 さて、さて。

 弟子を元の状態に戻すことに成功できた。良かった良かった。


「アレク殿……! ありがとうでござるよ!」


 水蓮すいれんが泣きながら抱きついてきた。


「手間をかけさせて、申し訳ないでござる……」

「謝る必要なんてないですよ。あなたは、私の可愛い弟子なのですから」

「あう……♡ 好き……♡ や、やっぱり拙者……アレク殿ことが好きでござる……♡ あなたの物になりたい……」


 ……と、言われましても。

 やはり私は、水蓮すいれんにはもっとふさわしい男がいると思ってしまう。


「アレク殿。お願いします。拙者をあなたの女にしてください……!」

「……それは、自分の意志なのですね」

「はい! 大義名分とか、そういうのは抜きにした、純粋な思いでござる!」


 ……そこまで強く言われては、拒めない。

 それに、副王として、たくさんの女と子をなす必要もあるわけだし。


「……わかりました」

「やった! やったぁ! ありがとうございます! うう、拙者とてもうれしいですっ!」


 わんわんと泣き出してしまう水蓮すいれん

 するとミーア姫が感心したように何度もうなずきながら、拍手する。


「ありがとうございます、アレク様♡ 勇者に選ばれるほどの強者を、わが国に取りこんでくださって。あなた様は本当にすごい御方です」


 こうして、水蓮が第六婦人として、ネログーマの後宮に加わったのだった。

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