第36話 水の勇者と手合わせをする



 私の元に弟子、水蓮すいれんがやってきた。

 話は30分後。


 屋敷の庭にて。

 私と水蓮すいれんは向かい合っていた。


「んじゃ、これより先生と水蓮すいれんの手合わせを始めるよ。審判はアタシ、バーマンが務めるぜ!」


 私は水蓮すいれんと模擬試合をすることになったのだ。

 ついさっき、彼女が顔を真っ赤にしながら『て、手合わせをお願いしたいでござる!』と言ってきたのである。


 弟子の成長を見ておきたかったので、私はその申し出を了承。

 こうして水蓮すいれんに、久しぶりに稽古を付けてあげることにした。


 久しぶり、といっても数ヶ月ぶりだ。

 たかが数ヶ月と侮るなかれ。10代の子らは、ちょっと見ない間にぐんぐんと伸びていくから。


「で、では参ります!」

「はい。いつでも」


 水蓮すいれんの体からは青い色の闘気オーラが吹き出す。

 

「! すげえ……まるで、巨大な滝を前にしてるかのような、ものすごい量と勢いの闘気オーラだぜ! これが……勇者か!」


 水蓮すいれんの練り上げた闘気オーラを見て、バーマンが感嘆の声を上げる。

 私は……うれしかった。闘気オーラを見れば、その人の努力が推し量れるのだ。


 彼女は今日まで一日たりとも、鍛錬をサボってこなかったことが、容易に想像できた。


「シッ……!」


 闘気オーラを足に集中させ、爆発。

 その勢いでこちらに接近してきた。


 ぐるぐる、と回転しながら一撃を入れてくる。


「水の太刀! 【水車】」


 水の噴射を利用し、その勢いを利用した回転斬撃。

 並の人間なら回避できないほどだろう。


 しかし……ぬるん。

 私の横を水蓮すいれんが通り過ぎていく。


「んなっ!? どうなってんだ!?」

「おや、バーマン。見てわからなかったのですか?」

「め、面目ない……」


 感覚派のバーマンには、今のやりとりは理解できかったようだ。

 どれ、バーマンにも稽古を付けるようだ。


「木刀表面を、こちらも青色闘気で覆ったのです」


 私は木刀を見せる。

 側面を水が流れるように、ゆるく闘気オーラが流れているのがわかるだろう。


「そうして、敵の攻撃を受け流す。これを、受け流しパリィといいます」

「さすがでござるアレク殿! あの素早い一撃を完全に見切ってからの受け流しパリィ、お見事です!」


 私はうれしかった。褒められたことがではない。

 水蓮すいれんの作り上げた、水の太刀。それが素晴らしい剣だったからだ。


「ですが……まだでござる! まだ……拙者のすべては見せておりませぬ!」

「ええ、わかっておりますよ。来なさい」

「うぉおおおおおお!」


 またも水の噴射を利用して移動してくる。

 

「水の太刀! 【激流】」


 流れるような、それでいて激しい連続攻撃。

 まるで嵐の後の河川のようだ。


 速く、激しく、それでいて……流麗。

 バーマンが思わず、水蓮すいれんの剣に見とれてるのがよくわかる。


 私も同感だ。とても綺麗な剣である。

 打ち破るのは惜しいくらいだ。

 私はその場から一歩も動かず、すべてを受け流しパリィする。


「くっ! あ、当たらない!」


 水蓮すいれんが連撃、連撃、連撃……。

 だが……すべてが当たらない。


「くそぉ!」


 水蓮すいれんが剣を上段に構える。

 ……やれやれ。


「ムキになった時点で、あなたの負けですよ」


 がら空きの胴に、一撃を入れた。

 水蓮すいれんはその場に崩れ落ちる。


「すげえ……先生……あんな凄い連撃を、全部受け流しパリィちまった……。どっちもレベルたけえ……」


 私は水蓮すいれんのもとへむかう。

 彼女の剣は凄い物だった。しかし。


「最後、どうしてあんな、勝ちを急いだのですか?」

「そ、それは……せ、拙者……勝って、アレク殿に……どうして……言いたいことがあったから……」


 しょぼくれながら、水蓮すいれんが言う。

 ふむ?


「言いたいことがあるなら今言えば良いのでは?」

「で、できません。弱いままでは、言えぬのです。強くなってから、言おうと思っていたのです……」


 実に悔しそうな水蓮すいれん

 ううん、そんな顔せずとも、普通にこの子は強いし、前よりずっと強くなったと思うのだが。


 と、そのときである。


「へえ、あなた。いい闘気してるわね」

「ネロさん」


 精霊族の美女、ネロさんが、水蓮すいれんの隣に現れた。

 水蓮すいれんの青い闘気を前に、うっとりとつぶやく。


「一番は旦那様♡ これは変わりない。旦那様以上の素晴らしい闘気を持つ人間は他にいないわね」

「わかります! それはそうでござるな!」


「うんうん。でも、まあ次点で貴女の闘気も良い感じよ。美味しそう♡」


 ネロさんが顔を赤らめると、水蓮すいれんに抱きつく。

 そしてその頬にキスをした。


 かっ……!

 ゴオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


「うぉ! な、なんだぁ!? 水蓮すいれんの体が、めっちゃ光ってるぜ!?」


 ……私も驚いた。

 なぜなら、ネロさんが、水蓮すいれんの体の中に取りこまれてしまったのだから。



「『あ、あら? この子もしかして……精霊との適合係数が凄い子?』」

「ええ!? が、合体した!?」


 バーマンが驚くのも無理はない。

 そこにいたのは、水蓮すいれん……のはずなのだが。


 彼女の髪の毛が長くなっており、そして、少し宙に浮いていた。

 どことなく、ネロさんの雰囲気も醸し出している。


「『この子、水の精霊との相性が良いみたい。いや、良すぎる……これは……制御……く! 仕切れない!』」


 瞬間……。

 ドパァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 大量の水が水蓮すいれん(+ネロさん)の体から噴出する。

 それは9つの頭を持つ巨大蛇へと変化する。


「ま、まずいぜ先生! あの女、力を制御しきれてない!」

「そのようですね」


 どういう理屈かわからないが、水蓮すいれんはネロさんと合体して、強くなった。

 しかしその強い力を制御しきれず、暴走を始めているようだ。


 水の蛇は屋敷の塀と屋敷の一部を軽々破壊する。

 バーマンは立っているだけでやっとのようだ。それほどまでにすさまじい勢いの水が、絶え間なく水蓮すいれんから湧き出ている。


「『た、たすけて……アレク殿!』」

「落ち着いて、水蓮すいれん


 激しい水流の中、私はその場に立っている。

 水の流れに押し流されることなく、私は持っている木刀を地面に突き刺す。


「極光剣。【藍の型】」


 刃に藍色の闘気が纏う。

 藍色闘気は、氷の闘気。私は地面に切っ先を刺す。


「【氷原】」


 瞬間、大量の水が一気に凍り付く。

 溢れかえるほどの水、そして水の蛇でさえもだ。


「んな!? す、すげえ……なんだこりゃ……やばすぎる……」


 ……バーマン。もう少し、国語を勉強させないとな。

 私は木刀をぬいて、こん、と地面をたたいた。


 ぱきぃん!


 氷は一瞬にして粉々に砕け散る。

 空中にいた水蓮すいれんが落ちてくる。

 その際、ネロさんも分離していた。


 私は水蓮すいれんをキャッチする。


「うう……面目ないでござる……」

「謝る必要はありませんよ」

「ですが……不甲斐ない姿を二度も……」

「とんでもない! あなたは強いですし。今のも、制御できれば、さらに強くなりますよ」


 すると水蓮すいれんが顔を真っ赤にして「ありがとうございます……」とつぶやく。


 一方、ネロさんは上機嫌だ。


「ねえ旦那様。その子、第六婦人にしちゃいなさいよ」

「何を言ってるのですか……?」


 するとにんまりとネロさんが笑う。


「このこと合体したときにわかったの。この子……旦那様のこと、愛してるって」

「!?」


 そ、そうなのか……?

 水蓮すいれんは顔を、湯気が出るほどに真っ赤にしていた。


「は、はひ……拙者……好き……でござる……」

「ね? ほら。ゲットしちゃいなさいよ。わたくし、この子のこと気に入ったし♡ ね♡ 六人目の女に迎えちゃいましょ♡」


「ぜ、ぜぜ、是非!」


 ……やれやれ。

 またですか……。

 どうして皆、こんな剣だけしかできないおじさんのことを、好きになるのでしょうね……。もっといい男は街にたくさんいるでしょうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る