第35話 朝練で驚かれる、そして水の勇者様くる



《アレクSide》


 私の名前はアレクサンダー・ネログーマ。

 この度、獣人国ネログーマの副王となった。


 ……私の屋敷に、五人の妻が寝泊まりするようになった。

 翌朝、屋敷の庭で、私は木刀を振るっている。


 早朝。

 私は木刀を振る。呼吸を整え、木刀を振りかぶり、振り下ろす。


 それをひたすらに、一心に行う。

 やがて、私は日課を終えて一息をつく。

 

 パチパチ、とどこからか拍手が聞こえてきた。

 ミーア姫が笑顔で立っていた。


「おはようございます、ミーア姫」

「おはようございます、アレク様♡」


 ミーア姫がまた私をアレク様と呼ぶようになった。

 次期国王なのだから、といって聞かなかった。

 

「それと、アレク様。わたしのことはミーアとお呼びくださいと、昨日言ったじゃないですかっ」


 ぷく、とミーア姫が可愛らしく頬を膨らませる。

 どうにも、まだその呼び方には慣れないのだ。


 とはいえ、我々は夫婦になる身。

 いつまでも他人行儀な呼び方はいけない。


「わかりました、ミーアさん」

「はぁん♡天に昇りそうです♡」


 実に嬉しそうに笑うミーア姫。


「強いオスに呼ばれるだけで、獣人のメスはうれしくなってしまうのです!」

「そ、そうなのですね」

「はい! それに、えへへ♡アレク様が本当に旦那様になってくださったんだなぁ、という証のように思えて、とてもとてもうれしいんですっ」


 そういうものなのだろうか。


「ところで、アレク様。朝からとても見事な剣舞をひろうなさってましたね」


 剣舞?


「いえ、日課の素振りですが?」

「素振り!? あの見事な剣が!?」


「ええ。ただの日課です。なにか?」

「い、いえ……その、日課の内容を教えていただけますか? ものすごく早くて、目で追えなかったのです」


 ふむ。

 早いだろうか。


「そんな難しいことはしてませんよ。ただ、1万回、素振りしてるだけです」

「えええええ!? い、一万回ぃ!?」


 ふむ?

 何を驚いてるのだろうか。


「あの、アレク様は朝起きて、まだ一時間も経ってないと思うのですが」

「そうですね。それがどうしました?」


「素振り、一万回を、一時間で終えたのですか?」

「はい。それが?」


 唖然とした表情のミーア姫。

 ふむ、一万回の素振りを、一時間でこなすくらい、簡単にできると思うのだが。

 0.3秒に一回、剣をふるだけだが。


 まあ、剣士でもないミーア姫には難しいと思ってしまうのだろう。


「そんなに早く剣が振れるなんて! すごいです、アレク様は本当にすごいです!」

「ありがとうございます」


 ぴたり、とミーア姫が私にくっついてくる。


「あ、あの。ミーアさん?」

「はぁ♡素敵な匂い……」

 

 うっとりとした表情を浮かべる。


「ミーアさん。汗臭いでしょう?」

「まさか! とてもいい匂いです! だめですよアレク様。こんな、素敵な匂いをさせて街にでては! 危険です!」


「? 危険?」

「はい! 女性獣人たちに、街中であろうと襲われてしまいます! 強いオスの匂いに、メスは弱いのですから!」

「な、なるほど。気をつけます」


 そういえば、バーマンがうちで弟子をやっていたとき、修練後にやたらとくっついて匂いを嗅いでいたな。

 あれはそういうことだったのか……


「ああ、素敵♡ あ、あの……また昨晩のように、可愛がって欲しいのですが?」


 うるんだ目で、ミーア姫が私におねだりをしてくる。

 可愛がるというのは、まあ、昨晩ベッドでしたことを言っているのだろう。


 子を作るのも私の仕事、だが。


「ミーアさん。朝からはしたないですよ」

「うう、だってだって! アレク様、とてもお上手だから……欲しくなってしまうのですっ」

「申し訳ない、仕事がありますので」

「うう、そうですね……夜まで我慢します……」


 さて。

 朝練を終えて私が屋敷へと戻る。


「お、だ、ダーリンおはよう!」


 タンクトップ一枚のバーマンが、ニカっと笑う。


「えへへ♡ダーリンかぁ♡ぬふふ」

「おはよう、バーマン。なんですかそのハシタナイかっこうは」


 上はタンクトップ一枚、下はパンツ一枚という、大変だらしのない格好だ。


「それに、朝練はどうしたのですか?」


 うちの門下生には全員、朝素振りをすることを課していた。

 バーマンが朝練をしてる様子はなかった。


「ご、ごめんダーリン先生」


 ダーリン先生って……。

 まだ呼び慣れてない様子だ。


「まだ足がガクガクしてて……」

「まだですか。まったく、だから言ったではないですか。翌日に支障がでるからこれくらいにしておけと」


 明け方近くまで、バーマンは私を求め続けてきたのだ。


「うう……逆に先生はすげえな。あんだけやっても疲れてないし。今も元気だし」

闘気オーラで体を強化してますからね」

「アタシもやってるけど、やっぱ先生の闘気操作は別格だね! やっぱ先生はすげえや!」


 こてん、とミーア姫が首を傾げる。


「アレク様とバーマンの、闘気操作の違いってなんなのですか?」

「一言で言うと、先生は二十四時間ずっと、闘気を体にまとってんだ」


「? それのどこがすごいのです?」

「普通、闘気ってのは、使う時だけ外部から取り込むのさ。取り込み続けるってことは不可能なのよ。ほら、走ってたら息切れ起こすだろ。あれと一緒」


 なるほど、とミーア姫がうなずく。


「え!? じゃ、じゃあアレク様って、ずっと走りっぱなしで全然息切れしないってことですか!?」

「ま、簡単にいえばそういうこっった。二十四時間、365日、闘気を外部から取り込み続けられてるやつは、先生以外にみたことねーな」


「す、すごいすごい! さすがアレク様!」


 私にとっては、もう息をすることと、闘気を取り込むことは同義なのだ。

 だから、二人から褒められても、それは呼吸できてすごいね、歩けてすごいね、と言われてるのと同じなので、少し気恥ずかしい。


「アレク様とつがいとなったことで、アレク様の知らなかった、すごいところをいっぱい知れて嬉しいです!」


 正直素振りも、呼吸も、そこまですごいこととは思っていなかったりする。

 師匠はできていましたからね。


「ほら、バーマン。素振りをしてきなさい」

「えー」

「えー、ではない。すぐにやりなさい」

「わかったよ先生」


 バーマンは縁側においてあった木刀を手に、庭へと向かう。

 呼吸を整え、構え、そして、木刀を振る。


「わぁ、美しい素振り……アレク様には劣るけれども」

「バーマン。腰を痛めてますね」

「え!? あ、アレク様、そんなことわかるのですか?」


 ぽりぽり、とバーマンが頭をかく。


「さすが先生。立ち姿だけで、相手の状態を見抜くなんて、やっぱすごいぜ」

「ありがとう。でも痛いのでしたら言ってください」

「い、いやほらそれは……ちょっと」

「だいいち、どうして背中を痛めてるのですか?」

「そ、それは! 昨日ほら、え、えびぞり……」


 もにょもにょ、とバーマンが恥ずかしそうにつぶやく。

 やれやれ。

 私は彼女に近づいて、背中に手を当てる。そして、白色闘気を流す。


「どうですか?」

「痛みすっかり消えたぜ! やっぱ先生の気功は効くぅ!」


 手で触れ、闘気を流せば、体の不調が治るのだ。


「治癒魔法よりすごいです……やっぱり。国民に闘気を習わせることを、義務付けさせるべきですねこれは」


 ミーア姫はブツブツと呟く。

 この国の未来を考えての発言だろう。確かに全国民が闘気をつかえたほうが、何かと便利だ。


 戦闘力向上、健康状態の維持と、闘気はいろんな使い道がありますしね。


「む?」


 そのときだった。

 エヴァシマ入り口で、懐かしい、青色の闘気を感じた。


「少し、出ます」

「どちらへ?」

「私の弟子が、どうやら王都へやってきてるようです」


 え!? とミーア姫が驚く。


「お、王都の入り口って、ここからかなり離れてません?」

「? そうですね」

「それなのに、人が来たこと。そしてその人が、自分の弟子であることすら、わかってしまうのですか!?」

「はい。闘気を感じ取れれば」


 闘気の量や揺らぎ、そして色は人によって固有のものだ。

 闘気を極めれば、感知だけでなく、そういうふうに特定までできるのである。


「やはりすごいです!」

「えー、弟子。また女かぁ……はぁ」


 バーマンがすごく嫌そうにしていた。


「バーマンは素振りをしてなさい」

「ちぇ。わかったよ」


 私はエヴァシマ入り口へと向かう。

 ミーア姫もついてきたいというので、馬車を出してもらった。


 そして……


「アレク殿ー! お久しぶりでござるー!」

「水蓮。久しぶりですね」


 やはり私の弟子、水蓮だった。

 ミーア姫は彼女をみてポカンとする。


「どうしました?」

「あ、アレク様! あ、あのお方は水の勇者、水蓮さまではっ?」

「? 水蓮は私の弟子ですが」

「水の勇者様でさえも!? 弟子なのですね!」


 ふむ……そういえば、シルフィードが言っていた、ような。

 私の直近の弟子たちのなかで、勇者になった子らがいると。


 なるほど、水蓮も勇者になったのか。

 他にも弟子が何人もいたので、彼女がそうだと気づかなかった。


「シルフィード様に加えて、水蓮様までもがアレク様の弟子だなんて! やっぱり、アレク様はすごいです。強いだけでなく、教えた弟子を勇者にしてしまうなんて!」


 私がすごいのではなく、勇者の素質のある水蓮がすごいと思うのだが。

 まあ、それは置いておく。


「おや、アレク殿。そちらの獣人はどちらですかな?」

「ああ、この子は」


 するとミーア姫はずいっ、と前に出ていう。


「はじめまして! アレク様の、妻! 第二婦人のミーアと申します!」


 水蓮はぽかんとしたあと。


「妻ぁ!? だ、第二婦人ぅううううううう!?」


 と驚いていた。おや、そういえば言っていなかったか……


「せ、拙者はじゃあ、第六婦人でござるか!?」

「何を言ってるのですかあなた……」

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