第34話 元婚約者Side その2



《ハイターSide》


 一方、アレクの故郷、デッドエンド村にて。


「この【水蓮すいれん】……この道場を今日限りで辞めるでござるよ」


 ……風の勇者シルフィードが、道場を去ってからしばらく立った後。

 青いボブカットの、小柄な少女が、そういった。


「ま、まってください! 水の勇者……水蓮すいれんさんっ!」


 副王アレクの元婚約者、ハイターは、水蓮すいれんを止めようとする。


「ど、どうしてあなた【も】去ってしまうのですかっ!」


 ハイターは泣き叫びながら言う。

 彼女以外の勇者【たち】も、すでに去って行ってしまっているのだ。


 ここで水蓮すいれんにも出て行かれては困る。


「? 現道場主殿のお力が、拙者に劣っているから。それ以外に何かありますか?」

「そ、それは……」


 ハイターは床を見やる。

 そこには……。


「あ、あべ……あば……ば……」


 立った今、水蓮すいれんと決闘し、あっさり敗北したマオトッコがいた。

 今朝ここに水蓮すいれんがきて、マオトッコを見て、言ったのだ。


 ここを辞めると。

 引き留めようとしたマオトッコは、水蓮すいれんに決闘を挑んだのだ。


 で、一発で負けた次第。なんとも雑魚だった。


「そもそも彼我の実力差を見抜けぬかたに、剣が教えられるわけないのでござるよ」

「そ、それは……」


「ふーむ、しかし噂は本当だったのでござるか……アレク殿、本当にここにいないとは……うーん」


 すたすた、と水蓮すいれんが去って行こうとする。


「あ、あの! お願いします!」

「? どうしたでござるか?」


 ハイターは水蓮すいれんに土下座する。


「ここに残ってもらえないでしょうか!」

「? どうして?」

「もううちの道場は、ボロボロなんですっ!」


 ハイターは泣きながら説明する。


「シルフィードさんを筆頭に、四大勇者すべてが、ここを辞めてしまいました!」


 シルフィードのあと、火、地の勇者がここへきて、そして同じように、アレクが居ないと見るにすぐにやめていったのだ。


「勇者様が抜け、道場に通うものはゼロ! 月謝がいただけないと、生活が成り立たないのです!」

「は、はぁ……? だ、だからなんでござるか……?」


 水蓮すいれんは本気で困惑してるようだ。

 自分と何か関係あるのか……? と言外に語っている。


「お願いします! ここに残って、剣を教えていただけないでしょうか! 水蓮すいれんさんがいれば、この道場にまた人が戻ってきてくれるかと!」

「は、はぁ……?」


 なおも、水蓮すいれんは困惑する。


「お願いします!」

「申し訳ない。無理でござるよ」

「そんな! どうして!?」

「ど、どうしてって……いや、あの、拙者は単なるここの門下生でしかござりませぬゆえ。まあもうやめましたが」


 ただの門下生でしかないのに、どうしてここの道場主とならないといけないのだろう、と水蓮すいれんは首をかしげてる様子。


「お願いします! もう他に頼れるものがいないのです!」

「? それはおかしいでござる。頼れる人、身近にいるではないですか?」

「そ、それは……」


 ハイターにも、わかっていた。

 まず真っ先に、誰に相談するべきか。


「アレク殿がいるではありませんか?」


 ……水蓮すいれんには、自分がマオトッコと浮気して、アレクが出て行った……。

 という件は、言っていない。

 言ったらまたシルフィードのときみたいに、キレて、出て行くのがわかっていたからだ。


 さすがのハイターも、三度同じリアクションされたら、さすがに学習する。

 アレク追放を言ったら、彼を慕う四大勇者達は怒って、協力してくれなくなると。


「道場を本気で建て直したいと思ってるのでしたら、アレク殿に相談するべきでござる。あの御方は優しい人。困ってると素直に離せばわかってくれるでござる」

「う……ぐ……うう……そ、それは……できません……」


 それができたら苦労はない。

 相談なんてできるわけがないのだ。


「どうして?」

「そ、れは……」


 と、そのときである。


「あんなクソじじいなんて頼らなくて良いんだよぉ!」


 マオトッコが、最悪のタイミングで起きてしまった。


「おれに女を寝取られるような駄目おっさんなんてなぁ、頼らなくてもよぉ、おれがなんとかできるんだよぉおお!」

「ば、バカぁ……!!!!!!!!!」


 ハイターは叫びながら、マオトッコを蹴飛ばす。

 なんてタイミングで、最悪な発言をしてしまったのだ!


 ……恐る恐る、ハイターは水蓮すいれんを見やる。


「……ほぅ。なるほど?」


 水蓮すいれんはぴくぴく、口の端をひきつらせている。


「なる、ほど……ハイター殿……いや、女。貴様……あ、アレク殿という、最高の男性がそばにいながら、そこの屑と浮気していたのだな……?」


 今まで水蓮すいれんがハイターの話を聞いていたのは、アレクの婚約者だからに過ぎない。

 だが、今、水蓮すいれんはハイターの現状を知ってしまった。


「ち、ちち、違う! 違うの!」

「すべて納得いったでござるよ。アレク殿……お気の毒に。きっと今、深く傷ついてるでござろう。……拙者は女でござる。アレク殿の傷ついた心を癒やすためなら、この体を喜んでささげましょう」


 水蓮すいれんは決然とした表情をすると、きびすを返して、去って行く。


「いやぁ! 待って! お願いまってぇ!」


 水蓮すいれんの腕をつかもうとする。

 だが、するりとかわされてしまう。


「ほぎゃ!」


 ハイターは無様に床に顔を激突させる。


「悪いが、拙者では力になれませぬ。ここを二度と訪れるつもりもありません。では」

「待って! お願いもう貴方以外に頼れる人がいないのよぉお!」


 アレクはもとより、他の四大勇者にも、嫌われてしまった。

 もうネームバリューのある、頼れる人が居ないのである。


 このままでは収入ゼロ。生活していけない!


「甘ったれるな!」


 水蓮すいれんが一括する。


「道場に金がないのも、門下生が出て行ったのも、アレク殿がここを去ったのも! すべては己の愚かさが招いた結果ではないでござるか!」

「そ、それは……それはそぉだけどぉ~……」


「心から己の行いを反省してるのであれば、アレク殿のもとへ行き、謝罪するべきでござる」

「アレクがどこにいるのかわからないのよぉ~……」


 すると水蓮すいれんが言う。


「ネログーマ」

「はい?」


「風の噂では、アレク殿はネログーマで剣術指南をしてると聞いたでござる」

「獣人国ネログーマに!?」

「そうでござる。あと、どうするかは自分で決めるがいい」


 フッ、と水蓮すいれんが煙のように消える。

 どうやら何らかの術を使って、移動してしまったようだ。


「ネログーマ……」


 もはや、もうアレクに謝罪して戻ってもらうしかない。

 ふらふら……とハイターは立ち上がる。


「お、おいおいハイター! どこにくんだよぉ! まさか、あのおっさんとこじゃあねーだろうなぁ!」


 マオトッコに目を向ける。


「当たり前でしょ!?」

「なんでだよ!」

「何が何でだよ、よ! この役立たず! ゴミ虫!」

「なっ!? なんだよその言い草ぁ!」


 マオトッコはハイターの髪の毛をつかんで、顔面を殴りつける。


「きゃあ! 顔はやめなさいよ! 最低男!」

「うるさい黙れ! 黙れぇ!」


 ハイターは殴られながら、心の中で涙を流す。

 アレクは決して、女性に暴力を振るわなかった。アレクは、全部を持っていたのだ。


 地位も、金も、そして……優しさも。

 最優良物件だったのだ。そして、たかがおっさんってだけで、追い出してしまった……自分がバカだったのだ。


(アレク……ごめんね……今、いくから。謝るから。そしたら、また……一緒に……)


 だが、もう遅い。

 アレクは獣人国ネログーマにて、副王となっている。


 今更後悔し、彼に戻ってこいと言いに行っても……結果は火を見るより明らかだった。

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