第31話 大精霊を嫁にする



 大精霊の体から異物を除去し、魔族・北のカメマンを撃破した。

 聖域にて。


『改めて、本当にありがとうございました』


 水の大精霊さんが私に頭を下げてくる。

 気の毒になるくらいに頭を下げてきたので、私は首を振る。


「気にしないでください。この国の困りごとを解決するは、守護神たる私の責務ですから」

『……素敵♡』


「はい?」

『こ、こほん! なんでもありませんわ。それより、水を元に戻すのでしたね』


 私がここにきたのは、王都エヴァシマの上水がヘドロになってしまっている問題を、解決するためだった。


「そもそもヘドロになってしまったのはどういう理屈だったのでしょう?」

『この湖の浄化を私が行っていたのです』


 なるほど、湖の水を浄化できなくなったから、あんなふうに飲み水がヘドロになってしまったと。


『すぐに元に戻します……ごほっ! ごほ!』

「大丈夫ですか、大精霊さん?」


 大精霊さんは苦しそうに咳き込んでいる。

 私は彼女の闘気の色が、濁っていることに気づいた。


『はぁ……はぁ……。すみません。どうやらブラック・ウーズに、【霊力】をかなり、奪われてしまったようです』

「霊力?」


『精霊がこの世に存在するための力です』


 ううむ。

 説明されても、正直ピンとこない。


『困りました……今のままでは、霊力が足りず、水の浄化が行えません』

「霊力とやらを回復させるためには、どうすればいいのですか?」


『少し休めば、自然と回復します』


 なんだ、自然回復するのか。

 良かった。


「あのさぁ、大精霊さんよぉ」


 バーマンが手をあげて尋ねる。


「少しって、どんくらいかかるんだい?」

『そうですね。ほんの100年くらいでしょうか』


「はぁ!? ひゃ、100年ぅ!? ふざけてるのかい!?」

『? いえ。別にふざけてなどいません』


 なるほど。

 悠久の時をいきる精霊にとって、100年はほんの少しの間なのだろう。


「大精霊さん100年も水が飲めないと、国が滅んでしまいます」

『なるほど……人の一生とは、かくも短いものなのですね。困りました』


「自然回復以外の手段はないのですか?」


 するとじぃ、と大精霊さんが私を凝視する。


「どうしました?」

『失礼致しますわ、剣神様』


 大精霊さんがすぅ、と近づいてくる。

 頬を染めながら、


『こ、これは必要なことですので』


 といって、彼女が私の胸板に触れる。

 何をやってるのだろうか?


『なんと、たくましいお体……♡』

「大精霊さんよぉ、先生に逆セクハラはやめてくんないかい?」


 じとっ、とした目をバーマンが大精霊さんに向ける。

 逆セクハラ?


『こほん! どうやら、剣神様のお体には、大量の霊力が流れているようですわ』


 ?

 私の体に霊力?

 もしかして……。


「これのことですか」


 私は闘気を解放する。

 白色闘気を見せるも、ふるふる、と大精霊さんが首を振る。


『似てるけど、違います。わが水の霊力とは、別の霊力を感じます』

「ああ、なるほど。つまり、こういうことですか」


 今度は、青色闘気へと、闘気を変化させる。


『それです! それですわ! ああ、なんと芳醇な霊力♡』


 うっとりとした目を私、というか私の体から立ち上る青色闘気をみて、大精霊さんがつぶやく。


「つまり、霊力っつーのは、闘気のことなのかい?」


 バーマンの問いかけに、大精霊さんがうなずく。


『はい。正確に言えば、その精霊と同じ色をした闘気とやらのことを指すようですが』


 なるほど……。

 では、簡単だ。


「霊力を私が分け与えればいいのでは?」

『! よろしいのですか?』

「はい。それであなたが元気になるのでしたら。どうぞ、好きに使ってください」


 ぽっ、と大精霊さんが


『あの、あのその……霊力の、譲渡はですね。その、し、神聖なその、ぎ、儀式でして』

「? そうなんのですか?」


『は、はい! その、み、みだりにしてはいけないといいますか。その……す、するからには、その、せ、責任をとってもらわないといけないのです』

「責任をとるとは? 具体的に何をすれば良いでしょうか。この国のためなら、なんでもしますが」


 私をひろい、居場所をくれたこの国のためなら、なんでも捧げる。


『で、でしたら、こほん! まずは、その、名前をいただけますか?』

「名前?」

『ええ。わたくしの呼び名……愛称とでもいいますか』


 そんなものが儀式に必要なのか?

 名前。ううん。水の精霊っていうと、ウンディーネなのだが。


 私の弟子に似た名前の子がいる。

 言い間違えるのは失礼だろう。となると……。


「ネロさん、はどうでしょう」


 我ながら安直な名前だとは思うが。


『ネロ! ああ、なんと素晴らしい名前ですわ! では、こちらに』


 私が頷いてネロさんの元へ行く。

 ネロさんは顔を真っ赤にしながら咳払い。


『で、では……目を閉じて』

「? こうですか?」


 私の頬に、ひんやりとした何かが当たる。

 そして……


 ちゅっ、と何か瑞々しいものが、私の唇に重なる。

 がくん! と大量の闘気が吸われていくのがわかった。


『はああああん!』


 かっ! と眩い光が目の前から感じる。

 私が目を開けると……。


 そこには、実態を伴った、ネロさんがいた。

 先ほどまでは透明な、まさに水の精霊といった感じの見た目をしていた。


 が、今はどうだろう。

 真っ白な肌に、流れるような美しい青髪。


 そこにいたのは、一見すると人間に見える、とても美しい女性だった。


「信じられませんわ! わたくし、進化しました!」

「し、進化……?」

「ええ! 大精霊からその上の、精霊族に! 霊格があがりましたの!」


 れ、霊格……?

 またよくわからない単語が。こういうとき、エルザがいてくれると助かるのだが。


「旦那様のおかげで、わたくし、受肉いたしました♡」

「は、はあ……。え? だ、旦那様?」

「はい♡」


 うふふ、とネロさんが笑う。

 え、え?

 わ、私?


「おっといけませんわ。旦那様との約束を今果たさねば」


 ばっ、とネロさんが手を挙げる。

 すると空が一瞬で分厚い雨雲で覆われる。

 ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 空から暖かな雨が降り注ぐ。

 すると、濁っていた聖域の水が、美しいエメラルド色へと変化したのだ。


「うぉお! 水がちょーきれーになってるっす!」

「大精霊さんすごーい!」


 ワンタくんたちが驚いてる。

 ここまでのことができるなんて、大精霊はすごい……。


「すごいのは、旦那様ですわ♡ 大精霊を進化させるのほどの、強い霊力をお持ちだなんて♡しかも、人の体で……ああ、素晴らしい♡」


 うっとりとつぶやくネロさん。

 一方バーマンが美しい眉を吊り投げながら言う。


「おいおいおいさっきからよぉ、旦那様ってどういうことだよ! 先生はあんたの旦那様でもなんでもねーぞ!」


 そ、そうだ。

 弟子の言う通りだ。

 するとネロさんは頬を赤らめながらいう。


「あら、もうわたくしの身も心も、旦那様のものですよ♡」

「「は?」」


「旦那様とわたくしは契りを交わしました。これで、旦那様が死ぬまでずっと、わたくしは旦那様のもの……♡」


 は?

 な、なんだそれは……?


「んだよそれはよぉ!」

「わたくしは言いましたよ。儀式が必要だと」

「儀式がキスなんて聞いてねえし、なんだったら、契約だなんて言ってねーだろてめえよぉ!」


「精霊はみだりに人間に力を貸せないのです。貸すためには契約が必要。これは、魔法使いでしたら常識ですわ♡」


 ああ、そうか。

 魔法使いじゃないから、その当たり前のことを知らなかったわけか。


「それにしても、旦那様はすごいですわ♡旦那様の霊力……闘気で、精霊を進化させてしまうんですもの♡普通はありえませんわ。よほど、霊力の量がすごいのですわね! 精霊を満足させてしまうのですもの……♡」


 うっとりとした表情を浮かべるネロさん。

 え、ええと……これは、つまり。


 私は大精霊と契約し、生涯、そばに置くことになったと?


「旦那様♡これから末長く、よろしくお願いしますわ♡」


 ……かくして、王都に発生したヘドロ事件は無事解決したのだった。

 しかし果たしてこれ、無事と言えるのだろうか。

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