第27話 戦神をキスして強くする


 カメマンを退けた後、一同、聖域のある北を目指す。

 しかし道中、問題が発生した。


「…………」


 バーマンが、何か悩みを抱えてるようなのだ。

 闘気が激しく揺らいでるのがわかる。


 闘気オーラのゆらぎは心のゆらぎ。

 私は弟子のそんな顔を見ていられなかった。

 彼女を導く師として、私には彼女の悩みを解決してあげる義務がある。

 

「バーマン。何か、悩んでいるのですか?」

「! ……さすが、先生だぜ。なんでもお見通しか」


 バーマンは観念したように呟く。


「……アタシ、さっきから負けっぱなしじゃないですか」


 負ける?


「バーマン、いつ負けたのですか?」

「え、だ、だって魔物にやられっぱなしで」

「ああ、なるほど。それを負けだと思って、自分を責めているのですね」


 バーマンは大ざっぱな性格に見えるし、神経が図太いようにみえる。

 でもこの子も女の子なのだ。

 弱い部分もある。


「バーマン、あなたは負けてないですよ」

「で、でも……魔物になんどもやられて、先生に助けられてばかりで……不甲斐ない姿ばっかり見せてて……」


 私は立ち止まって、バーマンの頭を撫でる。


「このままじゃ、先生の評判をおとしちまうよぉ……」


 自分が弱いと、バーマンに教えていた私も弱いと思われてしまう。と思ってるのだろう。


「評判なんてどうでもいいですよ。あなたが気にする必要はない」

「けどよぉ」


 この娘は弱くない。

 今までたくさんの獣人たちを守ってきたのだから。


「自分のこれまでを否定してはいけないですよ。頑張ってきた今までの自分を、自分で否定するなんて、かわいそうじゃないですか」

「うぅ〜先生ぇ〜……」


 よしよし、と私はバーマンの頭を撫でる。


「……ありがと。先生。ちょっと楽になったよ」

「ちょっと、ですか」

「うん……やっぱり、アタシもっと強くなりたい」


 今でも十分強いのに、もっと強さを求める。

 シルフィードといい、向上心のあるいい剣士だ。


 しかし、これ以上の強さとなると……。

 ふむ。


「そうだ。バーマン。あなたに闘気を流していいですか?」

「え? でもそれって、闘気使えないやつを、目覚めさせるやり方じゃないんです?」


「実は……」


 私はシルフィードに闘気を付与した時のエピソードを、バーマンに語る。

 闘気使いに闘気を付与することで、もう一色の闘気が使えるようになると。


「す、すげえ! そんなことできるなんて! さすがだぜ先生!」

「試してみますか?」

「あ、えっと……」


 バーマンは顔を赤くして、もじもじしだす。


「どうしました?」

「え、あ、それって……その、て、手をつ、繋ぐってことですよね……先生と」

「? ええまあ。闘気は触れてないと付与できませんし」


 何か不都合でもあるのだろうか?

 バーマンは何度も手をゴシゴシとズボンのすそでふいて、恐る恐る差し出してきた。


「……お、お願いします」

「ふむ。では」


 私はバーマンの手を握る。


「あっ♡」

「あ?」

「な、なんでもない、です……」


 しゅうう、と顔から湯気が出ているバーマン。

 どうしたのだろうか。


 こんなおっさんに触られて嫌な気持ちになってる……?

 いや、でもバーマンの闘気からは私への嫌悪は感じられない。


 まあ、よくわからないが、さっさと付与しよう。

 白色闘気を彼女に流してみる。が。


「ふぅむ……」

「せ、先生……? も、もう終わった?」


「いったん中断しましょうか」

「え!? な、なんで?」

「どうやら、私の闘気が、バーマンの中に入っていかないのです」


 シルフィードのときはあっさりとバーマンの中に入って行ったのだが。

 ふぅむ、これはどういうことだろうか。


【おじさん、さっきから何やってるの?】


 精霊ちゃんが私に尋ねてくる。

 私は闘気を付与することで、相手を強くしようとしてることを言う。


【従魔契約みたいだね】

「? なんですかそれは?」


【魔法使いが魔物と契約して、下僕サーバントにする儀式のことだよ】


 なんと、そんな儀式が。


【んでね、契約するとき、主従がキッスするの。キスを通して魔力を従魔に流すことで、契約が完了。すごい量の魔力が手に入るの】


 !

 なるほど、そうか。 

 おそらくバーマンは、体外から闘気を取り入れるのが苦手な体質をしているのだ。だから、いくら外から付与しようとしても進化しなかった。


 ならば、口移しで直接エネルギーを流し込む。

 そうすれば、闘気を取り込める。


 が。


「ううん……」

「どうしたんだ、先生?」


 キス。キス……かぁ。

 この子は私に対して懸想している。


 一方で私は彼女の思いに、どう応えていいのかわからないでいる。

 そんな状態で、キスするのは、不誠実ではないだろうか。


「どうしたんだい?」

【おじさん、お姉さんいチューするか迷ってるみたい】

「ふぁ!?」


 かぁ〜〜! とバーマンがさっき以上に顔を真っ赤にする。

 闘気が揺らぎまくっていた。


「いやなら」

「いい、嫌じゃないです! でも……」

「でも?」

「……恥ずかしい」


 ……確かに子供二人と精霊に見られてる状況だ。

 そんな中でキスするのは、恥ずかしいのだろう。


「バーマンは、いいのですか? 私とキスして?」

「……はい。したい、です」

「そうですか……では、あちらの木陰で」

「…………」


 バーマンは顔を真っ赤なままこくんとうなずく。

 なんだか、従順すぎて、普段のバーマンと同一人物とは思えないほどだった。


 私はワンタくんたちに残るようつげて、バーマンを木陰につれていく。


「いいですか?」

「……はい。その、初めてなので、優しく、してほしいです」

「ええ、はい。わかりました」


 ……本当にこんなおじさんとキスしていいのだろうか。

 嫌がってないだろうか?

 パワハラみたいになってないだろうか。強くなりたければキスをしろ、みたいに。


「……先生。早く」


 んっ、とバーマンが目を閉じて、そのきれいな、みずみずしい唇をむけてきた。

 ……ここで拒否するのは、ダメな気がした。弟子を強くすると決めたばかりではないか。


 私はバーマンの肩をつかみ、唇を重ねる。


「んっ♡」


 バーマンが心地良さそうにからだをふるわせた。

 私は闘気を一気に流す。


「!?!?!?!?!?」


 びくびく、とバーマンが体を痙攣させる。

 すると。


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


「! ば、バーマン。あなた、三色も闘気がでてます」

「え? あ! ほ、ほんとだ! す、すげええ!」


 バーマンの体からは赤(炎)、橙(土)そして緑、(風)。

 三属性の闘気を、身に纏っていた。


 体外から流すやり方(シルフィードのとき)は二色使えるようになった。

 まさか、キスして直接体内に闘気を流すことで、三色使えるようになるとは。


「す、すごすぎるよ先生! なんかアタシ、生まれ変わったきぶんだ!」


 三色の闘気を纏う彼女からは、今まで以上のプレッシャーを感じる。


「あ! バーマン兵士長! 大変だぁ! トレントだよ!」


 そのとき、ワンタくんが叫ぶ。

 どうやら地中から這い出てきたようだ。


 巨大な木のばけものが出現する。


「先生! アタシがやる!」

「ええ、お願いしますね」


 私でも簡単に倒せるだろうが、しかしバーマンは己の力を試したくてしょうがないみたいだ。

 ここは、活躍の場を譲ることにしよう。


「新・烈火の太刀! 一の型!」


 ごぉおお! とバーマンの大剣に炎がまとわりつく。

 炎は、青く変化した。

 

 火は温度が高くなると青くなるという。


「橙色闘気で武器の融点を高め、緑色闘気で酸素を送り、より高温の炎を使えるようになったのですね」

「うぉおお! 【青龍炎舞】!」


 バーマンが大剣をふるう。

 青い炎の龍が発射。


 それは地面を溶かしながら高速で飛翔。

 巨大な木の化け物を飲み込むだけで止まらず、木々を灼熱の炎でとかしながら、一直線に飛んで行った。


「や、やべえっす! なんすかこれ! 地面がガラスみたいになってますよ!」

「巨大な化け物が通った後みたいになってるよ! すごーい!」


 ワンタくんたちがバーマンの一撃に驚いている。


「先生!」


 バーマンは嬉し涙を浮かべながら私に抱きついてきた。


「ありがとう先生! おかげで、強くなれたよっ!」

「それはよかった」


 晴れやかな表情のバーマンを見て、私は満足だ。


「せ、先生。あ、アタシにキスしたんだからその、せ、責任とってくださいね!」


 …………ん?

 責任……?


「初めてのキスだったんですから! その、責任とってくださいね!」


 う、うん?

 責任ってまさか、その……え?

 もしかして私は、とんでもないことを、してしまったのではないだろうか……?

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