第21話 勇者に勧誘される



 後日、私は弟子であるシルフィードとともにサクツの街へとやってきた。

 シルフィードは数日エヴァシマに泊まり、今日、ゲータ・ニィガへと帰る。


 その前に最後にもう一度、サクツへ行き、温泉に入ろうとなった次第だ。


「師範! 見てください。人がたくさんですっ」


 街は前に来たとき以上の賑わいを見せていた。 


「おお! そこにいるのは剣神様ではありませんかっ!」


 街長のゴンギさんが私に気づいて、笑顔で気づいてくる。


「え!? 剣神さま!?」「うそ!?」「本物だっ!」「きゃー! 素敵ぃ! ダンディ!」


 あっという間に獣人さんたちに囲まれてしまう。

 ゴンギさんは私達の手を引く。


「さ、どうぞこちらへ!」


 案内されたのはサクツの街で一番立派な温泉宿だ。

 そのとても豪華な客室に、私達は通された。


「師範! 凄いです! このお部屋! 庭に露天風呂がついてます!」

「そ、そうですか……」


 なんだかそわそわとしてしまう。 

 とても高級な宿に来てしまった……。


「失礼します、剣神様。お弟子様」


 がら、とふすまが開いて入ってきたのは、サクツ街長のゴンギさんだ。


「今日は泊まっていってくだされ」

「あ、いえ。今日は弟子を送り届けにきただけですので、すぐに……」

「まあまあ! そう言わずに! あなた様のために、特別に! 1年予約待ちのお部屋を用意したのです!」


 1年予約待ち……?

 そ、そんな凄いお部屋なのかここ……。


「し、師範……! そ、その……せ、せかっくなので、と、ととと、泊まっていきましょう! ね、よ、用意してくださった方に悪いですしししし」


 しししし、ってなんだろうか。

 シルフィードの闘気オーラは激しく揺らいでいる。周知だったり、喜びだったりと。ふむ……どういう感情なのだろうか……。


 とはいえ、弟子の言ってることももっともだ。

 頼んでは居ないとはいえ、せっかくの申し出を断るのは、申し訳ない。


「わかりました」

「「やったー!」」


 ゴンギさんが喜ぶのはわかるが、どうしてシルフィードまで喜んでいるのだろう……?


「で、では師範! 今夜はそ、その! よ、よろしくお願いします!」

「? 何をですか」

「そ、その……け、稽古を! 稽古を……ぜひ! よ、よよよ、夜のほ……う、うわあ! 何を言ってるんだ私っ!」


 稽古……。

 ああ、個人レッスンを望んでいるのか。二色闘気をまだ彼女は使いこなせていないし。

 本当に向上心のある、素晴らしい弟子だな。


「いいですよ」

「!?!?!?!?」


 弟子は顔を真っ赤にして、ぺたん、とその場にしゃがみこんでしまった。


「……やった! 勝ちました! あの人達に! リードしましたっ!」


 なんだかわからないが、闘気オーラがとんでもなく揺らいでいるのがわかった。

 何か激しい感情の起伏があったようだ。


「いやぁ、それにしても、剣神様。驚きましたよ。まさか、女王陛下から、【サクツ街の温泉大使】に任命されるだなんて!!」

「……それに関しては私もびっくりしてます」


 先日のこと。

 サクツの街を亀から救った後、私はアビシニアン女王陛下から呼び出されたのだ。


『剣神殿。このたびの働き、誠に大儀でありました』

『お褒めの言葉ありがとうございます』

『今回の褒美として、あなたにサクツの【温泉の使用権】を与えます』


 ……どうやらアビシニアン女王から、私はこのサクツ地区の温泉の権利をいただいたらしい。

 サクツの温泉を利用する際は、私に使用料を払うこととなったのだ。


 もちろん、固辞しようとした。

 だがいくらいっても陛下は、今回の決定を覆してはくれなかった。


 ……結局、私は温泉の権利を手に入れ、そして【サクツの街の温泉大使】に任命されたのだった。


「町の人も迷惑してるのではありませんか?」

「とんでもない! 皆大喜びですよ! 国を魔族から救った英雄、剣神様の名前を温泉につけてもらえて!」


「そう……なんです?」

「はい! 国内だけでなく、国外からの観光客も増えているのですよ!」


 国外からも……?

 国内は、まあ、なんとなくわかる。剣神の名前が入ってるから(自分で言っていて恥ずかしいが……)。


 でも、国外はどうしてだろう?


「入ると、美人になるからです!」

「???????」


 いきなり何を言ってるのかわからなくなったぞ……。


「剣神様が作ってくださった温泉に入ると、美人になると噂になりましてね!」

「ま、眉唾では……?」

「いえ! これがですね……本当なんです! 風呂に入るとお肌がピチピチ! 体に活力が戻り、10~20歳は若返ると!」


 う、ううぅうん……? 

 そ、それはさすがに……オカルトすぎやしないだろうか……。


「迷信ではなく、事実なのです。現に、剣神温泉が始まってから、この街に来る客数が、前年度の10倍になりました!」


 じゅ、十倍……すごいな。

 そんなに皆若返りたいものなのだろうか……。


 そもそも本当に若返るか不明だが。

 それに子供が入ったらどうなってしまうんだろうか……ううん……。


「それもこれも、すべて剣神様のおかげです。街を救っただけでなく、街に人を呼び戻してくださった! あなた様は我らの救世主です!」


 ううん……街は救ったが、正直温泉について、私は何もしてない気がするのだけれども……。

 ま、まあ何はともあれ、街の人たちが喜んでくれたようで良かった。


 ……って、うん?

 温泉の利用客が増えたってことは……その分、私の懐に入ってくる金も増えるってことか……?


 な、なんだか申し訳ない……。

 若返り効果なんて迷信だろうに……。なんだか騙してるようで心が痛い。


 そ、そうだ。


「シルフィード」

「なんでしょうっ!」

「温泉の使用量の半分は、あなたに与えます。それを、勇者活動の資金にしなさい。そして、残り半分は街長、あなたがこの街のために使ってください」


 正直私は今回の剣神温泉若返り事件(?)で得た金を、もらう気にはなれなかった。

 ならば、その金をもっと有意義に使って欲しかった。


 どさ……とその場にゴンギさんが倒れる。

 ど、どうしたのだろう……。


「……あなた様は、もしや、神なのですか?」

「師範……! なんと、お優しいのでしょう!」


 二人が滝のような涙を流しながら、私の前で頭を下げる。


「無償で人助けをした上、報酬として得た金を、さらに人助けに当てるだなんて! 誰にでもできることじゃありません!」

「そ、そうでしょうか……」


 ゴンギさんが何度も何度も頭を下げる。


「このゴンギ……今回の件、書物に残し、村の伝承として、子々孫々に残していく次第でございます!」

「お、大げさすぎますよ……」


「いいえ! うぉお! そうとなれば吟遊詩人を呼んでこなければ!」


 ゴンギさんが立ち上がって去って行った。

 シルフィードはグスグスと涙を流してる。


「師範……どうか、お願いがございます」

「な、なんでしょう……?」


 シルフィードが言う。


「私の代わりに、勇者になっては、いただけないでしょうか……?」


 ………………はい?

 ゆ、勇者……?


 わ、私が……?


「今、私は四大勇者として活動しております」

「そ、そうらしいですね……」

「はい。ですが、私は……今回の件で、己の未熟さを知りました。剣の腕、精神性、どれをとっても……あなた様には到底、かなわないと」

「そんなことありませんよ」


 彼女はとても強いし、優しい。

 勇者にまさにふさわしい人物だと思う。


「いえ! 私なんて、師範と比べればゴミです!」

「そんな卑下せずとも……」


「どうか、師範。わ、私と一緒についてきてください! そして、私の代わりに勇者として活動しましょう。わ、私は……そのお供として、生涯! 連れ添う覚悟でございます!」


 ……。

 …………。

 ………………ええと。どうして、こうなったのだろう……?

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