第18話 風の勇者を超強化する



 シルフィード=フォン=カーライル。

 ゲータ・ニィガ王国の貴族、カーライル家の長女だ。


 彼女との出会いは3年前。

 私が道場を引き継いだ初期のころ。


 アーサー師匠の古なじみだというカーライル家に赴いて、シルフィードに剣を教えた。

 それ以降、シルフィードは辺境の村デッドエンドまで、定期的に稽古に来るようになる。


 ……最近は稽古に来る頻度が減ったと思ったら、そうですか。

 彼女は国に選ばれし勇者となっていたのですね。


「うれしいです。シルフィード。立派になって」

「ありがとうございます。これも、すべて師範のご指導のおかげですっ」


 シルフィードはかなり真面目な生徒だ。

 私が教えたことを素直に守る。それでいて、強くなってもその強さをひけらかそうとしない。


「いつも言ってますが、あなたが強くなったのは、あなたのたゆまぬ努力があったからですよ」

「~~~~~! ありがとうございますっ」


 シルフィードがその場で小躍りしてる。

 大人びた見た目だが、まだまだ、年齢は15。子供なのだ。


「それで、シルフィード。貴方はどうしてここにいるのですか?」

「あ、そうだ。師範に稽古を付けてもらおうと、デッドエンドへ赴いたのです。そうしたら、師範が道場を辞めた、とうかがいまして」


「なるほど……そうだったのですか。君たち四人に手紙は出しておいたのですが、入れ違いになってしまったようですね。ごめんなさい」

「い、いえ! 謝る必要はありませんよ! 頭を上げてください!」


 シルフィードは私に稽古を付けにきてもらってるようだ。

 ……ふむ?


「しかしシルフィード。あなたは、もう勇者に選ばれるほどに強くなったのです。私の指導なんて必要ないのでは?」

「そんなことありません! 師範に比べたら、私なんてまだまだ。現に、あの亀程度に後れを取ってしまいました」

「………………ふむ」


 そこだ。

 私は彼女に、違和感を覚えていたのだ。


 あんなデカい図体だけの亀に、この子が負けるなんて、あり得ない。

 たとえ町の人を守りながらでも、負けはしないだろう。


「シルフィード。剣を構えて」

「! はいっ!」


 シルフィードはレイピアを抜いて、闘気オーラを纏う。


「……アル」


 ずっと黙ってみていたエルザが私に話しかけてきた。

 ……心なしか苛立ちげな闘気オーラをだしている。


「……何をするの? 早く戻りましょう」

「ごめんなさい。ちょっと、弟子の様子を知りたくて」

「様子?」

「はい。少し彼女に違和感を覚えまして。不調がないかを調べたいのです」

「……そう。手早くね。ほんと早く帰りましょう」


 ふむ。どうして早く帰りたがっているのだろうか……?


「…………まさかこんな美少女勇者ことも、アルのことが好きだなんて。これは弟子とか言う四人も全員、アルのことを……」


 後ろでエルザがブツブツと何事かを言ってる。

 私は彼女の言ってることを聞き流していた。弟子の観察に注力してて。


「……ふむ」


 弟子の得意とする剣は、緑の型。

 闘気オーラを風に性質変化させ、速度を上昇させ、早さと手数で攻める戦法を得意としている。


 いつもは綺麗な翡翠色をしてる闘気オーラが、濁っていた。

 ……ふむ。


「わかりました。剣を納めなさい」


 しゃきんっ、とシルフィードが剣をしまう。


「シルフィード。とても、疲れてますね」

「……はい」


「最近ずっと休息を取っていないのではありませんか」

「…………はい」


「もしかして、魔物を倒して倒して、倒しまくってる、とか?」

「……………………お見それいたしました」


 やはりそうであったか。


「あ、アル……? なんでそこまでわかるの?」

「? 闘気オーラを見れば、その人の体調、わかりますよね?」


 闘気オーラの色は、体の状態を教えてくれるのだ。

 万全な体調の時は、綺麗な色を。

 疲れているときは、濁る。


 今のシルフィードの闘気オーラは濁りに濁っていた。

 それと、血色などから、彼女がずっと働きづめだったことがわかったのである。


「……すごいわ。そんなことまでわかるのね」


 これくらいは闘気オーラ使いならできて当然。

 それは弟子であるシルフィードも同様だ。


 それでも、体調不良を起こしているということは……。


「なにか、悩みでもあるのでしょうか? シルフィード。そんなに自分を追い詰めてまで、魔物を倒しまくるのには」

「……師範。四大勇者をご存じ……ないですね」


「そうですね。すみません」

「いえ。私の他に勇者が3人いるのです」


 なるほど、四人の勇者だから、四大勇者と。


「その三人が、各地で大活躍してるのです。彼女らは、【ある共通の目的】で、自分の強さを、他者に知らしめようとしているのです」

「ほぅ」


「それで……私も負けたくないと思って。頑張ってるのです」


 ……なるほど。

 つまり、同僚が頑張っているから、自分も頑張ってしまっている、と。


「人助けは尊いことです。ですが、体を酷使し、体を壊しては元も子もありません」

「……気遣い、うれしいです。もう……泣きそう……で……う……うう……」


 シルフィードが涙を流してしまう。


「わ、私があの人らの中で、一番、弱いので。体格にも劣るし、火力もなくて……。だから、数で挽回しようと……」

「……なるほど。わかりました」


 私はシルフィードを抱きしめる。

 この子は、うちで稽古してるときからそうだった。


 辛くて涙を流しているとき、前からこうして抱きしめてあげると、落ち着くのである。


 しかし……彼女の悩みはなんとかしてあげたい。

 彼女は私の大事な弟子の一人だから。


「つまり……他の四大勇者に負けないくらいの、強さが欲しいということですね。それも、できるだけ早く」

「はい……」


 ……ふと。

 私の脳裏に、一つのアイディアが浮かんだ。


 闘気オーラを使えないものに、白色闘気を流すと、一瞬で闘気使いになれた。

 では。


 元々闘気をまとっていて、自在に使えていたものに、白色闘気を流すとどうなるだろう……?


「シルフィード。私に、身を委ねくれますか」

「?! あ、え、あ、は、はい! も、もちろん! 今日このときのために、じゅ、純血は保ってきましたのでっ!」


「純血……?」


 いったい何の話をしてるのだろう。

 闘気オーラがめちゃくちゃに揺らいでるのだが。


「何か誤解させてるようですが。貴方に今から、闘気オーラを流そうとしているだけです」

「あ…………………………そう、ですか。そう、ですよね……」


 なぜだか凄くがっかりしてるような闘気オーラの揺らぎをしていた。


「あの、闘気を流して、どうなるというのですか?」

「白色闘気を一気に流すと、闘気オーラが使えないものが使えるようになるのです」


「!? な、なんですかそれっ! そんなの……聞いたことないです!」

「ええ。こないだ偶然気づきまして」


「す、すごい……大発見じゃないですか! 大々的に発表することですよ!」

「いえ。たいした発見じゃないですし。世間もこんなのに驚くほど、暇じゃないでしょう」


 なぜだかエルザが「はぁ……」とため息をついていた。

 どういうことだろうか?


 まあ、今はそれよりシルフィードのことだ。


「シルフィード。私の推測では、あなたはこれでもっと強くなれるはずです。やっても、いいですか?」

「もちろんです! し、師範になら、な、何されても大丈夫ですっ!」

「そうですか。では……」


 私はシルフィードの手を握り、白色闘気を一気に流し込む。

 すると。


 ゴオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


「うわぷっ! な、何これ!?」


 エルザもまた闘気を視認できる。

 私も……驚いた。さっきまで濁っていたはずの、シルフィードの闘気オーラ


 それが、体から莫大な量拭きだしているのだ。

 しかも……。


「これは……紫色の闘気オーラ……紫色闘気! す、すごいです先生! わ、私……二色の闘気をまとえてます!」


 ……これは、驚いた。


「ど、どういうことなの、アル? 二色闘気が使えるから、なに?」

「通常。人間が扱える闘気は、一色だけなのですよ」

「!??!?!?!?!?!?!?」


 エルザがなんだか驚いてる。どういうことだろうか。


「あ、アルって……確か七色使えてなかった」

「ええ。それが?」


「………………続けて」

「シルフィードの扱える闘気は緑色だけでした。ですが……私が闘気を流すことで、もう一色、紫色闘気を使えるようになったのです」


 風と雷。二つの性質を持てるようになった、ということだ。


「凄いです先生……! まさか、二種を使えるようにできちゃうなんて……! さすがです……!」

「いえいえ。元々あなたには素質があったのですよ。だから、凄いのはあなたです」


 しかしそれを見ていたエルザが言う。


「……いや、どう考えても、通常一色だけしか使えないのに、七色使えるうえ、他人の闘気オーラを強化できる、あなたが一番すごいから……」

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