第17話 風の勇者を助ける



 あくる日、私が練兵場で兵士たちに剣を教えていたときのこと。


「た、大変ですアレクさんっ!」

「ミーア姫。どうなされました?」


 ミーア姫が息を切らしながらやってくる。

 背後にはエルザがいた。彼女らの闘気オーラは緊張の色と揺らぎをしてる。


 なにか、トラブルがあったのはすぐにわかった。


「魔物です! ネログーマ西の果て、【サクツ】の街で巨大な魔物が暴れてるそうです!」


 ……魔物。

 サクツ。そういえば、ゲータ・ニィガからここネログーマへ来たときに、行ったことがある。

 ちょうど、国の境目だ。


「……さっき連絡があったわ。私の造った通信用の魔道具マジックアイテムにね」


 エルザは魔道具マジックアイテム作りの天才でもある。

 通信用の魔道具マジックアイテムで、魔物の発生を聞いたらしい。


「バーマン」

「おう! 先生!」


 私のそばで話を聞いていただろう、バーマンに言う。


「敵を倒しにいくんだろ! お供するぜ!」

「いえ、あなたはここに残りなさい」

「んな!? ど、どうして!?」

「魔物がこっちに来る可能性を考慮してです。あなたはここで残り、皆を守りなさい」

「ちぇ……わかりました」


 私はエルザを見る。


「私が行く。エルザ、案内を頼みます」

「……わかったわ」


 私はミーア姫に頭を下げる。


「これからエルザとともに、西の町サクツへ行って、魔物を倒して参ります」

「え、え? し、しかし……ここから馬車で一日かかりますよ?」


 王都エヴァシマはネログーマの東にある。

 一方、サクツの街は西の果て。ほぼ、国を横断する距離だ。


「大丈夫です。1時間もかかりませんよ」

「え!? ど、どうやって……」


 私は闘気を解放する。

 極光剣【紫の型】、疾風迅雷。


 バチ! バチバチ! と私の体から雷が発生。


「け、剣神様!? そ、それはいったいなんすかぁ……!?」


 ワンタくんが私に尋ねてくる。


闘気オーラの性質変化です」

「せ、せいしつ……へんか?」

「帰ったら説明します。では」


 私は体を縮めて、飛び上がる。


「は、はや!? まるで迅雷のごときスピード!」


 私は空中で……たんっ! と蹴って前に飛ぶ。


「空を走てるぅううううううう!?」


 ミーア姫がなぜだか驚いている。

 空歩。闘気オーラを足から勢いよく噴出し、空中を歩行する技術だ。


 剣士なら必須技能なので、ミーア姫は驚いたのだろう。彼女は剣士じゃないから。


「ちょ、アル! は、早い……! 早すぎるわよ!」


 ホウキに乗ったエルザが後ろから付いてくる。

 だが……。遅い。遅すぎる。


「エルザ。サクツはどっちですか?」

「このまままっすぐ西!」

「わかりました。先に行きますね」

「ちょっ!? まだ早くなるの!?」


 ? 何を言ってるのだろう。 

 私は……闘気オーラを纏う。


「極光剣、【白の型】、活性」


 紫の型、疾風迅雷。

 そこに加えて、白の型、活性。


 二つの内力系活気を纏った私は……。

 空を蹴る。そして……音を置き去りにした。


 背景が後ろへすさまじい早さで流れていく。

 サクツの街の位置は大体把握した。


 そして、闘気オーラの位置から、だいたいの魔物の位置を把握できた。

 私は空を駆け抜ける。


 やがて、数十分もしないうちに、サクツの街が見えてきた。


「いた」


 街のそばに、魔物がいた。なぜわかったのか?

 遠くから目で見えるほどに、魔物が大きな体をしていたからだ。


「ガメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 巨大な亀の魔物だ。

 背中に山を背負っている。


 ……良かった。あれくらいなら、私一人でもやれる。


「ガメェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 亀はサクツの街の前にいる。

 外壁が思ったよりも壊れていない。東の壁だけが破壊されているだけだ。


「あの闘気オーラは……?」


 私は亀のそばにもう一人の闘気オーラを感じた。

 【あの子】が、あの亀と戦っていたのだろう。


「ガメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 いけない。

 亀が、目の前に居る人間を踏み潰そうとしている。


「極光剣。【青の型】。水流刃」


 私は木刀に闘気オーラを纏わせる。

 青い光が刃に乗る。


 私が木刀を振るうと、青い光が激しい水の流れとなって、亀に向かって飛んでいく。

 バシュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


 超高圧のウォーターカッターが、亀の太い足を切り飛ばした。

 私は倒れている彼女の前に立つ。


「大丈夫ですか? ……シルフィード」


 彼女の纏う、綺麗な、それでいてよく練り上げられた緑の闘気オーラで、すぐにわかった。

 私の弟子……シルフィードだと。


「アレク師範……!」


 ぱぁ……! とシルフィードが笑顔になる。

 ……珍しいことに、シルフィードは傷を負っていた。


 はっ、とシルフィードが何かに気づき、頭を下げる。


「すみません、師範。【あの程度】に、後れを取ってしまって」


 山のように巨大な亀を見て、シルフィードは言う。あの程度と。

 ふむ。確かに、あの程度で怪我をするなんて。らしくないな、とは思う。


 だが……。


「謝る必要はありません。あなたは、きちんと自分の役割をこなしていたようですしね」


 壊れた外壁。しかしそこには、けが人、死人は一人たりともいなかった。 

 察するに、サクツの街の人たちを、この子が一人で守ったと言うことだろう。


「【剣はか弱き人を守るためにある】……ですよね、師範!」

「……ええ、そのとおりです」


 知らず、私は目をそらす。

 最近まで、その本当の意味を、忘れていたから。


 弟子には言ってた、師匠から受け継いだ言葉。

 それをただ、私は言葉にしてるだけだった。


 ……でも。

 もう忘れない。私はこれから死ぬまで、か弱き物を守るため剣を振るい……そして、剣を教えていこう。


「ガメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 亀が背中に背負っている甲羅から、ドシュッ……! と噴石を発射。

 巨大噴石が私の元へ向かってやってくる。


「シルフィード。アレを、倒してしまっても良いですか?」

 

 この魔物はシルフィードが弱らせていた、いわば、彼女の獲物だ。

 獲物を横取りするのはマナー違反である。


「もちろんですっ。どうぞ!」


 シルフィードがいるのだ、彼女に手本を示す技を使おう。


「極光剣。【緑の型】」


 極光剣は七つの型に分かれている。

 緑の型は、風の型とも言われる剣だ。


 闘気オーラを突風に変えて、一撃を放つ。


風花かぜはな


 斜めに剣を振り下ろす。

 風とともに花びらが舞う。


 その美しさに目を取られると痛い目に遭う。

 花とともに風が舞い、その風に敵の攻撃が包まれると……。


 サラサラ……と噴石が風花、もとい、風化してしまうのだ。


「……緑の型、風花。闘気オーラで風を起こし、【風化の性質】を強化した一撃をお見舞いする……! 素晴らしい剣です!」

 

 風花はシルフィードが最も好きな剣技のひとつだ。

 彼女にこれを見せるととても喜んでくれる。


「アル! 敵がまだ生きてるわよ!」


 上空でエリザが叫ぶ。

 やっと追いついてたのだろう。


「いえ、もう終わっております」

「何を言って……?」


 私の引き起こした風が渦を巻き出す。

 

「緑の型。旋風」


 ビョォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 竜巻が巨大亀を持ち上げる。


 竜巻の中には無数の細かい真空の刃が込められている。

 いかに堅い甲羅を持っていようと、闘気オーラのこもった刃は万物を引き裂く。


 結果、亀は肉体を甲羅ごとずたずたにされて、地上へと落下。


「……奥義、風花旋風。もともとは一つの奥義。風花で敵の武装を解除させ、旋風で竜巻に巻き込んで落下死させる。とても美しく、見事な奥義です!」


 シルフィードが頬を赤らめながら言う。


「い、今の……颶風真空刃ゲイル・スライサー? 極大魔法の……?」


 一方エルザは戦慄の表情を浮かべながら言う。

 ふむ? 颶風真空刃ゲイル・スライサー


「いや、今のは緑の型、風花旋風ですが?」

「……もういい、わかったわ。あなたが、極大魔法を、生身で再現してたってことは……」


 魔法を生身で再現?

 どういうことだろうか……?


 まあ、何はともあれだ。


「シルフィード。久しぶりですね」

「はい、師範……! お久しぶりです! あいたかった!」

 

 たっ、とシルフィードが私の腰に抱きつく。

 そしてスリスリと頬ずりしてきた。


「ああ……師範の匂い……好き……落ち着きます……♡」

「君は昔から、変わった趣味がありますね」


 匂いフェチとでもいうのか。

 この子はやたらと私の匂いを嗅ぎたがるのだ。


「アル。その子……知り合い?」


 エルザが近づいてきて尋ねてきた。


「ええ。弟子です」

「……ワタシが出て行った後に取った弟子?」

「そういうことです」


 するとエルザが妙なことを言う。


「まさか……風の勇者シルフィードが弟子なんてね」


 ?

 風の、勇者……?

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