第14話 元婚約者side
《ハイターSide》
アレクがネログーマへと旅立ってから数日後。
アレクの元婚約者ハイターは、自宅で目を覚ます。
「ふぅ……すがすがしい朝だわ」
ハイターはアレクが居なくなってとても清々していた。
あんなダサいおっさんと一緒になるなんて、都会育ちの彼女にとっては、耐えがたい苦痛だったのである。
「って、あれ? マオトッコ? またいないわ……」
マオトッコと同居してから数日が経過してる。
ここ数日ずっと、朝起きて彼がいないのだ。
……もしかして、また?
ハイターはベッドルームを出てリビングへと向かう。
「んが~……すぴぃ~……んがー……」
「…………また、夜遊び、か」
そう、このマオトッコ、毎日のように夜遅くまで遊びほうけているのだ。
「…………はぁ」
ハイターはため息をつく。
昨日ちゃんと、夜遊びは辞めてくれって言ったのだが。
そして、はいはいわかったとマオトッコは言ってくれたのに。
「……アレクだったら約束をちゃんと守ってくれたのに」
アレクはこちらのどんなわがままも聞いてくれた。
こちらの要望を言うと、必ず守ってくれたのだが。
このマオトッコという男はどうにも、言葉が態度と一緒で軽いのだ。
「って、なにあんなおっさんと比べてるの! いいのよ、あんなの」
親(というか祖父)が決めた婚約者よりも、自分で選んだ男がいいにきまってるのだ。
「起きてよ、マオトッコ」
「んがー……」
「起きなさいよ!」
「うおぉ! な、なんだよデカい声だしてよぉ……」
マオトッコがいらついた表情で言う。
そんな態度に腹が立つ。
「あんたがこんなとこで寝てるのが悪いんでしょ! ていうか……また夜遊び?」
「んだよ……悪いかよ。良いだろ少しくらい」
「ここ数日間ずっとじゃないのよ!」
「うるっせえなぁ……」
アレクだったら、こちらが叱ったらごめんね、治すね、といってくれる。
こちらのことを否定したり、悪態付いたりは決してしなかったのに……。
「それよりあんた、わかってるの? 今日、通いの弟子がやってくるのよ」
ここ、アーサー道場には、村の子らだけじゃなくて、村の外からわざわざ稽古に来る子もいるのだ。
今日はふと客、つまり、金払いの良い弟子がやってくるのであr。
「いい? マオトッコ。その子に失礼のないようにね。結構な額落としてくんだから」
「へへっ、わかってるよぉ」
「……ほんとに?」
「ああ。シルフちゃんだろぉ……へへっ。手取り足取り教えるのが、ずぅっと楽しみだったんだよなぁ」
下卑た笑いを受かべるマオトッコ。
もしかして……。
「相手って女なの?」
「ああん? なんだハイター、知らなかったのか? 通いの弟子は全員女だぜ」
「そ、そうだったんだ……」
「おまえ、あのおっさんの稽古してる姿みたことねーのかよ」
「ないわ。興味なかったし」
弟子が落としてくれるお金のことにしか、関心がなかった。
……だから、知らなかったのだ。
通いの弟子が、全員、アレク目当ての女たちであるということに……。
と、そのときだった。
「すみません。アレク師範はいらっしゃいますでしょうかっ?」
道場の方から若い女の声が聞こえてきた。
「まってたよーん! シルフちゃーん!」
マオトッコが気持ちの悪い声を出しながら道場へと向かう。
……マオトッコの言動が気になった。
もしかして、まさかだけど、自分以外の女に色目を使うのでは……?
ありえない。
「この村で、アタシよりもイイ女なんていないものね……」
ハイターは自分が都会育ちであること、そして、この村一番の美人であることに、誇りを持っているのだ。
……裏を返すと、自分より綺麗な女の存在が許せないのである。
そして、自分の愛する男が、そんな自分より綺麗な女にデレデレしてるところなんて見た日には、キレてしまうこと請け合いである。
「ちょっと様子見に行こうかな」
ハイターも道場へと向かう。
そこにいたのは……。
「…………!」
ハイターすら驚くほどの、美少女だった。
年齢は十代半ばだろうか。やや小柄な少女である。
しかし、手足は身長の割に長く、体に無駄な肉はないのに、出るところはきちんと出ている。
翡翠の髪、そしてエメラルドのように美しい瞳。
白銀の軽鎧を身にまとい、腰にはレイピアが差してある。
とてつもない美少女……だが。
「な、な、なぁ……!?」
ハイターはその美少女の美しさに驚いた、だけじゃなかった。
「か、か、風の勇者シルフィードぉ……!? よ、四大勇者の一人じゃないの!」
現在、勇者と呼ばれる四人の最強剣士が存在する。
彼女らは人外の強さを持っており、現在猛威を振るっている魔王軍と戦う役割を国から任されている。
地水火風の属性をそれぞれ持つ女剣士たち、彼女らを人は四大勇者と呼んだ。
「なに、ハイター。シルフちゃんのこと知ってるの?」
「知ってるもなにも! 超有名人じゃないのよ! どうして勇者がここにいるのよ!?」
そう尋ねられて、シルフィードは……。
「師範は、どこ?」
ハイターの質問を無視して、逆質問してきた。
むっ、とハイターが顔をしかめる。
一方でマオトッコがデレデレしながら言う。
「あのおっさんは辞めたぜ」
「…………辞めた?」
「ああ。追い出してやったよ」
「……!?」
わなわな……とシルフィードが体を怒りで震わせる。
そして……。
「…………」
ぷいっ、とそっぽを向いてシルフィードは出て行く。
「お、おいおいシルフちゃーん! どこいっくの~?」
「……もうここには用はない」
「え?」
「……辞める」
「は!? や、辞めるぅううううう!?」
ハイターは慌ててシルフィードの腕をつかもうとする。
だが、シルフィードはそれを華麗によけた。
あり得なかった。
後ろからつかもうとしたのに、避けたのであるから。
ハイターは無様に地面に転がる。
「ちょ、ちょっとあんた! 辞めるってどういうこと!?」
「……私がここに通っていたのは、アレク師範がいたから。あの人に、剣を教わりたかったから」
「んなっ!? そ、それ……本気? あのただのさえないおっさんに? 四大勇者様が? 剣を教わるって?」
シルフィードが瞳に怒りの炎がともる。
ぶぁ……! と彼女の体から突風が吹いた。
「ほぎゃぁ!」
ハイターは吹っ飛んで壁に激突する。
「いっつぅ……」
「師範はさえないおっさんじゃない。強く、優しく、聡明な……素敵な……殿方」
シルフィードの目は恋する乙女のそれだった。
まさか、あのおっさんに、四大勇者が恋してるとでもいうのか……?
「……残り三人に、知られるとまずい。すぐに行動して、師範を……ものにしないと」
「あ、ちょっと! あんたに出てかれると困るんですけど!?」
シルフィードからはかなり高額の月謝をもらっていた。
現在、金欠の彼女らにとってはありがたい額だった。
けれど、そんなシルフィードに辞められたら、大変困る。
金の当てがなくなってしまう。次の通い弟子がくるのは、先なのだから。
「……知らない。私には関係ない」
「そ、そんな……! 待ってください! 剣ならうちのマオトッコだって教えられます!」
するとシルフィードは、マオトッコを見て鼻で笑う。
「……そんな、綺麗な手をした人に?」
「手……?」
「そう。全然剣を握ってないのが、手を見ればわかる。そこの男が、取るに足らない雑魚だってことも」
するとマオトッコがキレた。
「やいてめえ! 言わせておけば……! おれが弱いだとぉお!」
マオトッコは道場の壁にかかっていた木刀を手に取って、シルフィードに斬りかかろうとする。
だが、シルフィードは立ったまま、にらんだ。それだけに見えた。
びょおぉ! と風が吹いた。
ぱっ、とマオトッコの全身から血が噴き出したのだ。
「へ? ひぃやぁああああああああああああああ!」
マオトッコが尻餅をついて叫ぶ。
はぁ……とシルフィードがため息をついた。
「安心して。体の表面が切れてるだけ」
確かに、マオトッコの全身には無数の切り傷があった。
しかし傷の一つ一つはたいした深さじゃない。
問題なのは、シルフィードが剣を抜いていないということ。
「今の動きが目で追えないようでは、私はおろか、他の四大勇者の稽古も無理。早晩、全員がここを辞めるでしょう」
「そ、そんな……!? どうしてよぉ!」
「決まってる。アレク師範がいないから。私達に剣を教えてくれる人がいないんだから、来る理由もない」
……この少女の言ってることが本当なら。
アレクは四大勇者が教えを請うレベルの、凄い剣士ということになる。
そして、勇者全員から、好かれてるということも……。
「もう二度とここには来ないわ。さよなら」
そう言い残して、シルフィードは去って行く。
ハイターは呆然としたままだ。
「そんな……アレク……あんた……もしかして……凄いやつなの……?」
無様に地べたに転がっているマオトッコ。
「あ、あのあまぁ! ぜってえ許さねえ! 血の青いガキのくせに生意気だぞぉ!」
……なんて、情けない姿。
ハイターのマオトッコへの熱が、冷めていくのがわかる。
冷静になって見ると、この男がアレクに勝ってるところなんて、年齢くらいだろうということがすぐわかった。
「……あ、ああ……」
じわじわ……とハイターは実感する。
自分は、とんでもない過ちを犯してしまったのだと。
ハイターの地獄は、こうして始まったのだった。
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