第12話 ボス魔物も瞬殺




 女将とその娘と一緒に、山菜をとりに、森の奥へとやってきた。

 たくさんの山菜をとり、さて、戻ろうとしたそのときだった。


「クルミちゃん。少し、離れててくれるかい?」


 私の左腕を抱きしめている、リスの獣人少女にいう。


「どうしたんですか、あれくさま?」

「敵が来たようなんだ」

「てき! ま、まもの!?」

「断定はできませんが、こちらに敵意を持ってるのは確実です」


 クルミちゃんが体をこわばらせる。

 シマリさんの闘気から、かなり怯えているが伝わってくる。


 シマリさんは魔物に腕を食いちぎられた経験があるゆえ、だろうな。


「大丈夫です。二人とも。落ち着いてください」

「で、でも……」


 私は、笑いかける。師匠にも、こうしてもらったな。

 笑うことで、人を安心させられるのだそうだ。


「私には剣の心得があります。二人を、必ず守ってみせますので」


 二人の闘気の乱れが治っていくのがわかる。

 先ほど、私が剣を披露したことで、私の剣の腕を多少信用してくれてるようだ。


 ありがたい。

 必ず守ってみせる。


「バウバウ!」「ウォオン!」


 やってきたのは、なんだ、狼か。

 しかも故郷の村にいる、厄介な狼よりも弱い個体だ。


白狼ホワイト・ファング! ま、まずいよお客さん! 兵士を呼ばないと……!」


 白狼? そんな体操な名前がついてるのか、あの狼。

 こんな弱い闘気しか纏っていないのだ。魔物ではなく、単なる野生の狼に違いない。


「ババウ!」


 狼の一匹が私に向かって飛びかかってきた。

 私は木刀を抜いて、正眼に構える。

 すぅ、と呼吸をする。闘気を体に充満させ……。


 そして、殺気を込めて睨みつける。 

 どさ!


「「えええええ!? た、倒れたぁ!?」」


 どさ! どさどさ!

 倒れ伏す狼たちを前に、シマリさんたちが驚いてる。


「白狼は、どうしちゃったんだい!? 急にそのばで泡吹いて倒れたけれども」

「闘気に殺気を乗せて、睨みつけた結果、ショック死しましたね」

「ショック死だってぇええ!?」


 ふむ。そんなに驚く事だろうか。


「? 野生の獣くらい、闘気をこめれば、睨みつけるだけで相手を殺すことくらいできますよ? ほら、目で殺すって表現さがあるじゃないですか」


 野球とかで。


「いやあれは比喩表現だろう!? というか、なんで睨むと死ぬんだい!?」

「殺気を闘気で強化し、体外へ指向性を持って放出することで、それをみたり感じたりした相手は心臓麻痺を引き起こすんです」


 最も、雑魚にしか使えない手だが。


 しかし私の説明を聞いても、シマリさんは理解できてないようだ。

 一方、クルミちゃんはさっきまでの怯えは消え去り、私にキラキラとした目を向けてくる。


「あれくさま、すごいです! にらんだだけで、魔物やっつけちゃいました! すごいすごーい!」


 ふむ。

 しかし、だ。


「二人とも、まだ私のそばを離れないでください。今度は、本当に魔物のようですよ」


 狼どもよりも強い闘気を纏った個体が、こちらへと近づいてくるのだ。

 この感じはおそらく、魔物だろう。


『おいおいおいおい! これはいったいどういうことだぁ?』


 茂みの奥から現れたのは、二足歩行する巨大狼だ。


「!? ま、まさか……その姿。そして、左目の傷……。【東のガロウ!?】」


 シマリさんが体を震わせながら叫ぶ。


「東のガロウ?」

『おいおいおいおれさまの名前を知らないとは、もぐりかぁ、てめえ』


 二足歩行の狼魔物……東のガロウが私を睨みつけてきた。

 ふむ。質問されてるな。別に答える義理はないが、答えないのはそれで失礼だろう。


「おっしゃるとおり、よそからきた剣士です」

『そうかい。が、だからと言って、おれさまのテリトリーに土足で入ってきた罪が消えるわけじゃあねえぞ』


 なるほど。

 ここはガロウのテリトリーだったか。


「それは失礼しました。すぐに出ていきますので、許してくれはしませんか?」


 するとガロウはニヤリと笑う。


『嫌だね。なんで人間みたいな、脆弱な連中の話を聞いてやらねえといけないんだよ』

「まあ、確かにあなたのテリトリーに無断で入った私たちが悪いです。責められてもしかたありません」

『だろ? つーことで、死ねや!』


 ガロウがこちらに襲いかかってきた。


「お客さん! 逃げな! あいつは、兵士を何人も殺してる! そんで、あたいの腕を食いちぎったのもこいつだよ!」


 ……そうか。

 つまり、あの国の人たちにとっての、敵、ということか。


 話ができる相手だから、穏便にことをすませようと思ったのだが。

 人を殺してる、そして、シマリさんを傷つけた相手となれば、容赦しなくていい。


『死ねええええええええええ!』


 ガロウが右手を振り上げ、爪で攻撃してきた。

 パキィイイイイイン!


『なにぃい! お、おれさまの自慢の鋭い爪が!? 粉々に砕け散ってしまったぁ!?』


 私は木刀でガロウの一撃を防いだ。

 ガロウの爪は木刀に触れた瞬間、ガラスのように砕け散ったのである。


『ど、どうなってる!? ただの木の棒で、おれさまの自慢の爪が壊れるわけがないのに!』

「闘気で、刃を強化してますのでね」


 極光剣。【橙の型】、鋼鉄化。

 闘気の性質を、鋼鉄のように固く変化させることで、敵の攻撃を防ぐ防御の型だ。


『あ、ありえねえ! おれさまの爪は鋼鉄をも切り裂く爪なんだぞぉ!』


 驚いてるガロウ。

 集中力が途切れた瞬間を狙い、私は一気に間合いを詰める。


「あなた今、本能的に逃げようとしましたね」

『は、はや!』


 私は橙の型【斬鉄】を発動し、ガロウに向かって木刀を振る。


「剣技、【秋雨連斬】」


 私は地面に降り注ぐ豪雨のような勢いで、敵を連続で切りつける。

 スパパパパパパパパパン!


「む? あれ……? 防御しないのですね……」


 ガロウは私の攻撃を前に、死ぬまで棒立ちだった。

 おかしい。


 どうして、こちらの攻撃を防御しなかったのだろう?

 ともあれ、ガロウは悲鳴ひとつ上げられず、死亡。遺体はそのばにサイコロステーキとなって崩れ落ちた。


「…………」


 シマリさんが目を向いて口をぱくぱくさせている。


「す、す、すっごーーーーーい!」


 クルミちゃんがほおを興奮で赤く染めながら、私の腰に抱きついてきた。


「すごいよ、あれくさまっ! 木の棒で、相手を粉々にしちゃった!」


 木の棒ではないのですがね……。


「すごいよ……お客さん。あんたほんと、なにもの……?」

「先ほどもいいましたが、ただの、おっさん剣士ですよ」

「いやさすがにそれは、ないって言い切れるよ……」


 そのときだった。


「剣聖様ぁああ!」


 若き獣人剣士くんが、こちらに慌てた様子でやってきた。


「おや、おはようございます。どうしたんですか、血相変えて」

「剣聖様が外に出ていったと、報告を受けたので、何か異常事態が起きたのかと思って、みんなで様子を見にきたのです!」


 なるほど、心配させてしまったようだ。


「大丈夫です。朝の軽い運動をしていたところです」

「か、軽い運動……? ってええ!? 白狼が死んでる!?」


 私が殺気だけで殺した白狼を見て、剣士くんが驚いてる。


「それと、その足元のサイコロステーキは?」

「東のガロウとか言ってましたね」

「はぃいい!? ひ、東の長じゃないですか!」


 東の、長?


「ネログーマ東の森を牛耳ってる、強力な魔物ですよ! 今まですごい数の兵士を食ってきてるやつです! 国もだいぶ長い間頭を悩ませていました!」


 ……なんと。

 こんなのに、手こずっていたのか。


 なるほど。兵士たちは、思った以上に……相当鍛えがえがありそうだ。


「まあ、なんにせよ、シマリさん。君たちも。これで少しは、安心して暮らせますかね?」


 するとシマリさん、兵士の諸君が、唖然とした表情になった。

 ふむ?

 どうしたことだろうか。


「いや少しってどころじゃないよ!」

「そうですか」

「そうですかって……ほんと、あんた何者なんだい!?」


 すると兵士くんがいう。


「この御仁はミーア姫が連れてきた、辺境の剣聖アレクサンダーさまです!」

「んな!? なんだってぇえええええええええ!?」


 ううん、その辺境の剣聖って本当にだれなんだろうか……。

 ミーア姫たちも私をそう呼ぶし。


 だが、アレクサンダー?

 いや、私はアレク・サンダーなのだが。


 やはり、辺境の剣聖は私のことではないだろう。


「いえ、私はただの、宮廷剣術指南役の、剣士のおっさんですよ」


 シマリさんは青い顔をして、ばっ、と頭を下げる。


「そんなすごいお人とは知らず、失礼な態度とってしまい、申し訳ない!」

「いやいや、そんな、気にしないでください。大したやつじゃないので、私」


 クルミちゃんが私に向かって笑い、頭を下げた。


「けんせーさまっ、たすけてくれて、ありがとー!」


 ……剣聖ではないのですが。

 まあ、何はともあれ、喜んでもらえてよかった。

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