第10話 失った腕を再生する



 エルザの呪いを解いた、数時間後。

 夜もふけた頃合い、私は一人王都を歩いていた。


「ふぅ……色々ありましたね」


 私は先ほどのことを思い出す。


『先生、今夜どこに泊まるんだい?』


 バーマンが私に問うてきたのだ。


『まだ住むところは決めてません』

『な、なら! アタシの部屋、来ないかいっ? 兵士長の部屋って無駄に広いからさほら!』


 こちらにくるのが急に決まって、住むところも何もない状態。

 バーマンの申し出はありがたかったが。


『ま、まぁベッドは一個しかないんだけどさ! 問題ないですよね!』

『問題しかありませんよ……』


 未婚の男女が同じベッドで寝るなんて。


『……性欲女が。そうやってアルを美味しく食べるつもりでしょう?』


 エルザがぎろり、とバーマンをにらみつけた。


『は、はぁ!? ちちち、ちがうし! そ、そそそ、そんなことしねーし!』

『……どうだか。アル。飢えたメス猫の巣に行ってはいけないわ。そうね、ワタシの研究室に来ない?』


 エルザは魔法研究のためのラボをもっており、そこに住んでいるのだそうだ。

 確かに彼女は昔馴染みだし、大人だし。そこならいいかなと思ったのだが。


『……ああ、ベッドは一つしかないわ。大丈夫、何もしないわ』

『だめ! どうせ先生とや、やらしいことするんだろっ』

『……子供には関係ないわ』

『こ、子供じゃねえし! あ、アタシだってその、で、できるしっ』


 ぎゃあぎゃあと揉めるバーマンとエルザ。

 どちらの申し出を受けても、角が立つのは目に見えていた。それに、二人とも私のことを好いてる状態だ。


 私はまだ自分の気持ちの整理がついていない状態。

 こんなあやふやな関係のまま、私に好意を寄せてくれる女性と同じ部屋になんて、泊まれない。


『では、こうしましょう』


 とアビシニアン女王が提案する。

 女王陛下がいい案を出してくれるだろう。角が立たず、全てを解決する案を。


『わたくしのお部屋に来るのはどうでしょうか♡』


 ……ということで、私は城を後にして、街に出ていた。

 私は今夜の宿へと向かう。


 といっても、今夜はもう遅く、しかも明日から仕事が始まる。

 あまり遠い宿には泊まれない。


 バーマンから教えてもらった、ベタリナリ城近くの宿に泊まることにした。


「ここですね」


 2階建ての石造りの、こぢんまりとした宿だ。

 入り口に料金表が書いてある。


「一泊食事つきで、ふむ。この値段なら……」


 私は入り口を通って中に入る。


「い、いらっしゃーませっ!」


 リスの獣人少女が、受付に立っていた。

 おや? 子供が受付を担当している……?


 少し違和感を覚えたが、私は特に気にせず彼女に話しかける。


「こんばんは、お嬢さん。一泊泊まりたいのですが」

「あ、あの……ひとつ、ごめんなさいしないと、いけないことがあります」


「ほぅ、なんでしょう?」

「ご、ごはんがでません。す、すど、しゅ、しゅど……」

「素泊まりですか?」

「はい、すどまりだけになります! それでも、いいですか?」


 ……ふむ。

 これはどうしたことだろう。


 表のかばんには、一泊食事つきと書いてあったはずなのだが。


「別に構いませんが、なにか、食事が出ない事情でもあるんですか?」


 すると、女の子が黙ってしまう。

 その表情から、かなり深刻な事態に彼女が直面してるのがわかった。


 少女の困っている顔を見て、放ってはおけないと思ってしまう私である。


「よければ、相談に乗りますよ?」

「いいのぉ?」

「ええ」


 すると女の子は躊躇った後、こくんとうなずいた。


「ついてきてぇ」


 私はリスの女の子のあとにつづいて、受付の奥の部屋へと向かう。

 この子の家族が住んでいるスペースのようだ。


 そして寝室へとやってきた。


「おかーちゃん!」

「クルミ! 誰だいそのおっさん!」


 ベッドの上には恰幅のいい、リスの獣人女性が座っていた。


 彼女は右腕に包帯を巻いている。


「お客ちゃん……」

「ばか! 宿は店じまいだって言っただろう!?」


 店じまい?


「うう〜、だぁって……」

「まあまあ。ご婦人、店じまいだなんて、急にどうしたんですか?」


 すると母親は私に疑いの眼差しを向けてきた。

 人間だからだろうか。


「怪しいものではありません。私はアレク・サンダー。宮廷の剣術師範としてこきにきたものです」

「ふぅん……」


 まだちょっと疑っているようだ。まあ仕方ない。


「まあいいよ。悪いね、宿屋はもう辞める、というかできないのさ」

「と、いいますと?」


 すると母親は腕を持ち上げる。

 よく見ると、肘の辺りで腕が切られていた。


「食材をとりに森へ行ったら、魔物に利き腕を食われちまってね」


 なるほど、そういうことだったか。


「利き腕を失ったんじゃ料理はもう作れない。だから宿をやらない」

「なるほど。しかし、素泊まりの宿としてやってくことは可能では?」

「片腕じゃ、宿屋やってけないよ。シーツ変えたり、掃除したりしなきゃいけないんだし」


 確かに片腕で肉体労働はきつそうだ。


「悪いけど帰っておくれ。宿はもうやらない」

「で、でも! おかーちゃん! だってここ、死んだおとーちゃんとの大切な宿だって言ってたのに……」

「いいんだよ。しょうがない、宮廷医長さまでも、ちぎれた腕は戻らないって」


 エルザでも戻せないか。

 まあ、エルザの治癒術では、失った部位を戻せないだろう。


 エルザでは、ね。

 さて。どうするか?

 母親の顔を見れば、彼女がまだ自分の仕事を諦めきれてないのがわかる。


 まだまだ、働きたいのだろう。この大事な宿で。

 力を持ってる私がするべきことは一つだ。


「ご婦人。お手を拝借しても?」

「……はぁ? 手はないっつっただろうが」

「そうじゃなくて。腕を、こちらに。私には多少の医術の心得がございます。もしかしたら、治せるかも」

「! ほ、ほんとかい?」

「ええ。信じてくださりますか?」


 彼女は目を大きく向いて、そして、うなずく。


「できるなら、やっておくれ」


 母親が真剣な顔で頼んできた。

 私は彼女の腕を掴む。


「極光剣。【白の型】。完全再生」


 私の手を通して、彼女の体の中に白い闘気オーラが流れ込んでいく。

 ぼこ!


「「え!?」」


 ぼこぼこぼこ! とちぎれた部位から腕が生えてきた。


「な、え、なぁ!?」

「うでがはえてきたー!」


 私は母親から手を離す。


「動かしてみてください。違和感はありますか?」


 母親が指を曲げたり開いたりする。


「う、動く! うごくよ! 問題なく! どど、どうなってんだい!?」

「? 生命エネルギーをあなたの体に流して、腕を再生しました」


「腕を、さ、再生?」

「はい。闘気のエネルギーにより、周辺の体細胞を分裂、増殖させることで、失った腕を新たに作りました」


「腕を作るぅ!?」

「すごーい! 神様みたーい!」


 獣人たちが驚いてる。

 ん? 驚くことだろうか。


 聖女の力を持つセイ婆やキリエ婆も、同じことができるのだが。

 エルザは聖女じゃないから、部位欠損を治せなかったけれども。


「あ、ありがとう! ありがとう! あんたは神様だよぉ!」


 涙を流しながら、母親が私の手を掴んで、何度も頭を下げる。


「いえ。神ではありません。ただの、おっさん剣士ですよ」

「いやいや! ただのおっさんがそんなことできるわけがない!」


 ……現にこうしてできる人間がいるのですが。


「おじちゃん、ありがとー!」


 まあ、皆が笑顔になってくれてよかった。


「神様、タダで泊まってっておくれ!」

「そんな、できませんよ。大したことしてないのに」

「腕を治しておいて、大したことないわけないだろう!」


 結局女将におしきられて、私はタダで泊まっていいことになったのだった。

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