第9話 美人エルフの呪いを解く



 私は女王の病を治療した。

 数時間後。私は女王の部屋に居た。


 部屋にしつらえたソファに私達は座っている。

 正面に座るのは、アビシニアン陛下。


 ……そして対面に座るのは私。と、左右にミーア姫と戦神バーマン。


「すごいです、宮廷医長さまが、もう完治不可能とされた病を治してしまうなんてっ!」


 ミーア姫が、私の右腕にしがみついてる。


「いやぁ、さすがだぜ先生! 【エルザ】のやつ、女王陛下を見てびっくりするだろうなぁ!」


 バーマンが私の左腕にしがみついている。

 ……どういう状況だこれは。


「剣聖様。どうか、ミーアを娶ってくださりませんか?」

「だから、それは無理だと言ってるのですが……それに、こんなおじさんと、若い子が付き合うなんて。ミーア姫が不憫です」


 ねえ、と私はミーア姫に同意を求める。

 するとミーア姫はニコッと笑って言う。


「愛に、年の差なんて関係ありませんっ!」

「…………」


 のりのりだった。

 どういうことだ……。若い子とおっさんの恋愛は成立しないのではなかったのだろうか?


「そのとおりだぜ姫!」


 ずいっ、とバーマンが顔を近づけてくる。


「なあ先生……頼むよ。アタシを嫁にしてくれ」

「それは……私に勝ったらという話ではなかったのですか、バーマン?」


「それは、そうなんですが……で、でもよぉ! もう……辛抱たまらないです! 強いオスに、メスの獣人は強く惹かれてしまうんですよぉ!」 


 獣人は獣の習性を強くその遺伝子に残してる、らしい。

 

「アレクさん、どうか……わたしをめとってくださいまし」

「先生! たのむ! アタシを抱いてくれ!」


 ……困った。

 非常に困った状況だ。


 バーマンはこの国の守護神だし、ミーア姫は一国の姫。

 どちらも、気軽に手を出していい相手ではない。


 だというのに、向こうから、ガンガンアプローチしてくる。

 断っても、引き下がるつもりも二人はなさそうだ。どうしたら納得して、手を引いてくれるのだろうか……。


 と、そのときだった。


「失礼します。アビシニアン陛下! 宮廷医長さまが、お帰りなられました」


 獣人の兵士が部屋にノックして入ってくる。


「エルザが帰ってきたのですね」

「エルザ……?」


「宮廷医長であり、ネログーマ二大守護神の一人です」


 とアビシニアン陛下が説明してくださる。


「二大守護神……?」

「わが国最高の剣士と治癒術士のことです。四方を森に囲まれ、魔物の脅威に常にさらされてるわが国が、こうして平穏をたもてているのは、二大守護神、戦神バーマンと治癒神エルザのおかげなのです」


 なるほど、凄腕の治癒術士がいるのか。

 だから、兵士たちは怪我を恐れず、魔物と戦えるというわけだな。


「治癒神エルザは凄いのですよっ。瀕死の重体を負った兵士を、たちどころに、治癒してしまうのです!」

「それは凄い」


 ちっ、とバーマンが舌打ちをする。


「確かにすげえエルフだけどよぉ、あいつのスカした態度が気に食わないんだよなぁ」


 バーマンはエルザ様のことを、あまり好ましく思ってない様子。

 ……ん?


 エルフ?


「エルザ様はエルフなのですか?」


 エルフの、エルザ……。

 いや、まさか……。そんな偶然が起きるわけがない……。


 ガチャリ。


「…………」


 扉が開くと、そこには、これまた目を見張るほどの美女がいた。

 白い魔法使いのローブ身を包んだ、二十代前半くらいに見える女性だ。


 顔は小さく、手足は驚くほどに長い。

 細身だが胸はしっかりと大きい。スレンダーな美女、といえばいいだろうか。


 そして、特徴的なのは左目を黒い眼帯で覆っていたことだろう。


「よぉ、エルザ。生きてやがったか」

「…………」


 こつこつ……と靴を慣らしながらエルザが女王に近づいてくる。


「ちっ。無視すんじゃねえよ」


 バーマンがいらだち下に舌打ちをする。

 エルザは女王……ではなく、私の前までやってきた。


「……アル」

「「アル!?」」


 私は言う。


「エルザ。久しぶりだね」

「「先生 (アレクさん)が、フランクに話しかけてる!?」」


 驚愕する二人。

 一方で、エルザは……微笑んだ。


「!? し、信じられねえ……あの、氷みたいに冷たい女が、わ、笑ってやがる!」


 冷たい女……?


「エルザ。君はここにいたんだね」

「……ええ。村を出て、ここで今宮廷医長をやってるわ」


「そうか。女王があれだけ深刻な病状でも、いまだ生きながらえていたのは、君の治癒術があったからか」

「……そんな。アルに比べたら、ワタシなんてまだまだだわ」


 エルザが微笑みながら答える。


「お、おいエルザ! どーゆーことだよ!」


 バーマンが慌てた調子でいう。


「エルザと先生は、一体どう言う関係なんだよ!?」

「彼女とは、昔馴染みです」


「む、昔馴染み!?」

「ええ。同じ村で暮らしていたことがありました」


 私がまだ10にも満たない頃、エルザはデッドエンド村に、やってきたのである。


「つ、つまり……アレクさんの昔の女、ということですかっ?」

「違います」


 私とエルザはそんな関係ではなかった。

 確かに村では仲良くしていたが。


「……さぁ、どうかしら?」

「エルザ。子供をからかわないでおくれ」


 ふと、私はエルザの違和感に気づく。


「左目、どうしたんだい?」


 エルザの左目にはバイキングがつけてるかのような、ごつい眼帯がはめられていた。

 先程まで笑っていたエルザだが、一点、暗い顔になる。


「……呪いを、受けてしまったの」

「呪い?」


 エルザが眼帯をとる。

 顔の左側が、石化していた。


 彼女の左目は完全に石になっている。

 目の周りも石化していた。


 せっかく美しい顔をしてるのに、それを隠さないといけないなんて、不憫だ。


「メデューサとの戦闘でね、呪いを受けてしまったのよ」

「メデューサ?」


 聞いたことがない。


「蛇の魔物よ。石化の呪いを使う、やっかいな敵だったわ。メデューサを退ける際に、石化の呪いを受けたの」


「そうだったんだね。それは、辛かったね」


 村の魔法使いは、エルザにはすごい魔法の才能があると言っていた。

 そんな彼女でも、解けない呪い、か。


「どうして、村に帰らなかったんだい? 困ったら、頼ってくれてもよかったのに」


 彼女がメデューサから呪いを受けたのは、村を出て行ったあとだろう。

 デッドエンド村には、どんな呪いでも解いてしまう呪術師がいたのだ。


「……だって、あなたと顔を合わせづらくて」

「エルザ……」


 エルザが村を出て行ったのは、ハイターが村に帰ってきたときだ。

 あの時、エルザは一方的に別れを告げると、出て行ってしまったのである。

 おしあわせに、と一言だけを残して。


 特にケンカをしたわけではないと思ったのだが。

 まあ、もう過去のことはどうでもいい。


「エルザ。目を閉じて」

「え!? ……は、はい」


 エルザはなぜか頬を赤らめながら、目を閉じる。

 そして「……ん」となぜだか、唇を窄めて、顔をむけてきた。


 私は木刀を手持つ。

 エルザの左顔面から、邪悪なる闘気が感じられた。

 半透明の蛇がへばりついてる。


「極光剣。【黄の型】破魔」


 私は木刀で、エルザの左顔面を軽く突く。

 半透明の蛇が私の木刀に貫かれて、消える。

 

 びき、ばき!

 パキィイイイイイイイイン!


「エルザの左顔面を覆っていた石化が、解除された!?」

「すごいです! 治癒神ですら直せない呪いを、解いてしまうなんて!」


 極光剣、黄の型。破魔。

 闘気は生命のエネルギー。ようするに、プラスの力。


 一方で呪いはマイナスの力。

 そこに闘気プラスエネルギーをながすことで、マイナスを打ち消す(プラマイゼロにする)。


 エルザが目を開ける。

 ああ、と感嘆の息をついた。


「すごいわ、アル。あなた、また一段と剣の腕をあげたわね」

「ありがとう、エルザ」


 ぽろぽろ……とエルザが涙を流す。


「……本当はね、何度もあなたのもとに戻ろうと思った。でも、こんな顔じゃ、あなたに嫌われちゃうって思って」


 ああ、だから会いに来なかったのか。


「どんな顔をしていても、エルザはエルザですよ。私にとって大事な、昔馴染みです」

「アル!」


 エルザは涙を浮かべながらも、それでも、笑ってくれた。

 やはりエルザは笑っている方がいい。


 そのままエルザは私の頬に手を添えて、そして、唇を重ねてきた。


「「な!?」」


 驚くバーマンたち。私も、さすがに動揺した。


「アル、ワタシ、ワタシは、あなたのことが……やっぱり好き。言いたくても、ずっと言えなかったの。あなたには婚約者がいたから……」

「そう……でしたか」


「ええ……ごめんなさい。あなたには婚約者がいるの」

「いえ、あの。もう、いないですよ」

「……は? ど、どういう?」

「あとで、説明しますね」

「え、ええ……そうね。部屋で、待ってるわ。二人きりで、じっくり」


 すると私の前に、バーマンおよびミーア姫が割って入ってくる。


「おいおい、抜け駆けはずるいぜ。先生は今夜あたしの部屋にくるのが決まってんだ」


 いつの間に?


「いいえ! アレクさんはわたしの部屋木にてくださると、約束してくださりました!」


 いつ、約束を?


「……そう。あなたたちも、彼を愛してるのね」

「「それはもう、心から!」」


 ……なんていうことだ。

 転職したら、一気に、モテだした。


 これが俗に言う、モテ期というやつなのだろうか。

 38にして。なんとも遅い、モテ期の到来に、私は困惑するしかなかったのだった。

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