第8話 女王の病を治療する



 戦神バーマンとの模擬試合を行った夜。

 私は、ネログーマ女王との謁見をすることになった。


 王都エヴァシマ、ベタリナリ城。

 王の住む城だというのに、絵画やシャンデリアと言った高級品が一切置いてなかった。


 けれど、貧相にはまるで見えない。

 石造りのしっかりとした城からは歴史を感じさせる。


 私が謁見の間に通されると、すでに、玉座には女性が座っていた。


「よくぞ、参られました。辺境の剣聖、アレク・サンダー殿」


 女性は微笑みながら私を見ている。

 ミーア姫と同様、猫の獣人のようだ。


 白い髪の毛。

 ほっそりとした体躯ははかなげな印象を与える。


「わたくしは【アビシニアン・ネログーマ】。ネログーマ女王にして、ミーアの母です。座ったままでごめんなさい」


 アビシニアン陛下が頭を下げる。


「いえ、こちらこそ。足が悪いのに、わざわざ私のために、謁見の間にご足労いただき、誠に感謝いたします」


 ざわ……とアビシニアン陛下と、そして左右に控えていた大臣様たちが、動揺をしてるのがわかった。

 ん? どうしたんだろうか。


「剣聖殿」

「なんでございましょう」

「どうして……わたくしが足が悪いと……?」


 どうして……?


「筋肉の付き方、座ったときの重心を見れば、相手が不調があることくらい、わかって当然かと存じますが……」


 ぽかん……とアビシニアン陛下と大臣たちがしてる。

 ふむ……?


「もしかして、私の言ってることは何かおかしいでしょうか?」

「あ、え……い、いえ。さすが、剣聖殿。一流の剣士は、相手の立ち居振る舞いだけで、そこまで見抜いてしまうのですね。さすがです」


 普通ではなかったのか、そうか……。

 しかし、ふむ。


 筋肉の付き方から、だいぶ長い間足が動いてないのがわかった。

 これはもしかしたら……。


「陛下、もしや、胸が痛むこともあるのではないでしょうか?」

「! わ、わかりますかっ!?」

「はい」


「ど、どうして……?」

「あなた様の呼吸を見れば一発でございます」


「こ、呼吸……? 呼吸とは……この、吸って吐いての、ですか?」

「はい。剣士は呼吸から、相手の攻撃のタイミングを計ります。呼吸を読むことを極めていけば、相手の体の内部どこに、不調が抱えてることくらい………………わからないんですね」


 またも、私はとんちんかんなことを言ってしまったようだ。

 難しい。転生してから38年間、引きこもっていたせいだな。


「ともあれ、体の動き、呼吸の動きから、あなた様には肺と、足に、重大な異常がかかえてることがわかります」

「!? げ、原因がわかるのですか!? 体調不良の!?」


「はい」


 ざわ……! ざわ……! と皆が動揺している。

 どういうことだろう?


「け、剣聖殿……わたくしは、いったいどのような病を抱えてるのでしょうか。宮廷医でも、原因がわからず匙を投げてしまって……」


 医者が匙を投げるだって……?

 いや、そうか。この医療の未発達な異世界では、こんなの言われてもわからないか。


「【骨肉腫】、でございます」

「こつにくしゅ……?」


「はい。骨に……こぶができるのです。それが血流を悪くしております」


 私は別に医者ではないが、医療漫画が結構好きでよく読んでいた。

 骨肉腫。かなり危ない病気だ。


 そしておそらく、アビシニアン様の腫瘍は、灰にまで転移してる。

 かなり末期といえた。


 現代日本と違って、こっちには医学で原因を取り除くような技術は存在しない。

 本来だったら、アビシニアン様は、死を待つだけだったろう。


 本来なら……。


「アビシニアン陛下。よろしければ、私に治療を任せてはいただけないでしょうか?」

「ち、治療!? 治療が、できるのですか!? 剣士の、あなたに!?」


「はい。剣士として呼吸を極める課程で、【少しばかりの】医術も学んでおりますゆえ」


 アビシニアン陛下は困惑なさっていた。

 こんな田舎出身のおっさんが、急に病気を治すとか言われても、妖しいだけなのは先刻承知。


「お願いします。陛下。このままでは、命に関わります」

「………………わかりました」


 少しの沈黙の後、アビシニアン陛下はうなずく。


「あなた様に任せます」

「ありがとうございます。では……」


 私は木刀を携えた状態で、アビシニアン陛下の元へ向かう。

 彼女の前に立ち、剣を構える。


 護衛の剣士たちが一瞬剣を手にかけるも、すぐに、アビシニアン陛下が手でせいす。

 私のことを信頼してくれたのだろう。

 ありがたい。その信頼には、絶対に答えたい。


「極光剣。【白の型】」


 私の刃に、白い闘気オーラがまとわりつく。

 

「【無病息災】」


 私はまず木刀を胴になぎ、そして足に向かって振り下ろす。

 

「!? ぼ、木刀が体をすり抜けた!?」

「あ、あり得ない!?」


 ……あり得ない?

 目の前で起きてるのですがね。


「木刀で切りつけたのに、全く痛くありません。どうなってるのですか?」

「痛くないように、切っただけです」


「??????」

「一流の剣士の斬撃は、あまりに早く素早いため、相手に切ったことを知覚させないのです」


「な、なるほど?」

「それよりアビシニアン陛下。具合はいかがでしょう?」


「え? あ、あれ!? 胸の痛みがなくなりましたわ! それに……足の痛みも!」


 すくっ、とアビシニアン陛下が立ち上がる。


「嘘みたいに、体の痛みが消えました! す、すごい! い、いったいどうやったのですか!?」

「剣で、切りました。経穴を」


「け、けいけつ……?」

「はい。体に無数に存在する、まあ、ツボです。そこに澱がたまりますと、人は病を引き起こします。経穴を闘気オーラの刃で切り、直接、闘気オーラを流し込むことで体の免疫力を超活性させることで、体の内部の病を取り除くことが可能なのです」


 現代医学では到底なおせないような、体の内部の病巣も、闘気オーラを使えば治すことができるのだ。


 異世界、ほんとうにすごい。


「す、すごすぎます……剣聖様。もしかして、あなた様は……神の使い、でしょうか?」


 神の使い……?


「いえ、ただの剣士でございます」

「いいえ! ただの剣士に、このような神業ができましょうか! ああ、神よ。偉大なる、ノアール神様よ! あなた様が遣わせてくださった神子様のおかげで、わたくしの病はなおりました! ありがとうございます!」


 どうやら、アビシニアン陛下は熱心な信者のようだった。

 ノアール神なんて聞いたことがないが。


「す、すごすぎる……!」「剣士なのに、医術にまで精通してるなんて!」「さすが、辺境の剣聖さまだ!」


 大臣様たちからも、なんだか驚かれ、感心されてしまった。

 まあ、なにはともあれ、陛下の病が、私に治せる程度のものでよかった。


「これはお礼をしなければなりませんね……」

「お礼など不要です。雇ってもらうだけで十分」


「いいえ! そうですね……そうだ!」


 妙案を思いついた、とばかりに、アビシニアン様が手を打つ。


「我が娘、ミーアとの結婚を許可しましょう! そうすれば、あなた様は王族となれます!」


 ………………はい?

 姫との、結婚……? 王族になる……?


 はは。


「陛下。ご冗談はよしてください。たかが、病を治したくらいで、そんな」

「宮廷医すら匙を投げた、不治の病を治して見せたのです! これくらいの報酬は与えて当然です!」


 ……いやいや。

 だが、私がいくら言っても、陛下は食い下がらない。ど、どうしたものか……。


 病気を治すことよりも、よっぽどやっかいだぞ。

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