第6話 元弟子から決闘(求婚)を申し込まれる




 獣人国ネログーマ。

 大陸の東に位置し、広大な土地を持つ、緑豊かな国だ。


 四方を大森林に囲まれている影響で、魔物の脅威に常に晒されているそうだ。

 とはいえ、国民たちはみんな平和に暮らせている。

 この国の兵士たちが頑張っているおかげだそうだ。


 特に、【戦神】と呼ばれる、ものすごい強い兵士長がいるそうだ。

 彼女が2年前に、戦神が兵士長についてから、さらに国内の治安は良くなってるとのこと。


「しかし姫、戦神さまがいらっしゃるのでしたら、私は不要ではないでしょうか?」

「戦神は、その、強いのですが、その、頭が……こほん、人に教えるのが苦手な人でして」


 なるほど、感覚派の戦士ということか。

 確かに剣士のなかでは、自分の動きについて、口で説明できないものというのが一定数いる。


 上に行くためには、頭で、自分のやっていることを理論立てる必要があるのだが。

 たまにいるのだ、感覚だけで、上奪してしまう、天才という連中が。


 さて。

 私はミーア姫に連れられ、エヴァシマにある【べナリナリ城】へとやってきた。


 獣人たちの王、女王様は現在体調が悪いらしく、挨拶は後日となった。

 私はミーア姫とともに、国を守る兵士たちに、挨拶をすることになった……のだが。


 ベタリナリ城の庭にて。

 私の目の前には屈強な獣戦士たちが整列してる。


 男も女もみな、かなり鍛えられている。

 腕も立ちそうだ。


「兵士のみなさんに紹介します。今日からみなさんに剣を教えてくださる、アレク・サンダー様です」


 私は一歩前に出て頭を下げる。

 だが、兵士たちは露骨に、私に疑いの眼差しを向けてきた。


「……人間?」「人間がおれらに教えるのか?」「あんなひ弱そうなやつに指南役が務まるのか?」


 闘気を見るまでもない。

 彼らは、私を指南役として認めてはくれていない。


 まあ、気持ちは理解できる。

 この場にいる獣人兵士たちは皆、背が高く、筋骨隆々、いかにも強そうな見た目。


 彼らと比べると、人間である私は体格で劣る。

 こんなのに教えてもらうのか、と疑いたくなる気持ちはわかる。


「申し訳ないです、アレクさん。獣人世界は弱肉強食。腕っぷしが強いものが上に立つ、という考えが人間よりも強いのです」


 なるほど、人間よりも動物の考え方に近いわけか。


「指南役なんて必要なのか?」「おれらには戦神様がいるのに」


 腕っぷしがものをいう獣人社会のなかで、その戦神さまは、文字通り神なのだろう。

 彼女を差し置いて、兵士に剣を教えるのはどうなのだろうか、とみんな思ってるみたいだ。


「そういえば、ミーア姫。戦神様はどちらに?」

「おそらく狩りに出かけているのかと。あ、でもそろそろ帰ってくる頃合いで……」


 そのときだった。


「【バーマン】様が帰ってきたぞぉ!」

「……バーマン?」


 兵士たちが、庭の入り口を見やる。

 そこには、巨大なトカゲの死体があった。


「おお! すごい!」「あんな巨大な竜を倒してきただなんて!」「やはりバーマン兵士長はすごい!」


 バーマンとやらが戦神と呼ばれるすごい兵士長なのだろう。

 

「おう、戻ったぜおまえら!」

「「「バーマン兵士長! おかえりなさい!」」」


 ばっ、と兵士たちが頭を下げる。

 こんな強そうな獣人兵士たちが、敬意を払うくらいだ。

 バーマン兵士長は、それだけ強いってことだろう。


「ドラゴンは適当に処理してくれ。肉はみんなで食ってくれ。んで、こいつは一体なんの集まりだい?」


 兵士たちの間を縫って、バーマン兵士長が近づいてくる。

 近づくにつれて、その見た目が明らかになってきた。


 赤い、燃えるような長い髪の、美しい女性獣人だ。

 背が高く、スタイルもいい。


 体の筋肉は全て引き締まっているというのに、胸と尻は大きい。

 

「ミーア姫様が、剣術指南役として、人間を連れてきたんです」


 兵士がバーマン兵士長に言う。


「へえ、人間」


 バーマン兵士長は私をみてきた。

 そして、目を向く。


「…………」

「兵士長、ガツンと言ってやってください。人間なんかに我ら兵団の指南なんて無理だと……」


 するとバーマン兵士長は、私に向かってタッとかけ出す。

 そして……


「先生! 先生じゃあないですかぁあああああああ!」


 だきっ、とバーマン兵士長が私に抱きついてきたのだ。


「「「な!?」」」


 兵士たち全員が驚愕している。


「ああ! 先生! 久しぶりですなぁ!」

「…………まさか、君は、あのときの、あのバーマン?」

「はい!」


 にこっ、と笑顔を浮かべるバーマン。

 いやはや。あんな小さかった女の子が、まさかこんなに立派な女性に成長してるとは。


「先生! あえてうれしいです!」

「私もですよ、バーマン」


 彼女が手を差し出してくる。

 私はその手を見ただけで、わかった。


「さぼらず鍛錬を続けてきたみたいですね。嬉しいですよ」

「えへへ♡」


 バーマンが本当に嬉しそうに笑っていた。


「戦神が、戦いの時以外で笑ってるの、はじめてみたぞ!」「バーマン兵士長が、女の顔をしてる!」「い、一体二人はどう言う関係なのだ!?」


 兵士たち全員が私に注目している。

 ミーア姫も私たちの関係が気になっている様子だ。


「バーマンは、かつての弟子です」


 8年前、バーマンは森の中で倒れていた。

 孤児であるというその子を拾って、面倒を見てあげたのだ。


 3年でみるみるうちに実力をつけた彼女は、道場を去っていった。


「まさか、この国で兵士長となっているとは。驚きましたよ」

「ありがとうございます! これも全部、先生のおかげですよ!」

「いえいえ、あなたに才能があったからですよ」

「先生は相変わらず謙虚なお方ですね!」


 謙虚というか事実なのだが。


「あれ? そういえば先生どうしてここに?」

「まあ、色々ありまして。今日からここでやっかいになります」

「ずっとここにいるってことですか!?」

「ええ」


 ぶるぶる、とバーマンが体を震わせる。

 すると、背負っていた両手剣を抜いて、きっさきを私に向けてきた。


「先生! 勝負してください!」

「ほぅ、勝負」


 なるほど、バーマンも私が指南役になることに対して、疑問を抱いているのだろう。

 勝負して、勝ったら教えてもいいみたいな、そういうことか。


「いいでしょう」

「あたしが勝ったら、あ、あたしのだ、旦那様になってください!」


 …………はい?

 旦那様?

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