第3話 決意のついでに、ドラゴンをワンパン
森の中で出会ったのは、獣人国ネログーマの第一王女、ミーア・ネログーマ様だった。
私は……その場で膝をついて、頭を下げる。
「王女殿下とは知らず、無礼な態度をとってしまい、申し訳ございませんでした」
「! そ、そんな! 頭を上げてくださいっ、アレクサンダー様!」
「いえ。王族相手に、失礼な口をきいてしまいました。謝罪で済まされる問題ではございません。不敬罪で投獄もやむなしかと……」
「しませんっ!」
ミーア姫が膝をついて、私に視線を合わせる。
「命の恩人相手に、不敬罪で引っ捕らえるようなことはしません。それこそ、無礼です」
「ミーア様……」
「助けてくださったこと、心から感謝いたしますわ。アレクサンダー様」
……ミーア姫。なんとも慈悲深い御方だ。
王族と知らず、無礼を働いていた私を許してくれるようだ。
「お心遣い、感謝いたします」
私がそう言って立ち上がると、ミーア姫はホッ……と安堵の息をつく。
「アレクサンダー様」
「姫。様なんて付けないでください。私はただの、しがない剣士でしかありませんので」
しかも婚約者と道場を、弟子に奪われた、情けないおっさんだ。
そんな男に様なんてわざわざ付ける必要は無いだろう。
「謙虚な御方なのですねっ! さすがです!」
……今のやりとりのどこに、さすがと褒めるべき要素があったのだろうか。
「では……アレクさん」
ミーア姫が真剣なまなざしで、私を見ながら言う。
「改めて、依頼します。どうか我がネログーマに来てください。王家に仕え、この国の未来のため、剣を教えてはいただけないでしょうか」
剣を教えてほしい……か。
「もちろん、報酬はきちんとお支払いいたします! 望む額、ご用意するつもりで来ました!」
「…………」
私はミーア姫を見て、すっ……と頭を下げる。
「大変ありがたいお話ですが、断らせていただきく存じます」
ミーア姫は黙ってしまった。
顔を上げると、ぽかんとしている。
断られるとは思っていなかったのだろう。本当に申し訳ない。
「わ、訳を……お聞かせ願いますか?」
「はい。それは……私が剣を教えるに、ふさわしい人物ではないからです」
再度、ぽかーんとしてしまう、ミーア姫。
「私は所詮、田舎道場でしか剣を教えてこなかった人間です。そんな人間が、王族の皆様に剣を教える資格なんてありません」
私なんて、王家に仕え、剣を教えられる……そんな器ではないのだ。
「な、何をおっしゃってるのですか! あなた様は偉大なる御方! 王家に仕えるのにふさわしい人物ですよ!」
ミーア姫は優しい御方だ。
私が落ち込まないようにそう言ってくれてるのだろう。
遠回しに言ってもミーア姫は引き下がらないようだった。
だから……私は本心を語ることにする。
「はっきり言って……私は、もう、人に剣を教えたくないのです」
村に居た頃、私には【師匠から受け継いだ道場を再建する】という野望があった。
恩人たる師匠の、大切な道場を、守っていくんだ。
そのために、私は人に剣を教えていた。
……だが、私は大事な道場を失ってしまった。
道場再建のために頑張っていたのに、それを失い……。
私には、人に剣を教えるモチベーションが、なくなっていた。
こんな状態で、国に招かれ剣を教えたところで、かえってミーア姫たちに迷惑をかけてしまう。
「お誘い、大変ありがたく思いますが。このたびの話は、断らせていただきたく存じます」
「……そんな。こんなに強いのに。こんなに、凄い剣の使い手なのに……」
と、そのときだった。
上空から魔物の気配を感じたのだ。
ちょうどミーア姫の居る場所に降りてくるのがわかった。
……いや違う、ミーアを狙っている!
「危ない!」
私はミーア姫を抱きかかえて横に飛ぶ。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
「な、なんですかっ?」
「トカゲですね」
「と、とか……え、ええ!? あ、あれが……?」
「はい。この近辺で頻繁に見かける、緑色のトカゲです」
「ええ!?」
どうしてミーア姫は驚いているのだろう。
ああ、確かに珍しいトカゲかもしれない。
なにせ……。
体長は3メートル。
巨大な翼、金属よりも堅いうろこ、そして炎を吐く……。
そんなトカゲ、外では見たことがないのだろう。
「どう見てもドラゴンですよあれ!」
……ドラゴン?
「何を言ってるのですか。ドラゴンと言えば、もっと大きく、強く、世界を滅ぼすほどの凶悪な存在だと聞いております」
「いや……え、え……いや……え、ええ!?」
姫はトカゲを見て困惑してるようだ。
「あわわ……」「なんだありゃ……」「やべえ……」「こんなの勝てねえよ……」
ミーア姫の護衛の剣士たちが、全員おびえていた。
どういうことだ……?
あんなトカゲに、何を怖がっているのだろう?
「GYASHAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
トカゲがミーア姫を狙って突進してきた。
私は何も恐怖を感じない。こんなの一撃で倒せる相手だしな。
しかし私は……気づく。
「!」
ミーア姫は震えている。
剣士たち、そして姫。みんな……。
そうか。そうだったな。
パシィイン!
「か、片腕で! ドラゴンの巨体から繰り出される突進を受けとめた!?」
驚くミーア姫。
「ど、どうやってるのですか!?」
「
「お、
「はい。誰でも、鍛えればこれくらいはできます」
「で、できます……?」
ミーア姫が護衛の剣士たちを見やる。
彼らはクビをブルブルと横に振るっていた。
「できますよ。鍛えれば……ね!」
私はトカゲの顎めがけてけりを放つ。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
トカゲが上空へと吹き飛んでいく。
「す、すごい! あの巨大ドラゴンが、まるで木の葉のように吹っ飛んでいます!」
トカゲがくるくると回転しながら落ちてくる。
私は腰を落とし、構えを取る。
「【橙の型】。【斬鉄】」
トカゲはうろこが結構堅い。
私は落ちてくるトカゲめがけて木刀を振る。
スパァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
ばら……とトカゲがブロック肉となって落ちてきた。
「す、すごい!
まあ、普通に斬れば確かに堅いだろう。
だが、橙の型の
……だが。
「君たちは、今のできないんですね?」
護衛剣士たちに尋ねると、彼らはうんうん! と強くうなずく。
……そうか。
そうだよな。
あのトカゲは確かに弱い。が。そうはいっても、魔物。
誰だって最初は、魔物を怖いと思ってしまう。
……この世界に転生してきた当初の、私もそうだった。
「私も、同じです。幼い頃は、魔物が怖くてしかたなかった……」
だから、村から出れなかった。
でも、師匠が剣を教えてくれたことで、その恐怖に打ち勝つことができた。
「…………」
おびえていた、ミーア姫、そして剣士たち。
彼らはかつての私と同じだ。魔物におびえ、何もできないでいた、私。
そんな私に、師匠は、対抗策として、剣を教えてくれた。
大義(道場再建)とか、金とか、そういう【何かのため】じゃない。
ただ純粋に、弱い人が身を守る手段として。
……そうだった。
剣術とは、そういうものだったな。
私はすっかり、初心を……大切なことを忘れてしまっていたようだ。
「ミーア姫」
「は、はい!」
「一度断っておいて申し訳ないのですが、どうか……私を雇ってはいただけないでしょうか」
「! も、もちろん! もちろんですとも!」
ミーア姫は私の手をつかんで、何度も頭を下げる。
「ありがとうございます、アレクさん!」
「お礼を言うのはこちらのほうです。ミーア姫。初心を思い出せました」
か弱き人々が、自分や、大切な人を守れるように。
私は再び、剣を教えよう。
師匠に、教えてもらったように。
こうして、私はネログーマ行きを決意したのだった。
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