第23話


 エルヴィラは待った。腕の中にある温もりを感じながら待ち続けた。母が彼の存在に気づいてくれるのを、地下に籠り何十年もの間待ち続けた。


 彼の体は錬成はできたものの、産まれ赤子のまま10年以上も生き続けていた。だが彼からは魂の存在を感じられない、正気を全く感じられない。

 でも彼の細胞らは生きて、生命活動はしているようだ。人らしく動きはするが、意思疎通はできない。彼は彼女の欲望により科学的に生かされているだけ、存在だけしていた、生きた傀儡だ。

彼女は後悔し始めていた。


 始めは父を失った消失感を埋めたかった。

彼のクローンならば、また彼は優しく言葉でエルヴィラを誉めてくれるだろう。 また、家族として笑い合えるだろうと必死に彼を蘇生させた。


 最後に彼が呪った、魔女たちに伝えた言葉が未だに彼女の心を痛み続けていた。


「君たちが存在しなければ、コゼットは自由で幸せだった。 君たちなんて愛してなんていない。恐れて謙っていただけだ。 僕には愛される資格なんて無いんだ。 平凡で魔法も使えない、ただの人だ! もう、近づかないでくれ」


 最後に会った彼は、あの頃の輝きに満ちた眼差しは無く、魔女と関わったせいで孤独化し、怒りと悲しみで満ちた眼差しを魔女たちに向けて呪った。


 コゼットはウィリアムの罵りを黙って最後まで聞いた。 彼は泣きながら彼女に呪いを刻みつけていった。 呪われた言葉を彼女は受諾し受け入れた。

 

 他の姉妹たちは首輪を嵌められ、『死』という恐怖を理解できずに本能で、その場を個々に逃げだした。 エルヴィラを除いては、彼女は最後までコゼットとウィルを見守った。


「もう…貴女には会えません」


彼はそう告げてコゼットの前から消えた。


 彼を見送りながら、彼女は泣きもせず、最後に残ったエルヴィラに別れを告げて、何百年もの間、『死』からは免れたものの彼との『約束』に縛られた。

 彼は普通の人間だったので、別れた数年で病死したと見張らせていた眷属によって知らされた。


 エルヴィラの心は、あの日からずっと重い鎖に縛られたようだった。過ちの代償はあまりに大きく、彼女の心から後悔の念が消えることはなかった。


彼女は地下室に籠り、錬成の書物に目を通し続けたが、その目はもはや希望を探すことをやめていた。

 彼の亡骸を彼女は掘り起こして全てを研究に使った。

 

 コゼットを自由にしたい、その為だけに彼を造った。コゼットの首輪は彼女に嵌めたウィルにしか外せないから。

 

研究の為に、彼を媒体に人に近しいできた出来損ないを処分し再生して彼を造り続けた。

 

 より人らしく造ろうとする度に失敗し産まれてもすぐに動かなくなった。それを何百回と繰り返すことで、彼の人らしさは削られていき最後には生きているだけの傀儡が残ってしまった。


 もう…使える亡骸はない、この彼が最後のウィルだ。ならば、この彼を使って、コゼットを自由にする為に長女で魔力の高いアンナを頼った。

 

だが、彼女は「もう、遅いのです。彼は母様には必要がない」彼の存在を否定して直ぐにでも破壊しようとしたので、魔法陣で強固な場所を作って地下に潜った。由美の眷属が漸く地下へ現れた時には彼等を頼ってコゼットを引き寄せようとした。

 

 エルヴィラは彼女を待つ間、思い出していた。

 彼女の中で最も幸福で満たされていたあの家でのことを…。

 

**

 深い森の奥の奥で

 

 コゼットは娘を7人造った産んだわけじゃない。

魔法と自然物で、人の器と魂を錬成した。始めは赤子の全てに魂という概念はなくてただ人の形をした動くだけの傀儡だった。表情もない無機質な赤子が

7体…コゼットは絶望し赤子を葬ろうと庭にでた。

 

 人として動くだけの赤子らに手をかざして、せめて少しでも痛みを感じないように…と呪文を唱え始めた時だった。

 

「コゼット!」身に覚えのある声だと

「…ウィリアム?」コゼットは動揺した。

 

この森には魔術が施されているので侵入する者がいたとしても屋敷までは辿り着けない筈だ。

 

 なぜ、彼がここにいる?本物か?悪魔が化てでもいるのだろうかと彼女は混乱した。

 

「よかった。会えましたね…あの、その子たちは何?また…誰かを救ったのですか?」

 

 彼は誰を?妾が救ったと言うのだろうか

 

 あぁ…これは夢じゃな、あの子が戻ってくる筈はない妾から離れる時に言ったではないか


「もう…耐えきれない」そう告げて此処から何年も前に…彼女の前から去って行った。

 

「久しぶりだね。お元気そうだ」

 

彼が声を発する度に、彼女の中に無いはずの心臓が音を奏でるように弾んだような気がした。

 

「会いたかったんです。」

 

 彼の、その言葉にドクンっと跳ねた彼女の心音で

「うぅ…うぇーんっ」赤子らが一斉に泣いて暴れだす。今しがた生を受けた人のように…生きていると主張して全員が各々で暴れた。

 

「わぁ!大変だ!!皆さんお腹でも空いたのかな?」ウィルは慣れない手つきで赤子らを落ち着かせようとするが「 パチンっ。」

 

 コゼットは指一つで赤子たちにベッドと食事を用意した。初めて口にするものを彼女たちは、あっという間に飲み干しすぐに、そのまま寝息を立てた。

 

まるで人の子のように…

 

「ウィル…お主には、いつか帰ってきて欲しいと思っていたので、お主だけは、この屋敷まで辿り着けるよう、まじないをかけていたが…まさか本当に戻ってくるとは思わなかったぞ」


「…そうか。だから私は…」


 ウィルの表情が一瞬だか歪んだような気がしたが

彼との再会に嬉しさが勝ってしまい気付かないふりをしてしまった。再び『失いたくなかった』から。


 ウィルは戻ってきた理由を「会いたかったから」とだけ彼女に伝えた。

 

 彼は赤子として手がかかるようになった彼女の娘たちの世話を甲斐甲斐しく日々穏やかに過ごしていった。娘たちはウィルに懐き彼を『父』彼女を『母』と呼ぶようになった。

 

 彼は彼女らに心と教養を、彼女は娘らに魔法と知識を導き教えた。

 

 最初こそ同じ傀儡だった娘たちは成長すると『個性』が芽生え、それぞれの性格と容姿に違いもでて更に衝突までするほど人に近いものになっていった。

 

 ある朝に、ウィルは庭でひとりで泣いていた。

娘たちは彼を必死に慰めたが彼は笑顔で「何でもない」そう言って普段通りに彼女たちと刻を過ごした。

 

 穏やかな日々は15年ほど続いたが、末娘のユミが屋敷をでた。そうなれば次から次へと娘たちが外の世界にでていった。

 

 数十年もすれば屋敷にはコゼットとウィルだけ残った。

「とうとう私たちだけですね」「…あぁ。」

 

 静まり返った庭で彼が語りかけた。

 

「…私は、ずっと貴女を信仰していました。私の命を救い導いてくれた」

「妾もお主に救われていたさ。何世紀も独りで生かされた。ずっと消えたい…願い続けていたのに今は少しでも永くお主と過ごして生きたいと願っておるぞ」彼女はむかしの面影も無く幸せそうに笑った。

 

「…全く人らしいなぁ…私の憧れた存在は、誰にも自我を左右されない。自分の欲望だけを望んだものは奪い自ら手に入れる」彼の声色に怒りが含み始めていた。

 

「むかしの貴女は災害のように、予知もできない、逃れることも許されない恐怖と混沌の元凶だった」

 

「それは…人ではないんです」彼は続けた。


 …これは誰だ?彼女は知らない彼の気配に驚きを隠せないでいた。

 

「貴女は破壊も殺害もしないでいてくれた私と人らしく穏やかに過ごせるように…私に合わせて人になろうとした」

 

 お主が妾を変えたんだ、無差別に奪うのも殺す理由だって、独りが耐えきれないから誰かに消してもらいたかっただけだった。

 

「それは…お主には必要が無かったんじゃな」


「…此処に戻ろうと思った時に私は貴女を思いだしながら、あの死臭と絶望に歪む人々の顔をみて笑いが止まらなかった。むかしの日々を思いだしながら貴女が壊し奪った命を辿り、奪われた者の絶望を見ながら進んだ。そして貴女に導かれたと思い込んだが、そうでは無かった」

 

「妾がかけた『まじない』に」


「…はい、絶望しました。僕に会いたいなんてっ」

 

「もう弱くつまらない貴女には信仰は感じられない。この穏やかな僕にとっては気持ち悪すぎて何度も貴女に対しての絶望で泣いてしまいました」

 

 あぁ…もう、彼は歪んでしまっている。

彼女は彼が人の『愛』を求めていると思っていた。

違った、彼は『魔女』としての彼女の憧れだけを拗らせ、『愛』として成長させてしまっていた。

 

「ふふ…もう去るがよい。今の妾には興味がないのだろう、なぜ、すぐに立ち去らなかった??」

 

「彼女らは僕の希望だ」

 

「世から消えた最悪の個々で7つもある、全員がいれば人を脅かす存在になりますよね?」

彼はとても嬉しそうに創り上げた傑作品を彼女に自慢するように話した。


「全員が欲望に忠実な怪物で…そうなるように育てた全員が『愛』に歪んだ異常者だ」

 

「妾に代わると思うか?」

 

「楽しみですね」と彼は少年のように笑った。

 

 彼は彼女が育てた『愛』を歪ませた化物だ。

 

「今の貴女には用がありませんので、さようなら」

 

頭をいつものように丁寧に下げ彼は去っていった。

 

「ようやく去ったか」


 彼が現れてから姿が見えなかったヨゼフが数十年ぶりに彼女の元に現れた。ヨゼフは成長したアルフレッドの異変に彼女の身の危険を感じて彼女の心臓を護り、身を隠していた。


「もう…人を懐に入れ、愛されようとも思うまい」


彼女は涙を流しながら絶望して笑っていた。

 

**

 突然、エルヴィラの腕の中で傀儡が動きだし暴れだした。何かに反応するかのように、


「うぅぇぇん…」エルヴィラは初めて泣く傀儡に驚きが隠せなかった。

 

「あぁ…エルよ。それは存在を許されないぞ」

 

 エルヴィラの目の前には愛する母の姿がみえる

 

「いま…彼はこの世に生を受けました」

 

「これで貴女の魂の揺れが、傀儡に生を宿すことが証明されました」

 

「厄介なことになったのぅ」

 

 エルヴィラの腕から赤子は手を伸ばしコゼットへ両手を差し出した。彼女は困った表情で彼女から赤子を受け取ると抱いた赤子の温かさに涙が止まらなかった。

初めてアルフレッドを抱いた感触と同じだったから

「生きておるな、しっかりと」


 ドーーーーンっ!!


 2人の頭上から大きな破壊音が鳴り響いた銃の音も地下深くに届くほど何かが迫ってきていた。

 

「組織の生き残りがこの国にもいたようじゃな」


 コゼットが赤子を抱きながら、片手で魔法陣を錬成するとエルヴィラは施設のデータを残さぬように魔法で吹き飛ばした。

 

 地下への入口から再び爆音が上がるのと同時に2人と赤子は地下より姿を消した。

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