第22話
有香が目を覚ますと、側には泣き腫らした顔で眠るサクラがいた。「私、生きてるの?」
「生きています…」知っているその声に、最後に記憶がある光景が蘇った。
「アルフレッド!」
「大丈夫、僕はここだ」彼は窓際の椅子に座っていた。朝日に照らされた彼は痛々しい状態ではあったが外を虚気味に眺めながら有香に存在を伝えた。
彼女は彼の無事に安堵したように自身の目を覆って泣きだすのを耐えた。
コンコンっ。
控えめにドアのノック音が聞こえたのでアルフレッドが立ち上がりドアを開けると、アカリと藤堂兄弟がドアの外に立っていた。
「…ユミが話をしたいそうだ。一緒に来てもらえるか?」アカリが彼に伝える。
アルフレッドは有香の方を振り向くと彼女は返事はせずに頷くだけで優しくサクラを揺り起こした。
「起きて、サクラ」
「うん…」と眠そうに起き上がったサクラは有香の意識が戻っていることに喜び力いっぱいに抱き寄せたのだった。
アカリらが有香とアルフレッドを連れて邸内を歩いていくと度々、体が震えるほどの殺気を放って彼女らを遠目に眺める者たちがいた。
「彼等は親、兄弟らを組織に殺され、…恨みは深い。できる限りは守るが気をつけて欲しい。」
「分かっています。」
有香は業を背負って生きていくことを決めた。
祖母との邂逅はできなかったけど残された組織のメンバー達を放置してしまうことだけは避けたかった。
「私は逃げない。組織への責めは全て私が引き受けます」
「有香…」
この数ヶ月で彼女は大人になってしまった。サクラは有香の代わりように寂しさを感じたが、ヨウスケを心配して涙を流した彼女の姿は昔と変わらずいたことを信じていた。
広い庭にテーブルと朝食が用意されていた。
ユミは既に座って待機しており、アカリは有香とアルフレッドを椅子に掛けるよう指示してサクラがユミの隣に座ると少しだけ離れた場所で待機する為下がった。
その、席はひとつだけ空いていた。
「組織の生き残りに関してなのだけど…コゼットの件は世界に既に広まって弱小した組織に対して各地で残党狩りが始まってしまっている。時間は余りあげれないわ。
今決めて欲しい、組織を存続してコゼットに復讐するのか。解体して生き残った命を守るのか」
「私は残った家族全て守るために、これからは生きていきます。誰かを奪ったり失ったりすることは、もう嫌です。なので何にだって約束します。」
「それは、いい心がけじゃな」
彼女は最初から居たかのように自然に存在し、好きな紅茶を口に運び幼い歪んだ顔で笑っていた。
「織田との約束は、あの時だけ返事次第では血を絶やさんと思って足を運んだが杞憂だったな」
「まぁ、其方の小僧は妾に対しての殺意が隠せんほど戦意は消えとらんようだがな。くくっ」
有香は黙ってアルフレッドの手を握り彼女の煽りを彼に我慢させる。アルフレッドは深呼吸をしてコゼットに対する殺意を抑えた。
そんな2人をサクラは見守るしかない。
「コゼット、もう充分よ。彼女らのことはほっといて」
「お婆ちゃん、有香はどうなるの?もう離れるのは嫌だ」
「サクラ。彼女は本人が望んでいないにしろ、組織のトップになったの立場が昔とは違う、命も狙われるし…守る為にも暫くは我々に囲われて貰うわ」
「分かりました。」
「では、後はアコと今後を話し合って貰います。各地に散らばっている生き残ったメンバー達との交渉も貴女が行って欲しい。どうしても我々の組織では遺恨が根強い。家族は自分で守って」
「ありがとうございます。」
「では次にコゼット」
「なんじゃ?」
「あの子が貴女に会いたがっている。私は此処を離れることが今はできない。有香達を狙って組織が足掻いてくる可能性もあるから…」
「有香は妾を呼び戻す為に、わざと引き入れたな。そのせいで身動きが取れぬとは歯痒いだろうがな」
「うるさいっ。枷も約束も反故して好き勝手に楽しんできたくせに私にはサクラがいる、貴女のことだけ考えては生きていけないの」
「分かっている。行って来るが必ずお主の処に戻ってくる」
2人の雰囲気に押されてサクラは何も言えない。友香に目を向けると彼女は穏やかに笑顔を返してくれた。今はそれだけでいい。
異様な光景を少し離れた場所で見守るアカリの心中は穏やかでは無かった。ヨウスケを見送って、すぐに現れた魔法陣と彼を殺した組織の人間が目の前に怒りと立場の狭間で気が保てないほど動揺していた。
アルフレッドからヨウスケと織田の最期の状況を聞いた時には彼をその場で殺意の衝動が溢れそうになったのだが、周りにいた藤堂兄弟を含め部下たちの手前、手を震わせながらも話を聞いてユミに報告までこなした。
あれからずっと衝動を抑え続けている。任務と責任は裏切れない、国民を守りたいが彼を殺したい。
嫌だ 嫌だ こんな私は!!誰の為に何の為に。
愛してた、彼は死んだ、死んだ…。
カチャリ…
アカリの胸元から誰も気付かれないような速さで銃がアルフレッドに向けて構えられた。
慈郎が気づいて彼女から銃を奪う前には弾丸は発射され轟音と共にアルフレッドが地面に勢いよく倒れ込んだ。
「アルっ!」有香は絶望した顔つきで地面に横たわる彼を自身で覆うようにしゃがみ込んだ。
「アカリっ?」ユミも驚いた表情を見せた。
「大丈夫じゃ、弾丸は逸れた、その男は生きている」コゼットが魔法で弾の起動を外したが急遽だったのもあり完全には外せなかった。
「…っ。肩を掠めただけ、僕は生きている。」
「アカリさん…こんなことしてもヨウスケは…」
「あぁ…戻らないっ。だが、抑えきれなかった!」
「ありがとうコゼット。なぁ、隊長さん。彼にとどめをさしたのは僕だ。でも彼も君も僕の家族を殺した…。それは大切な人を守るためだった。僕は彼と同じように家族を守りたかっただけだけど、彼に復讐をしたかったのか正直分からない。あの瞬間は衝動が勝って、僕は彼を殺してしまった。
きっと別の選択もあったんだ、ごめんなさい。
もう間に合わないけど僕は…これから
彼に謝罪しながら生きていくよ。有香様が幸せになるまで生きていきたいんだ…」
「っっ!うぅ…っ」
アカリはその場で泣き崩れ、慈郎はアカリに寄り添ったがハジメは涙を流して動けずにいた。
「アカリさん…」サクラは涙を流しながら彼女近づいて2人ごと抱きしめた。
有香はアルフレッドの手を強く握りしめて
「アルフレッド…私が幸せな時は貴方が傍で笑っていてくれるよね?」
「うん…許されるなら」
「一緒に生きて行こう。残った家族も皆んなで」
「うん」
「さて、妾は行くが…」
「うん。いってらっしゃい」ユミは彼女に何かを耳打ちすると彼女は一瞬、同様したような表情を浮かべたがすぐにユミに別れを伝えて彼女は魔法陣を出現させ光と共に消えて行った。
その光景を少し離れた場所から見つめる2人がいた。
**
総理大臣の徳川と秘書のアコだった。
「彼等に対しての遺恨は根強いか…」
「有香とアルフレッド、組織の生き残りに関しては国籍というものがない。国が彼女らを守ることもないので大変な生き方になるでしょうね。魔女に対してのすぐには遺恨も消えてないでしょうし…」
(魔女に対しての遺恨…)
徳川はアコから聞いた言葉に彼女のことを思い出していた。
(レイ…)
**
20数年前
徳川は妻のレイから報告を受ける為に仕事を早急に済ませ2人でよく通うレストランに急いでいた。
彼女とは数年前に籍を入れ、政治家として駆け出しだった徳川は忙しく彼女をよく1人にしてしまい寂しい思いばかりさせてしまっていた。
彼女の誕生日は必ず時間を作り毎年同じレストランで過ごした。先程レイから
「報告したいことができたので早めに来てほしいです。待っています」
と電話で言われ、慌てて仕事をやめ、レストランへ向かった。彼女は徳川をよくたてて、彼に我が儘など言ったことは無かった。いつも穏やかに笑い
優しい口調で接してくれた。
愛していた
徳川は魔法というものを差別したこともない。それは普通に日常の中にあるもので魔法が使えようが同じ人だ。何も違いが無い新日本では差別など無いようなものだと、その瞬間までは心から思っていた。
彼女がいるレストランが目の前で吹き飛ぶまでは
徳川を乗せた車が店の前に止まった瞬間に轟音が鳴り響き彼は車ごと吹き飛ばされた。何とか運転手と助け合って車から這いずり出た時には店の周りは一変していた。
人の悲鳴と業火、ひと時だが音による耳鳴りが酷すぎた、叫び声は飛び飛びに聞こえ、自分の声さえも発していられてるのか分からないほど喉が火による煙で痛く辛かった。
「レイ!つっ!」
彼女が中から店から救助され連れ出されているのをみた徳川は痛みに耐えながら歩み寄った。
担架に乗せられた彼女は意識は無いようだが生きてはいた。安堵と共に崩れ落ちそうな自身を奮い立たせてレスキュー隊員に夫だと名乗り彼女と共に救急車に乗り込んだ。そのとき、
「魔法は、滅びろ!鉄槌を!」
男の声だったと思う男が叫んだ次の瞬間。またもや爆音が周囲に響いたが、すぐに男の胸に銃弾が当たり男はその場で絶命した。
手には何か液体だろうか?割れる前に魔法使いが男の体ごと凍らせ男は液体と共に粉々にされ散っていった。
「ちっ!魔法が嫌なら国を出ていけばいいんだ。関係ない人ばかり巻き込みやがって…」
そばにいた隊員の一人が怒りを込めて呟いた。それを徳川は未だに他人ごとだと思っていた。
魔法が人を脅かすことを、レイはたまたまレストランにいただけで魔女だから狙われたんじゃない。
テロに巻き込まれた不運な人なんだと。
だが、レイの処置が終わり警察に死んだ男の写真を見せられた徳川は絶望した。
撃たれて死んだ男はあのレストランで毎年、徳川とレイに笑顔で接客してくれる穏やかな人だった。
度々行うサプライズにも協力的でとても良くしてくれた人だったのに、彼はレイのあるひと言で豹変してしまった。
徳川もこんな形で知りたくは無かった。
「子どもができた。彼と祝いたい」
彼女が、そう伝えた後に、男はレイに罵声を浴びせ厨房に下がりその後大きな爆発が起きた。
その場にいた同僚たちには「魔女から子なんて生まれたら俺らは、また魔法に脅かされる!増えるんだぞ。人間じゃない奴らがっ。いいのか!人が減らされていっても!」と喚き散らしていたそうだ。
警察は「…残念だ」とだけ徳川に伝え、後ほどまた来ると去っていった。その後、お腹の子は無事だったと医師から聞いて安堵したのだが彼女はそれから二度と目を覚ますことは無かった。
医師が言うには魔法で子どもを守り続け成長させて、それを弱った体で行っている為に、自身の回復も追いつかずに目を覚ますことができないだと説明された。
そして無意識で自身にも子が無事に産まれるまで魔法をかけて他人に干渉を許さない。外部の治療はできても中の治療はできず彼女にはこれ以上の処置はできないとも言われた。
徳川は彼女を自宅へ連れ帰り
彼女の意識が還ってくるのを待った。
10ヶ月後
自宅で彼女は意識もないままに女の子を産んだ。
そして魔法の効力が消え、すぐに彼女自身の処置が行われようとしたのだが眠るように彼女の鼓動は役目を終えた。彼女との別れも徳川には許されなかった。
生まれた我が子をかれはアコと名付けて育て鍛え上げた。魔女として彼女が他者に身勝手に傷つけられ殺されないようにと。
そして、自身も国に存在する魔法使い全てレイの代わりに守りたい一心で、総理大臣にまで上り詰めた。彼らはこの世界の被害者だった。
「アコ。私は、この国を魔法が人としての個性であり誰もが幸せに笑っていようなそんな国にしたい」
「ええ…お母さんの様な不幸な人は絶対にこの国からはださない。」2人は改めて誓ったのだった。
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