第20話


 慈郎はユミとアコに報告を済ませた。

その後、ハジメを医療チームに任せ、疲れた体を引きずって向かった先で、広い庭で泣き崩れるハルカを見つけた。無言で彼女に近づくと、ハルカは彼の姿を見て安堵し、笑顔を見せた。


「2人とも無事で良かった」


「僕らは運が良かった。戦闘あった報告受けてからはが貴女のことをずっと気にしていました。アカリさんとヨウスケが一緒なら安心だと思っていたんだけど。」


「ヨウスケは…」ハルカの表情が歪む。


ヨウスケがアカリを置いて姿を消すなどあり得ないことだ。彼が行方不明になった理由を考え、情報収集のための拉致か、それとも消されたのか、どちらにせよハルカにとっては辛い真実だった。誰も彼女に説明できない中、ハルカは一人で不安な夜を過ごし、震えていた。


 慈郎は彼女の背中をさすり、落ち着かせようとした。ハルカは泣きながら少しずつ新インドでの出来事を彼に伝えた。


**

 一方、ユミはコゼットの行方を追っていた。

娘の死を目の当たりにしたコゼットは傷心のまま姿を消し、ハルカが差し伸べた手も振り払い、突然消えたのだ。彼女が本気になれば捜索は無駄だと分かっていても、ユミはコゼットを探し、アンナの言葉を彼女に伝えなければならなかった。


**

 見知らぬ暗い部屋の中で、ヨウスケは目を覚ました。体の痛みはなく、銃で撃たれた傷も消えていた。一人きりの状態から、自分が捕虜として囚われたことを理解し、冷静に周りを見渡した。


「目が覚めたようだね」


 部屋に入ってきた男、アルフレッドがそう言った。彼はWIN組織の幹部で、ヨウスケはその顔を知っていた。


「君の傷は深く、死ぬほどだったが、運が良かった。再生能力が高い子が任務に同行していたから助かったんだ」


 ヨウスケは無言でアルフレッドを見つめた。


「君は学校の友だちだと僕らの情報ではあったのに、戦闘での行動は兵士そのものだった。訓練も受けているし、魔法も使えるようだ。なぜ、あの場に君とハルカがいたのか知りたい」

 

ヨウスケは答えない。


「ヨウスケ、残念だけど問いに対しての拒否権は捕虜の君にはない。だから話して知っていることを」


「話すと思うのか?」


 ヨウスケはわざと茶化すように牽制した。


「ふぅーん、そうくるか。君は忠誠心も立派なようだね」「…どうも」


「ヨウスケ、魔女のいない平和な世の中って興味ある?」「無い」


「そうか、君には悪いが、話さないなら拷問でも何でも手を尽くさせてもらうけど、悪く思わないでね」「はぁ、痛いのは苦手なんだよなぁ」


 訓練を受けている怯える様子もないヨウスケをどう攻略するのか、アルフレッドは考えた。


「厄介だな、君は…」

 アルフレッドはヨウスケをじっと見つめ、試行錯誤を続けた。


「ヨウスケは大切な誰かが死ぬかもしれないって恐怖を味わったことがある?」「何を言って?」


「僕もね、あの戦いから疲れがまだ取れていないんだ。だから拷問は明日からにしてあげる。今夜はゆっくりと休んで、考える時間をあげるよ。協力した方がいいってね」「いらない」


「そうかな。じゃあ、明日の君の態度次第では

君がこんな頑なになっている原因である、アカリだっけ?部隊にいた…君は彼女のことになると無茶をしがちになるようだね。聞いたんだ、新日本にいる組織の仲間は官邸内にもいるので、君たちの行動は常に捉えられていた。…すぐにでも彼女の抹殺を頼むことも可能なんだよ、分かるね?」


「何言ってやがる…」ヨウスケの表情が強張った。


「今夜だけだ。彼女の命を天秤にかける時間をあげるよ。だから…」

「ゆっくり考えてね。僕は人殺しが好きじゃない」


 アルフレッドは部屋を出ていき、ヨウスケは床に頭を打ちつけて自分の不甲斐なさに落ち着かない頭を冷静にさせ、考えた。アカリと新日本を天秤にかける答えは既に決まっていた。国の行く末など興味はないが、アカリは殺させない。


「笑える。俺がどんだけ惚れてると思ってんだよ」


 すぐに自分が死ねば情報も何もない。アカリに手は伸びない、覚悟を決めるために彼は笑った。


『彼女のために死のう』そう、覚悟を決めた。

両手、両足は拘束されていて動かせない、ならばと

舌を伸ばして歯を当て力を込めていく、傷ついた舌からは血が流れ始めた。


 その時、静かに扉が開き、男が入ってきた。


「っつ!この馬鹿、生き急ぐな」


 いきなり部屋に入ってきた男が口の中に指を突っ込んできて、吐き気に頭がクラクラした。傷は深くはないので致命傷にはならない程度だった。指を突っ込んだ男が安堵した溜息を吐いた。


「…織田…さん?」


「あぁ、遅くなったな。この部屋は魔法封じの結界が張ってある。逃げれる場所まで案内してやるから、まだ死ぬなよ」


 織田はヨウスケの拘束を物理的に外すと彼を立たせ、ふらつくのを支えながら一緒に部屋を出た。


「しっかり歩け。逃がす段取りはついている。場外に出たら仲間がお前を連れて国に帰してやれる」


 織田の言葉に力を込め、足を奮い立たせた。助かる、会える、彼女に。そう思って力の限り歩いた先には人影が立っていて、魔法陣を唱え始めていた。


「帰れ、お前の場所に…」


 突然、パーーーンっと銃声が暗闇の中に響いた。

織田は今しがた支えていた存在の突然の無機質な重さに身を崩し、その場に崩れた。


「兄貴、彼に脅されたの?なぜ一緒にいるんだ。まさかだと思うけど、逃そうなんて考えていなかったよね?」「アルっ?」


 銃弾の当たった位置が悪かったのか、ヨウスケが苦しんで立ち上がり、織田に馬乗りになって腰から銃を奪うと、銃を織田に向けた。彼の潜入だけは、まだ悟られてはならない、結果次第では新日本は戦場になってしまうからと彼は行動に移した。


「…織田から離れて、まだ夜は明けていない。待つ約束もしたんだ。まだ時間もある、君を助けてもあげれる。馬鹿なことは考えないで協力してよ」


 アルフレッドは織田を助けようとヨウスケに銃を向け、涼しい顔つきで威嚇するため近場をわざと外して撃ち込んだ。


「馬鹿なのはお前だ。俺が迷うと思ったか?死ぬことを、あぁ…本当に良い人生だったな…」

最期まで好きな人の為に生きることができたのだからと、最後の穏やかなスッキリした笑顔だった。


 銃の引き金がはいる音がしたのを確認後に

パンッ。アルフレッドの銃がヨウスケの胸を貫いた。「残念だよ…」撃たれたヨウスケは倒れ浅い息を繰り返していた。

 

彼はそのまま闇夜にいる裏切者に向かって銃を撃ち込み、バタバタと倒れていく仲間に無表情で銃を撃ち続けるアルフレッドに織田が表情を歪ませた。


 アルフレッドが変だ。ここまで無常な奴ではなかった。此処まで無常な奴では無かった。何かが無垢な弟を変えてしまった。


最後の一人だけ残して「君は生かしてあげるから彼を国へ連れて帰ってアカリに渡して」と彼は伝える


 残った魔法使いはヨウスケを織田から剥ぎ取ると急いで魔法陣を潜って消えて行った。


「…織田。話をしようか」アルは織田に向き合う


 背筋が凍るほどの殺意を向けて織田に手を伸ばしながら微笑むアルフレッド。


 織田はアルフレッドに言い訳をするつもりは既に無かった。ヨウスケを無事に逃し切った後には死は免れなかったはず。


『悔いはない』大好きだった彼女はもう、いない。


 そう、彼が目を閉じた瞬間、屋敷の空に屋敷をすっぽりと包むほどの巨大な魔法陣が現れた。

 アルフレッドも織田も言葉を無くして空から目が離せなかった。一瞬にして魔法陣は屋敷を囲い空より人影がゆっくりと降下してくる。


その姿は誰もが知っている。


「…コゼット?」


いつもの余裕な笑みを見せる幼き魔女はいなかった。誰もが恐怖で動けないほどの悪意と殺意を持った獣が空より飛来してきたことに、誰もが慄き覚悟した。


 『絶対的な死』


「ヨウスケを戻してくれたお陰で居場所は知れた。

お主ら安心していいぞ。全員直ぐに殺してやる。」


そう言って彼女は恐ろしくも美しい笑顔を浮かべた。


**

新日本 総理官邸


 アカリは一人で廊下を歩いていく。治療中の部屋まで近づくと、藤堂兄弟が部屋の前で力なく震えていた。ハジメは床に座り込んで俯いたまま彼女を見ようともしない。


「2人とも任務から帰ったばかりだろう。今日はもう休め。」「それはアカリさんだって…」


「行くぞ、慈郎。」


ハジメが慈郎の腕を無理に引っ張って部屋から離れていく。「ヨウスケはテメェのこと…」


「うん、知っていた。私は答えられないから、いつも逃げてしまってた。」


「答えてやれよ。」


「あぁ、分かっている。」


 アカリは部屋の戸に手をかけると自分の手が震えていることに驚いた。あぁ、自分が思った以上に彼に惚れていたことが辛い。いつ戦闘で死ぬか分からない立場だと彼の好意から全て逃げて騙して、利用した。『好き。好きだ』


 部屋に入ると彼は沢山の管に繋がれ身動きが取れない状態であった。痛々しい姿に涙が滲んでくるが、彼女はいつも通り冷静さを演じて彼の枕元にある椅子に腰掛けた。


「お帰り、ヨウスケ。」


 彼は顔だけゆっくりとアカリに向けて言葉を発することもなく笑顔で答えた。


「任務遂行、よくやったな。偉いぞ。」


 そう言ってヨウスケの頭を優しく撫でると彼は気持ちよさそうに目を閉じた。


 怖い、彼を失うことが怖い。アカリは声を殺して俯き震えながら泣くことを我慢した。


「好きだったんだ。お前がっ…」


もう彼は答える力も残っていなかった…。


 死に向かってヨウスケの体温が少しずつ奪われていくのを感じながら、彼の息が止まる最期までアカリは手を離さなかった。


 長い夜が明けた。


 彼女は朝まで1人で彼に「好き」だと何度も告げながら声を殺して泣き続けた。

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