第18話

 ハルカたちが真理亜に連れられ、王たちがいる東塔へと着いた途端に、真理亜が無線を飛ばした。


突然現れた敵に驚きを隠せない王たち


すぐさま魔法陣をくぐり抜け現れたのは、見た目が幼い赤毛の少女。全身が黒ずくめのスーツに包まれている。少女は王の前まで歩み寄ると、骨格をわざとらしくクネクネ動かし、妖艶に笑った。


 警戒する王へと人差し指を向け、「はぁい。こんにちは、王様」と、なんとも軽そうな感じで話し始めた。


「私の名前はサトリちゃん。此処にいらっしゃる王族の皆さぁーん。私の魔法で未来を見てあげましょう!さぁー、先ずは王様。奥様。んー、流行病でお亡くなりぃ。


 長男さま。んー、怪我による感染症でお亡くなりぃ。


 長女さま。あー、男性の逆恨みで殺されてお亡くなりぃ。


 三男さま。んー、事故に巻き込まれてお亡くなりぃ。


 そーしーてー、次女さま。生き残りぃ」


 人の生き死にを、何も感じない様に明るく楽しそうに話す少女に、王族の全ての人間が恐怖に震えた。その場にいる誰も少女が嘘をついているとは思わなかった。いや、思えなかった。それほど少女の言葉は強く恐ろしかった。


 その時、真理亜が一歩前に出て、冷ややかな声で言った。

「この子の予言を侮ってはいけません。彼女の言葉はこれまで全て現実になってきたのです。」

真理亜はサトリを下がらせ、王の前へ威圧的な態度を取りつつ交渉を始めた。


「ご苦労、サトリ。さぁ王よ。私は無駄な殺しはしたくないの。此方のナジャ様を殺せば、この王制は終わります。決断されてください。この国では大半の魔法を使える者は死んだ。なら、残った者たちでこの国は大きく強い魔法など無くても続いていけるでしょうが、まぁ、それも世継ぎがあればこそです。


 さっさと死んで行かれるあなた方と、国を続け受け継いでいく姫君。どちらの命が重いか、聞かずとも分かっていますよね。私は大義のためならば、人の命など簡単に散らすことができますが」


 真理亜がナジャへと手をかざすと、王は慌てて正常な思考ができなくなった。彼の頭には、王の血が絶やされる恐怖が魔法が偽りだとも思えない思想が、何よりも勝ってしまい、その重圧に押しつぶされそうだった。


「やめっ!!真名は


『 』だっ!!ナジャを離せ!殺すなっ。」


 あんなに崇拝していたアンナを自分たちの繁栄のために簡単に裏切ってしまう父親の姿にナジャは落胆し大粒の涙を流した


「・・・・お父様。」


「ありがとうございます王様。しかし、貴方も御自分の死に際が明らかになり冷静さを無くしたのですね。」


 真理亜が次の手を打とうと構えた瞬間に部屋の天井から凄まじい音がなったと気づいた同時に天井が無くなり空が頭上に現れピカっと身に覚えのある光が目の前の真理亜へと向かった。

光の柱は一瞬で真理亜の体を通過したのだが、彼女は瞬間に体を変化し無傷でその場に立っていた。


 体からは少し肉の焦げた匂いと白い蒸気の様な煙が出ているだけ空からは盛大な舌打ちが聞こえ、ハルカたちが待ち望んでいた存在が現れた。


「コゼットっ!!」


「雷竜の稲妻でも死なないとはな。やりおるわ」

コゼットが笑みを浮かべながらも、面白くなさそうに呟いた。


「はぁ、本当にウィルの枷が取れてしまったようだな。面倒な限りだ。早々に決着を付けて退散しよう」


 頭上のコゼットとアンナを見上げ、真理亜がため息まじりに愚痴ると、王はアンナの姿を見るや、裏切った王族を彼女が全員殺すかもしれないと疑心暗鬼になりパニックに陥った。彼は彼女を見上げながら謝り続けた。


「アンナっ!すまない。私は……」


「サトリっ、コゼットの動きを数秒でいい。止めろっ」


「はぁーいよ」


 サトリが頭上のコゼットに向かって召喚魔法陣を発動させると、全身が青い竜が姿をあらわした。


「せぇーの!水竜ちゃーん、ご案内ー!!」


「ちっ。魔女か」


「失礼しまぁーすww」


 水竜はコゼットめがけて雄叫びをあげながら空へと登り、彼女に向かって突進した。しかし、コゼットが一瞬で召喚した風竜が空気の壁で彼女を護りながら、水竜を下へと押し込んでいく。

コゼットの気が逸れたのを感じ、真理亜はアンナの姿を目に捉え、力のかぎり空に向かって真名を叫んだ。


『         』


 瞬間、アンナの美しい姿が頭から爪先まで白く染まり、彼女は下へと落下し動かなくなった。


 真横にいた愛娘を奪われ、我を忘れたコゼットは風竜を巨大化させ、水竜を蹴散らそうと力を注ぐ。


「アンナぁーっ!」


「ワォ。私の水竜が押されてるぅ、ヤバいなぁ」


「……小娘。退がれ」


 風竜が水竜を押さえ込んだその時、パンっと乾いた銃声が響き渡り、白く美しいアンナの亡骸が眠るように逝った。

 コゼットは目の前の現実が直ぐには理解できずに呆然としていたので、真理亜は移動する魔法陣を開くと叫んだ。


「織田、サトリ!!!急げっ」


 織田は有香の腕を掴むと力を入れて魔法陣に向かって走り出した。突然のことで身体が思うように動かず、織田とともに魔法陣の中へと吸い込まれていく。「えっ?私は……サクラと」


「そんな暇は無いっ!!アイツに気づかれる」


 織田が示す「アイツ」とはコゼットのことだ。

組織の人間を彼女が許すはずがない。コゼットが動揺しているうちに、一度、彼女の手の届かない場所まで逃げるしか生き残る手はない。


 魔法陣へ消えてゆく親友を、サクラが追いかけてくる。目の前で同族が殺され、殺した相手のもとへ向かう親友に、サクラの表情は「逃さないー!!」と必死に涙を浮かべて訴えた。今度離れたら、もう会えないかもしれない。


「有香ぁーっ!」


 サクラの声に、コゼットがゆるりと反応する。

目線は虚ろで、薄っすらと微笑んでいるようだった。その様子に何故か有香は恐怖を感じ、そして自分の置かれた状況を理解した。


 有香は諦めたように笑う。逃げなければ、組織にいる沢山の人間が自分のせいで危険に晒される。


「サクラっ!ごめんね。私は……」


 まだ、無力なのだとそう思うと涙が止まらなかった。有香はサクラに別れも告げずに織田と共に魔法陣の中へと消え、その後に続くサトリと真理亜が入って行くと魔法陣は消えてしまった。


 サクラは消えた有香を呼ぶように、幼い子供が泣くように鳴いた。

 

 地面に横たわる白い亡骸に、コゼットが近づき労わるように抱き寄せる。


「アンナ……見送ることも出来ぬとは、すまない。っっ!!ひっく」


 泣き崩れるコゼットを見ながら、サクラは初めて感じた憎悪を覚えた。今までは相手を理解すれば分かり合えると思っていたが、それは奪われたことの無い人間の戯言だった。無くす痛みを感じる暇さえ与えられずに奪われる恐怖、残るのは憎悪しかない。


 救われない、誰も。


「有香……」


 初めての感情についていけない。目の前で泣いているコゼットにかける言葉も浮かばないし、もとは彼女たち大罪の大魔女たちのせいでと考えてしまう自分もいる。色んな感情が混ざり合い、めちゃくちゃだ。


 譲れない想いで人は殺し合う。戦争に勝とうが、負けた者から出る憎悪で新たな戦争が起こる。終わることのない死の螺旋。たとえ勝ったって虚しいだけだ。


 こうしてサクラは戦争の現実を知ることになった。

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