第14話


 インド首都まであと少しの上空にて


「A班は防壁の死守を。魔法が使えない人間たちが城へ来ないように威嚇まで認めるが殺すな」


「B班は空から城内へ。魔法が使える奴らは、抵抗する場合は容赦するな」


「最後に、魔法が使える奴らは各自の任務を果たせ」


「「「 了解!!! 」」」


 隊長の指示が飛び交う中、緊張感が一層高まっていく。有香は戸惑いながらも隊の動きに合わせて準備を整えた。


「有香様は、二人とはぐれぬように」


「はいっ!」


「アルっ、織田は有香様の護衛を優先に行動して近づき過ぎないように注意して」


「はぁーい」


「了解だ」


 アルと織田は、有香を守るために最前線での戦闘を避けつつも、敵の動きを見逃さないように警戒を続ける役目を担った。


 隊長は一瞬の間を置き、深呼吸してから続けた。


「ここからが本当の戦いだ。敵は強力だが、我々の結束力で乗り越える。全員、心を一つにして前進せよ!」


 空から見下ろす首都の景色は、戦場の雰囲気とは対照的に美しく、まるでこれから起こる混乱を予感させるかのようだった。しかし、その美しさに惑わされることなく、隊員たちは使命を果たすために決意を新たにした。


「準備しろ!」


 掛け声とともに、A班とB班はそれぞれの役割に従って動き始めた。空を駆け抜ける風が、彼らの決意とともに城へと向かっていく。敵の防壁を突破し、城内へと侵入するための戦略が着実に実行されていく。


 隊長である 真理亜 F ジュニア(19)


 魔女と人間のハーフであり、魔法Bランク。細身の体にモデル体型、腰まで長い金髪、幼さの残る童顔、鮮やかな碧眼を持つ彼女は、自身の細胞を変化させる能力を持っている。魔力が不足する際は、海軍で学んだ戦闘力で補うことで、Aランクの魔女相手でもその能力は衰えない。


 小さい紛争が絶えない国で育ったため、幼い頃から魔女として戦争に無理矢理参加させられていた。彼女の家族や国の大半は、大罪の大魔女によって殺害され、その悲劇により生き残った者たちから迫害を受けることとなった。国を捨て、海軍に入隊したのも、母国を崩壊させた魔女を殺す目的のためだった。


 いくつもの組織を渡り歩きながら心身ともに傷ついていた彼女は、ついにWINに拾われた。戦闘能力の高さと頭脳の良さから、彼女は隊の指揮を取ることが多かった。新中国での魔女討伐の成功により、ウィルから帰還後すぐに、新インドへの戦闘に送り込まれることとなった。


 今回の任務には、有香も同伴している。組織で行っていることを学ばせる理由があるのだが、戦場に立つ有香はまだ戸惑いを隠せないでいた。その姿に、真理亜は苛立ちを覚え、足手まといだと感じてしまう。


「指揮をとるからには、一緒に来ている仲間たちの命を預からなければならないのだ」と、真理亜は自分に言い聞かせた。守る対象が増えることで、彼女の責任感も一層強くなる。しかし、有香の存在が、今後の戦闘にどのような影響を与えるのか、真理亜は内心不安を感じていた。


 その時、戦場の上空から見える首都の景色に目を向けながら、真理亜は決意を新たにした。

「何があっても、仲間を守り抜く」と。

彼女の中には、かつて失った家族や故郷の記憶が色濃く残っている。その記憶が、彼女を一層強く、そして冷静にさせるのだ。


 「新中国の様にはいかない。ここは魔法が崇められてる。現地の人間は利用できない。逆に邪魔な存在になるだろう」


「だからこそ、確実にアンナプールナーのみ殺るぞ。城内の奴らは魔法が使える人間のみだ。最悪の場合は自分で判断しろ」


「殺すなとは言わないんだね」有香は悲観した。


「自分が殺られてもそれが言えるならな」と織田が彼女に諭すかのように伝えた。


「彼女は部隊を一人でも多く生き残らせる責任がある。こっちの部隊は戦闘能力が高くても、8割が魔法なんて使えない人間なので、魔法使われて一瞬で終わることもあります」とアルフレッドは有香が怯えないように優しく話していく。


「俺たちは数が多くても、勝ち目はいつも無いに等しい」


「怖くないの?」


「怖いさ。だから勝つために手段を選べないんですよ」


 アルフレッドは何でもないように仕方ないと話しながら、すぐに織田と二人で他のメンバーと話をするために立ち去った。彼の背中には決意と不安が同居しているように見えた。


 残された有香は用意された椅子に座り込み、深く息をゆっくりと吸い込んだ。手の震えは朝から一向に収まらず、心臓の鼓動が耳に響いていた。目を閉じてもその鼓動は止むことなく、恐怖と緊張が彼女を支配していた。


 自分たちが今から、魔法が使えること以外は同じ人間を殺すために戦争に行く。この現実が有香の心を重く押し潰していた。彼女は自問した。「私は本当にこれができるのか?」

 その緊張感が有香を襲い、彼女は組織がなぜ自らの命さえも賭けて戦っているのかを理解できずにいた自分自身に歯痒さを感じた。彼女はまだ組織に馴染めず、その中で浮いているような気持ちでいた。


 有香を守ろうとする仲間たちに対して申し訳ない気持ちで胸が痛む。しかし、逃げることはできない。彼女には定められた運命を変えるためには、まずはその運命を理解する必要がある。進むことも考えることもできない。


 決心が揺るがぬように、有香はハルカの無事を願いながら、大魔女の元へ向かう決意を固めた。彼女は自らの使命を果たすために、戦場へと進むのだった。

 

**

1時間後、町の中心部。


「ハルカ様、そろそろ城に戻りましょうか」


「うん、ナジャありがとう。城まで少し眠ってもいいかな、疲れちゃって」


「了解です」


 そのままハルカは窓に頭をもたれ、目を閉じて眠りについた。


「あっ、あの、少しお話宜しいですか?」


 ハルカの寝息が聞こえてくるのを確認すると、ナジャはヨウスケに話かけた。


「どうぞ」


 ヨウスケは営業用の笑顔で答える。


「貴方は魔法が使えて、お強いのですか?」


「あぁー、全然です。俺はハーフでも粗悪品なんで使い物にならないんですよ。母がそこそこ裏で名の知れた魔女だったってだけ」


「私はハーフでも魔法は使えません」


「魔法が使えて良かったと思ったことはありますか?」


「あーー、無いんです」


「私は魔女であれば、胸を張って、国のために城で女神を護る騎士になれたのに、って子供の頃から夢見てました」


「力が欲しい」


 魔法が使えず、国に支えることができない自分を責めるように、ナジャは嘆いた。


「魔法は全能ではないです」


「何故?」


「今まで出会った魔法が使える奴らは、みんな悲しんでた。力のせいで家族を殺されたり、人生を定められてしまったり、自分のせいで誰かが不幸になったり。様々な業を背負って生きていくんだ。尊い存在なんかじゃない」


「俺は好きな人が笑えるように色々と方法を試してるところなんです」


「どうやってですか?」


「まずは彼女の横にいられるほど戦闘能力を上げ続けました」


「素敵ですね」


「もう、努力もせんでいいんですがね」


「?」


「彼女が魔女で上司なんで」と彼は話は終わりのように視線を外に向けた。


「ありがとう、とてもためになりました。私は国のために変わりたいと思います。そして私も強くなるためにー」


 ドカーーーっン!


「城壁から煙がっつ!!?」


 ビーーーーッツ!!!!!


 ヨウスケの耳にはめていたインカムが緊急に繋がると、爆発音が鳴り響いている箇所で話しているのか、アカリの声が爆音で途切れながら聞こえ、銃の発砲音も連続で聞こえている。彼女が戦闘中なのがリアルに伝わってきた。


「ヨウスケっ。城まで、、、戻っ、、てこい、迎えの部隊を向かわせ、、」


 敵だ!!!!


 アカリの声が、いきなり遮断され焦りがヨウスケを襲った。彼は急いで屋敷に戻るよう運転手に車を出すよう伝えるのだが発車しない。


 カチャリっ。気づけば

その車の周りを数名の男たちが囲んでいた。

 

 全員、銃を車に向けて攻撃体制をとっているので、迂闊には行動できない状況だ。


 一人の男が乱暴にドアを開け、体を車体に前屈みに入れると、冷めた眼差しで話を始めた。


「めんどくせぇから騒ぐなよ。王女はどっちだ、降りてこい」


「私です。」ナジャは冷静に答えて車から降りようとした。


 グイッ。


「その腕にしがみついてんのは何?」


 ウザそうな顔つきで男が指差す方向に目をやると、ハルカがナジャの腕を行かせないと言わんばかりに力強く握りしめていた。驚いたナジャは、慌てて彼女の手を自分から引き離そうとする。

 

「ハルカ様、手を離してっ」


「嫌だ!ナジャ、ヨウスケ、逃げよう」


「ちっ。邪魔だな」


 ハルカが男がいる反対側のドアからナジャを引き逃げ出そうとすると、「行かせるかよっ」


 ぐいっ。


「あっ!痛っつ」


 男がハルカの髪を無理やり引っ張り、車体の外へ引きずり出そうとする。


 その時、ハルカの体が蒼く光に包まれ出した。


「「ハルカ様っ」」2人は彼女を抱き寄せようと男とハルカの間に割り込もうとした。そして、レヴィアタンが文鳥の姿で威嚇するように鳴いた。


「おいおい、それ何だよ。禍々し過ぎんだろが!悪魔連れてんなんて笑えねぇぞ。」魔力ですぐに悪魔と感じとった男がハルカに銃を向けると、大量の水がハルカたちを避けながらハルカを中心に涌き出て外側へ一気に流れ出た。


「うわぁぁぁぁぁーーーーー」


 流れる轟音とともに外が静かになるのを待って、

ハルカたちが車を降りて外に出ると、レヴィアタンが空から舞い降りてハルカの頭上へ着地した。


 「レヴィありがとう」


 辺りを水で押し流し、車の周りにいた敵数名も一緒に流れたようだったが、「無事でなにより。しかし、ハルカ城の中より血生臭い香りが漂ってきておるぞ」


「うん!助けに行こう。今、魔法陣を」


「待てよ」


 最初に話しかけてきた男が一人だけ無傷で残っていたようだ。近づこうとする男に二人を後ろにして、盾になるような姿勢で前に、ヨウスケが出る。


「しつこい男は嫌われますよ」


「っつ!お前は!魔法が使えんだろ。じゃあ、分かるだろがっ。殺らなきゃ、自分が利用されて無駄死にだぞ!」


「無駄死になんてさせない」


 優しいハルカの言葉にたまらず緊迫した中でも彼は笑顔が出てしまった。「だ、そーです。うちの雇い主は」


 ちっ。


「じゃあ、死ね」

 

 ジリジリと間合いを詰めてくる男に注意しながらも、手を頭上にかざし、彼は魔法陣を作ると、


「ハルカ、魔法陣に2人で先に飛び込め」


 2人を魔法陣の方へ押し込んだ。


「ヨウスケっ」


「後で追い付くから信じて待ってろ」


 彼の言葉を信じてハルカは、恐怖で動けなくなっているナジャの腕を引いた。ナジャは彼を心配そうに不安な眼差しで頷き、ハルカに腕を引かれ、少し強引に引きずられながら魔法陣へ進んでいく。


「ナジャ、行こう!」


 大粒の涙を流しながらナジャは彼に訴えた。


「死なないで」


「あぁ。まだ死ねない」


 とヨウスケが笑顔で返事をすると、2人が光に吸い込まれていく姿を黙って見ているだけではいかない男が魔法陣に近づこうとするが、ビクッ。


 すぐに男の体を寒気が襲った。

ヨウスケの殺気が凄すぎて近づけない。

間合いが掴めず苛立った男は、威嚇のために怒涛を飛ばす。「ランク下がぁ!」


 ヨウスケは魔法陣が消えるのを確認すると、男に体を向き直し、「全力で殺ってあげます」


 そう、呟くヨウスケに向かって男が拳を振りかざし、間合いを詰めてくる。攻撃は当たらず、ヨウスケが受けて流し、男の動きをかわし続けた。


「うぜぇ。ちっ、魔法は弱ぇくせに、戦闘能力高けぇって面倒くせぇな」


 男は攻撃をかわして、なおかつ自分の動きを利用してのらりくらりと逃げ回る。ヨウスケの行動にイライラし、舌打ちを繰り返す。


「逃がしてくれないかな」


「俺には大儀がある」


 その言葉に頷き、ナジャとの会話を思い出した。あの人に拾って貰えなければ、自分がこうなっていたのかもしれないと。


 人殺しに正義なんてない。


 あるのは、殺した相手の人生を奪った罪悪感と虚無感。任務とはいえ、誰かを殺すことで成功した時は、虚しさだけが心を支配した。


 だから、彼女に拾われて、優しくされ、満たされていく心は、すぐに恋心へと替わり、傍にいるためには強くなければならないのなら、と弱い魔力を戦闘力で補うために、経験値とレベルを上げるため、自ら進んで、実戦へ赴いた。


 全ては彼女のために。

可哀想な境遇の目の前にいる同胞にまったく心が揺るがない。同情する気にもならない。


 同類になんて、無感情な心なんだろうな。


 自分の無干渉さに彼は自傷のように笑った。

今、優先すべきことは、彼女の元に辿り着けること


「終わらせるよ。」


 ごめんね、そう、笑顔で伝えると、男は怒りを露にして、ヨウスケに向かい、攻撃魔法を仕掛けようと呪文を唱え始める。すると、男の手が氷に覆われ、周りの温度が一気に下がる。


 そして、触れたものを凍らせることができる魔法なのか、男はヨウスケとの間合いを詰めようと近づいてきた。


 ヨウスケは敵の動きを利用して一撃目をかわすと、体をひねり回転でスピードを上げ、魔法を使い右手を強固にし、相手の心臓を狙い、そのまま突き刺した。


「ぐはっ!!!」 敵の男は地面に倒れ、絶命する

  

「さて、追い付かなきゃ」



 彼は血に染まった手を無言で見つめた

「これ見たらアイツ悲しむんだろうな」そう想いながら悲しげな笑みを溢すと彼は新たな魔法陣を作り、彼女たちを追った。

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