第13話
アンナとユミは話があると2人きりで新インドへ立つ前の日に部屋へ籠った。
両者、側役の者も下げて、完全に二人きり。
アンナはユミの前に歩み寄り、真っ直ぐ彼女を見つめ覚悟を決めた。
「ユミ、頼みがあります。」
ユミは腕を組み、盛大にため息をつき嫌がる素振りを見せた。
「何よ。今回のこと以上は聞きたくもないわね。」
アンナはフッと、焼きもち焼きの末妹が、余りにも可愛くて笑みが出てしまい緩みかけた、顔を引き締め直して話を進めた。
「エリヴィラと会いました。」
名前を聞いて、ユミの表情が穏やかに懐かしがるように緩んだ。
「あーー、相も変わらずなのかしら。」
「えぇ、研究漬けの毎日だそうです。お世話係の子が心配をされてまして。」
「昔からじゃない。死ぬことも無いんだしほっとけばいいのよ。」
アンナは話の確信と言わんばかりに声色が低く強く、ユミに問いただすように続けた。
「彼女があの事の後から造っているモノをユミは知っていますか?」
ユミは穏やかに怒りを露わにする彼女に臆することもなく関係がないと言わんばかりに微笑んだ。
「興味なし♪」
はぁーーーーー。
前から、母親の興味を取り合うような末妹たちの仲の悪さは続いているようだ。
ひとりは我が儘を盾に、ひとりは同じ魔法研究家として、コゼットの興味を引こうと必死になる。
コゼットも2人が可愛くてしょうがないようで、甘やかしてしまうのだろう。
アンナは争いを好まない為、別の姉妹に頼みたいものの、もう残っているのはユミだけ。
家族の暴走を止めることは最優事項だった。
彼女は出来るだけ、ユミを刺激しないように、優しい口調で話を続けた。
「あの人を甦らせたようなのです。」
「はぁ?!出来たとしても、それは」
『あの人』そのワードに過剰に反応を示すユミ。
「はい。あの人ではないモノです。」
「器だけ出来たとしても魂は、もうこの世界には存在していないのに…」
彼女は残念そうに嘆いた
「責任を感じているのでしょうね。あの優しい方が人を憎しみ私達、姉妹を恨んでしまった」
「あの私たちに向けられた目は忘れられない」
「それほど母様を愛していたのですよ」
「私は、まだ信じられないよ。大好きだったのにっ!」
泣きそうな歪んだ顔でユミは叫んだ
「裏切られたと感じたのは私達ではなく、あの人。実際に早いうちに殺された子たちは人間を家畜のように扱って、肥えた醜い魔女に成り下がっていましたから…」
「コゼットの首輪をはめたのは、あの人。だから外すことが出来るのも」
「そう、彼しかいません」
「だけどっ、あの人は!もう、死んでる」
「彼の子孫で創られた組織で『あの人』の血筋で生き残りは今は2人しかいないそうだけど…」
「あんな強力な魔法具を外すのは無理。あの人は神に仕えて神力も扱えたからこそはめることが出来たのでしょっ!」
アンナは悲痛な表情を浮かべる妹の背を擦りながら落ち着かせる
「今すぐ、残りの2人を殺して終わりにしたいのだけど」ユミは怒りを歪ませた表情で薄らと微笑むが
そう出来なくなったと彼女消えそうな声で囁いた。
「何故?」アンナは不思議そうに聞いた。
「先日、WIN の新しい後継者がハルカの幼なじみだと潜伏させている狗から連絡が入ってね」
「インドに向かっているとも…」
何の因縁なんだろうか
殺して終わることも出来ない
策もない終わりを待つだけの虚しい生活を何時まで続ければ良いのだろうか…とアンナは悲観した。
「そうなの…最期かもしれないのでお願いを言っておくわね」
『 …』
「…分かったよ。お姉ちゃん…」
ユミは想いを込めてぎゅっとアンナを抱き締めると彼女も強く抱きしめかえした。
「ありがとう」彼女は静かに涙を流した。
「アンナプールナー、そろそろ」
扉のノック音が響き、控えめに側役が伺いをたてる。
「えぇ行くわ。さようならユミ」
「話せて良かった。さようなら」
アンナは部屋を出たが、ユミは後を追うことはしなかった。
**
「待ちくたびれたぞ」
「行きましょう」
アンナが手を空にかざすと魔法陣が現れた。
余りの大きさにハルカたちが騒ぎだした。
「わぁ、おっきいね」
「この人数じゃからな」
「すげぇ…魔力だなぁ」ハジメは魔法陣に見惚れていた。
光を少し進むと視界が晴れて、気づけばインドの首都にある屋敷へ到着していた。
アンナは驚くハルカに優しい笑顔で、
「ようこそ、我が国へ」と迎え入れてくれた。
「アンナプールナー様っ!おかえりなさいませ」
数名がアンナたちの到着に気づいたのか駆け寄ってくると、その中でも一番若い美しい容姿の少女がアンナに飛び付いた。
彼女は受け止めながら少女の頭を撫でる。
とても親しい間柄のようだ。
「ナジャ、ただいまでした。何か変わったことは?」
「無いですよ!あーっコゼット様。お久しぶりです」
「国王の末娘か、美しく成長したのう」
「ありがとうございますっ!」
少女は様子を伺っていたハルカたちに体を向きながら、元気よく大きな声で言う。
「ナジャです!皆さんの世話役を任命されました。先ずはお部屋まで其々ご案内させて頂きますね」
最高の笑顔で、お迎えをしてくれた。
ハルカは彼女の友好的な感じに嬉しくなり
「私はハルカっ!宜しくお願いします」と
負けずに、大きな声で自己紹介をすると、側にいた藤堂兄弟ともに、皆に笑みがこぼれた。
アカリが手をあげ、発言を求める動作をした。
「ハルカ様、我々は警備体制の確認など少し別行動を取ります。ヨウスケを置いていくので彼と行動していてください」
アカリの言葉に、ヨウスケは何時もの笑顔を見せながらも目だけが笑っていない。
「国のどこに敵が現れるか。危ないと分かっててさぁ。何で…俺かなぁ」
その場の空気がヨウスケによって凍る。
それほど彼は命令に納得がいかないのか、別の者をつけろと目で訴えるが、アカリには効果がないので意味がない。
「滋郎とハジメには別の任務がある」
あてになる対象が、別任務と聞いて諦めがついたのか、ヨウスケは何時ものふざけた表情に戻った。
「俺と離れてる間に、怪我なんてしないでよリーダー」
「うるさい!私はお前より強いんだからな、平気だ」
「はいはい行くよーー、ハルカ様」
そう言ってヨウスケはハルカとナジャを連れて屋敷内に消えていった。
「なぁ、俺ら何すんの?」
「お前らにはーーー」
アカリは二人の大魔女に視線を送る聞かれたくないのだと察した二人は
「妾たちも行こうかのぅ、アンナ」
「そうね」と早々に屋敷内に進んでいった。
「では、二人とも」
誰もいなくなったのを確認するとアカリは魔法陣を兄弟の前に作り出した。
「魔法陣ということは」
「俺たち完全に別ルートかよっ」
「そう。内密にユミ様からの依頼だ」
「僕たちはどこに?」
「ボリビアへ」
「ユウニ塩湖かぁ」
「歓迎されんの?俺ら」
ハジメはふざけて話してはいるが行き場所の危険度も知っていて、あえてちゃかした
「対象人物の存在を確認するだけの任務だ」
「滋郎が指揮をハジメは同行だ」
「我々はインドのことが片付き次第そちらへ向かう」
「それまでは生き残れって」
「任務なら、しょうがない」
「行け」
「詳しい指示は後でメールを送る」
「了解」
そして二人は魔法陣の中へと消えていった。
**
ハルカなども部屋で、自分の荷物を置き改めて城の入り口へ。アンナとコゼットに呼ばれた。
「国王は他国へ謁見中なので明日には戻られるかと」
「では、ナジャ。時間もあるようですのでハルカたちに街の案内でもしてあげてください」
「了解です」
「妾はアンナと話があるので。また夕食でな」
豪華な車に乗り込み、前にヨウスケ、横にナジャという席順で座ると車が発進した。暫く進むと、城下町が見えてきて、街の活気が伝わってくる。
「見てください、あの建物。あれがこの国で最も古い市場です」とナジャが指をさして言った。
「ここでは地元の特産品や工芸品が手に入ります。ぜひ後で寄ってみましょう」
車はさらに進み、歴史ある寺院の前で止まった。石畳の道を歩きながら、ハルカたちは寺院の壮大な建築に目を奪われた。
「この寺院は、この国の精神的な中心地です」とナジャが説明した。「ここでは多くの儀式や祭りが行われ、国民の信仰を集めています」
寺院の中に入ると、香の香りと静寂が広がっており、訪れた者たちは自然と心を落ち着かせるような気持ちになった。ナジャは寺院内の美しい壁画や彫刻を丁寧に説明し、ハルカたちはその歴史と文化に感銘を受けた。
「この国の歴史や文化をもっと知りたい」とハルカが言うと、ナジャは微笑んで「それなら、次は博物館へ案内しましょう。そこにはこの国の過去から現在までの貴重な資料が展示されています」と応えた。
再び車に乗り込み、博物館へと向かう道中、ハルカたちはナジャの案内に耳を傾けながら、この国の豊かな文化と歴史にますます魅了されていった。
車内でハルカは、ヨウスケと学校以外でゆっくりと話す機会が無かったことに気づいた。他のメンバーには聞けないことも、彼なら話せるかもしれないと思い、言葉に出してみた。
「ヨウスケはいつから仕事をしてたの?」
彼は外を眺めていた目をハルカに合わせて、話す体勢を作ってくれた。同級生だった頃が甦って懐かしかった。1ヶ月ほど前のことなのに、とても前のことのようで少し胸が痛んだ。
「割りと最近ですね。魔法が使えるせいで悪い大人に飼われて、組同士の抗争で死にかけたところをアカリ上官に救われたのがきっかけです」
「ごめん」
まだヨウスケのことをよく知らないのに、普通なら言いたくないことを聞いてしまったと罪悪感がハルカを襲った。
「なんで謝る?」
「…本当に私は恵まれてたんだね」
新中国でのハジメの言葉が今になって深くハルカの心に刺さる。
「俺も生きるために必死でしたので、意味なんて求めなかったですよ。あー、今日も飯が食えるってぐらいしか考えてなかったし」
だから心を痛める必要はない。そう言ってくれているような気がして、ハルカは心が軽くなるのを感じた。
車はゆっくりと寺院に向かって進んでいった。
ヨウスケと少しでも心の距離が近づいた気がして、ハルカは微笑んだ。
「ありがとう、ヨウスケ。ずっと守ってくれて」
彼の仕事だからという回答が無いことに安堵した。その答えは、ハルカには凶器にも近い。やはり、友だったことは仕事で、彼女のことも憎んでいるかもしれないと嫌なことばかり頭をよぎる。
「この国は珍しいんです。魔法を認め受け入れている珍しい国ですよ。勉強にもなるし」
「うん、車の中からだけど分かるよ。街の人たちが笑ってる、幸せそうに」
「魔法の恩恵を受けているのですら、我々は感謝でお返しをしなければ」
「どんな風に?」
「魔法を恐れず、尊敬し愛すること」
「素敵だね」2人は微笑み合うがヨウスケは笑わず、強張った表情を見せた。
「ここは外の穢れを知らない」
彼が話すと、ナジャは気づいているようで弱く微笑みながら「そう、だからこそ幸せなんです」
まるで思い込もうとするように言った。
ハルカはその言葉に少し戸惑った。
幸せとは何か、本当の平和とは何か、そんな問いが心に浮かんだ。車は静かに寺院へと向かい、街の喧騒が遠ざかっていく中で、ハルカは改めてヨウスケとナジャの言葉の重みを感じていた。
寺院に到着し、車から降りた彼らは壮大な建物を前に立ち尽くした。ヨウスケは一瞬、険しい表情を見せたが、すぐに普段の冷静な姿に戻り、ハルカに向き直った。
「私は、皆の苦労も知らないし、理解もできない」
「貴女は魔法使いだ。そのうち現実を見せられることになります。知ることだって」
「ハジメには無知を責められたよ」
ヨウスケは少し間をあけて考えた様子を見せたが、決心してハルカに伝えた。
「まだ五歳の子供の兄弟の片割れが魔法を使えると分かったんで、親に二人とも闇に売られたんです」
「闇?」
「マフィアや極道、様々な闇で生きる奴らが戦闘員として魔法が使える人間を集めるんです。魔法は普通の人間が束になっても敵わないですからね。組織に数人いれば十分に足りますから」
「酷い…」とナジャは涙を流した。
あんなに明るかった彼女が、悲痛な顔を自分たちに見せないように俯きながら「魔法が使えるけど、同じ人間なのに」と嘆いた。
「お2人とも優しいですね」
「まぁ、世界の大半の魔法が使える人間は兵器としての価値しか見出されていない。だから人身売買が無くならず、多くの魔法使いは利用されるか殺されるかどちらかしかない」
ヨウスケの言葉に重みを感じたハルカは決心を固めた。
「それでも、私は変わりたい。この国で、みんなが幸せに生きるための道を見つけたい」
ヨウスケは少し驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかい笑顔に変わった。
「その決心を大切にしてください。きっと貴女なら何かを変えられます」ナジャも優しく微笑んで頷いた。
寺院の厳かな空気の中で、ハルカは自分の心の中に新たな力が湧き上がる気がした。
「私は探してみる。みんなが普通に暮らせる世界を作る方法を」
「この国は理想的に見えて危うい。女神が殺されることがあれば、長くは持たないでしょうね。光が消えて今は弱い闇が、強く大きくなってしまうから」
この国の弱さをハルカに伝えるヨウスケの言葉は、厳しいながらも本当のことを言ってくれていると感じた。彼の誠実さを信頼して、ハルカは決意を新たにした。
「うん、阻止しなきゃ。この国のひとたちのために」
そう返事をしながら、ハルカは心の中で強く願った。平和な世界を作るために、自分ができることを全力で探し、実現しようと。
この日の出来事は、ハルカにとって忘れられない一日となり、彼女の新たな挑戦の第一歩となった。平和な未来を目指して、彼女は一歩一歩進んでいく決意を胸に刻んだ。
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