第12話
「…おはよう…」
そう不機嫌丸出しの表情でハルカに話しかけてきたユミは、美しい顔付きからも想像できないまるで呪詛を唱えているかのように、聞き取れないほどの小声で悪態をついていた。
ハルカは戸惑いながらも朝食をとるためにユミの隣へ腰かけた。そして、彼女の不機嫌な原因である魔女へ目を向けると、対象はユミの態度を気にもせずに美しい笑顔をハルカに見せた。
突然の来訪者であるアンナプールナー。
美しい紅い長い髪の毛を編み込み、インドの民族衣装を妖艶に着こなし、タレ目で紅い瞳、彫刻の女神ように整った体型は完璧だ。
杏が亡くなって哀しむ暇もなく、突然インドから彼女が現れたので全員が驚いた。名目はハルカに会いに来たということだったが、実際には挨拶もそこそこにコゼットとユミと話し合いで丸一日、籠ってしまい、ハルカはあまり彼女を知ることはできていなかった。
魔女が治めている国を出てまで他の国に来ることなどあり得ない話のようで(慈郎談)。いくら自国が安定しているとしても、危ない組織があるのに大丈夫なのだろうか。留守の間に襲われる可能性だってあるだろうにとハルカは心配をしたのだが。
アンナプールナーは余裕で微笑むと、自国の防壁と結界の強さを自慢した。彼女の国では魔法を使える者は全て城に仕え、それ以外の人間は城外で、スカイツリーほどの高さがある防壁と城から送られる魔法の結界で国民は護られているそうだ。他国の血が国に入ればすぐ居場所を知られてしまうという便利な機能もあるそうだ。そして、彼女は国民から神として崇められるほど愛される存在で、誰ひとりとして彼女を疎んでいる者はいなかった。
そのお陰で、魔法が使えるということが栄誉となり、周りから尊敬されるほど魔法についての迫害は彼女の国ではほとんど存在しなかった。
「もうすぐ、国に災いが現れると夢見から御告げがありました。なので、私に何があるか分からないので今のうちに残った姉妹たちに会っておこうと思ったのです。」
派手目な外見と違って、とても落ち着きがあり丁寧な言葉を話す彼女。誰に対しても敬語を使ってしまうそうだ。育ての親が影響しているそうだが(コゼット談)、コゼットの粗野さを目の当たりにしているハルカは信じられないといった表情でアンナプールナーを眺めていると、コゼットは業とらしくがっかりしたリアクションをとり、ため息混じりに言った。
「妾が育てたのは間違いないが、教育係がおっての。あちらにアンナはなついておったでな、その影響であろうよ。」
「あー、納得」とハルカは頷くと、コゼットが傷ついた表情で最大のため息を漏らした。
「で、皆でインドに行くことになったぞ。喜べ。」
「ハルカに我が国の良さを知って頂き、魔法について学べればと。」
「インドかぁ…見てみたいなあ。」
「…勝手に一人で帰ればいいじゃないの。ハルカは杏のこともあったし、魔法はこっちでも学べるわ。」
三人の穏やかな雰囲気をぶち壊す怒り丸出しの声色のユミ。アンナは慣れた様子で不敵に笑い、コゼットも焼きもちを焼くユミが可愛すぎて笑が止まらない様子だ。
「まぁ、ハルカが決めれば良い。」
「行きまーーすっ!!」
「ハルカっ。遊びに行くんじゃないのよ。襲われるのが分かってる場所へ行くんだからねっ。」
ユミが怒ろうが、ハルカは楽しそうに旅行でも行くように喜んでいると、アンナはハルカに近づいて囁いた。
「ありがとうハルカ、貴女のおかげで私は国を護れるわ。」
「…どういう意味ですか?」
意味深な笑みを怖いと感じながら、ユミをコゼットと説得して、アカリの部隊も滞在中に組織との戦闘が起こっても対処できるように連れていくことになった。
ユミいわく、「はめられた」とのことだった。
魔法に固執するあまりに実戦で戦うことがない国に、魔女、元軍人など様々な経歴の持ち主が集まるWINはインドにとっては戦いようで負けてしまう恐れがあったためにアンナはハルカを利用したようだ。
アンナの行動や言動に対してユミの小言は暫く続いた。
**
場所は変わりWINの本部。
「では、有香を頼むわねアル、織田。」
「「了解っ」」
3人を迎えに来た戦闘機が地上に降りてくると、真理亜はウィルの車椅子を後ろに引いて下がり、その場にいた女性に彼女を託した。
「行って参ります。必ずやり遂げて帰ってきます」
「信じています。真理亜、有香に魔法と人の現実を見せてあげて。」
「はい。」
真理亜は深々と頭を下げて3人をおいて先に乗り込んで行ってしまった。
「学んでいらっしゃいこの世の理を。」
「…はい。」
有香は青い顔で、魔法といえど人とは変わらない存在を今から殺しにいく現実を理解できなかった。逃げ出したかったが、二人の存在もあり、父が組織を捨てた理由も知りたかったので行くことを決心した。
今回は真理亜を中心に部隊がことを進めるので、3人は見学に近い。しかし、行くということは戦いに参加するのと同じ意味もあるので、最初にウィルに言われたときは恐怖で震えが止まらなかった。
2人が護衛でつくことで、危なくなれば優先的に脱出させられるとのことだったので二つ返事で決めた。
有香は大魔女と人間の争いを良くは思っていない。ハルカの存在があるから、今までの人生は争いもない。両親からも二つの種族などという考えはなく、同じ人間なんだと教えられてきた。
有香は考えることにしたのだ。どうすれば、互いに認め合って生きていけるのだろうかと。自分は魔女を駆逐するような集まりの中にいる。そう覚悟をしろと理解させるために現実を見せて支配されていくのだろう。組織を変えなければハルカが殺されてしまう。
側で守ることができぬのなら、自分で組織を無くさなければ。しかし魔法を恨む人が消えることは無理だろう。だから大魔女のことも知って、答えを見つけなければならない。
まずは、知ることから始めるしかないのだ。
魔法使いのことも組織のことも救うためには。
難しい道のりだろうが、実現するために努力する強い精神、ハルカという存在が有香を強くした。
彼女を護れる世界を作ろうと思えるほど、今の有香には迷いがなかったのだ。
織田からの報告でハルカがインドに来ることを知ってから、有香は2人と共に戦闘機に乗り込んだ。戦闘機の中で、有香はゆっくりと目を閉じ、ハルカが安全な場所にいることを確認して安堵した。会える喜びを周りに気づかれぬように、笑みを手で覆い隠しながら、インドまでの距離を待ち遠しく感じながら眠りについたのだった。
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