第9話


** 

時間は少しだけ遡る

 

 コゼットは、屋敷の中から感じる覚えのある気配の元へと辿り着いた。


 この気配の人物は、最初からコゼット達の側にいて姿を現すことは無かったので、自分たちの前にはいつもの影武者が出てくるのだろうと思っていた。しかし、影武者ではなく、明らかに本人が現れた。


 だが、彼女が知っている気配は目の前の人物するのだがハッキリと別の所からもするのだ。

 

 確かに、彼が普段と違う振る舞いを見せることで、その違和感がより強調される。彼の行動からは、まるで別人のような感じがするのか。それはなかなか不気味な状況だ。

 杏の身が危ないことを感じる理由は、彼がコゼット達の前に姿を現さないことに対する疑念が湧きました。

特に、彼が中国側に守ってほしいと頼んできたにも関わらず、本人が姿を現さないのは不自然に感じた。自分たちを警戒して別の人物を送り込む理由が理解できないため、彼が拘束されている可能性があるのではないかと考えていた。ハルカが騒いだことが問題を引き起こす可能性があると感じ、急いで彼女らを遠ざけることにした。

 

 部屋に着くと、彼と数人の護衛がいたが、拘束されている様子はなく、突然現れたコゼットに首席は驚いた表情を見せる。コゼットは飽きた表情で首席に近づき、こんな状況で国にとって重要な魔女が危険にさらされている可能性があるとしても、首席は余裕を持ってモニター越しに杏たちを見守っている。


「お前は、訳の分からない者に杏を任せているのか?」


「まぁ、貴女には、隠し通せないかもしれないと思ってはいたよ」


 「その余裕な態度を見るに、屋敷に余所者を招き入れたのはお前なのだな」


「あぁ、国のためにな」


「あの子が、その国を厄災などから護ってくれていたことを忘れてはいないだろうな」


「だが、この国は昔とは違う大国になった。先進国として昔の縛りを捨て、科学的に厄災などに対処できるようになった。彼女を神として崇める必要はもはやない」


「魔女の加護を捨て、それだけでは足りず魔女の存在を消す意味は何だ?国外追放でも十分だろうに」


「しかし、私たちの力を世界に示すことができない。」


「あくまでも、駆逐したという事実で力を示したいだけだろうが、我が娘を殺すのか?」


「申し訳ないな」

 

 コゼットは首席の言葉に憤怒することもなく、諦めた表情で首席の前に立ち、右手を差し伸べた。


 首席は何も言わず、首を縦に振り、彼女の手を取って立ち上がる。


 するとコゼットは、首席の手を通して彼の思惑を読み取り、悲しげな眼差しで首席を見つめた。


「最後ぐらい、看取ってくれまいか?」


「私には、その資格がない」


「首席としての立場ではなく、個人としては杏を消すことに納得していない。怠慢な国民の過半数が魔女の加護を拒否したとしても、それを無視すれば国が分裂し、争いが起き、少数の弱い存在たちが魔女の烙印を押されるだろう」


 コゼットの言葉に首席はうつむき、目には涙を浮かべながら彼女の言葉に耐える様子だった。

 長い間、この国には厄災もなく、作物が豊かで、病気も大流行するほどの疫病もなかったため、寿命も長く、皆が豊かに暮らせていた。


 最初は、皆が魔女を神として崇め、自分たちの豊かな暮らしを願っていた。

 しかし、時が経つにつれて、厄災から守られていることで思考が怠惰になり、世界から取り残されてしまった。焦った結果、大魔女を排除して怠惰な思考から逃れ、新たに、どこにも負けない大国にならなければならないという考えが国民に芽生えてしまった。

 組織の存在に気づいた時には時すでに遅く、国の大半がこの考え方に満ち溢れてしまっていた。


 首席は大魔女を一番近くで観察していた一人であり、杏が国民のために国の政策に口を出さず、自由にさせてくれていることを知っていた。首席は何もしていないわけではなく、杏が自由にさせてくれていたことを理解していた。彼女は自分に何の利益もなくても、ただ国を愛していたのだ。


 しかし、この事実を国民に伝えても理解されず、国内で争いが起きる恐れがあった。魔女としてこの国に生まれた者たちも敵として争うことになってしまうかもしれないという不安から、杏の意思を裏切ることを選ぶことができなかった。

 彼女は国の幸せを願ってくれていただけなのに、護ってやれなかった。


「彼女亡き後に、その弱い存在たちを護ってやれるのは私だけだ。国民が納得する方法でな」


「難しいことだな」


「国を護ることは、個々の意思を消さなければならない」


「だからこそ、最期まで見守ってやれ」


「貴女には邪魔でもされると思っていたが、彼女らが言っていたことは本当なんだな。命にかかわることには介入できない」

 

 「昔の男との契約じゃ、先読みができたとしても虚しいだけだ。自分の娘すら救えぬのだからな」と、悲しげな表情で語るコゼットに、首席は自分の胸が熱く苦しいことに気づいた。


 彼女を護ってやりたかった。

 愛してあげたかった。


 コゼットから伝わる愛を、自分は杏に送ってあげられなかった。


 彼女を救えなかったことを死ぬまで己の業として、生きていこうと誓い、最期まで、見届けることが自分の使命だと思い、重い腰を上げるのだった。 

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