第8話

「随分と久しいなぁ」


新中国の国家首席がハルカたちの前に現れるや否やコゼットは彼に馴れ馴れしく肩に手を置き、我がもの顔で彼を見下ろした。彼女の傲慢な態度に、反応も薄い首席は彼女から距離をとった。


「なんじゃ、久しぶりに会ったというのに連れないな」と彼女が首席に反論すると、首席は額に手を当て、本当に嫌そうな顔を浮かべていた。


 杏は何も言わず、思い詰めたように座っている。その向かい側には、ハルカを藤堂兄弟が挟む形で座っていた。

 ハルカは杏の様子を心配するかのような眼差しで彼女を見つめているが、杏は俯いたままハルカを見ようともせず、さらに首席も杏の様子を気にかける様子がない。国として大切な大魔女に対しての敬意を感じられない。


 ハルカは違和感を感じたが、その時、いつもの頭痛が襲う。周りに光がなくなり、浮かんだ映像には杏と首席が二人だけだった。

杏は力なく床に座り込み、首席を涙ながらに見つめている。首席は冷たい眼差しで彼女を見つめ、手には銃が握られている。銃口は杏に向けられていて、彼女は諦めたかのように悲しい笑顔で首席に何かを伝えようとした瞬間、ドンっドンっと銃声が響き渡った。


 ハルカの意識が戻ると、彼女は慌てて立ち上がり、杏の側まで駆け寄った。

 杏は何かを伝えなければ、そう思った。

急に近づいてきたハルカに驚いた表情で顔を上げると「あっ、あのっ!」と杏に声を上げたが、後ろから彼女を口で遮らんとする手を感じ、思うように話すことができなかった。


「ンーっ!」こんな細い小さい体で、自分より背の高い人間を意図も簡単に押さえつけられるなど信じられないのだが、コゼットがハルカの口を押さえつけたまま、彼女を引きずって部屋から出ていくのを身をもって体験したことで理解した。


 大魔女の力は凄いな…。


「じゃ!無くてっ」と自分に言い聞かせながら、ハルカは目的を思い出し、コゼットの腕から逃れようと暴れ始めた。しかし、無駄だった。


「お主が、見たことは誰にも話してはならん」とコゼットに制止されると、ハルカは「でもっ!」と反論するが、コゼットは続けた。

「まだ、死ぬとは限らん。奴等は姿すら見せておらんのに軽率に動いては、奴等の計画が潰れ、杏の死期を早めてしまうかもしれんぞ」と警告する。


 そう言われてしまえば、ハルカは大人しく引きずられ、そのまま別の部屋に連れ込まれた。

 藤堂兄弟がいつの間にか着いてきていたらしく、後ろから黙ったまま入ってくる。漸くコゼットから解放されたハルカは息も切れぎみに、目の前にあったソファーに飛びついた。


「お主は、このまま杏の側に居れ。奴等は必ず姿を現すはずじゃ。兄弟はハルカを護れ」とコゼットが言うと、兄弟は「言われなくても」と答えた。

「仕事だしな」とハジメが冗談のように言う、彼らは何も語らずとも悟ったように頷いた。


「油断するなよ。妾は首席とまだ話があるので戻る。」ハルカたちの返事も待たずに、コゼットは素早く部屋を出ていったので、急いで遅れないように後を追い、四人が部屋に戻ると首席と杏の姿はなかった。


「行き先は予測できてる」とコゼットが杏が座っていたソファーを擦りながら呟いた。


「応援は…」滋郎がそう言いながら、携帯を懐から取り出し、馴れた手つきで文面を打ち始めた。日本にいるアコに連絡を取っているのだろうと思い、コゼットに確認を求めるが、彼女は黙って首を横に振った。

 

 「気になることがある…」とのことで、先にコゼットがハルカたちに行くように指示した場所へと向かう。すると、長い廊下の先に豪華な装飾の扉が見えてきた。

 

 ハジメは口に人差し指をあてて2人に静かにしろとレスチャーする。ハルカと滋郎が無言で頷くと、右手でゆっくりと五本指を折り曲げ、カウントをとっていく。滋郎は懐に手を忍ばせ、ハルカを自分の身で隠しながら、ハジメのカウントを待つ。


3、2、最後の一本…


 ハジメがドアノブを音もなく静かに引き、滋郎は懐から銃を取り出し、カチリっと安全装置を外すと銃口を扉へ向けた。

 扉が開いて、先にハジメが、あとに続いて2人が着いていくと、そこは美しい庭園が広がっていた。透き通った美しい水辺の上に小さな2階建てほどの棟が建てられており、水の上には睡蓮が咲き乱れている。ここが建物の中にある庭園だとは思えないほど、美しく儚い景色だった。


 3人とも一瞬、自分の置かれた状況を忘れてしまうほどだった。すぐに

 「動くな」と声が響くと、部屋に入ると同時にハルカたちを、先ほど部屋で首席の護衛に就いていた者たちが銃を突き付けて囲んでいた。


「銃を、俺らに向けるなんて命知らずもいいところだな」とハジメが銃口を向けられているにも関わらず、余裕の態度で相手に笑みまで見せている。


「ふざけるなっガキが!!」


「死ぬか?。雑魚がっ」


 突然、ハルカに滋郎が覆い被さるように近づいてきた。しゃがむようにと力を込めて地面へ体勢を低くされ、頭上が熱いと感じた瞬間、美しい青い火が頭上を舞った。


 何故か、護衛たちの持っていた銃のみが彼らの手の中で熱により溶かされ、手に張り付いていた。普通の人間が銃と高温の熱さに耐えきれる訳もなく、護衛全員がその場で泣き崩れ地面に転がり痛みを訴えている。


「魔法使い舐めんな♪」


 無邪気に笑う滋郎を見て、護衛達は恐怖で全員青ざめていた。

 一瞬の出来事だったので、ハルカは言葉を発することもできず、ハジメを止めることもできなかった。漸く滋郎の腕から抜け出すと急いで護衛達に近づいた。


「すぐに病院にっ!」


 手を空へ向け、とっさに覚えたての魔法陣を作り、苦痛を訴える護衛達を全員病院に転送する。

その姿をハジメは、興味も無さげに冷たい視線で見送る。滋郎も顔色ひとつ変えずに、ハルカを見守って傍に居るだけで、彼らの心配など全く考えていないようだった。


 彼らのことは信頼している。だけど、どうしようもない不安がハルカを襲ってきてしまった。

 自分も使うことのできる魔法を怖いと思った瞬間、魔法を使えない人が魔法使いを駆逐しようと考える気持ちが分かったような気がした。


 だが、今はそれを考える時ではなく、杏を一刻も早く助け出さなければ。


「杏っ!どこ」


「こちらだ、お嬢さん」


 声のする方へ振り向けば、少し離れた庭園の奥より、首席が杏を庇うように抱き寄せハルカ達を呼び寄せた。


「無事だったのね」


 安堵しながら、ハルカが杏に近寄るとビクリっと彼女の体が震える。怯えているようだが、何故?とハルカは彼女を支えるために身を前に乗り出した。

 

「杏?」


「逃げてっ!」


 彼女が叫んだ瞬間、カチリっとハルカの顔の前で銃口が向けられた。


「おっと、後ろの2人組。動くな、大事な魔女の子の頭が吹き飛ぶ事になるぞ」


「ハルカっ」


「お前さんもだ、杏。」


「全く、魔法の力とは面倒なものだな。用意した部隊ひとつ一瞬で消してしまうのだからな。」


 首席はゆっくりと銃口をハルカに向けたまま立ち上がり、非常にも杏の美しい黒髪を引っ張り上げ無理矢理に彼女を立ち上がらせた。

 痛さで抵抗する彼女を無視して、首席はハルカ達と少しずつ距離を取るために後ろに彼女ごと下がり始めた。ハルカに銃口が向いたままなので、藤堂兄弟は手出しができず、二人とも焦りの見える表情をみせている。


「一瞬で事が終わる、だから大人しくしていてくれ」


 首席が銃口をハルカから杏に変えると、すぐに引き金を引いた。


 部屋に大きな銃音が鳴り響いた。


 至近距離からの発砲なので、避けることなどできるはずも無いのだが、杏は無傷でその場に倒れ込んでいるだけだった。しかし、彼女を緑色の蛇が護るように突然、首席の前に姿を現した。


「チッ、大魔女と悪魔の契約か。人のモノでは傷付ける事すらできないとはな」


 「杏っ!」


 ハルカが倒れて意識を失っている杏に近づき、彼女を抱き寄せると素早く、滋郎が銃口を首席に向け、ハジメが攻撃体勢を取ると、首席は薄ら笑いを浮かべながらハルカ達から離れていった。


「余裕だな。敵に背中を見せながら逃げるとは、お前を俺達が見逃すとでも思ってんのかよっ」


 ハジメはやや苛つきながら首席に近づいていく

 

「煩い。ガキね、死にたいの?」


 いきなり首席の声が、若い女の声へと変化したと気づいた瞬間、首席の体も一瞬で女の体へと変わる。ハジメが驚き隙を見せたのを逃さず、女は彼の首へ右手を突きだし、そのまま絞め始めた。


 滋郎がすかさずドンっドンっと女に向かって発砲したが、女は左手を一瞬で硬い物質に変えたのか、平気で手のひらで銃を受け止めてしまった。

 その間、ハジメの首は締められ続け、最初は必死にもがいていたが、段々と意識が薄れていくようで、今は呼吸をするのが精一杯のようだ。


 女の力に、男でありながら魔法を操ることのできるハジメが手から逃れることすらできないなんて、信じられないことだった。


 「お前達は、なぜ大罪を犯した大魔女を護るんだ?私達は大魔女の落とし子として同じ人間から差別を受けたはずだ、その原因を作った大魔女の一人なんだぞ。そいつはっ!」


 怒りを込めて女が叫ぶと、乱暴に軽々とハジメを滋郎の方へ投げる。滋郎が慌ててハジメを受け止め、呼吸を確認すると、彼が意識を失っているだけだと分かり、安堵の表情を浮かべた。


 「貴女は誰?」


 ハルカは怯えた様子も見せず、真っ直ぐに女を睨み付ける。女はハルカの意志の強さに意外そうに驚いた表情を見せたが、余裕の笑みは消さないまま答えた。


「我々はWINのメンバーだ」


「WIN?」


「大罪の大魔女達をこの世界から消そうとしている組織だ」


「あいつらだけじゃない、奴等を護ろうと馬鹿な魔女や魔法使い達も一緒に狩ってるのさ」


 お前達もなと脅されているように、女の言葉がハルカ達に突き刺さった。


 「どうして?同じ魔法使いを」


「同じじゃない、お前らは味わった事が無いのだろうよ。人間とすら扱われない魔女や魔法使いも居る、大魔女の力を呪ってる奴等は大勢いる…ッツ」


 突然、先ほどまで余裕の態度でいた女が緊張した表情で庭園の入口を見ている。


 ハルカも気配に感じて振り向くと、こちら側に向かってくる二人の人影を捉えた。

 

「待たせたな。」


 そう、笑みを浮かべながら彼女はハルカ達の元へ歩み寄って来る。首席も一緒に連れてきた。


「さぁ、続けようかの。この下らない余興をな」


 コゼットが現れたことによって場の雰囲気は一瞬にして凍りついた。女と一緒にコゼットと、同じ仲間であるハルカ達すら彼女から滲み出る得体の知れない凄みから体が震えるように動かなくなってしまったのだ。


 それほど美しくコゼットの凍った笑みは恐ろしかった。

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