第5話


「目が覚めたかい?」


有香は飛行場から車で移動し、城のような大きな建物へ連れてこられ、長時間の移動の疲れからか、着いて早々に眠ってしまった。


 次の日、目が覚めると、頭上からアルフレッドが語りかけてきたが、頭がボーッとして返事が出てこない。目線だけで彼に向けて小さく頷いた。


「ご両親のこと、残念でした…」


 彼の言葉で胸が痛んだ。


 一夜にして両親を失い、見知らぬ場所へと連れてこられた。


 アルフレッドには保護されたと説明を受けたが、何故家族が狙われたのか理解できなかった。

父親は外人、母親は日本人。ふたりとも身内がなく、親子三人で幸せに暮らしていたはずだった。

母親は専業主婦、父親は外資系の会社に勤めていた。普通の人たちだった。

唯一、襲われる理由に考えられるのは彼らの存在。あの日普段なら居ない彼らが家にいた。

だが、父と彼らは家族のように親しく見えた。

あの出来事は父が招いたことなのか。


「僕と先輩は育った施設が一緒で、亡くなった彼等もそうでした」


 アルフレッドは有香の傍へ腰かけると、彼女を混乱させないようにゆっくりと語り出した。


「家族同然で育ちましたが、彼は大学で奥さんに出会い一緒に彼女の母国、日本へ移り住んだ」


 あれは自分達が招いたのだと彼は悲壮な表情を浮かべ、あの日の事を思い出しながら有香に語り続ける。


 数日前、新日本政府へ失踪中の最古の魔女が戻ると、新日本にいる仲間から連絡が入ったのが始まりで、数名の仲間と日本へ向かった。

ホテルに着いて魔女の所在を確かめようとロビーへ降りた時、偶然、取引相手に会うためにホテルへ来ていた有香の父親と再会した。

彼も仲間たちも懐かしさで喜び合った。

彼からの申し出で、うちに来て家族に会って欲しいと言われ、一緒に同行していた幹部には断れと苦言されたのだが、皆が賛成し、今日だけだと訪れてしまったのだ。浮かされて自分たちの行動が偵察されていたのに見逃した。

だから、母親は意味も分からないうちに殺され、父親は死ぬ間際に自分の血を憎んで逝った。


「貴方の両親は何も知らない。殺される理由を作ってしまったのは我々です」


 アルフレッドは深々と有香に頭を下げた。

その瞳には涙を浮かべる。それは、ふたりの死を本当に後悔しているように見えた。


「ズルい、先に泣かれたら責められないよ」


 有香はボロボロ大粒の涙を流して訴えた。起き上がると彼の背を擦りながら、


「貴方も家族をたくさん亡くしたんだよね?」


 泣きながらコクリと頷くだけの彼を有香は哀れんだ。


「魔女と貴方たちの事や、父の過去は分からないけど、諸々、今は保留にしておきます…」


 そういって彼が落ち着くまで一緒に泣いた。


 少しすると、扉のノック音が響き中へひとりのアジア系の男性が入ってきた。アルフレッドは立ち上がり彼に挨拶をする。


「ウィルが彼女を呼んでいる」


「あぁ、お連れする」


「ウィル?」


「貴女の祖母にあたる方です」


 アルフレッドは有香の手をとり立たせる。


「彼は織田。貴方と同じ祖国ですよ」と言われ、有香は織田を見ると、彼は無言で一礼し、部屋を先に出ていった。

英語は得意な方ではないのだが、両親ともに外国で育ったこともあり、ふたりのおかげで簡単な会話が理解できるレベルは理解できた。

アルフレッドは気を使ってくれているのか、有香の前では日本語を使い、織田も有香の前では使い分けてくれるようで、廊下ですれ違う人が話しかけてくれれば、彼は英語で答えている。彼らからはよほどの信頼をされているのが分かった。


「彼が怖いですか?」とアルフレッドが心配そうに声をかけてきた。


「彼は見た目によらず苦労症なんですよ」と答えると、アルフレッドが指差す方向を見ると、織田が若い女性に書類を渡し、指示を出していた。


「同じ幹部なのに、俺は暇ですからね♪」と笑いながら織田を見ると、彼は一瞬こちらを見たが、直ぐに前を見て歩き出した。


不器用な人なんだと思った。

廊下を暫く進むと、白が際立った派手な扉の前に着いた。


初めて会う人々の中には、数名の若者と、奥に車イスに座っている老婆がいた。

老婆はゆっくりと有香たちに向かって進み、数メートルで止まる。


「有香?」と呼ぶと、有香は「はい」と答えました。彼女の声に反応して、老婆はまた距離を縮めました。しかし、彼女の目は見えないようで、目を閉じたまま話し始めた。


「初めまして、私は貴女の祖母でウィルアムといいます。これからは此処が貴女の家となるわ」と、老婆は淡々とした口調で語る、有香は些細だが違和感を感じる。


「貴方の父親は、家督を継ぐのが嫌で家を出たきり連絡はとれないでいたの。捜したけど見つからなくて、諦めていたけど良かったわ。貴女を遺してて」と彼女が続けると、有香の表情が固まる。


 祖母は一度も父親と母親の死を悲しむ様子がなく、有香の中で彼女に対する違和感が大きくなっていく。


「貴女には私の後を継いで貰いたいの」という言葉に、有香のからだが恐怖でビクりと大きく震えた。


「グランマっ!まだ両親が亡くなって傷心な彼女にその話は早いよっ」と、アルフレッドが割り込む。


「アル。やめろ」と織田が静かに彼を止めると、祖母は子を宥めるような表情で笑うが、笑顔がまるで人形のような冷めたものだった。


「はい」とアルフレッドが頷くと、有香を連れて部屋から出ようとすると、織田もついてきた。有香は祖母に黙って会釈だけして部屋を出た。


廊下を歩く足取りが重かった。


 家族がいてくれたことは有難いことだが、あんなに優しい父親の母が機械のような冷めた人だったのかとショックを受け、今になって自分の置かれた境遇が不安で押し潰されそうになってくる。


「私、日本へ帰れますか?」と有香が尋ねると、アルフレッドは事務的な受け答えで返しました。

「無理でしょうね。彼女が貴女を手放すことはないでしょうから」


「でも、家督を継げとか無理だしっ」と有香が言うと、アルフレッドは諦めた表情で告げた。

「もう…貴女しか血筋が残っていない」


 その言葉に、有香はたまらず泣き出した。

泣いている彼女に苛立ちを隠せないアルフレッドでしたが、後ろを歩いていた織田がふたりの間に入ってきた。


「ふたりとも落ち着け」と織田が言うと、「着いてこい」と二人を導き、建物の外に出て庭園の奥へ案内した。


「サニーいるか?」と織田が名を呼ぶと、突然、風と共に赤毛の幼い女の子が現れる。


 サニーは織田に軽く挨拶をし、有香を上から下まで大きなグリーン色の瞳でじーっと見つめた。


「新顔だな」


「有香だ。いつものを頼む」


「あいよ」


 彼女が手をパチンと鳴らすと、テーブルと椅子、そしてティーセットが現れた。サニーは準備を済ませると風のように去ってしまった。


 織田に座れと言われ、ふたりは無言で座る。三人でテーブルを囲み、黙ってお茶を飲み始めた。

暖かいお茶はとても落ち着きを与え、有香の心にホカホカとした感覚が広がる。先程まで泣いていたことが嘘のように、有香の心は落ち着いていった。


 しかし、アルフレッドが沈黙に耐えきれず織田を睨みながら、「いつも居ないと思うときはここでサボっていたんだな」と愚痴りだした。


「休息だ」と織田はのん気に言う。


「織田と連絡が取れないって皆が迷惑してたぞ」とアルフレッドが言うと、織田は、「お前がいるだろ?」と淡々と答えた。


「俺は力不足だ。頼られるような人間じゃない」とアルフレッドは弱々しく返した。


 その頼りない彼の姿を見て、有香は思った。

突然のことが続き、不安になったが、彼は優しく接してくれ、目覚めるまで傍にいてくれた。自分の弱さを受け入れ、彼に頼ることを決意した有香は、

「私は頼るよ」2人に告げた。


 アルフレッドは有香を見つめ、膝をつきながら、「さっきは、すみませんでした。グランマの態度に余りにも苛立ってしまい、貴女に当たってしまった」と謝った。

「うん、わかってるよ」と有香は答える。


 そして、アルフレッドは「信じて下さい、護ります。今度こそ必ず」と強く誓った。先程の弱々しい彼とは違い、彼の目には強い意志が宿っている。織田も静かに頷き、「俺も誓おう」と続いた。


 二人の誓いに胸が熱くなり、有香は感謝の気持ちでいっぱいになった。そして日本へ帰ることを諦めず、生きていこうと決意したのだった。

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