第6話
懐かしい夢が彼女を包み込んでいた。
愛する子供たちに囲まれ、愛しい彼もそこにいる
皆が笑顔で幸せが満ちていた頃の遠い過去の夢。
彼女は彼の全てを欲しいと願った。だから、彼女は彼を自分から離れぬように縛りつけようとした。
魂ごと彼女に差し出すほど、捕らえる心までもと。
醜い心で捕らえ続けても、彼は彼女から逃げることは無かった。
しかし、彼女は誓ったことを守るために、彼を縛り付けたはずが、逆に彼女自身が縛られてしまう。
『貴女の快楽で人を殺したり延命などすることは絶対許さない。私を解放してください』
その言葉通り数十年後、彼女は彼を失い、彼の魂がこの世に居ないことだけを感じた。
そして、彼女は...
「...コゼット。」
心地よい声が彼女を目覚めさせた。
眠りから覚めれば、少し心配げな彼女の娘ユミがもう一度優しげに彼女の名を呼びかける。
普段は可愛げもなく、他の娘たちとは違い末っ子でありながら誰よりも早く自立し、コゼットの元からいち早く去って行った彼女。
コゼットは知っている、彼女がとても嫉妬深いことを。姉たちが母親に泣きつく姿を、さも興味無さげに見ておきながら情けないだの、自分は頼らないと公言するなど、姉たちを早く自立させるために急かせる姿をよく見かけていて、最終的には自分だけを特別に構ってくれないコゼットに腹を立てて離れて行ったのに居場所を決めると、ここに居ろと言わんばかりに問題ばかり起こす。
結果、彼女が人の刻を過ごしてる間は魔女が不在で混沌するであろう彼女の居場所を守る理由で日本にいたのだが、彼女が戻れば用なしで何時、何処かへ消えても文句は無いはず。次は近い中国にいる娘にでも会いに行こうかと考えている妾の考えを先読みしているはずだ。
「...話がある。」
「なんじゃ、構ってほしいのか?」
クックッと笑えば、苦々しい顔つきで拗ねている。
「中国から要請があって、貴女を呼んで欲しいと...私が戻ったことを良いことに。あの人たちは貴女を利用することばかり。」
「特使などいらん、妾が一人で行けば終わる事だろう?」
「ハルカを連れて行って。」
「何故?」
「あの子に私の家族を見せてあげたいし、貴女と一緒に行動させたほうが安心じゃない」
あぁ、そういうことか。
ハルカを連れ歩けば必ず、日本へ連れ戻さねばならない立派な理由を見つけたなと、さすが我が娘だと彼女は感心する。
「そーいうことなら、仕方あるまい。ハルカは何処にいる?」
「藤堂兄弟と一緒に待機して貰っている。」
コゼットは文句も言わずにユミのしたいようにさせるためハルカたちの待機場所に向かうことにした。
「お前は特にユミに甘くないか?」と、ヨゼフが後ろから厳しく声をかけた。彼の声はいつもよりも低く、怒りを含んでいるように聞こえた。
「うるさいな、どうせ暇じゃろう。愛しき我が子のわがままを聞くぐらい構わないだろう」
「暇なら、うっとしい組織の輩たちを片付けるべきだ」と、ヨゼフは続けた。
そうだ。自分たちが呼び出される理由は分かっている。魔女を追放し、組織が望む自由な世界を築こうとする思想の集団が存在する。
組織は彼女たちが自分勝手に行動し、人々を縛り付け、国を支配していると見ているかもしれないが、実際には彼女たちは国を守り、災害や疫病から人々を救っている。しかし、人々は弱く、愚かである。彼らは自分の不幸を他人のせいにし、守られることを煩わしいと感じている。
彼女から組織は娘を3人も失ったが、普通の母親であれば狂ったように組織を滅ぼそうとするであろうが、彼との契約によってその衝動を抑えていた。
彼と契約を結んだ日から、彼女は望んで人を殺したことは一度もなかった。しかし、死なない程度に罰することはあった。それでも、組織を簡単に消すことができなかった。
さらに、彼女には別の理由もあった。
「まぁ、今となっては繋がりもないがな。」
笑う彼女にヨゼフは苛ついた様子で
「あいつの血は、薄まってきてるぞ殺るなら早くやろう」
彼女はヨゼフの言葉に耳を傾けた。
その言葉には、いつもの彼とは異なる、冷たく厳しい響きがあった。彼の目は、まるで深淵の底から覗くような、暗黒の中に溶け込んだような色を帯びていた。「…そうじゃったな主は悪魔だった」
その彼女の声には、かすかな戸惑いが交じっていた。彼女が忘れていたものが、少しずつ記憶の中から蘇り始める。ヨゼフとの契約、その代償として失った心臓、そして彼の支配下にある自らの命。
ヨゼフの存在は、彼女にとって命の脅威でもあったが、同時に彼女の心を支える安定した軸でもあった。彼女は何度も、彼に対する複雑な感情に揺れ動いた。自らの望みも、彼との関係も、時には矛盾し合うようなものだった。
だが、今はそんなことを考える余裕もない。
ヨゼフの変貌した姿が、彼女の心を不安にさせる。彼女は、自らの運命を受け入れるしかないのか、それとも彼に立ち向かう覚悟を持つべきなのか、迷いながらも、次なる行動を模索しなければならない。
彼女は自らの状況を振り返りながら、ヨゼフとの契約によって得た力と引き換えに失ったものを思い起こした。かつては彼女の心臓が、命の保証と引き換えに奪われた。だが、ヨゼフが彼女を食らうことはない。それでも、彼女は彼の存在に引き寄せられ、彼との共存を受け入れてきた。
魔力を溜め込んだ彼女の身体は、美味しいと感じるはず。それは、かつて襲われた悪魔から教えられたことだった。しかし、ヨゼフはただ傍に居るだけであり、彼女の内なる欲望や疑問には答えようとしない。悪魔の考えは彼女には理解できないものであり、それに興味を示すこともなかった。
彼女は、自らの存在がヨゼフにとってどのような意味を持つのか、そして自分自身が何を求めているのかを改めて考えた。長らく共に過ごしてきた彼女とヨゼフの関係は、互いの存在そのものが何かを意味するように感じられた。
彼女はヨゼフの言葉に微笑みながら、彼が心配してくれていることに感謝した。ヨゼフは彼女の安全を第一に考えているのだと理解した。
「ありがとう、ヨゼフ。妾は心配いらぬよ」
彼女はそう言って、彼が専用の部屋に戻るのを見送った。彼女は彼の心配りに心が温かくなるのを感じた。ヨゼフが彼女を愛しているのは明らかだった。
しかし、彼女もまたヨゼフの存在に頼り切っているわけではない。彼女は自分の力を信じ、彼との契約によって得た力を駆使して生きていく覚悟を持っていた。
彼女はヨゼフの言葉を思い出しながら、彼の行動の裏にある彼の考えを推測した。彼が危険な場所に一緒に行かないのは、彼女の安全を守るためだけではなく、彼自身も危険にさらされることを避けるためだろうと。
彼女はヨゼフの言葉を受け止めながら、自らの心の声に耳を傾ける。そして、彼女もまたヨゼフに対する深い愛情を胸に秘めながら、自らの道を歩んでいく覚悟を決めた。
ハルカは扉を開けて部屋に入ると、藤堂兄弟とコゼットがそこにいた。藤堂兄弟は彼女の姿を見るなり緊張していたが、ハルカはそれに動じることなく、自然な口調で挨拶をした。
その光景を見た兄弟の緊張がほぐれ、兄のハジメは楽な体勢を取り始めたが、弟の滋郎はまだ真面目な表情を崩さなかった。
「ハルカ、妾の手を取れ」
彼女は軽く返事をすると彼女は手をかざして魔法陣を作り始めた。
「次からはお主が覚えて作るんだぞ」
「えっ?無理だよ」
「悪魔の力で、ある程度のことは思えば叶うようになっているはずじゃ」
「思うだけでできるの?」
「いや、魔法陣は私の形で覚えろ。次に同じものを思い浮かべればいいんだ」
ハルカは難しい顔をしながらも、すぐに考えるのが面倒になったのか、大人しく頷いた。
「じゃあ、行くぞ」
その場が光に包まれ、次の瞬間、四人は新中国へと飛んでいった。
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