第3話
朝、目が覚めるとハルカは理由も分からずに泣いていた。気にはなったが、いつものように学校の支度をして一階から届く朝食の匂いに足が早めた。
「おはよう、お母さん。」
和美は軽めに返事をしてクスクスと嬉しそうに笑う。
「ご飯の前に凄い寝癖なんですけど。」
「わーっ!早く教えてよ。」
その場で適当に直そうとする我が子に、女子力という言葉を知っているのだろうかと、未だに浮いた話の1つも聞いたことがないのも含めて、少しだけ将来を憂いた。
少し手をお湯で濡らして彼女の髪をほぐしてやる。気持ちがいいのか、目を閉じて大人しくされるがままだ。
「大きくなったね。」
女の子から女性へと変わる難しい年頃へと育った娘が愛おしい。父親は娘が産まれてすぐ事故で亡くなってしまい、悲しみに暮れたのだが、優しい母が生きるのに必死な娘と自分を支えてくれた。
感謝しても足りないほどの愛情を二人には送りたい。守っていきたいな、と和美は想ったが、柄でもないかと、笑うと、下からまだ笑っているとハルカから怒られる。
「お婆ちゃんは?」
「んー、まだ寝てるんじゃない?」
昨日のこともあり、ユミとまだ顔をあわせずらい。コゼットとの約束もあるので本人に問うこともできぬままだ。
ハルカは気まずさに急いで朝食を食べ終わると早々に玄関に向かう。
「やけに早いわね?何かあるの?」
「たまには、有香を迎えにいこーかなっと。」
「あっそ。いってらっしゃい。」
和美は気にぜず、ハルカを送り出した。
「いってきまーす。」
ハルカは早めに有香の自宅に着くと呼鈴を鳴らした。すぐにドアが開き、有香が眠そうに彼女を出迎える。
「おはよう。」
「んー、おはよ。」
まだ、眠いのか目を擦りながら靴を履いている彼女の背後からパタパタと聞き慣れない足音が近付いてきた。
「有香、弁当を忘れてるよ。」
有香に弁当箱を渡している見たことのない人物。
金髪碧眼の甘い顔立ちの青年。
「ありがとうございます。」
有香は丁寧にお礼をいうと、彼に見とれているハルカに少しムッとしながら紹介を始めた。
「彼はアルフレッドさん、父さんたちがアメリカに住んでいた時の大学の後輩でたくさんの友人と昨日うちに泊まったのよ。」
有香がハルカに近づく。
夜中まで続いた酒盛りで早々に逃げた有香も騒ぎで何度も起こされて眠りが浅いのだとハルカに聞こえるほどの大きさで彼女に伝えた。
聞こえていたのか。
「悪かったよ。先輩とは久し振りだったんでね。」
ハハハっと笑って誤魔化す彼を有香は冷たい眼差しで見つめ、さようならと挨拶を軽くしてハルカの手をとり玄関を後にした。
アルフレッドが笑顔で二人を見送ると後ろから気配がするので振り向く。
知った気配の人物は彼を避けると靴を履き、戸に手をかけた。
「行ってくる。」
「夜には帰っておいでよ、貴方がいないと皆の士気が下がるし。」
「お前がいるだろう。」
「遅いの?大事な用事。織田は俺らと別用できてるみたいだけど。」
「間に合わんときはお前が指揮しろ。」
それだけ言うと彼は出て行った。
「はーい♪」
と軽々返事をして彼を送り出すとアルフレッドは寝足りない体を寝床に沈めるために奥へと引っ込んでいった。
その光景を少し離れた部屋の一角から覗く存在。
「娘とハルカ、あと幹部のひとりが…はい、その人ですね。家を出ていきました。はい、動きがあればまた連絡します。あー、あと俺そろそろ学校の時間なんで交代頼みます。」
無線を切って、制服を身につけると少ししてコンコンっと部屋のドアが叩かれる。返事をするとすぐに人が入ってきた。
「頼むな。」
と一言だけ行って彼は部屋を後にした。
ハルカと有香が正門をくぐり、靴箱辺りにいると突然、遠くから黄色い歓声があがる。
有香は気にぜず上履きをはき、さっさと教室へ向かおうとするのだが、好奇心旺盛のハルカは誰が来たのだろうと興味津々だ。
明らかに嫌そうに溜め息をつく有香をハルカは無視して女子たちの視線の先をみると。
高校生とは思えない落ち着いた雰囲気とモデルかと思わせるほどの整った身長と体型。
女子が好みそうな顔立ち。
「千田じゃん。」
ハルカは同級生の彼を見るやいなや期待した分ため息もでかい。
「はよー、って開口一番がそれかい!傷付くやないかっ。」
早々とでツッコミが。
千田は人当たりも良く、誰にでも訳隔たりなく接してくれるハルカにとっても数少ない友達だ。
「もう、朝から煩い。」
待ちくたびれた有香が早くと二人を急かす。
3人でつるむことにも馴れてきた。いつの間にか、3人で居ることが増えたような気がする仲は良いことはよいが、千田はたまに、他の友達を差し置いてまで二人と一緒に行動をしようとするときがあるのだ。
まぁ、彼がハルカに惚れてでもいるのだろうと有香は思っていた。
そして何も変わらないはずだった一日が始まる。
教室に入ると、普段と変わらない風景が広がっていた。しかし、ハルカの胸には何か不安なものが引っかかっていた。何かが起きそうな予感がするのだが、その正体はわからなかった。
授業が始まり、先生が黒板に数式を書き始めると、ハルカの隣の席の有香がふと囁いた。
「昨日のこと、まだ気にしてるの?」
「ううん、ただなんだか落ち着かないの。」
「そう、無理しないでね。」
AM11:33
和美が家を出ようと支度を始めていた。
携帯に向かって今から出るとこなどと嬉しそうに話している姿を横目に、ユミは縁側でお茶を啜りながら彼女の話に聞き耳をたてていた。
友達とランチに行くと和美から先ほど聞かされた。
「母さん、行ってくるね」
「…はいよ」
明らかに元気がないユミの返答に疑問を持った和美が近づいてくる。
「元気ないね?」
「そうでもないさ」
にこりといつもの笑顔で返せば安心したのだろうか、和美は安堵した顔で、もう一度「行ってくるね」と言ったのち玄関へ向かう。
彼女を追うように玄関まで見送りにいくと、
「なぁに?珍しいわね見送りなんて」
寂しいの?なんて軽口を言いながら笑う彼女を、ユミは悲しげに見つめた。
「お母さん?」
「何でもない。…そういえば彼は?」
「駅で待ち合わせてるよ。母さんも来れば良いのに。久し振りでしょ」と薦められるが、やんわりと断った。
己と一緒にいれば、巻き込まれてしまう可能性がある。己のために家族が傷つけられるなんて耐えられない。だから、今日はひとりでいることに決めていた。
和美を見送り、電話をかける。
「今、出たわ…頼むわね。」
電話口の男は短く「…わかりました」と告げると電話は切れた。彼の何年たっても相変わらずな無愛想ぶりに苦笑する。
今、和美の護衛を頼めるのは彼しかいなかった。自分からの連絡を最初は驚いていた彼も、事情を説明すれば、すぐに来てくれた。面識のある彼が傍にいれば、和美は大丈夫であろうと思ったから。
そして、想い合っていた二人を引き合わせるには、今日しかなかったから。
ユミは縁側に戻ると腰かけて空を仰いだ。
そして、家族たちの幸福な刻を願ったのだった。
**
その頃、和美は駅へ向かっていた。
待ち合わせ場所に到着すると、彼がすでに立って待っていた。彼は背が高く、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
「久しぶりね、元気だった?」
「元気さ、和美こそどうだい?」
彼の優しい声に和美は微笑みながら、「ええ、なんとかね」と答えた。
二人はカフェに入ると、和やかな雰囲気の中で会話を楽しんだ。しかし、和美の心の中には一抹の不安があった。母親の元気のなさと、あの悲しげな目がどうしても気になっていたのだ。
**
一方、ユミは静かな家の中で一人、過去の思い出に浸っていた。若い頃の思い出、そして和美の父親との日々。彼が亡くなった日から、どれだけの月日が流れたことだろう。
涙が頬を伝うが、それを拭うこともせずに、ただ静かに座り続けた。
その時、玄関の方から物音が聞こえた。
ユミは一瞬緊張したが、すぐにその音の正体を知るために立ち上がった。玄関に向かうと、ドアが開かれ、見慣れない男が立っていた。
「貴女をお迎えに来ました。」
見知らぬ少年が2人 彼等が来たということは…
最期の刻が近づいていると思うだけでユミの心臓が早鐘を打ち始めた。
「急かさなくても…約束は守るわよ。」
「疑ってはねぇよ縛りだからな逃げることは無理だ。ただ、アンタを無事に連れてこいとだけ言われてきてる。」
「…そう、分かったわ」
ユミは一筋の涙を流して彼等と共に消えた。
**
ハルカは学校から帰る途中、ユミから連絡が入り、ふたりとも出かけて帰りが遅くなると告げられた。有香から夕食を家で食べて行けばいいと薦められたハルカは、ユミにその旨を伝え携帯を切り、かばんに突っ込んだ。
有香は、父親の知り合いが夕方には用で出るので家には居ないと言っていた。
有香の家に近い千田と別れた二人が家の入り口まで進むと、妙な違和感を感じた。
「ドア、、開いてる?」
玄関のドアが半分ほど開けっぱなしになっており、何かが邪魔して閉じられないようだった。
恐る恐る近づいてみると、二人は恐怖に凍りついた。
「ひっ!!!」
二人とも声にならない悲鳴を上げた。
ドアが閉まらなかった原因は、男性が倒れ、頭から血を流していることだった動く様子もない。
「パンパンパンっ」
乾いた銃声が家の奥から聞こえた。
「パンパンっ」
続けて次の銃声が響く。
有香は真っ青になり、ふらつきながらも奥に足を進めた。
「有香、危ないよっ」
ハルカは止めようとしたが、声は有香には届いておらず、彼女は奥へと急いだ。
銃声は止むこともなく響き続けている。
有香を追ってハルカも奥の居間へと向かった。
「母さん!」
奥に進むと、動かない母親を揺すりながら有香は泣き崩れていた。ハルカは、さらに奥から響く銃声が止んだのを確かめ、有香に「ここにいてね」と小さい声で囁くと台所へ向かった。
途中で倒れている死体たちを直視することはできなかった。
台所に入ると、朝玄関で出会ったアルフレッドが銃を持って立っていた。彼は悲しげに見つめる先には有香の父親が横たわっていた。
ハルカの存在に気づき、アルフレッドが険しい顔で銃口を彼女に向けた。
恐怖で動けないハルカを見た彼は驚いて英語で何かを言ったが、ハルカには聞き取れなかった。
伝わっていないことに気づいたようで、
「君がいるってことは、有香も帰ってきてるのか!」
苛立ちながら言われ、ハルカは頷くだけだった。アルフレッドはハルカを連れ、有香がいる居間へと歩き出した。彼は携帯を取り出し、繋がった相手に英語で捲し立てていた。
「早く来いっ」
そこだけは聞き取れた。仲間と合流する気なのだろうか。そう感じたハルカはアルフレッドから手を離して距離を取った。彼はハルカの行動に気にする素振りもなく、電話の相手と話を終えると電話を切った。
「大丈夫だ。君たちには危害は加えない、約束する」
彼は優しい口調でハルカを落ち着かせようとゆっくりと話した。
「先ずは、この家から離れよう」
落ち着きを取り戻した彼の手を取ろうとした瞬間、
「パンッパンッ」
と居間から銃声が聞こえた。
「有香!!」
急いで駆けつけると、男がその場に倒れ事切れていた。
「有香っ!」
ハルカは有香が倒れ込む姿を見て慌てて抱き抱えた。有香の手には銃が握られており、アルフレッドが有香に近づくと悔しそうに何か呟いた。ハルカが有香を抱き寄せると手に濡れた感触を感じた。
生暖かいドロドロした赤いものだった。
「最悪だなっ」
アルフレッドは携帯でまた誰かに連絡を取っている。彼は凄く焦っている様子だった。ハルカは濡れていく手と反応のない有香の体に震えが走った。
「有香、返事をして」
彼女は動かない。弱いが呼吸はしているようだ。有香の脇腹からは血が止まらず流れ続けてハルカの体を濡らしていく。アルフレッドが傷口を押さえろとハルカの手を取り、傷口に当てる。押さえておけと命令され、震える手で泣きながら塞いだ。
何故、有香にこんなことが起こるのか理解できなかった。こんなことは一度もなかったのに。自分の能力の弱さを呪った。
助けたいっ
そうハルカが強く願った瞬間、全てのものの時間が止まった、ハルカを残して。
「その娘を救いたいか?」
突然目の前に現れたコゼットはハルカに問う。
「そなた次第で、その娘は生き永らえる」
「何をすればいいの」
ハルカに迷いはなかった。
コゼットは直ぐ様、壁に召喚魔法陣を作り上げた。
「妾には契約があるでの。その娘は救ってはやれぬが、そなたが悪魔と契約し力を宿し娘を救ってやれるだろうよ」
だが2度と人には戻れぬぞ。
コゼットは美しい笑みで囁いた。禁断の魔術なのだと。
ハルカは元より人ではない。自分が化け物になろうとも、有香を救えるなら。
「どうやればいいの」
強い意思で問うハルカに、コゼットは満足した顔つきで手を魔法陣にむけて、祈るだけでいいと教えてくれた。己に相応しい悪魔が現れてくれると。
ハルカは願った。親友の命を救ってくれと、強く、強く。
「レヴィアタンっ」
頭に浮かんだ名を呼んだ。
すると、魔法陣の光が強くなり、中心から何か大きな光がハルカの前に飛び出してきた。あまりの光で目も開けられなかったが、それはハルカに語りかけてきた。
「人の子よ。汝に力を授けてやるが等価交換として、汝の心臓を我に捧げられるか?」
ハルカは迷わず強く頷くと、心臓が焼けるように熱くなったが、それは一瞬のことで、すぐに引いた。
「契約終了だ」
ゆっくりと目を開ける。傍にはハルカぐらいの女の子が動く心臓を左手に持ち、右手をハルカに差し伸べていた。全身が青色の鱗で覆われた彼女は一目で人間ではないと分かった。
彼女の手をとると、右手の甲に痛みが走る。
甲を眺めていると、烙印が浮き上がってきた。
悪魔はそれを見届けると、ハルカの心臓を体内に取り込み、そして有香に近づき、傷口に手をかざした。暫くすると真っ青だった有香の顔色が赤みが戻り、ハルカは安堵する。
「ありがとう」
悪魔にお礼をいうハルカに、レヴィアタンは驚き、恥ずかしそうに頷いた。
「これが願いだったのだろう」
ハルカは黙って泣きながら頷く。一部始終を見ていたコゼットは居間の窓を破壊すると、庭に前に縁側で見た魔法陣を浮かべた。
「行くぞ、ハルカ」
そう言われ、ハルカは有香をソファに座らせると、レヴィアタンに再度お礼を言ってコゼットの元へ歩み寄る。
「ユミ等には後で会える」
心のなかを読まれたかのように言われ、有香に別れを告げる魔法陣が光だし、二人を包み始めたら、レヴィアタンが一緒に行くとついてきた。
「好かれたようじゃな」
コゼットは面白そうに笑う。そして魔法陣へ吸い込まれていく最中、有香に「またね!!!」と大声で叫ぶと、ハルカたちは消えていった。
後に、刻が動きだす。
**
ユミがお茶をすすっていると携帯が鳴る。
「和美が逝きました」
電話口で静かに話す彼をユミは哀れんだ。
「そう、喜んでいたかしら貴方に会えて」
「最期まで笑ってました」
「そう…ありがとう、無理言ってご免なさいね」
「緊急で呼ばれてます…俺は戻ります」
「戻る理由はないのよ。この機会に日本へ戻れば良いのに」
「貴女と娘のことを頼まれたので」
少し待って…と伝えて魔法陣をくぐり着いた病室。
「穏やかな顔で良かった」
和美は今日『病死』で死ぬ運命だった。
ベットの上の和美を愛おしそうに見つめる。
彼はいきなり現れたユミに驚く様子もなく、頭を下げるとその場を去ろうとした。
その彼の手を取り、引き止めるとユミは和美の首に手を差し込み、彼女が幼いころから首に下げていたチェーンの先を手繰り寄せる。
丁寧にチェーンを外すと、見守っていた彼の手のひらに、そっと付けていた指輪をのせ握らせる。
「昔、貴方に貰ったものだと話してた。結婚しても外さなかったし大切にしてよく眺めていたわ。」
彼は無言でそれを握りしめる。銀色の子供用の指輪。彼の小指に漸く填まる程の小さな指輪だ。
「…頂きます」
彼は自身の携帯が鳴ったのを確認し、言葉を発せず頭だけ下げて行ってしまった。ユミは和美の元へ戻り手を取ると手にキスをする。
後ろに気配を感じて振り替える
「就任式以来ですね。おひさしぶりです」
丁寧に徳川がユミに挨拶をする
「早いわね、人の刻はあっという間だったわ」
「お孫さんはコゼットが屋敷へ招き入れたようです」
ユミは頷くだけすると、ハルカの心配をしていた。母親の死をどう受け入れるだろうか。
朝に彼女の記憶を少しいじった。
夢でみたものを忘れてしまうように。
ハルカの能力があろうが、和美の死は運命で定められたこと。だから、ハルカには悟らせなかった。
秘書のアコが入ってくると、徳川はユミに一緒に屋敷に来るよう促す。ユミは和美の額にもう一度別れのキスをして彼女から離れた。
「さようなら…ありがとう愛していた」
徳川と一緒に病室を出ると、魔法が掛かっていたのだろうか、一瞬で目の前は昔、自分が住んでいた屋敷の庭であろう場所に立っていた。
「お婆ちゃんっ」
ハルカは目を腫らし泣きながらユミにしがみつく。ユミは力強くハルカを抱きしめ、謝り続けた。彼女はきっと、母親の死を聞いてしまったに違いない。泣きながら母親を呼ぶ姿に胸が苦しくなった。ハルカの泣き声が小さくなるのを確認して、あやめるように頭を撫でる。
「お母さん、苦しくなかったかな」
か細い声でハルカが問う。
「想う人に看取られたんだ。彼は最期まで笑ってたと言ってた」
「そっか」
ハルカは納得したように腕の中で深く息をはいた。ふと、ハルカの右手がユミの目にとまり、ユミは驚いた。
「貴女!!悪魔と契約したの」
ハルカの右手の甲にはハッキリと烙印が浮かんでいる。
「有香を助けるために」
「はぁー、無茶な子ね…」
悪魔と契約して命があっただけでも運がいい。
大抵の悪魔は用が済めば契約者の心臓を喰らい、契約を破棄してしまうほど悪魔の思量は酷い。
「しかも、リヴァイアサンとは」
嬉しそうに話す聞きなれた声を聞いて、ユミはため息をついた。コゼットの気まぐれに孫が巻き込まれたのだと気づいたから。
「ハルカをどうしたいの?」
「さてな」
「孫で遊ばないでよね」
クククっと笑い出したコゼットに呆れた様子のユミ。二人の掛け合いをハルカはきょとんとした顔で見つめていた。
「二人はどういう関係なの?」
ユミは重いため息をつく。
「私の母よ」
「大お婆ちゃん」
「そーゆうことじゃぞ」
コゼットはまだ笑い続けている。
今まで見たことがない形相でユミが彼女をしっしっと手で追い払おうとした。コゼットはすねた様子でしょぼーんとうなだれている。
「なぁ!ユミ。元の姿には戻らないのかぇ」
元気のない様子でコゼットがお願いのポーズをユミに向けている。
「お婆ちゃんの本当の姿見てみたい」
腕の中でキラキラと期待した眼差しで見つめてくる孫を見て、彼女とハルカの共通点を見つけると頭痛がしてくる。
好奇心の馬鹿。
ユミはハルカと少し距離をとると、自分自身に長年かけていた魔法を解いた。人と同じ速度で、体の刻が進むようにした魔法。
みるみると若返るユミの体。白い髪が鮮やかな青色に変わり、身体中のしわが取れていく。見た目が20歳ほどになったところで若返りが止まった。
前に夢で見た少女が大人になった姿だった。
コゼットが嬉しそうにユミに抱きつくと、受け止めた彼女は嫌そうに難しい顔をしていた。ハルカは二人のやり取りを見ながら笑う。
母の死を、コゼットに聞かされた時は何もかもが嫌になって、黙っていたユミを責めたが、コゼットがゆっくりと時間をかけてハルカに話をしてくれた。日本政府に殺されそうになってもユミは和美を選んで自分を作り替えた。
和美の出産が危うい時も自ら血を差し出し助けてくれた。「愛がなければできぬ所業じゃ。」彼女のこの一言で、ユミを責めた自分を恥じた。だから、次にユミに会ったら全身で受け止めようと胸に誓って、目の前に現れた彼女を抱きしめた。
「仲いいよね」
ハルカが笑いながらふたりに言うと、ユミは否定し、コゼットは嬉しそうに笑う。新しい家族をハルカは喜んだ。そして、人から恐れられている魔女として生きる道を選んでしまった自分に苦笑する。
少し前までは意識もしていなかった将来の不安が彼女の脳裏をかすめたが、きっと家族で乗り越えられるのだと自然と笑顔が出るのだった。
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