第2話
ハルカは夢を見た。
夢の中には、見知らぬ少女がいた。
腰まで伸びた艶やかな青い髪、青い着物に金色の耳飾り。そして首には、コゼットと同じく赤い首輪をしていた。
大勢の人々が逃げ回っている。
大きな災害でもあったのだろうか?
ハルカが進もうとすると、突然周りが火に囲まれた。しかし、熱さを感じないので、これが夢だと確信する。
多くの残骸の中を進む少女。
彼女は何かを見つけたのだろうか、慌てて走り出し、火に焼けた車に近づいていく。
少女が呪文を唱えると、燃えていた車の炎は消え、中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
車の中で赤ん坊を守っていた母親と父親はすでに絶命していた。少女は泣きながら赤ん坊を抱きしめる。
少女の魔法を見た人々が、自分たちも助けてくれ、家族も救えと詰め寄る。しかし、少女は無言で赤ん坊を抱き、その場を立ち去ろうとする。男が彼女の長い髪を引っ張り、少女は赤ん坊を抱えたまま民衆に引き寄せられる。
「止めなさいっ!」
ハルカは思うよりも早く体が動き、少女の元へ近づこうとするが、触れることができない。その間も少女は赤ん坊を守るように抱きしめながら罵倒され続ける。
「魔女のくせに人間を救え!」
「魔女のせいでこんな目に遭ったんだ!」
「家族を生き返らせろ!」
彼女はただ、「ごめんなさい」と謝り続けた。
人々は彼女の周りを囲み、物を投げ始める。
「酷い…」
ハルカは魔法使いへの迫害を初めて目にし、恐怖と悲しみで涙が溢れた。
「おーおー見つけたぞ、ユミ。探し物は見つかったのか?」
場に似つかわしくない声が響く。コゼットが現れ、人々は怯えながら後退りする。
「コゼット…遅い…」
「ちぃっと掃除をな♡」
「人殺しが楽しかった?」
少女の言葉にコゼットは大笑いする。
「くくくっ、妾は罪人なら殺れるからな。奴等に見せしめだ」
コゼットは笑顔のまま少女に近づき、人々に向かって怒涛を浴びせる。人々は四方八方に逃げ出した。
ハルカは動けない。コゼットも少女もハルカに気づいていない。泣いている赤ん坊を少女があやす。
「友達を守れなかった…」
「己を責めてはならぬぞ。みな等しく終わりが来るのじゃからな。全部は救えん」
「私、しばらく魔法使いを辞める」
「人の母にでもなる気か?」
「…うん」
「姉妹みな寂しがるじゃろうな」
「この子が生を終えたら還ってくるよ。貴女のもとへ」
「妾はそなたを手放す気はないぞ」
コゼットは少女の頬にキスをし、少女は小さな声で「さよなら」と囁き歩き出した。
少女が見えなくなるまでコゼットは彼女を見つめていた。
「こんな処を覗きとは、ちぃーっと趣味が悪くないか、ハルカ」
「見えるの?」
「妾は大魔女だぞ♪」
「あの子は…」
「そなたも知っておろう」
「お婆ちゃん…」
コゼットはユミのことをそう呼んでいた。まさかと思っていたが、確かにそうだと確信した。
「ユミに妾のことを問うな。近々お前に会いにゆく」
コゼットがハルカに触れると、ハルカの体が宙に浮き、光の中へ吸い込まれていく。
ハルカは頷き、光の中へ消えた。
現実の世界
目覚めると、心配そうに和美が二人を見つめていた。
「電気もつけずに二人して眠ってるから心配したじゃない」
「寝ていたようね…」
あくびをしながらユミが目を覚ます。
ハルカはユミの過去を無意識に覗いたことに対し、僅かな罪悪感を感じた。
「寝たら体が軽くなってる」と嬉しそうに和美に話すユミ。
コゼットのことは黙っておこうとハルカは決めた。なぜだか、すぐに会えるだろうと確信があったからだ。
その夜、ハルカは何事もなかったかのように振る舞い、ユミがコゼットの想い人だと考えるだけで胸の奥が少し傷んだ。
コゼットに対して芽生えた感情を押し殺し、疲れもあって考えることをやめた。
新日本 総理官邸 某室
「総理…コゼットがハルカにまた接触しました」
背の小さい女性が苦々しい顔つきで総理に報告する。
「そう、怒るなよ。ヨゼフがコゼットへ苦言を言ってくれるだろう」
笑いながら話す男は、第89代総理大臣の徳川善典。彼女は徳川の秘書兼ボディーガードである魔女Sランクの湯神アコだ。
「はぁ、貴方は魔女に対して甘すぎですよ」
「悪いね、家族が魔女なんでね」
そう言われると アコは何も言えなくなる。
「とにかく、例の日が近づいています」
「お迎えの邪魔者たちは来るのかな?」
「…はい、彼より連絡が入りました。今夜、日本に到着したそうです」
困ったように徳川は椅子に深く座り直し、重い溜息をつく。
「彼女を安全に迎えるためにも、彼らの潜伏場所へ先にお邪魔するしかないようだな」
「私の部隊を既に配置済みです」
徳川は頷き、ゆっくり目を閉じた。
日本には魔法使いの数が他国に比べて圧倒的に少ないが、その質は高い。しかし、日本を守っていた魔女が37年前に失踪し、コゼットが代わりに現れたことで保たれていた平和も限界に近い。
最古の魔女の一人であるコゼットの力を独り占めすることはできない。各国からの批判も始まっている。そして、魔女との約束の時間も近づいていた。
「良い一日を…」
徳川は刻の終わりを迎える彼女に、せめて最後の瞬間は幸せにと祈ったのだった。
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