魔女のコゼットは、この世界で愛を求めた

@taiyakichn

第1話

魔法が存在する世界


 魔法の力は非魔法使いである人と血が交わるたびに薄まっていくが、それでも魔法と人々は共存していた。


 魔力の強い魔法使いが自らの力で国を創り治めた世界。新日本と呼ばれるこの国では、魔法使いとそうでない者たちを区別するために、魔法使いにはカタカナの名前が付けられる。日本古来の漢字の使用は禁じられ、明確に区別される国であった。


 日本では、魔女は希少な存在であった。

それはなぜか?日本を統治する魔法使いたちは、血が混ざり濁ることを極度に嫌い、交わることがなかったからである。

魔法使いの血が広まり混じることはなく、他国から受け継がれた魔法の血が希少種として日本にやってきた。そのため、日本の魔法使いは全国で数百人しかおらず、力が弱かろうとも国に管理される対象であった。


 その希少種である魔法使い、ハルカ。

彼女の祖母は「魔女」と総称されるほど魔力が強かったが、母にその力は受け継がれず、孫であるハルカに引き継がれた。


 世界ではSSランクからFランクまで魔法使いの力がランク付けされる。魔力の強さでFランクのハルカは、高校一年生。魔法使いではあるが、この国では彼女の肩書きは下位。


 祖母のユミ、母の和美、父親はいないが、彼女は二人の愛情を受け、寂しいと感じることもなく健やかに育った。魔法の力は必要な時には使えず、ハルカの中では魔法使いという自覚もほとんどなかった。


 体育の授業中


 突然、ハルカを頭痛が襲う。


「痛いっ…」


 頭痛の痛みを和らげるように目を閉じてこめかみに少し力を入れて抑えると、閉じた世界で浮かぶ光景があった。幼馴染の有香が腕を押さえ、床に転がっている。それを青ざめた顔で見下ろす同級生の姿があった。


「ヤバいっ…」


 今は授業でのバスケット試合中。

急いで有香の姿を探し、力いっぱいに叫ぶ。


「有香、下がって!!!」


 ハルカの声に有香が驚き後ろに下がる。

その瞬間、横から突っ込んできた同級生が有香の目の前で転んでしまった。


「良かった、映像を見て慌てたけど、無事みたいだね。」

 

 ハルカは安堵の表情で言った。

それを聞いた有香は慌ててハルカの口を塞いだ。

周囲を見渡してため息をつき、痛みに泣き叫ぶ級友に皆の視線が釘付けになるのを確認してから、囁くように言った。


「助かったけど、あの子は怪我をしたんだよ。こんなこと周りに聞かれたら、ハルカが損するだけでしょ。」


 有香は呆れ顔でハルカを睨む。

 

※ ハルカの魔法

幼い頃から何度も体験しているハルカが唯一使える魔法。それは、5分先の未来が見える魔法。

走馬灯のように5分後の映像がハルカの頭に突然浮かぶ。

しかし、望めば見れるわけではない。

そのため、ハルカはFランクの魔法使いとされている。必要な時に使えず、国レベルを守る力ではないと国には魔法使い扱いされていない。


「そーでした。バレたかな♪」能天気なハルカに呆れる有香。


 幼い頃、ハルカは魔法が理由で人間不信になったことがある。

彼女が魔法使いだと皆が知っていて、いざハルカの力を目の当たりにした同級生たちは、ハルカの希少さに面白半分で囃し立てた。


 ハルカの予知は100%。有香も何度も命を救われた。しかし、周りはレベルの低い魔法使いを気にすることもなく、魔法を求めることもなかった。

それはある事件が起こるまでだった。


※ 過去の事件


 下校中、同級生がハルカの前で車に跳ねられ、亡くなった。

同級生の母親はハルカを強く責めた。

何故、友達を見殺しにしたのか、なぜ魔法を使わなかったのかと責めた。

同級生とは仲が良かったが、彼女の事故を予知できなかったのだ。


 ハルカの周りの大人たちは彼女を不気味がり、周囲の子供たちはハルカの存在を否定した。

社交的で誰とでも仲良くなれるハルカだったが、自分の魔法をコントロールできるはずがない。

ユミの力で、ハルカに近しい友人全員の記憶は塗り替えられ、暴徒化していた魔法使い狩りの存在を恐れた国からの圧力もあり、関係者全てが沈黙した。あの絶望に満ちた期間をハルカは覚えていない。


 有香はユミに頼んで、ハルカの記憶を消さないでくれと頼んだ。ユミは泣きながら有香を抱き締め、一言だけ

「ありがとう」と礼を告げた。

その時から有香は、ハルカが力を使ったときに周りを確認し、ハルカの力が弱小で使えないものであると周りに偽られるように気を配るようになった。


※日常の中で


「有香、ごめんね。次はうまくやるから。」


 有香が圧をかけて睨みつけると、ハルカは「ツンだけじゃ、モテないよ」と言った瞬間に有香に頭を殴られたが、ハルカにとって有香は大切な存在であり、家族と同等の存在だ。

 

先ほどの予知の際に「失いたくなかった」と、ふと浮かんだ言葉に思い当たることはなく、なぜ思ったのかとハルカは頭を捻った。


「まあいいや」と、怒って歩きだす有香を宥めながら追いかけた。

昔から聞こえる知らない声。

しかし、すぐにその言葉は忘れてしまう。

あの事故の時にも聞こえていたはずの見知らぬ声は、深く彼女の中に沈み存在をまた消した。

懐かしいような恋しい声。


※家に帰って


 ハルカが家に帰ると、祖母のユミが縁側でうたた寝をしていた。気付かれないように近づき、横に座ると置いてあるせんべいを食べながら一息つく。

ユミに視線を向けると、長らくそこにいるのか湯呑みのお茶は冷えていた。


「…コゼット…」


 そう、ユミが呟いた。

悲しげに愛しい人を思い出すように名前を告げるユミの姿に、ハルカは見覚えがあった。コゼット、ユミが時々ふと告げる名前だ。


(誰なんだろう?)


 だが、ハルカはユミに問うことはなかった。

ユミがその名を言うときは、いつも哀しそうな表情を浮かべるので。母の和美も気づいているようで、二人は互いにその話をしないことにしたのだった。

 

ゾォわ…

 

 「ヤバい、怖い…」


 ユミの気配ではない、殺気すら感じる禍々しい気配。だが、どこか懐かしい、恋しい気配だった。


ハルカは恐怖に体が固まり、動くことができず、呼吸すら重く感じた。


「…さて?」


 突然、後ろから聞こえた声にハルカが反応する。


(幼めな女の子の声?)


 確認のために振り返ると、息が詰まるほどの美しい容姿の少女が立っていた。

ユミの傍にいた彼女は、足先まで届くなめらかな黒髪に黒いワンピース、黒い靴、全身が真っ黒なのに、耳には鮮やかな赤い大きな飾りをつけ、首には金の派手な首輪を嵌めていた。

瞳は赤い。

人ではないものの気配。

彼女からは禍々しい圧を感じた。


「ククッ…時を止めているはずなのだがな。お前は何故動けるのだろうか」


「…知らない」


「フフッ、不思議なお子だな。名は何と申すのじゃ?」


「ハルカ」


 ハルカは体の震えを両手で押さえ、漸く彼女と話せていた。目線は彼女から反らすことができず、それほど彼女の存在は怖かった。


「ユミの気配が最近弱くてな。心配になり来たのだが、たちの悪い風邪にかかってしまったようじゃな♪」


 彼女はそう言うと、ユミの頭に手を優しく添えた。


「だめっ!」


 ハルカはふらつきながらもユミに近づこうと歩み始めた。


「病を治したら帰るさ。安心してよいぞ」


 笑う彼女に声をかけられただけでハルカは腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。心が囚われるほどの、歪で愛らしい笑顔だったから。


「…よしっ!良いぞ」


 満足した顔で、ハルカを眺める彼女が笑う。


「またな、ハルカ」


「えっ!?ちょっと待って」


「時間がない、ヨゼフに妾が屋敷に居ないことがバレてしまったようだ。急がねば叱られてしまうのでな」


 突然、空中で大きな光り輝く魔法陣が現れる。


「あのっ!名前を!」


 ハルカが精一杯叫んだ。


「妾の名はコゼット」


 彼女を光が包み、目が開けられないほどの眩しさが襲う。光が消えて目を開けると、何事もなかったかのように夕闇に包まれた庭と縁側で眠るユミがいた。


 そういえば、ここ最近ユミはよく咳き込んでいた。病院に行くほどではないと笑っていたが、ユミの安定した呼吸を聞いて安堵したハルカは、思い出していた。


 コゼット、ユミの想い人。


 ユミとの関係も気になるところだが、彼女は人ではなかった。ああいうのを世間一般は魔女と呼ぶんだろうな。


 ユミが目覚めたら、コゼットの話をしてみよう。緊張がほぐれたハルカは力を抜き、ユミに寄り添うように目を閉じた。

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