第27話


「君からの呼び出しなんて、珍しいこともあるものだね。前回の質問への回答でも思いついたのかな?」


「あ、いえ……そっちの方はまだ……。ただひとつ確認させて貰いたいことがあるんです」


 僕は彼女を例の神社へと呼び出した。

 それはこれまでの非礼を詫び、清算する意味もあったのだけれど、なによりあの人の真意を早く聞き出したかったからでもある。僕の内にあるわだかまりを、そのままにはしておけなかった。


「ま、そうだろうね……」


 呼び出された時点で、おおよそ察してはいるのだろう。彼女は自嘲気味に笑う。


「まずは謝罪させてください」


 僕は言った。


「……なにをかな?」


「僕はずっと勘違いをしていました。自分でも鈍感すぎると呆れるくらいの」


「……」


「言い訳に聞こえるかもしれませんが、最初から違和感はあったんです。初めて会った月の夜も、僕は確信を持てなかった。でも、状況からついつい思い込んでしまったんです。だからこそ、その次も、そして前回も、ところどころにある違和感を僕はことごとく無視してしまった。本当にすみません」


 表情ひとつ変えず無言を貫く彼女に気圧されながらも、僕は確信を込めて言う。


「そうでしょう? 悠月会長――いえ、天道 悠月さん」


 悠月会長の名前はたびたび話に上がっていた。元自由部の部員。かつ現生徒会会長。夕星さんや小箒さんとの仲も良く、暁さんとはなにやら確執のありそうな人。

 興味が尽きない人ではあった。ただ、これまでは実際には会ったことがないとも思っていたし、自発的に会いたいと思うほどには、僕は彼女のことを知らなかった。


 けれど――この前の夕星さんの言葉で全てが繋がったんだ。


『だから、暁と悠月は姉妹なんだって。それものね』


 双子の姉妹。

 先輩に兄弟姉妹がいそうなことは、僕もなんとなく察していたけれど、姉妹、それも双子となると、ひとつ頭に浮かんでくることがある。

 一卵性双生児とかなんとか、詳しいことはわからないけれど、双子と言えば――な特徴としては、やはりその見た目だろう。


 瓜二つな容姿。

 生き写しのような外見。

 見間違えるほどにそっくりな顔立ち。


 思い返してみれば違和感はたくさんあった。暁さんらしくない動揺や雰囲気。なにより考え方が今思えば明らかに違う。

 小箒さんの一件なんて正にそうだろう。能動的で他者に主導権を与えたがらない普段の先輩と比べると、その行動は正反対だった。ひどく受動的で保守的な思考。


 つまり――僕が先輩だと、暁さんだと思って会っていた相手は、ずっと悠月会長だったのである。初めてこの神社で相談をした時も、小箒さんの一件で釘を刺された時も、そしてこの前僕の方が相談を受けた時も、ずっと。


 僕は――盛大に間違い続けていたんだ。


「……やっとね」


 悠月会長はせいせいしたとばかりにため息をついて言った。


「これでようやく、この忌々しい姉さんの物真似から解放されるわ」


 今までと異なる口調。こっちが彼女の素なのだろう。

 ただ、見た目や声が暁さんそっくりなこともあって違和感がもの凄いことになっていた。


「少し質問をしても?」


「ええ、構わないわよ」


 ひとまず自分の指摘が正解であったことに安堵しつつ、僕はその先を訊く。


「どうして先輩の……あ、えっと、暁さんの物真似なんてしてまで、僕を欺こうとしたんですか?」


 それが最初の疑問だった。僕が会長と初めて会ったのは、あの満月の夜のことだ。会長もまたあそこが僕との初対面だったはずだろう。

 なのにどうして、暁さんの真似なんて即興でおこなう必要があったのだろうか?


「ああ、それ。そうね……まずひとつ訂正しておくわ。きっと勘違いしてると思うけれど、貴方と直接会うより前に、私は貴方のことを知っていたの」


「えっ! どうして……?」


「単純な話よ」


 そう言って、彼女はポケットから自身のスマホを取り出すと、家族内のグループメッセージと思しき画面を僕に見せてくる。そこには『彼は今日から晴れて私の彼氏になった葉隠 優人くんだ。よろしく‼』とのメッセージと共に、僕と先輩が近距離でツーショットを決めている写真が添付してあった。

 いつだか夕星さんに撮られた写真だ……。


 しかも、その後もいろいろとあることないこと僕の件について連投されている。

 どうりで樹さんに会った時も、どこか僕のことを知った風だったわけだよ‼


「貴方もあんなのに付き合わされるなんて不運なものね」


「ははは……」


 乾いた笑いしか出ない。


「まあ、ともかく私は知っていたのよ。貴方が誰であるのかも、貴方が自由部に入部したことも、ね。私が姉さんの真似をしたのはそれが理由」


「えっ、理由になってなくないですかっ⁉」


「あら、そう?」


「あら、そうって……」


「ふふふっ、冗談よ。――貴方は自由部の目的ってなんだか知ってる?」


「も、目的?」


 思わぬところが出てきて僕は目を白黒させる。


「えーっと……哲学をすること、とかですか?」


 たしか前に先輩がそう言っていたような気がするな、と僕は反射的に答えてしまったのだけれど、


「は? なにを言ってるの、貴方?」


 会長は二、三段階トーンを下げてそれを否定した。

 ってか、やっぱり違うんじゃないかっ‼


「いや、あの……暁さんがそう言ってて……」


 僕がそう言うと、


「……また姉さんが適当なことを言ってたのね」


 と、それはもう見ていられないほどに重々しいため息を吐き、頭を抱える悠月会長。

 あの暁さんが姉なのだ。いろいろと苦労があったのだろうと、創造性が皆無の僕ですら思い至ってしまう。けれど、さすがと言うべきか、数瞬のうちに彼女は持ち直した。


「あの部はね。私と姉さんで作ったの。あの二人を――愛美ちゃんと彗ちゃんを守るために、ね」


「守るため、ですか?」


「そうよ。あの二人とは学年が違うけれど、それでも二人の悪い噂が聞こえてきたの。彼女たちの入学から一カ月も経たないうちに、それは学校中に蔓延していたわ。その頃、直接見に行ったことがあるのだけれど、腫れ物みたいな扱いをされて、露骨なほどに避けられて、聞こえよがしに陰口が囁かれる。とても見ていられるようなものじゃなかった」


 よほど酷いものだったのだろう。苦り切った表情が浮かぶ。


「だから作ったの。せめて学校に二人の居場所ができるようにね。それに私も姉さんも良くも悪くも校内では有名だったから、一緒にいることで二人を守れるだろうとも。だから姉さんに……ちょっと強引に二人を連れてきてもらって、私は形を整えた。先生方に掛け合って、活動未定の部活動の新設と部室の確保。だいぶ無理矢理だったけれど、生徒会長の権限とコネを使ってどうにか成し遂げられたわ」


 ああ。だから、あれほど意味不明な部活が存在できているのか。なるほど、納得だ。


 でも――


「なら、どうして会長は部を辞めてしまったんですか?」


 それがやはりわからなかった。自ら立ち上げた部活動。今の言い振りだと設立には苦労もあったはずだろう。なのにどうして投げ出してしまったのか?


 小箒さんは喧嘩と称していたけれど、会長という役職や彼女のこれまでの言動からして、責任感は人一倍強そうな悠月会長のことである。姉である暁さんと喧嘩して抜けた、なんてことではないのだろう。実際、今の彼女の表情は酷いものだった。


「やむを得ない理由があったのよ……」


 声音も怒りとは程遠く、今にもかき消えてしまいそうなほどに弱々しい。彼女を苛む悩みの根底がそこにあるのは、火を見るようにも明らかだった。


 けれど、彼女はその中身までは明かそうとはしなかった。何度かそれとなく尋ねてみても、曖昧模糊に返され、けむに巻かれる。直接聞き出すのは難しそうだった。


「ただ勘違いはしてほしくないのだけれど――」


 黙秘を貫いていた彼女は、けれどここばかりは譲れないとばかりに補足する。


「私はあの子達のことをどうでもいいなんて思ってはいないわ。二人とも幸せになってほしいし、そのために今の私が出来ることがあれば手間を惜しむつもりはない。――それにだからこそ、貴方の相談にも積極的に乗ったわけだしね」


「えっ、どういう意味ですか?」


「タイミングからして、貴方の悩みがあの二人絡みのことは明白だったもの。それを解決できれば二人にも恩恵はあるでしょう? それにあの時は私のせいで部の存続が危うい状況でもあったし……少しでも力になりたかったのよ」


 だから面と向かっては初対面だったはずの僕にも親身だったというわけか。

 あの二人のため、そして二人の居場所である自由部を守るために。


「にしても、どうして暁さんの物真似なんか――」


 僕がそれを言い切る前に、呆れたような声が響く。


「貴方、知らない相手に悩みをぶち撒ける趣味でもあるの?」


 ……まったく道理だった。

 確かにあの場で暁さんとしてではなく、悠月会長として受け応えられていたら、僕は自分の悩みを吐露することはなかっただろう。


 というか、初めて会った時、あの一瞬でそれを判断したっていうのか? 頭の回転が早すぎない? スペックの差を顕著に感じる。


「質問はこれで終わり? なら、そろそろ帰らせてもらうけれど……」


「あ、ちょ、ちょっと待ってください‼」


 僕は慌てて呼び止める。


「なに? まだなにかあるの?」


 どうしよう? 言うべきだろうか?

 まだ僕は悠月会長についてほとんどなにも知らない。彼女にしても僕への評価は知人、もしくは姉の知り合い程度のものだろう。

 これを僕が言うのは烏滸がましく、出過ぎたことのようにも感じでしまう。


 ただどうにも見ていられなかった。夕星さんも小箒さんも悠月会長が部に戻ってくることを望んでいる。会長自身も部には未練があるようだった。両者が両者共に望んでいることのように思える。


 だったら――


「あの……会長が自由部に戻ってくることはできないんでしょうか?」


 僕は聞かずにはいられなかった。

 難しいことはわかっている。彼女が抱えているものがなんなのかはわからないけれど、それが出来るのなら初めから部を抜けたりはしないだろう。


 そう――理解してはいるのだけれど、僕は聞かずにはいられなかった。


「それは無理よ……」


 忸怩たる思いを滲ませた声で、


「私にはやらなければならないことがあるの。そしてそれは決して片手間でできるものではないわ……」


 だから、ごめんなさい――と、彼女はそう絞り出すように言った。


 薄暗い森の中に声が響く。彼女はその残響が消える頃合いを見計らって、ゆっくりとその踵を返した。僕にはもう彼女を引き留める言葉はひとつも残されていなくて、会長がこの場から去っていくことをただ見ていることしかできなかった。


 けれど――会長の足は数歩進んだところでピタリと止まる。


「それは本当に悠月のやりたいことなのかい?」


 静まり返った闇の中を切り裂くように、その声はよく通って聞こえた。




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