第7話

 

 あれから少し考えてみたのだけれど、やっぱり僕はこの部にいるべきではないんだと思う。夕星ゆうづつさんも言うように、僕にはこの部にいたい理由なんてないし、この部は楽しいどころか苦痛だらけだ。もちろん哲学なんてものにも興味はない。


 先輩の言葉に流されて、あれよあれよという間に入部してしまっただけで、僕にはこの部に対する執着はなにひとつとしてなかった。


 ――初めから間違っていたんだ。


 暁さんにきっぱりと『入部なんてしない』と、そう言ってしまっていれば、こうも思い悩む必要はなかった。

 だから――もうそろそろ間違いを正そう。


 たった一言いえばいい。

 先輩に「僕は退部します」――と。

 ただ一言。

 決心は固まった。

 あとは行動するだけだった。


 なのに、僕は――――言いだせなかった。


 あきさんと小箒こぼうきさんが部室に来て、いつものように何事もなく部活が終わるまで、僕は気持ちの悪い笑みを顔に貼り付けて座っていることしかできなかった。


「優人くん、どうかしたかい?」


「え?」


「なんだかいつもより元気がなさそうな気がするけど?」


「……気のせいですよ」


 逃げるように部室を後にする。

 僕はなにをやっているんだろう……。


 

 ――ずっと昔からだ。


 僕は自分でなにかを決めることが苦手だった。小学校の宿題で、将来の夢を書こうとした時。中学に入学して、部活に入るかどうか迷った時。進学先の高校を思い悩んだ時もそうだ。


 僕はその時々で思い悩み、そして考えることを放棄してきた。


 将来の夢は結局白紙で提出したし、部活には入らず帰宅部になった。高校に至っては、家から近いからという理由だけで他はなにも顧みずに学校を選んだ。


 ひどい話だと、自分でも思う。

 だけど――仕方ないじゃないか……。


 僕は暁さんなんかとは違うんだ。自ら光を放つ太陽みたいな、揺るがない自分を持って大空を自由に飛ぶ鳥のようなあの人とは、根本からして全く違う。

 あんな人間には僕はなれない。


 僕なんて――そう。

 さながら海に漂う漂流物だ。水の上にぷかぷかと浮かんで、どこかの島に流れ着くのを待っているだけのただの物。自由に空を飛ぶ翼どころか、地を這いずる手足すらない。

 そんなくだらない人間もどき――


 カッコー♪ カカコー♪

 

 気づくと信号は青になっていた。

 部活帰りの学生や仕事あがりのサラリーマンがわらわらと歩いていく。駅の近く、それも帰宅ラッシュの時間帯とあって、混雑具合はいつも以上にひどいような気がした。

 人の流れは途絶える気配がない。次から次へと人が来て、流れにのって去っていく。まるでベルトコンベアーの上で流れる無機質な物みたいに。


 信号が点滅し、赤になった。

 僕は――渡らなかった。


 踵を返し、流れに逆らって道を外れる。

 こんなことに意味はない。そうわかっているのだけれど、それでも僕の足は家からどんどんと離れていった。

 街の明るさが少しずつ薄れていく。代わりに夜の暗さが際立って、ぽつぽつと置かれた街灯さえ心許ない気がしてきた。


 暗い。といっても、前が見えないほど真っ暗になったわけじゃない。行き交う車の光は時に眩しいほどだし、月の光は足元を薄く照らしてくれている。けれど、気を抜いた瞬間に暗がりへ落ちていってしまうような漠然とした不安が僕を包み込んでいた。


 ふと車の往来が途絶えると、ヘッドライトの光がなくなって、いよいよ月明かりが頼もしく感じる。ギラギラとした太陽とは違う優しい光。それはまるで僕の道を指し示してくれているかのようだった。


 ――月明かり?


 頭の中でなにかが引っかかり、僕は顔を空へと向ける。

 そこには柔らかく輝く満月があった。


『また気が向いたらここに来てみてくれ。きっと悩みが晴れるよ。満月の時なんかは特に』


 そういえばあれはなんだったんだろうか?

 あの時はまるで意味がわからなかったけれど、今にして思えば、まるで今の僕の状況を予測していたかのような、そんな気がしてならなかった。


「……行って、みようかな」


 少しばかりの好奇心と期待が、僕の足をあの神社へと向かわせた。

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